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冬のとある日

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冬のとある日

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【15】


 葦原明倫館の生徒紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、暫く前から天御柱学院に技術研修で出向している。――とは言っても実際は週に三日のペースで往復していた。
 なんだかんだとお人好しな彼はロリ様ことトゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)やスヴェトラーナが心配でならないのだろう。
 そんな訳で本日も数日振りの明倫館への『帰郷』を堪能していた、そんな矢先である。
[むかえにきて。]以外は場所しか書かれていない『とても丁寧な』メールを着信した。
 差出人の名前を見るまでもない。トゥリンだ。
 唯斗がこちらへ帰ってきている事を知っていて、彼女はこういうメールを送ってきている。時刻は朝。場所はこの付近だからきっとクラスメイトの誰かのところに泊まりにでも行っていたのだろう。
「はいはい」[了解迎えに行くわー]「――っと」
 手早く返信して、唯斗はトゥリンの元へ急ぐ。


* * * * *

 

 トゥリンと合流して途中寄った自宅から持ってきた料理上手なパートナーお手製の重箱弁当を胃袋バキューム娘から隔離すべくトゥリンに託し、まず最初に向かったのはスヴェトラーナの部屋である。
「げ。唯斗さん!」
 姿を見るなりそう言って、スヴェトラーナは家の中でまで装備していたコンバットナイフをポーチから抜いて構えた。
「私の部屋に入りたくば私を倒してからあうっ」
 ナイフを叩き落しながらもう片手で額にチョップを喰らわせて、ドアノブを捻る。こんな風に出迎えられた瞬間から、中の様子は察しはついていたが――
「あー、もう恒例だけど何で一日でここまでの惨状になるのか……」
 ぐちゃぐちゃ。
 としか形容しようの無い部屋を目の当たりにして、唯斗は額を抑えた。
 この家に住むのはトゥリンとスヴェトラーナ。それに最近はミリツァも加わった。
 生活能力という点において、ミリツァがそれを持ち合わせていない理由は分かる。家の中に使用人を何人も召し抱えていた生粋のお嬢様なのだ。まして話しを聞く限り一人の手には余るような大きな部屋や豪奢な家具を持っていたようだから掃除や洗濯が出来ませんと言われても理解出来る。
 しかしスヴェトラーナの方はどうだろうか。
 生まれてから父と二人暮らし。それからは士官学校で寮生活を送り、その後は一人暮らしをしていたらしいのにこれなのだ。
「トゥリンと会う迄どーしてたんだオイ!」
 バッと勢いをつけて振り向いた唯斗に、スヴェトラーナは徐に長い足をにょきっと伸ばし、床に落ちていたセクシーな水着の女性が表紙の娯楽雑誌とコミックブックの山をひっかけ、そのまま横へスライドさせた。
「こうやってベッドの下に入れれば完璧です」
「完璧じゃねえよ」
 真顔で返す唯斗にスヴェトラーナは人差し指を立て、チッチッチッと横に振る。
「パーパの部屋はもっとヤベぇ」
「――はあ、親父さんと二人で暮らしてた時はどうしてたんだよ」
「書斎以外は綺麗にしてましたね。何とか父親としての体面だけは取り繕ってくれてました。例えばエロ漫画は子供の見えない所に」
「って言ってるってことはそれもうバレてたんだよね」
「鍵付きの書斎のハンドガンの棚の後ろ」
「娘にバレてりゃ世話ねえよな」
「因に好みは皆さんの予想通り妹もの」
「妻に先立たれた夫の楽しみをそれ以上晒すのはやめて差し上げろ」
 嗜めつつも唯斗は既に作業に入っている。動かなければ終わらないのは、数回の経験から分かっていた事だ。入る時は抵抗したスヴェトラーナも、ここまでくると諦めて大人しくなった。
「部屋出てていいぜ」と言う唯斗に「はーい」と従うのは、居たって何の訳にも立たない事を彼女自身自覚している所為だろう。
 暫くしてスヴェトラーナがベッドの下にスライドさせた雑誌を重ねていると、部屋を出ていたスヴェトラーナが戻ってきた。
「気に入ったのあったら6月号以外は譲ってあげますよ」
「6月号はお気に入りなんだな」
「ミス6月のヴィクトリア最高。クッソエロい。谷間がくっついてるのは天然ものですよ。豊胸してると真ん中隙間が出来るんです」
 そんな話があったから、唯斗は先程ベッドの上に投げられていたスヴェトラーナのブラジャーの事を思い出した。全自動掃除マシーンと化していた為上の空だったから気にしていなかったがそれなりの大きさはあったような気もする。
「胸くらいスヴェータだってあるだろ」
「自分の胸見てありがたがる人間なんて居ないですよ。唯斗さんだって素敵なシックスパックをお持ちですけど、鏡見て欲情しないでしょ」
「…………はー……」
「まさか……うわするんですか!?」
「しねえよ!」
「あら残念。私は唯斗さんの肉体美にドキドキしますよ」
「マジで!」
「嘘です。だってうちじゃ珍しく無いから。かくいう私も割れてるんです」
 Tシャツを下着ギリギリまで無防備にペラリと捲ってみせるスヴェトラーナを「見せんでいい!」と一喝して、既にぱんぱんになったゴミ袋を部屋の外に出す。太陽が大分落ちてきた気もするが、あと半分まではこぎ着けた。……と思う。
「あ、それはそうとエクスの飯持ってきたから今晩にでも食っとけなー」
「エクスさんの、むぐっおにぎり美味しいですよね。あと唐揚げも。お礼言っといて下さい」
 怪しい響きに振り向いてみれば、スヴェートラーナは既に重箱の中にあったのだろうおにぎりを咥えていた。
「ってもう食ってんの!? 今晩って言ったじゃん!」
そこに、飯があるから
「格好良く間をとっても全然良くねえからな!?
 ……ったく、はいはい俺は片付けしてますよー」
「うぇへへ。おねがいしまーす」


* * * * *



「重、労、働。だった!」
 テーブルに倒れ込む様に突っ伏した唯斗の前に、トゥリンが本屋の紙袋を置くのを薄目で見ながら唯斗は溜め息混じりに言う。
「スヴェータは兎も角ミリツァの世話してると執事になった気分になってくるな。
 ああ、世話するのも忍者の仕事か……ハイナの世話もしてるしなぁ……」
「あなたのしている仕事はメイドよ唯斗」
 隣に腰掛けたミリツァが金色の瞳を細めた。
「執事――家令というのは家の中を取り仕切る使用人の事。現代では弁護士や専門家が行うものも多いから主に他の使用人の管理や主人のスケジュールの管理を行う……、いわばマネージャーね。
 男の場合はその下にバトラーというまとめ役が居て、更に下にはフットマンが居るわ。でも彼等は雑務ばかりで部屋の掃除はしないわよ。
 掃除をするのはハウスメイドの仕事」
 ふふっと笑ってトゥリンの置いた紙袋から中身を取り出す。入っていたのは焼き菓子だ。唯斗がこうして掃除にくることを見越して、買い物担当のミリツァが予め購入していたものらしい。
「ツェツァに見つかると全部食べられてしまうから入れ替えておいたのよ」
 ミリツァが焼き菓子をナイフでカットしている間に、トゥリンが唯斗の前にカップを差し出す。注がれた紅茶らしきものは強い果実のような香りがした。
「変わった香りだな」
「ええと……日本語…………『山のお茶』、とは言わないのよね多分?」
 助け舟を求めるミリツァに、トゥリンが「ハーブティーだよ」と唯斗へ向き直った。珍しい展開に目を丸くしていると、トゥリンが目を反らす。
「アンタの事話したら、アリクスが……ちゃんとお礼を言ってのるかって……だから……」
 一呼吸の間を置いて、トゥリンは横を向いたままやっと口を開いた。
「イツモアリガトウ」