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ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな) フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった) ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん) スクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ) 



くわしい事情のわからないまま、ともかく室内で目立つ存在になってしまった僕らのところへ彼女たち三人はやってきた。

「いま、維新と呼ばれてるのが聞えたの。
あなたが、かわい維新ちゃんね。
同じ事件にはずいぶんかかわってきたけど、こうしてちゃんと話をするのは、はじめての気がするわ。
私はイルミンスール魔法学校のフレデリカ・ベレッタ。
2人は私のパートナーのレスリーとルイ姉よ。
ところで、ヤードがどうとかいっていたけど、あなたたち、いったい、なんの用があってここへきたの」

僕はまず、知らない人に名前を呼ばれた場合は、おとなしく自分の名前と認めるか、他人のフリをしてスルーするかを考えるところからはじめるのだけど、どうやら、うかつにもファタちゃんに呼ばれているところをばっちり聞かれてしまったみたいだし、育ちがよくて気も強そうなフレデリカちゃんは、ヘタにごまかすと後々、かえってめんどくさくなりそうな子なので、僕は自分が、かわい維新だと認めることにした。

「うん。僕は、維新。こっちはファタちゃん。
幽霊の仕業だと本人は思い込んでいる、でも実際は、人間による悪質ないたずらに悩まされているらしい、自称神父を探しているんだ。
ここにはいそうもないね。
フレデリカちゃんは、ルディ神父を知ってるかい」

「ふーん。ルディ神父がそんな面倒なめにあってるなんて、知らなかったわ。
維新ちゃん。あなたはひどい虚言癖の持ち主だって、以前に人から聞いたのだけど、こうして話すと別に普通ね。
私、人を疑ったりするのは苦手だから、だまされてるだけかもしれないけど。
ごめんなさい。私たち、館にきてから、レスリーの件でずっと動きまわってて、他のことまで気をまわしている余裕がなかったの。
だから、私は、神父の話はなんにも知らない。
みんなは、どう?」

さっきのシャルちゃんが女王様兼生徒会長なら、フレデリカちゃんは学級委員長兼理想の彼女みたいな感じの子だった。
僕は、どちらも得意じゃないけど、庶民的なぶん、まだフレデリカちゃんのほうが話しやすい。
余計なお世話だろうけど、本人が言ってるように、信じることがコミュニケーションの第一歩よ! 的な、オープンハートなフレデリカちゃんは、かなりだまされやすい人の気がするな。
世の中には嘘つきが大勢いるから、注意したほうがいいと思います。
彼女の仲間の人たちもみんないい人らしくて、フレデリカちゃんに話を振られ、ていねいにあいさつをしてくれた。

「はじめまして。ルイーザ・レイシュタインです。
維新ちゃんとファタさんは、神父さんの件で聞き込みをしておられるのですね。
実は、私もこのレスリーが無実の罪をきせられそうになってしまったので、それを晴らすために、ここで情報収集をしていたのですよ。
幽霊ではなく、主にハーブ園での殺人についてですけど」

ルイーザさんは、20歳くらいなんだろうけど、年齢以上に落ち着いた雰囲気の、人のよさげなお姉さんだった。
美人さんなのに、どこかはかなげで幸薄そうで、この人、恋人が死んでたり、フタマタかけられたり、不倫してたり、難病に犯されて早死にしたりするんじゃないだろうか。

「ルイーザさん。幸せに、たくましく生きてくださいね」

「え。は、はい。できれば、そうありたいものですね」

「世間の荒波になんか負けちゃいけませんよ。
9歳の僕だって、犯罪者の濡れ衣や近親者との恋愛を抱えながら、日々、胸を張って生きてるんですから」

「そ、そ、そうのね。維新ちゃん、大変ね」

「ほら、そこ!
そうやってすぐに人に情を移すところに、悪がつけ込んでくるんです。
僕が悪党の男性だったら、ルイーザさんみたいなくみしやすそうな美人さんは、ボロボロになるまで利用しつくして、しまいには異国へ売り飛ばしちゃいますよ。たぶん」

「まぁ、それはそうなったら困りまるけど、私にはフリッカもついているし、まさかそんなふうには。
でも、心配してくれて、ありがとう」

自分の危険性に自覚のないらしいルイーザさんに保護欲をそそられて、僕は彼女と握手しながら、片手で肩をぽんぽんと叩いてあげた。
かよわい女性同士、お互いにたくましく生きましょうね、と。

「維新ちゃん。話を本題に戻していいかしら。
あなたが求めている幽霊の件とどれくらい関係があるのかわからないけれど、私が教えてあげたいのは、神父さんと関係のある話なの」

「情報提供、感謝します。いまはなにもお返しできませんが、ルイーザさんに不幸がふりかかってきたら、僕を呼んでください。
微力ながら、お力になりたいと思います。
僕、影の薄い女性に弱いんです。つい、他人事と思えなくて」

「私、そんなに影が薄いかな」

ルイーザさんが不安げに首をかしげる。
ルイ姉さん。そういうのは、自分じゃ気がつかないものなんですよ。

「維新。おぬし、あらぬ方向へ暴走しておらぬか。
おぬしをみておると、たまにものすごく不安になるぞ。
わしにとっては、そこもまたかわいいのじゃがな」

ファタちゃんの僕へ忠告の後、ルイーザさんもフレデリカちゃんにぎゅっと手を握りしめられ、

「ルイ姉には私がいるから、安心して。
維新ちゃんは、この子は、言葉の病気らしいから、あんまり気にすることないよ」
励まされた、ルイーザさんが頷く。
僕は、なにを考えて、しゃべってるんだろう。
自分で自分が信じられなくなる時があるのは、どうしてかな。
外部から刺激によって予想もしなかった自分の中身がぽろりとこぼれちゃう、みたいな感覚って、誰にでもあるものなのかな。

「すいません。脱線しました」

「いいのよ。私は大丈夫。
それでね、神父さんだけど、私が館にいる人たちから聞いたのは、アンベール男爵の・・・その・・・恋人というか、連れている人がね」

「つまり、男爵の愛人なん号かわからないさん、ですか」

「ええ。いまもこの館にきている人だけど、その人がルディ神父さんの亡くなられたお母さんにそっくりなんですって。
神父さんの双子のお兄さん、ニトロさんがそれに気づいて、男爵とその人が一緒にいる部屋にドアを壊して乗り込んだそうよ。
ふざけんな、って」

「じゃ、この話が本当なら、神父が怯えてる幽霊は男爵の愛人でした。
チャンチャン。
で、とっくに解決してるわけ?」

「どうかしら。
ニトロさんは部屋へ行く前は、それこそ、男爵と女の人を殺してしまいかねない勢いだったそうだけど、部屋からでてきた後は、なんだか納得した感じで、まずいものでも食べたような顔をして、ったくヘンタイが、とかつぶやいてたそうよ」

ったくヘンタイが。
か。
男爵の豪奢な寝室では、どれほどの淫靡な性の狂宴が繰りひろげられていたのだろう。
理性も脳髄さえも溶かしつくすような快楽があるのかも。
9歳なのに、僕は、そんなの想像していいのか。

「ルイーザさん。僕、疑問に思ったのですけど、この話、誰から聞いたんですか。
ニトロさん本人ですか。ニトロさんは、評判によると、けっしてまともな人じゃなさそうですよね。
そんな人の言うこと、鵜呑みにしてよいのでしょうか」

「ニトロさんの体験をね。セリーヌちゃんから教えてもらったの。
セリーヌちゃんは、知ってる? 彼女は友達が多そうだから、維新ちゃんとも知り合いかな、と思って」

「知ってます。
廃教会の住み込みの女中ですよね」

それ以上でも以下でもない、我ながら的を得た人物評だ。

「セリーヌなら、シーツの洗濯から、今晩のおかずの買物といった瑣末な日常のことで頭がいっぱいで、たいした嘘をつく能力もなさそうですから、その程度の話なら信用してあげてもよいかもしれません」

「あの、いくらなんでも」
僕をみつめる、ルイーザさんと仲間のみなさんの推定マイナス100度の冷凍ビーム的な視線の意味が、僕には理解できない。

「維新ちゃん。友達を人に紹介する時にそんな言い方は」

「待って、フリッカ。この子は病気でしょ。ね。きっと悪意はないのよ」

なぜか僕を怒鳴りかけたフレデリカちゃんをルイーザさんがなだめてくれた。
問題をすり替えるようで、申しわけないのですが、みなさんに、さっきから容赦なく、病気、病気と言われ続けている僕は、かわいそうではないのですか。

「ところでフレデリカちゃんたちは、この部屋でなにをしてるわけ。
ここに集まってる人たちは、みんな、どんな目的でここにいるの」

「ボクが殺人事件の犯人と間違われて、さらわれちゃったりもしたから、フリッカとルイ姉が助けてくれて、それでいまは、ハーブ園での殺人事件に関係のある人がみんなここに集まって、全員で情報交換をしてるんだよ。
あいさつが遅くなってごめん。ボクはスクリプト・ヴィルフリーゼ。
今回は、無実の罪で捕まるのかと思ってあわてちゃったよ」

ボブがよく似合うスポーティーなスクリプトちゃんは、僕と同じで自分をボクと呼ぶ女の子です。
されども、同じ僕少女でも、こころなしかスクリプトちゃんのほうが明るくさわやかな気がするのは、名前の漢字とカタカナの差かな。

「ハーブ園の殺人とはつまり第二の殺人じゃな。
そちらのほうは、大筋はみえておるのかのう」

「ええ。だいたいはね」

ファタちゃんに、フレデリカちゃんがキラッって感じの笑顔でこたえた。
ふうん。それはそれはよかったねぇ。
僕はやっぱりこういうタイプの子は苦手なので、聞くことはきいたし、そろそろ次へいかせてもらおうかな、と。
つい、あいさつもせずに退散しようとした僕の背中から、フレデリカちゃんの声がした。

「維新ちゃん。
友達は大切にしないとダメよ。
人と人とのつながりは、代わりのない宝物。それを忘れないでね」
彼女のらしい餞別に、背筋に寒気がはしったけど、とりあえず、僕は後ろむきのまま、腕をのばして、手を振った。
ありがとう。
ばいばい。フレデリカちゃん。ルイーザさん。スクリプトちゃん。