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第二章:性なる夜の、なかよしクリスマス! なのです

 クリスマス・パーティーが行われる会場へ目を移してみましょう。
 とは言いましても、豪勢な会場を借り切ってのことではありません。
 空京の片隅にある潰れかけの小さなファミリーレストランが、客席と厨房を使わせてくれることになったのです。
 普段から閑古鳥が鳴いており、一般客はほとんどいません。かき入れ時のクリスマス・イブですら暇だと言うのだから、もう長くはないでしょう。
 はやっていない割りには、内装も厨房もしっかり手入れされ綺麗で使いやすくなっています。快適にパーティーを催せそうです。
「私も含めて、ご自由にお使いください。他には、誰もいませんし、皆様にはご迷惑おかけしましたから」
 ご奉仕いたします、とメイド姿のオーナーの少女が言います。
 彼女は、リナ・グレイという名の、カナンの資産家の娘でした。
 夏には、豪華客船ダイパニック号に契約者たちを招き、保険金目当てで沈没させた香ばしい経歴の持ち主です。
 詐欺師の婚約者に騙され、両親から相続した資産をほとんど全て失いましたが、裁判の過程で空京に出店していたこのファミリーレストランは取り戻すことができたようです。   
 客の来ないレストランが資産になるのか負債になるのかはさておき、何とか繁盛させたいと悪戦苦闘している様子です。今回のクリスマスパーティーで盛り上がることができれば、なじみの客もつくのではないか、と懸命の呼び込みで参加者たちがやってきたわけですが。
「あんたも、色々と大変ね。あたしたちは、無人島でバカンスできたから別にいいんだけどさ」
 厨房のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、そう言って笑います。
 あの海難事故で無人島に漂着したことなど全く気にしていない様子で、用意されていた食材でケーキ作りを始めようとしていました。
「あたしが来たからにはもう安心よ。自分で言うのもなんだけど、料理の腕前にも自信があるの。あっという間にこのお店を繁盛させてあげるわ」
「お願いだからやめてあげて。殺人レストランの汚名を被って明日にでも閉店だわ」
 止めに入ったのは、セレンフィリティのパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)です。
 パーティーと聞いてやってきたのですが、セレンフィリティに料理をさせるつもりはありません。セレンフィリティの料理の腕前はメシマズどころではなく、『教導団公式認定生物化学お料理兵器』、『ナラカ人殺し』とまで評される程の壊滅的な破壊力なのを十分に知っているからです。 
 ダイパニック号の被害どころではすまなくなる可能性もあります。
「そんなことないわよ。あたしの心をこめた手作りケーキで、参加者たちの舌をとろけさせてあげるんだから」
 あくまで自信満々に言うセレンフィリティは、クリームに謎の液体を混ぜ始めます。鍋の中では、手製のスポンジが紫色の毒々しい湯気をたてています。
「舌がとろけるんじゃなくて、本当に色々と溶けるから、それ」
 セレアナは、パートナーを羽交い絞めにして耳元で囁きます。必死の形相です。
「セレン、あなたのケーキを食べていいのは私だけよっ!」
 だから、皆にはケーキを振舞わず、自分にだけ独占させて。と真剣な愛を語るのです。
 並々ならぬ熱意に打たれたセレンフィリティは、目を輝かせました。
「もう、セレアナったら。仕方がないわね。そこまで言うなら参加者たちに食べさせてあげるのはやめにするわ」
 セレンフィリティはそう言うと、調理を放棄し厨房から去っていきました。
 店内を飾り付けしている女の子たちの輪の中へと入っていきます。
「その作りかけは産業廃棄物として専門業者に処分してもらってね。なんなら、教導団の化学兵器処理班を呼んでもいいから」
 厨房散らかしてごめんね、とセレアナはリナに言って、セレンフィリティたちの手伝いをしに行ってしまいます。
「捨てるなんてもったいないです」
 質素倹約中のリナは、セレンフィリティが作っていたケーキの一部をつまみ食いしてみることにしました。
 ああ言っていたけど、謙遜か冗談なのだろう。そう彼女は思っていたのです。例え少々味がよくなくても食べられるなら持って帰ろうと、甘く考えていたのです。
「うぐっ!?」
 ケーキを食べたリナは口から泡を吹いてその場に倒れ動かなくなってしまいました。顔が真っ青になっており、呼吸も脈拍も不安定です。ただ事ではありません。
「いいんです。忠告を聞かなかった私が悪いんですから……」
 彼女は病院へ運ばれていきました。みんなのクリスマスが楽しいものであることを祈りつつ、イブの夜は病室で過ごすそうです。





「と言うようなことがあって、ちょっとした騒ぎだったのよ」
 厨房で料理を手伝っていた想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は、買出しから帰ってきた雅羅とそんな会話をしながらも、会場の飾りつけへと行ってしまったパートナーの想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)をちらちらと伺っていました。
 夢悠の首に巻かれたマフラーとどぎまぎした様子に、何かあった、ことくらいはすぐに察しがつきます。
 雅羅はそ知らぬ顔をしていますが、これはかなり脈があるのではないでしょうか。
「グッジョブ!」
 瑠兎子は親指を立てて、うんうん、よくやったと頷きます。
「このファミリーレストラン、勝手に使っていいって言ってたわよね。遠慮せずに、お料理させてもらいましょう」
 クリスマスパーティーに招かれてやってきていた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、すでに食材の調理を始めていました。
 雅羅たちはケーキを作っていますが、それだけでは寂しいので、軽食類作りを担当します。厨房の道具は使い放題なので、バラエティに富んだ料理を提供できそうでした。
 去年、コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』を結成したさゆみは、活動と空京大学での生活にとても忙しく料理をするのは久しぶりなのですが、嫌いではありません。
 皆においしい料理やお菓子を食べてほしいと、自然と気合いが入ります。包丁もよく磨がれており切れ味抜群です。すごい事になりそうです。
「……」
 その反対側では、さゆみのパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、出来上がりかけているケーキを前に睨めっこしています。
 凝り性で職人気質の一面を持つアデリーヌは、繊細な飾りつけといった細かい作業は得意で、ケーキのデコレーションを仕上げようとしていたのですが。ホイップクリームで飾るのにも色々な飾り方があるのでは? などと考えすぎて手が止まっているのです。
(せっかくのパーティーなんですもの。失敗と妥協は許されませんわ)
 うむむむ……、と難しい顔で腕を組んでいますと、さゆみが力を抜くようにアデリーヌの肩をぽんと叩いてくれます。
 その笑顔を見ただけで、アデリーヌは気負いがなくなりました。センスに任せて、飾りつけの仕上げに掛かります。
 瑠兎子は瑠兎子で、別の悩みが芽生えてきていました。
(アタシとしては、この後どうすべきか。夢悠のサポートに回るか、雅羅の背を押すことにするか……)
 雅羅と夢悠を見比べてばかりいると、背後からエプロン姿の遠山 陽菜都(とおやま・ひなつ)が瑠兎子に声をかけてきました。
「どうしたの? 早くケーキを作ってしまいましょう。お料理も途中なんだし。……もぐもぐ」
「おっと、陽菜都さん。アタシは今、フライドポテトを揚げているところなのよ。むやみに近づくと、油が跳ねて切ない思いをすることになるわよ。へっへっへ」
 特に意味はありませんが、瑠兎子は悪そうな笑みを浮かべました。菜箸でポテトを摘み取り、揚げ具合を確認しながら口に入れます。
「うん、このサクサク感がいいわね」
「むむっ。真面目にやってよ。試食するだけなら、手伝ってもらわなくてもいいのよ。……むしゃむしゃ」
「やってるわよ。サラダだって出来てるし。陽菜都こそ、ケーキのクリームの量が多すぎるんじゃない。何センチあるのよ、その分厚さは? ……ぽりぽり」
「ふふっ、市販のケーキには真似できない大盛りよ。全部手作りなんだからね。……はむはむ」
「二人とも、いい加減にしなさい。さっきから味見しかしていない気がするんだけど」
 雅羅は、穏やかな口調でたしなめました。顔は笑っていますが、額に怒りマークが浮かんでいます。
「はっ!? 私としたことが」
 陽菜都は我に返って、赤面しました。瑠兎子と顔を見合わせて微笑みます。
 わいわいしているうちに、ついつい手が止まってしまっていたのです。作りかけのケーキに向き直り、仕上げに掛かります。
「イチゴ載せすぎじゃないかしら。デコレーションのお菓子を置くスペースが欲しいわね」
 想定していたよりも大きなケーキに、雅羅は目を丸くします。
 なみなみ盛り上がったふわふわクリームの上に一面びっしりとイチゴがめり込んでいます。美味しそうですが、なんだか妙な迫力があるのでした。
 それに対して、こだわりを見せる陽菜都は、さわやかないい顔で答えます。
「これでいいのよ。イチゴ100%っ! ケーキ作りには譲れないものがあるのよっ」
「陽菜都って、イチゴ好きなの?」
 イチゴ100%って、陽菜都が言うと深いわねぇ……と苦笑しながら瑠兎子は聞きます。
「果物は何でも好きよ。むしろ、嫌いな食べ物がないくらいなんだもの。だから、しっかりご飯を食べてこんなに元気っ!」
 真剣な表情で胸を張ってから、陽菜都はまたしても、はっ! と我に返ります。みんなこっちを見ています。
 ケーキ作りをしていたはずなのに、どうして厨房でポーズを決めているのでしょうか。気を取り直して言います。
「さあ、あと少しよ。みんなで力を合わせて完成させましょう!」
「はい、あ〜ん」
 瑠兎子は、余っていたイチゴを摘んで陽菜都の口元へともって行きます。
「あ〜ん」
 ぱくり、とイチゴを口に入れて陽菜都は満足げに微笑みました。
「おいしっ」
「……」
 そんな二人に向けて、雅羅が泡立て機でウィィィン、と威嚇してきます。笑顔の無言がちょっと怖いです。
「今日の雅羅は突っ込み役ね」
 瑠兎子と陽菜都は両手を握り合わせながら合いの手を入れました。なんだか仲良しです。
「できましたわ!」
 アデリーヌは、雅羅たちが遊んでいる間に、ケーキを完成させていました。
 ひとたび決めてしまうと、後は手際よく作業を進めしっかりいい仕事で飾り付けを終えていたのでした。
「すごいですわ。もしかしたら、わたくし芸術作品を作ってしまったかもしれません」
 その出来ばえの良さに、我ながら感動して目を潤ませるアデリーヌ。食べてしまうのがもったいないくらいのデコレーションです。
「とか何とか言いながら、アデリーヌさんも、こっそり味見していたでしょ? ほっぺにクリームがついているわよ」
 さゆりは、いたずらっぽく微笑みながら、アデリーヌの頬をペロリと舐めました。
「ひゃっ!?」
 アデリーヌは不意打ちに驚きましたが、すぐに赤くなってさゆりを見つめ返しました。二人は顔を近づけたまま、しばし微笑みあいます。いい雰囲気です。
「もう。さすがにみんなの前でいちゃつくのは、はしたないと思いますわ」
「大丈夫よ。私の料理は出来てるんだし。恋人同士なんだもの」
 さゆりは言いました。もちろんTPOはわきまえていますが。
「ミテマセンヨー」
 雅羅は視線を逸らせました。
「まあ」
「ドキドキ」
 瑠兎子と陽菜都は、好奇心に満ちた目で、さゆりとアデリーヌをガン見です。
 男子は苦手な陽菜都ですが、女の子同士ならむしろ慣れているのかもしれません。
「続きをドゾー!」
「ごめんごめん。そんなつもりはなかったのよ」
 さゆりは照れくさそうに笑って料理を盛りつけます。
 フライドチキンに、一口サンドイッチ、カナッペなどがすでに彼女の手によって完成していたのでした。
 なんだかんだ言いながら、ケーキも料理も無事に出来上がったようです。
 参加者たちが待つ客席へと運んでいくと、ちょうど店内の飾りつけも終わったところでした。
 つつがなくクリスマスパーティーが始まります。
「よし、ここまでトラブルなし!」
 雅羅が小さくガッツポーズしていました。
 災厄をもたらす神はクリスマス休暇中なのでしょうか。