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さっき頭に浮かんだウニだかアナゴだかいう魚介類のファーストネームを持つ金髪碧眼の少女に、僕が再会したのは、舞花ちゃんたちと別れてすぐだった。

「犯人はあの部屋よ」

びしっ。と人差し指で前方を指さし、青いドレスの裾をひるがえして駆けてゆく。
彼女は意外に背が高くスタイルもよくて、表情が豊かすぎる点を除けば、高級なお人形さんみたい。
僕とファタちゃんには目もくれず、廊下を全力疾走だ。
彼女を追うように、トレンチコートの刑事風の格好をした男の子、羽衣みたいな衣装の仙女様? 鹿撃ち帽のホームズ女子、目つきの悪いバニーガール、角の生えたうさぎが走っていった。

コスプレレース?

「知っておるじゃろ。百合園推理研じゃな」

「今日も事件は現場でおこってるんだね」

「本人たちは、刑事、探偵のつもりじゃろうが、あれだけ個性的な格好で集団で動いておると、もはや、あのグループ自体がある種の事件じゃな。
しかし、いつも、楽しそうな連中じゃのう」

さっきのシシャモちゃん率いる推理研のみなさんとは、僕らはよく事件現場でニアミスするのだけど、ノリが違うのかなんなのか、お互いにがっぷり四つに組んだことがなくて、きっとむこうもこっちも外から眺めて、お互いに互いをあんな人なんだろうな、とか思ってて、たぶん、それがだいたい正解しているという関係なんだろう、と思う。
つまり、ロンリーチャイルドの僕と、サヨリちゃんの仲良しグループは絶対にあわない。

「あら、維新ちゃんじゃないですか」

「うわっ」

唐突に目の前にあらわれた、ゆたかな黒髪、白いドレスのお嬢様に、僕はのけぞってしまった。

「い、いつの間に」

「そんなに驚いた顔をして、なにかあったんですか」

だから、きみが急にでてきたから、

「きゃ」
両手を胸のまえで合わせ、お嬢様は、悲鳴をあげた。

「なに、なに、どうしたの」

「すいません。なんでもないんですけど、私も維新ちゃんにつられて、驚いてしまいました。
あくびもそうですけど、人の仕草って、伝染するっていうか、うつっちゃうものなんですよね」

と、コロコロとほがらかに笑われてしまうと、僕もつい、

「だよねー。うつるよね。ははは」

「ふふふふ。ですねー」

「おぬし、橘舞じゃな。
ついさきほど、おぬしのパートナーと推理研の連中が、わしらのまえを高速でスルーしていったばかりだったのでな。おぬしがマイペースで少しずつこちらに寄ってきたのに、気づかなかったのじゃ。すまぬな」

「ファタさん。こんにちは。
そうなんですねぇ。
でも、私はやっぱり、本当によほどのことがなければ、廊下は走らない方がいいと思うんです。しかも、ここは人様のお家ですし、今日はたくさんのかたがお泊りされてるんですよね。
そんなところで、騒いだりするのは、失礼すぎます
まったく」

まったく、迫力なく、それどころかほがらかに笑いながらも、舞ちゃんは、仲間たちの所業を怒っているらしい。

「たしかに、僕も、きみのパートナーのキンメダイちゃんについては感心しないな。
そもそも魚類の名前なのに陸に長くいすぎて、息が苦しくて、バタバタしてるんじゃないの。
お魚は、海にかえしてあげないとさ」

「あのー維新ちゃん。キンメダイちゃんって、誰ですか」

「ごめん。僕が間違えた。きみのパートナーのオコジョちゃんだよ」

「いいえ。かまいませんよ。誰にでも間違いはありますもの。
けれど、オコジョはお魚ではありませんよね。
たしかイタチだった気が」

「そうだ。そうだ。僕が言いたいのは、キミのパートナーのオニオコゼちゃんだよ」

「残念。私、オニオコゼさんの知り合いはいませんし、食べたこともないと思います。
どんなお味なんでしょうね」

「不細工な魚ほどおいしいって聞いたことがあるけどね」
誰が言ってたかは記憶にないや。美○しんぼ、かな。

「へぇ」

感心したようにつぶやき、舞ちゃんはすっかり歩みをとめてしまった。
ただでさえ、歩くのが遅そうなのに、こうして僕とおしゃべりしてないで、はやくお仲間のところへ行かなくていいのかな。

「博識なんですね。私、オニオコゼさんがどんなお顔をしているか、よく知らないんです」

「図鑑でみた僕の感想としては、ファンタシィの洞窟の扉についてるみたいな、ここはお前のくるところではないぞー、帰れー、とか叫んだりしそうな、平べったいゴツゴツした顔だったよ」

「お魚なのに、そんなふうなのですね」

「うん。魚らしくないよね。やっぱり、お魚は鮮度が大事だからさ。ぴちぴちしてないとダメだよ。
キミのパートナーのオニオコゼちゃんは、強そうで厳つい顔でガタイも魚にしてはいいほうだけど、残念なことに新鮮さが感じられない」

「そうなんですね。私のパートナーのオニオコゼさんにもしどこかでお会いしたら、もっと、ぴちぴちしていたほうがいいって、お伝えしておきますね」

「だから、彼女がついさっき僕らの前を走っていったって話をさ」

「私のパートナーのオハゼさんがですか」

「いい加減にしたらどうじゃ」

うんざりした感じでファタちゃんがつぶやく。

「わしはおぬしらの少女漫才をエンドレスで聞いていても少しもかまわんが、その他の人はそうもいかんじゃろ。ただでさえ、お待たせしておるというのに」

「待ってるかたがいらっしゃるなら、少しでも早く行かないといけないですよね。私もいそがないと。
それでは、維新ちゃん。ファタさん。ごきげんよう」

全然、急いでる様子もなく、優雅に一礼すると、舞ちゃんはお花畑をお散歩するような歩調で僕たちから、ゆっくりゆっくり離れていった。

「いまもむかしもああいうタイプの女の子には、常に一定の需要があるんだよね。
舞ちゃんを女神みたいにあがめて、一生、守ってあげたいとかプロポーズしたりしてさ。
世の男性諸君の趣味嗜好を僕がふと疑いたくなるのは、そういう実例をみた時だよ」

「わしは、舞は舞でじゅうぶんにかわいいとは思うがな。
しかし、わしの好みとしてはもう少し若いほうがよいかのう。
十代も後半になると、もはや完全に幼女ではないし、少女としてもいささかトウがたつといおうか」

「舞ちゃんは普通の人じゃないから、中味は永遠に十二、三歳の少女として割り切っていいんじゃないかな。
僕は、舞ちゃんだったら、二十歳をこえても、真夏日に、白いワンピに麦わら帽子で、大輪のひまりの横でニコニコしてても全然、許す」

「なにを許すのじゃ」

「アイドルや女優さん、二次元キャラじゃなくてもそういうことをしてもいい権利、とか」

「それはそれは、普通の人間では手にできぬ特殊能力じゃな」

「うん。恋の魔力で錯乱していないと、みてるほうもするほうもつらいと思う」

「恋というのは不思議なものでのう。
互いにあれやこれをしたかったり奪いたかったりする欲望まみれの状態なのに、なぜか、聖なる気分になっていると錯覚する場合が多いのじゃ」

「だって、それはカッコつけというかさ。やっぱり、十代の少年、少女が性欲まるだしで突っぱしったら、発情期のアニマルなわけで、言葉や服装で着飾ってこその人間様なんだから、しかたないよ」

「獣の乱交もみてみるとなかなかおもしろいものじゃぞ。参加するのは、ちと疲れるが」

「豚のアレはすごく迫力があるらしいね。
養豚場の人が教えてくれたんだけどさ、アレがグググググッとのびて」

ん。

僕は人の気配を感じてふりむいた。ガールズトークに花を咲かせていた僕らは、隙だらけだったみたいだ。
彼は、僕らのすぐ側に困った顔をして立っていた。