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ぶーとれぐ 真実の館

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ぶーとれぐ 真実の館

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長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず) 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ) 柚木 瀬伊(ゆのき・せい) 柚木 郁(ゆのき・いく)



事件の関係者だって言ったら、すんなりと中に入れてもらえたんだけど。
いいのかな。別にいいよね。

ヤードの取り調べ室で長曽禰ジェライザ・ローズに会う数日前、柚木貴瀬は、パートナーの柚木瀬伊、柚木郁とロンドン動物園を訪れていた。
3人はアンベール男爵から、真実の館への招待状を送られていたのだが、

館よりも、もう1度、事件現場へ行こうよ。

という貴瀬の提案もあって、真実への館へは行かず、あえて動物園を再訪したのである。

あの事件が発覚した後の風評被害がひどくって、いまは無期限閉園中で、再オープンにむけ、リニューアル中なんだって。
でも、こうして中を歩いてみても、施設を増改築するような大がかりな工事をしているふうでもないし、動物たちも普通に見学できるし、エサをあげたり、清掃しているスタッフもあちこちにいるしで、いつもとの違いはお客さんがいないことぐらいだね。

「貴瀬。事件の調査をしにきたんじゃないのか。
お前をみていると、まるで、休日に動物園にきている行楽客だぞ」

屈託のない笑顔で動物たちを眺めている貴瀬に、常に冷静沈着な常識人の瀬伊が釘をさす。

「まぁね。カリカリしすぎずに、瀬伊も動物をみてごらん。
他にお客さんがいないから、動物がみんな注目してくれて、俺らのほうが動物の国に迷い込んだ気分さ。
やっぱり、人間の肉を食べちゃった子たちは処分されたのかな。
かわいそうに」

「かわいそうだが、しかたがないだろう。
人間の肉の味はクセになるらしいしな」

「世の中に必要ない、社会や人に害を与えるだけの人間もいっぱいいるんだから、そんな連中は動物のエサにすればいいんだよ。なーんてね。
ところでさ。
さっきまで俺の手をきつく握っていたはずの郁がいないんだけど、瀬伊、郁がどこへ行ったのか知らない?」

「なに。おまえが連れて歩いていただろ」

「隣にいたんだけど、いまはいないな」

「おい。大変だぞ。もし、なにかあったら」

「大変な事態に発展するかどうかはおいておくにしても、探したほうがいいよね」

「当たり前だ。ここは結構、敷地が広い。手分けして探すか」

「いや、俺は瀬伊から離れないよ。
瀬伊まで迷子になられちゃ困るからね。
あーあ。
せっかく、おもしろそうなのを見つけたのに、くわしく調べるのは、後回しか」

「おもしろそうなものだと」

「うん。逃げないだろうから、後でいいよ。
郁もなにかすごいのをみつけてくれてると楽しいな」

「なにをのん気な」

2人はしばらく園内を探して、郁が小さな丘のうえにすわり、本を眺めているのをみつけた。
駆け寄ると、郁は興奮した様子で声をあげる。

「ねーねー。すごいやつがいたんだよ」

「やっぱり、ね」

貴瀬は郁に指でつくったVサインを送り、瀬伊は眉をひそめ、ため息をついた。

「ほら。これー」

郁が、手にしている図鑑の開いたページを指さす。

「この本は、おれがガイド代わりに渡しておいた動植物図鑑ではないな」

「俺がねんのために持たせたシャンバラ幻獣、怪獣図鑑だね。
瀬伊の本はそこじゃないの」

動植物図鑑は閉じたまま、郁の横の芝生におかれている。

「貴瀬。おまえは、いつの間に怪獣図鑑を渡したんだ」

「だって、こっちのほうがもしいたら、おもしろそうでしょ」

「これがいたのー。ほんとにあるいてたんだ」

郁が開いているのは、かってシャンバラにいたかもしれない古代怪獣の紹介ページだ。

郁の指は、古代超獣バルバロスのイラストにおかれていた。

「バルバロスは、4本足で動く、猫や豹に似た姿の長い髭が特徴的な肉超獣です。
体調4、5メートルの大きな体格からは考えられないほど機敏で、鋭い牙と爪を武器にしています。
また、全身がたいへんかたい鱗でおおわれていて、剣、銃、魔法といった攻撃もほとんど効果がありません。
驚異的な自己治癒能力を持つバルバロスは、その寿命が自然に尽きた時にのみ死ぬといわれています。
現在でも、まれに目撃談が報告される時もあり、どこかで生息している可能性が指摘されています。
*しかし、個体の確保はもう数百年単位で行われていない状況です*」


貴瀬が声にだして説明文を読んだ。

「バルバロス、がこの動物園にいたの?」

「うん。ぜったい、これ。ゆっくり、みちをあるいてたよ。
ぼくがみつけてびっくりしてたら、どんどんそばにきて、そうしたら、どうぶつえんのせいふくをきたひとたちがきて、どっかへつれてっちゃったんだ」

「郁は追いかけなかったのかい」

「めがきいろくひかってて、うなってて。
だって、こわかったもん」

「だよね」

「千歩譲ってこいつがいたとしても、追いかけなくて正解だ」

瀬伊は郁の頭をなでた。貴瀬としては、バルバロスがいるのなら、自分もみてみたいと思う。

今日でもいいし、また後日でもかまわないけど、古代超獣バルバロス、さわってみたいな。
並んで記念撮影したいな。

「で、あのさ、俺もさっき不思議なものをみつけたんだ。
いまから、それをたしかめにいきたいんだけど、瀬伊と郁もくるかい」

「うん。いくよ。ほかにもかいじゅうさんいるの」

「しかたがない。おれは、別に怪獣に会いたくはないがな」

貴瀬を先頭に3人がむかったのは、郁を探しにゆくまで貴瀬と瀬伊が眺めていたカンガルー広場ではなくて、園内で働く職員用の更衣室や休憩室のある建物だった。
途中の道にいた職員に場所をきいただけで、許可もとらずに、貴瀬は堂々と施設の中へ入っていく。

「どうするつもりだ」

「だから、すごいのがいるんだよ」

「ここには人間しかいないだろう」

「えーかいじゅうさんいないのー」

2階建てのそれほど大きないビルの中を騒がしく歩きまわった。
いまのところ、まだ、注意するものはおらず、みな、すこしとまどった顔で貴瀬たちをみている。

1、2階の休憩室にはいないかった。
となると、更衣室かな。
まさか専用の個室はないよね。

「ちょっと、きみ。きみ、だよね」

突然、貴瀬は自分たちの横を無言で通り抜けていこうとしていた職員の腕をつかんだ。
帽子を深くかぶり、制服を着た、少年らしい小柄な職員だ。
つかまれた相手は足をとめ、黙ってうつむいている。

「ちょっとまえにカンガルー広場のあたりにきみがいたのを見たんだけど、きみ、女の子なのに、どうして男のフリをしているの。
制服も男性用のを着てるし、頭も女性職員用のサンバイザーでなく、男性用の帽子。
そして、いつも自信なさげに下をみている。
ねぇ、もしかしてきみ、事件のあった夜に、ここにいた女の子だよね。
あの日は、普通に女の子の格好をしてた。
俺たちあの夜、偶然、ここにいて、みてたんだ。
いろいろとね。
あれから、調べさせてもらったよ」

「私は」

相手がかすれた若い女性の声でしゃべりかけた。

「貴瀬。どうする。囲まれたぞ」

不安げに瀬伊が首をめぐらす。
3人と少女の周囲には動物園の職員たちが集まり、いまや狭い通路は身動きのとれない状態になっていた。

「俺らは、この子の敵じゃないんだ。
みんな安心してよ。
この子は、あの夜、動物園で死んだことになって、ここにかくまわれているんだろ。
ね。
大英博物館館長の娘さん、キャロル
貴瀬の言葉にうながされたように少女は、帽子をとり、まとめていた髪をほどいた。

「その通りよ」