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リアクション
雪 汐月(すすぎ・しづく) マデリエネ・クリストフェルション(までりえね・くりすとふぇるしょん)
呼雪くんの部屋をでて調理室へむかっていると、僕はたまたま、偶然にも、話題の男、アンベール男爵を見かけてしまいました。高級そうなスーツの痩せマッチョの口髭のおじさんと、推定23歳の黒いドレスの女。
僕は視界の片隅にとらえた2人を追いかけて、懸命に廊下を走ったんだけど、
「どいて!」
後から走ってきた女の子に抜かれて、その子があんまりはやかったから、勢いに巻かれて1人でその場でスピンして、ダウンしそうになった。
僕をスタンディングダウンに追い込んだ彼女は、見事、男爵たちを捕獲し、3人は一緒に部屋へ入っていく。
せっかく見つけた大物をここで見失うのもイヤだし、僕は3人がいるはずの部屋までいって、まず、隣の部屋のノブをまわした。ノブはまわり、あっさりとドアが開く。僕は中に入った。
部屋はいまは使われていないらしくて、中は真っ暗だ。
この部屋を探るのが目的じゃないので、内側からドアに鍵をかけると、僕は壁の側にしゃがんで、壁にぴったりと耳をつけた。もちろん、隣にいる男爵たちの様子をうかがうためだ。
僕が入っていってもOKな状況なら、即、お邪魔します。
「ああ。自己紹介は結構です。雪汐月さんですね。私に声をかけた理由も思い当ります。
あなたのパートナーのマデリエネ・クリストフェルションさんの件ですね。
先にお伝えしておきますが、私自身は、マデリエネさんを事件の犯人だとは疑ってはおりません。
あなたがたをこの館にご招待したのは、3件の殺人事件とすこしでもかかわりのありそうな人物に出来うる限りここにきていただき、事件の真実をあきらかにしたい、まさにその精神のあらわれなのですよ。
デュヴィーン男爵と家具職人のアーヴィン、被害者の2人と取引していた煙草業者とそのパートナー。
あなたがたがここにいる理由はそれだけです。
ですから、マデリエネさんにもお話したように、ここへくるのをお断りされても仕方がないといいますか、実際、いらしてくださったことにある種の驚きを感じてもいるのです」
「マデリエネは人を…殺したりは…していないわ。
私がここにいるのも…意味がない気がする」
壁を隔てて、さっきの女の子、雪汐月ちゃんと男爵が話している。
男爵は堂々と貫禄のあるしゃべりっぷりで、舞台俳優みたいだ。
汐月ちゃんは、話すが得意でないらしく、言葉も途切れがち。
「マデリエネさんにも言われましたよ。
事件の関係者をこんなに集めるのは、真実知る以外の目的があるのではないか、と」
男爵のつれの女の人は、黙って二人の会話をきいてるんだな。
「私が思うのは…この事件の背後にあるのは、個人ではなく、組織的な犯罪者同士の抗争…単純に相手を殺したいだけなら。
殺すのだけが目的なら。
もっと確実な方法をとる。
特別な技術が無くても、人を殺したければ心臓を狙えばいいということぐらいは、普通は誰でも知っている。
博物館の、深さも場所もでたらめのメッタ刺しもそうだし、凍死なんてもってのほか。
殺人の手段として凍死を選ぶなんて、遭難とか、冷凍庫への閉じ込めといった事故を装った殺人ならともかく、そういった理由でもない限り、もっと確実な方法で殺すのがセオリー。
…だから。
犯人は、きっと、普通に殺したくない事情、強い思いがあったんじゃないかな、って…
それが恨みなのか、被害者を殺すのを愉しみたいっていう理気持ちなのかは、分からないけれど…」
さっきまですごくおどおど話していた汐月ちゃんが、殺人の話題になったとたんに、落ち着いて、超冷静に、まるで殺人について熟知したプロの人のごとく、たんたんと語りだしたので、僕はびっくりした。
「御明察ですね。
さすが、経験豊かな熟練の殺人者は違う。
いまのお話は、今回の事件の犯人があなただったら、こうはしなかったということですね。
ようするに、私は犯人ではないですよと、自己紹介してくださったわけです」
男爵の言い分が正しければ、汐月ちゃんは本当のプロの殺し屋さんとなるんだけど、となると、僕の推理は正しかったんだよね。
いやー、まいっちゃうよ。無自覚のうちの才能の発露というか。
喜んでいいのかな。
「私は…どう思われても…かまわない…でも…マデリエネは、私の過去とは…関係ない」
汐月ちゃんはもうしゃべらないほうがいい。
話すほどに墓穴を掘るタイプだ。
「あなたの過去がマデリエネさんと関係ないのは、存じております。
マデリエネさんにお伝えした言葉をあなたにも差しあげます。
あなたがたが帰りたいというのならば、私にそれをとめる権利はありません。
どうぞ、館をでていってくださって結構です。
私としては、非常に残念ですが」
「なにが…残念なの…」
「あなたほどの経験と実績のあるかたがなにもせずに、私の前から去ってしまうことが、です」
席を立つ音がした。
二つ続いたので、立ったのはたぶん、アンベール男爵とドレスの女の人。
ドアが開いて、すぐに閉じる。
僕は50数えてから部屋をでて、まだ汐月ちゃんがいるはずの隣の部屋へとお邪魔した。
「こんにちは。雪汐月ちゃん、だよね。
はい。ドッキリカメラです。いまの男爵との会話はすべて、ヤラセでしたぁ〜。
びっくりしましたか」
僕のギャグは思いっきりカラ回りして、汐月ちゃんは色のない眼でぼんやりとこちらを眺めた。
「あなたは・・・どっきりカメラって・・なに。私、知らない言葉が…多くて」
「ううっ。ごめんなさい。滑りました。忘れてください。
僕はかわい維新。さっき廊下できみに抜きさられた一少女です。
きみの様子があんまり深刻そうだったんで、空気を和らげようとして、きてみたんだ」
「私は…平気…それよりも」
僕は、こうして僕と彼女の間に会話らしきものが成立しているのが、すごいと思う。
「あの人は…あの呼吸のテンポは…私にはわかる…誰かに教えてあげないと、ここで大変な事件が起きるかもしれない」
大変な事件。
そいつは僕が汐月ちゃんにくわしい内容をきく前に、自分たちから僕らの前へやってきた。