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【ソシャゲの中には、鬼よりも悪魔よりも恐れられている事務員がいるらしい】

●空京:『INQB』

 深夜、『豊浦宮』と同じ敷地にある『INQB』の一室は、人工の灯りに照らされていた。

「ミッション終了! 今ので何個になったかな?」
『今のドロップで490個ね。トップは……500個みたい。このままのペースなら後2〜3時間で抜けるはずだわ』
 『MISSION CLEAR』と浮かび上がる文字、何かのアイテムを獲得したお知らせを確認して、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は装着したヘッドセットマイク越しに、馬口 魔穂香とイベント限定アイテムの個数をチェックする。美羽はこの時名目上は『INQB』の電話番だったのだが、街の平和は『豊浦宮』の魔法少女(もちろん『INQB』の魔法少女もちゃんと貢献している)が守っている事もあってそうそう電話がかかってくることはなく、美羽は当然のように社内回線を借用してネトゲに興じていたのであった。
「イベントが朝7時までだから、後8時間。絶対にトップ取って、スペシャルレアカード手に入れようね!」
 どうやら二人が狙っているのは、上位に配布されるゲーム内で効果を発揮するアイテムのようだった。

「武器にセット出来るカード……って、やっぱりソシャゲの流れを組んでるのかなぁ」
「そうね。まぁソシャゲは儲かっているみたいだし、大量かつ継続的に課金させる方法としては上手く考えたなって思うわ」
「だよねー。そうだって分かってるんだけど、ついやっちゃうんだよねー」
「美羽、そこにレアがある限り手に入れ続ける、私達はそういう運命の中にあるのよ」
「そっか! 魔穂香、今のなんだかかっこいー!」
「……それってカッコイイ事なんスかねぇ。どう考えてもただのダメ人間だと思うんスけど……」
「うるさい! 六兵衛は仕事しなさいっ」
「はいはい、もう慣れたッスよこの扱い。……これでも前より魔法少女の仕事してくれるようになったから、いいんスけどね」

 過去にそんな会話を交わし、そして今も美羽は魔穂香とプレイを続けていた。
「あ、れ……?」
 と、視界が一瞬、ぐらり、と歪む。
「……? 疲れたのかな、健康には気を使ってるつもりなんだけど――って、ああぁ!!」
 首を傾げた美羽が、ディスプレイを見て大声を上げる。画面には『通信が切断されました』の文字が浮かんでいた。
「魔穂香、通信が切れちゃった! そっちはどう――って、魔穂香? 魔穂香!?」
 魔穂香に呼びかけるも、ヘッドフォンの向こうから声は帰ってこない。
「何があったの……?」
 ヘッドセットマイクを外し、辺りを見回す美羽。シン、と静まり返った部屋からは何の気配も感じられず、美羽は底知れぬ不安を抱き始める。

『!!!!!!』

 瞬間、窓ガラスが外から破砕され、何者かが室内に飛び込んできた。
「きゃーーーっ!!」
 突然の事に、美羽が悲鳴を上げてしゃがみ込む。無防備を晒す一人の少女へ、飛び込んだ無数の生物は気色悪い声を発しながら襲い掛かる――。

「美羽は、僕が守るっ!」

 そこに、3対の羽を羽ばたかせ、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が美羽の目前へ翔け寄ると、飛びかかろうとした謎の生物を槍の一閃で払い除ける。壁に叩き付けられた謎の生物は潰れた声を最後に動かなくなった。
「美羽、大丈夫?」
「うぅ、いきなりだったからビックリしたよぅ。ありがと、コハク」
 差し出されたコハクの手を取って、美羽が立ち上がる。表情が段々と、街の平和を守る魔法少女の顔へと変わっていく。
「一体どうなったのか、コハク分かる?」
「僕にも詳しい事は……。六兵衛と電話番をしていたと思ったら居なくなって、美羽の悲鳴が聞こえたから駆けつけたんだ」
「私も、回線が切れて魔穂香と連絡が取れなくなって……。
 そういえば、直前に一瞬だけ、目の前がぐにゃって歪んだような気がしたんだ」
「それは僕も感じた。……もしかしたら僕達は、異世界のようなものに飛ばされたのかもしれない」
 パラミタで暮らしていれば嫌でも経験することになる経験を基に、コハクと美羽が自分たちの置かれた状況を把握していく。
「とりあえず、外に出よう!
 街の平和を乱す悪人は、『魔法少女マジカル美羽』が許さないんだから!」
 そう宣言した美羽の全身から、光が生まれる。背を向けたコハクの背中で、美羽は『魔法少女マジカル美羽』への変身を果たす。

『魔法少女の皆さん、私の声が聞こえますかー?』

 すると、美羽の脳裏に直接、聞き覚えのある声が届く。
「この声は……豊美ちゃん!」
 その声が『豊浦宮』の代表者であり、【終身名誉魔法少女】である飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)と分かった美羽の表情に、笑顔が浮かぶ。
『空京の街に異変が起きています。街の平和を守り、安心をお届けするために、皆さんで異変を解決しましょうー』
 魔法少女を激励する豊美ちゃんの声に、勇気をもらった美羽が拳をぐっ、と握って宣言する。
「よーし! 空京の平和を守るために、頑張るぞー!
 早く異変を解決して、期間限定イベントに復帰するんだから!」
「そうだね、頑張ろう」
 コハクも頷き、そして二人は外へと翔け出していった――。