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リアクション
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな) ムハリーリヤ・スミェールチ(むはりーりや・すみぇーるち) 早川 呼雪(はやかわ・こゆき) ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)
これ以上、推理研の部屋にいると頭がおかしくなりそうなので、僕とファタちゃんは部屋をでた。
行先は決まっている。幽霊事件の首謀者にして、殺人事件の被害者にして、加害者のアンベール男爵のところだ。
核心をついてズバっと解決しちゃうよ。
「それはそれとして、百合園推理研は、推理マニアの集まりだから、大変だよね。
事件について考えて考えて。頭が痛くなるよ。
おもしろいけど」
「ミステリとはそういうものじゃろ。
真相解明のパズルミステリの知的遊戯というのは、本を読みながら、ドラマをみながら、体でなく、頭で、泥臭いことも、アホくさいこともなにもかも考えるという意味じゃからのう。
結果的に愚考でも、事件について考えること自体が遊戯なのじゃ。
真相にストレートにたどりつく華麗な推理を探すばかりでは、おもしろくもなかろう。
なにも考えずに、ただスリルやサスペンスを楽しむだけならば、パズルを解いているとは言えんしのう」
「人の不幸にゾクゾクする倶楽部のメンバーのファタちゃんとシオンちゃん、ロキちゃんじゃないけど、かわい家おばさんも、ミステリ愛好家の同好の士の人たちがパラミタにもこんなにいて幸せだと思うよ。
あ。さっき、あれだけ側にいたのに、イクラちゃんと話すの忘れてた」
「いくらなんでもイクラちゃんでは、サ○エさんじゃ」
ファタちゃんは美少女、オカルトから、本、映画、アニメまでサブカルチャーにまんべんなくくわしいんだよね。
これはこれで特技だし、大変な人生だと思う。
1日、2、3本は映画をみるらしいし、生涯の通算鑑賞時間は、どれくらいになるんだろう。
くるとのバカは、勝てるかな。
「ところで鍵を握る男、アンベール男爵はどこにいるんだろ」
「それこそ、そこらへんにいる関係者にきてみれば、よいのじゃ」
有言実行でファタちゃんは、僕らとすれ違おうとした女の人にさっそく声をかけた。
「ごめんなさーい。リーリちゃんむずかしいことわっかんなーい!
あなたたち、リーリちゃんと仲良くしてくれるぅ。
だったら、がんばっちゃうよ」
「ふーむ。わしも驚く超展開じゃな。
道をたずねただけなのじゃが、サービスしてくれるらしい」
いきなりリーリちゃんに抱きつかれたファタちゃんは、まんざらでもない顔でにやけている。
リーリちゃんは、推定身長が2メートルはある、キングサイズのお姉さんだ。
ロングの髪だけで1メートル50はこえてる。
彼女は、学校の制服を着てるけど、サイズもスタイルも、僕の弟の王太郎がこっそり集めている、アメリカのセクシーグラビア嬢並みだ。
超迫力のナイスバディが、130センチ弱の小柄なファタちゃんとからんでいると、はたでみている僕の遠近感がおかしくなってくる。
リーリちゃんは、ファタちゃんのほっぺにキスして、かわいいなー。食べちゃいたいとか、言ってます。
体は大きいのに、顔は小顔でしかもあどけない童顔なのがスゴイよね。
「もしかしてリーリは道に迷っておったのか」
「そーなの。この家、大きくて、リーリちゃん、よくわっかんなーい」
「大変じゃったな。体は大人でも、リーリの心は幼女のままじゃ。
わしをおぬしをわしの愛する少女の一人として認めるぞ」
ファタちゃんはリーリちゃんの頭をなでなでして、さらに服のうえから胸もさわさわしてる。
「あはん。リーリちゃん気持ちいいことすきだよ。あなたもリーリちゃんと仲良くしたいのー」
「悪くない提案じゃ」
人の家の廊下で、立ったまま、はじめるののどこがどう悪くないのか、僕はファタちゃんに問いたかった。
でも、やめておく。
全宇宙の少女の味方、ファタちゃんがこういう人なのは、よく知っている。
「とりあえず、場所だけかえようよ。ここでは、マズイ。
やってる本人たちはよくても、大女と幼女の公開プレイに立ち会う少女の気持ちにもなってよ」
返事はない。濃厚なキスの最中で、僕の気持ちどころじゃない。
しかたがないので、僕は、泣くことにした。
こうなったら、もう、泣いてやる。
いかがわしい現場にむりやり付き合わされている9歳、純真無垢な少女のアイデンティティを守るためには、泣くしかない。
ひっひっひっ。うえーん。ひっひっ。うえーん。うえーん。
取っ組みあってるファタちゃんたちの側で、思いっきりしゃくりあげた。
悲しい思い出も、我慢してることも、ひどい経験も、てんこ盛りの人生だから、僕が泣く理由はいくらでもある。
「キミの気持ちはわかるよ。
人前で女同士にいちゃいちゃされたら、うっとおしいよね。
側にいたら、僕なら殺しちゃうな。
あの調子じゃ、まだまだ、かかりそうだから、こっちにおいでよ」
しばらく泣いていたら、僕は、左手の指を一本、つまむように引っ張られた。
たまたま廊下を歩いてきた誰かが、僕が状況に同情してくれたらしい。
「ありがとう」
僕は彼の赤い上着の背中について、壁にもたれて一生懸命がんばっている、ファタちゃん、リーリちゃんから離れた。
「感謝してもらえてうれしいよ。僕は女の子は好きじゃないけどね。かわい維新ちゃん。
キミは子供だからまだいいけど、大人の女なんて大っキライ」
よっぽど女がキライなのか、振りむかず、足もとめず、しゃべってくれる。
顔はみえないけど、ブロンドの、すらりとした気品のある青年だ。
「ふうん。大人の女の人が大好きな人は、スケベぇなおじさんしかいないんじゃないの。
女の人は年をとるほどに、需要が減るよね。
世の中、見た目がすべての人間が多くて悲しいよ。
お兄さん、僕のこと知ってるんだ」
「コリィベルにも行ったよ。
僕はヘル・ラージャ。ほんとは呼雪と一緒にいたいんだけど、事情があって館の中を探検してたら、キミをみつけちゃった。
キミはいま、困ってるよね。泣いてたもんね」
「うん。アンベール男爵に会いたいんだ。ヘルくん。連れてってくれる」
「ムリ。僕は探検を中断してるだけだから、パートナーの呼雪にキミを押しつけたら、サヨナラだよ」
「オカマってもっとねっとりしてるかと思ったら、ヘルくんは、さっぱりしてるね」
「はははは。キミが男の子なら、僕の対応もまた違うと思うけど。
女の子には、さっぱり、きっぱりぐらいしか付き合いかたの選択肢がないんだ」
僕はヘルくんとおしゃべりしてるのは、楽しいけどな。
ヘルくんは、すごい我慢してるのかしらん。
「ついたよ。あとは、呼雪に相談して。僕は頼まれたことを済ますのに、もうちょっと時間がかかりそうなんだ。あの女たちのいるところは通れないし、面倒だな」
たどりついた部屋のドアを開けると、ヘルくんは僕の指を離して、さっさと行ってしまった。
僕は好みじゃないらしいけど、感謝してます。ヘルくん。
部屋は、普通の客室だった。
この屋敷には、ビジネスホテルのシングルみたいなゲストルームが山ほどあるんだ。
僕とファタちゃんが泊まってる部屋も、こんな感じ。
バス、トイレとベット、ウォークインクローゼット。小さな冷蔵庫。液晶TV。
ベットがダブルなのは、ヘルくんとパートナーが一緒に使うからかな。
ソファに腰かけているのは、黒のショートカットの繊細そうなお兄さん。
物静かさと緊張感が入り混じった芸術家タイプの雰囲気がただよっている。
僕と同じ東洋人だ。気持ち、ほっとする。
「かわい維新か。
どうかしたのか。
よければ座らないか」
呼雪くんがすすめてくれた椅子に座ると、ちょうど、むかいあって、診察を受けにきた患者と医者、客と占い師、生徒と先生のポジションになった。
「先生。バスケがしたいです」
つい言ってしまった。しばらく間をおいてから、
「維新が叩くボールの音を、ききたいな」
「わかりました」
たぶん、まじめにこたえてくれたと思うので、いつか機会があればきいてもらおう。
「話は違うんだけど、僕、アンベール男爵に会いたいんです。
道がわからなくて廊下で泣いていたら、ヘルくんがここに連れてきてくれたんです。
呼雪くんは、男爵がどこにいるのか知ってるの」
「俺は男爵のすすめでこの屋敷にきた。
彼とはマジェの同じクラブの会員で面識があるんだ。バスケではない」
子供の僕が入れない、いかがわしい大人のクラブなのかな。
「維新は大人になっても入れないな。
男子限定の店なんだ」
「僕、表情から心を読まれました?」
「人の気持ちを音や光として感じる時があるんだ。外れていたらすまない。
俺にとっては自然なことなので、つい、普通に利用してしまう」
「僕から、いかがわしい大人のクラブの音がきこえたわけ」
呼雪くんは微笑する。
「どんな音なの」
「実際、その場できこえる音は、おまえが想像していたのとは、かなり違うが、おまえの考えはだいたいわかった。おい。ムリをしておかしな想像をしないでくれ」
僕の心が再び音になって届いたらしく、呼雪くんが眉をひそめた。
呼雪くんと男爵は女人禁制のクラブでなにをしてたんだろう。
「女性には女性の、男性には男性の愛がある。
わからないものにおかしな先入観を持つのは、偏見だ」
僕は、注意されたみたい。
「わからないけど、わかりました。すいません」
「別にいい。
アンベール男爵の居場所だが、俺はもう彼に会えるとは思ってない」
「男爵が動物園で殺されてしまったからかい」
「男爵が殺された。殺した。すべての黒幕は男爵。
この館で俺はいろいろな意見をきいた。
俺が思うには、いま、男爵は自分から用がある時以外は、誰ともあおうとしないだろう。
みんなの意見を総合すると、ある夜、動物園では一人二人ではなく、多くの命が失われたようだな。
単独の事件として考えると、互いの話の食い違い、殺した人間と殺された人間の数が多すぎる。
矛盾だらけだ。
殺人事件というよりも、ある種の抗争があったと考えたほうが納得がいく。
一連の殺人すべてが、犯罪組織間の抗争の氷山の一角なのだろう。
とすると、男爵が真実の館の三日間で行いたかったのは、手打ち式か」
僕は、みんなで同時に拍手をする。1本締めを連想した。
「つまり、そんなものだよ。渦巻く音をまとめて、ポンと叩いて終わりにする」
呼雪くんは、言葉がいらなくて楽です。
「呼雪くんのこの推理は、大正解なんじゃないの」
「だとしても、俺にできるのは語りかけてくれる人の言葉に耳を傾け、できれば、みなが平穏な気持ちでこの館を後にできるのを祈ることだけだ。
ここに至るまでに複雑にからみあった因縁の糸を解きほぐすのは、誰にもできはしないだろう。
維新。男爵を探すのは、やめておいたほうがいい。
危険だ。
彼が自分で姿をあらわすまでは放っておけ」
「せめて僕は幽霊の件の真相を知りたいんだ。それもダメなの」
「神父が悩んでいるあれは。
調理室にいる、新入りに話しをきけばいい。ジャガイモでもむいているんじゃないか」
「そこまで知ってるんなら、ここで話してくれれば、楽ができて僕はうれしいです」
「悪いが、俺よりも当事者にきいてくれ」
最後に呼雪くんは、調理室への道順も紙に書いて渡してくれた。
「呼雪くん。ありがとう。普通と違った個性の人にも偏見を持たずに接するのは大事だよね。
親切にしてもらって助かったよ。じゃ」
僕がお辞儀をすると、呼雪くんは片手でピアノの鍵盤を叩くフリをしてみせた。僕が部屋をでてドアを閉めてしまうまで、呼雪くんは弾いていた。
僕には聞こえなくても、呼雪くんはきっとエアピアノで別れのメロディを奏でてくれてるんだと思う。