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リアクション
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな) フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった) リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー) 御神楽 陽太(みかぐら・ようた) 御神楽 舞花(みかぐら・まいか) ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)
結局、探偵なんてやつは、どんな状況にあっても真実やら事実やらを追い求めてやまないものらしい。
麗しのシャルお姉さまはもちろん、フレデリカちゃんも、リリちゃんたちも、みんなそれぞれ謎のこたえを探し求めてる。
ほんとうのほんとうのことなんて、そんなにしてまで手に入れなきゃいけないものなの。
人類は誰もがみんな、学者じゃないんだよ。
厳密な意味での正解なんて、求めるほうがどうかしてると思わないの。
偽りだろうとなんだろうと、とりあえず平穏でほどほどに幸せなら、いいんじゃないの。
「探偵って、やっぱり病気だよね。
うん。
探偵病は、厄介な病気だよ。
本人だけでなく、周囲も巻き込むし、巻き込んだ人の世界を変えてしまうことさえある。
それでも、探偵は必要なのかな」
「ハタ迷惑ではあるが、みているものをおもしろがらせる病気じゃよ。
金を払ってでも、病状を見て、読んで楽しむ愛好家がいる限りは、探偵病の患者がいなくなる日はこないじゃろうな」
「そうだね。お酒もタバコもドラックも求めるものがいる限り、なくならないよね」
「甘い蜜にはかならず苦い副作用があるのじゃよ。
それでも好きものたちは蜜を求める」
僕からすると探偵病の患者は、許可なく他人の家に押し入って、家の中をしっちゃかめっちゃかにして、自分の欲しい物だけを盗んでいく、ナルシストで無神経な泥棒のイメージなんだけど。
でも、患者さん的にはそれが名探偵なんだよね。
「ところでファタちゃん。
いま、僕たちの目の前の絨毯のうえに誰のものかわからないスマホが落ちているんだけど、拾って、調べてもいいよね」
「そうじゃな。
問題はどこまで調べるかじゃが、この場合、わしらにプラィヴァシーを知られたとしても、落としたやつの責任ということで、しかたがないじゃろう」
「うーん。でもね、他人のスマホなんて本来、あんまりふれたくないよね。
しかし、複数のミステリが同時進行展開してる真実の館では、ただ電車の座席に置き忘れられたスマホよりも、意味深な感じもして、ついつい手をのばしてしまう」
とか言いつつも、ためらっている僕の横から手をのばし、ファタちゃんは、ナンバリングされたり、末尾にアルファベットがついたりしている某国のベストセラー機種に微妙に似ている、パラミタ製のスマホを拾い、電源を入れた。
液晶にアイコンが表示される。
「よかった。爆弾じゃなくて」
「いや、まだわからぬぞ。
それにこれがもし、いま爆発したら、手に持っているいかんは、別として、わしもおぬしも揃ってダメージを受けるはずじゃぞ」
「そうかな。僕はさりげにファタちゃんの背後にいるから、幸運にも無傷かかすり傷ですむ気がするんだ」
「憎まれ口をたたきおって、まったく、愛いやつめ。
さて、持ち主を探すには情報が必要じゃ。受信トレイにあるメールを読ませてもらうとするかのう」
ファタちゃんは、すこしもためらわずにメールを開いた。
一番、最新のメールの送り主は、御神楽陽太。
「パラミタの新進の実業家じゃな。逆玉の星じゃ」
「お金儲けが上手なら、それだけでも生きてる価値はあるよね。
きっと、周囲のみんなに愛されてると思うよ」
メールの件名は、「助言?」
証券や貴金属の情報でも書いてあるのかな。
「舞花へ
これまでの情報を総合して考えてみたのですが、一連の事件の鍵は、二番目の植物園での事件にあるはずです。
凍死死体が発見された、ハーブ園をよく調べてみてください。
たしかなことは言えませんが、もしかしたら犯人は、被害者のアーヴィンを本当は殺す気がなかったかもしれません。
被害者に確実な死を与えている一番め、三番目とくらべて、二番目の死は偶然性が高いと思います。
とすると、本来、殺人の現場になるはずではなかったハーブ園には、他の二つ以上に、犯行の痕跡、犯人へとつながる手がかりが残されているのではないでしょうか?
事件当日、そこでなにが起きていたのか、事件前後にハーブ園に変化はないのか、入念に調べてください。
陽太」
やれやれ、また探偵病か。
「あのーすみません。それ、私のスマホです」
当然、声をかけられて、液晶画面を覗きこんでいた僕とファタちゃんは、ほぼ同時に顔をあげた。
僕らの前には、女の子が二人、中学生くらいのと僕と同じか、もっと幼そうな水色の髪(それも僕と同じだ!)の子。
姉妹にしては、雰囲気が違いすぎて、顔も体もどこも似てない。
中学生のほうは、しっかりしててお嬢様っぽい感じ、水色はたぶん、地に足がついてないね。
僕らをみてニコニコしながら、首を傾げている。
スマホの持ち主さんだそうだし、探偵病なのは、中坊のほうか。
「名探偵のお嬢さん。ごめんね。
残念だけど、これはすごくよく似てるかもしれないけど、きみのスマホじゃないんだ。
お引き取りしてくれるかな」
「おい。維新!」
僕はファタちゃんからスマホをひったくって、上着のポケットにしまった。
だ・か・ら、僕は、探偵はほんとうにうんざりなんだよ。
謎も秘密もどうでもいい。
自分がそうだと信じている世界を修復不能にまで壊されて、しかも、ごめんねの一つもなしに、その廃墟に仁王立ちして、自信満々のドヤ顔で、「これが真実です」 って言われてごらんよ。
あなたもわたしも誰だって、探偵になんて二度とあいたくなくなる。
「へぇ。そっくりだけど、あれ、舞花ちゃんのじゃないんだねー。なら、他のところに探しにいこーよ」
水色は僕の言葉をうのみにして、中坊の袖を引っ張った。
ききわけのいい、よい子だね。
僕はこういう子は大好き。せいぜい嘘つきに気をつけるんだよ。
さっきルイ姉にも注意してあげた気がするけど、世の中には人をだまして喜ぶ不逞の輩がすごくたくさんいるんだ。
きみみたいな、素直で無力でかわいい女の子は、普通の人の4・5倍は注意しないとダメさ。
「あいさつが遅れました。
私は、御神楽舞花。
この子はノーン・クリスタリアです。
あなたは、かわい維新さんで、こちらはファタ・オルガナさんですね。
陽太様が過去に調査した事件の記録で、存じ上げております。
ですから、つまり、言いにくいのですが、あなたの性癖についても、いささか知識がありまして。
それから、私は名探偵ではありません。
いちおう、探偵研究会の代表をしてはいますが、あくまで、それは趣味の範囲の話で、名とかそういうのでは、ないのです」
「あん。なんのことだか、僕はさっぱりわからない。
初対面でいきなりいちゃもんをつけるのは、やめてくれないかな」
探偵研究会の代表って、青ドレスに赤い腕章のやたら、高圧的な態度の女の子じゃなかったっけ。
サバ、だかハモだか魚っぽい名前で、えっと、あれ、あの子は代表じゃなくて、カイチョウと呼ばれてた気もする。
「はい。失礼しました。あなたに言葉で対処しようとしても、たしかに。
実は私、予備のスマホを持ってまして、これから、それを使って、落としたスマホに電話してみます」
中坊あらため舞花ちゃんがスマホを取りだしたので、僕は着信する前にポッケのスマホを壊してしまおうと取りだして、
「ダメじゃ。
舞花。どうやら、維新はカン違いをしていたようじゃ。
おそらく、これはおぬしのスマホじゃろう。確認してくれぬか」
ファタちゃんが僕からスマホを強奪し、舞花ちゃんに渡してしまった。
「そっかー。やっぱ。舞花ちゃんのだったんだぁー。
戻ってきてよかったねー。
維新ちゃん、みつけてくれて、ありがとう」
「いやいや。偶然だなー。僕も、まさか、それが舞花ちゃんのだとは思わなかったよ。ごめん。ごめん」
「わたしもお外でなにか拾ったりするとすぐにポケットに入れちゃって、あとでどれがどれだかわかんなくなったりするんだよねー」
「だよねー。あーよかった。よかった」
僕とノーンちゃんは、お互いの両手の平をあわせて、その場で一緒にジャンプしてはしゃいだ。
「失礼しました。では、私とノーンは行きます」
「じゃぁねー。ばいばーい」
育ちのいいお嬢様だから、僕に抗議もせずに、舞花ちゃんは、ノーンちゃんの手を握って去っていこうとした。
なのに。
「待つのじゃ。いやいや、ほんとうに悪気はなかったのじゃが、スマホに着ていたメールを読んでしまってのう。
その後、おぬしらは、第二の殺人事件に隠されていたなにかを突きとめられたのか?」
「興味がおありなんですか」
舞花ちゃんが聞き返す、興味があるから、聞いたに決まってるのに。
もっとも聞きたいのは、ファタちゃんだけで僕じゃない。
「ふむ。
どの情報がどこにつながっておるのかわからんのでな。
この屋敷で幽霊の正体探しをしておるわしらにとって、有益な事実をおぬしが知っておるやも知れぬ」
ちぇ。
別に僕は知りたくないよ。
舌打ちに気づいたらしく、舞花ちゃんが僕に視線をむけた。
「いえ、でも、こちらもなにか得られるかもしれませんし、お話するのはかまいませんが、維新さんが」
「気にするでない。
維新は、子供が誰を信じていいのかわからぬような不幸な家に生まれついてな。
一族を襲った一連の殺人事件の渦中でさらに心に傷を受けたのじゃ。
探偵ギライはその時の後遺症にすぎぬ。
もともとは賢くて、人の気持ちを思いやれるよい子じゃよ」
?
ファタちゃんの言葉に、僕は筋がおかしくなるくらい首をひねってしまった。
「そうなのですね」
さらに舞花ちゃんの同意。
「維新ちゃん。ガンバレー。わたしも応援してるよー」
ノーンちゃんまでうるさいよ。
全世界の幼女と少女の味方のファタちゃんが、まるで普通のいい大人みたいなことを言ってる。
いったい、どうしたんだ。いつものでまかせなのか。
舞花ちゃんと親しくなるためのダシに僕を使う気か。
「本人はこうしてわからぬフリをしておるが、わかっておるはずじゃ。
維新の虚言は、ひどすぎる現実を繊細な心の持ち主が生き抜くための自衛手段なんじゃよ。
心身ともに自分が傷ついてでも、事実とむきあいたがる探偵たちほど、維新はタフではないのじゃ」
なぜ、どうして僕は、動揺してるんだろう。
そんなことは知っているさ、と心のどこかで思ってしまっているからなのか。
???
「わかりました。
お話します。
陽太様の助言通り、私たちは博物館のハーブ園を調べてみたんです」
なにがどうわかったのか、わからないんだが、とにかく舞花ちゃんは話しだした。
彼女が言うには、事件後、ハーブ園では奇妙な事象が発見されたそうだ。
事件前には存在しなかったはずの7種類のハーブが何者かによって園内に埋められていた。
もちろん、植込みの公式な記録は存在しない。
職員も業者もいつも間にそれらが植えられていたのか、誰にもわからなかった。
それぞれのハーブの前には、名前と1から7まで番号の描かれた札が置かれている。
1. ArabianNight(アラビアンナイト)
2. Vanilla(ヴァニラビーンズ)
3. Eyebright(アイブライト)
4. Nutmeg(ナツメグ)
5. GermanChamomile(ジャーマンカモミール)
6. Echinacea(エキナセア)
7. Raspderry(ラズベリー)
探偵チックに1〜7のハーブの頭文字を順番通りに並べてみると
AVENGER 復讐者
になる。
以上、心に傷を持つ(ほんとかよ)かわいそうな少女のかわい維新がまとめてみました。
「犯人は、復讐者だって意味なの?」
「いいえ。おそらく、これは事件を外側から眺めている者の存在を意味しているのだと思います」
僕がつぶやくと、すっかり探偵モードの舞花ちゃんが、講釈をはじめた。
「これらのハーブが植えられたのは、事件後らしいのです。
犯人がわざわざ植えにくるでしょうか。私は事件の真相を知るなにものかが、作為的に7つのハーブを植えたのだと考えています」
「なんのために」
「メッセージです。
例えばですが、このメッセージを読み取った事件の別の関係者によって、第3の事件が引き起こされたとは考えられませんか」
僕には話の意味がのみこめなかった。
やや強引すぎる仮説だな、と思ったくらい。
「あまりストレートではないそんな例を口にするのは、つまり、おぬしはそう考えているということじゃな」
ファタちゃんの断言に舞花ちゃんは頷いた。
「なるほどのう。
そんなふうに直接、手をくだした人間と、事件の影でうごめいている人間たちが別々に存在しているのなら、事件の真実は実行犯を捕えただけでは、みえてこぬかもしれぬのう」
「そして、実行犯はいままさにここにいるのです」
口にださなかったけど、舞花ちゃんはすでに今後、どう行動するのか決めている様子だった。
「すまぬな。せっかく話を聞かせてもらったが、わしらからおぬしにプレゼントできるものはないようじゃ。
ただ幸運を祈るぞ。
しかしだな、おぬしたちは金持ちで落ち着いていて、立派な保護者もついているようだし、そう迷うこともなさそうじゃからな。
わしに祈られてもたいして意味はないかもしれんのう」
「ありがとうどざいます。
心強いです。
ファタさんも、維新さんもお気をつけて」
「維新ちゃん。ファイトー。ガンバ。ガンバ」
ノーンちゃんに一方的に勇気づけられて、僕はほんとうにかわいそうな人みたいだ。
実際に、そうなのかな。