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冬のとある日

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冬のとある日

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【19の1】


 それは11月の終わり頃だったろうか。
「昨年皆様多忙でしたし、年明けも揃ってお忙しくなるやと思い……
 新年だけでも共に楽しく過ごしたく」
 本人的には勇気を振り絞ったらしいフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)のバカ丁寧なお願いに、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)は「いいわよ」と二つ返事で答えを出した。高柳 陣(たかやなぎ・じん)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)といった互いのパートナーは勿論頭数に入れるとして――
「ジゼルとミリツァとスヴェトラーナ、それからトゥリンも呼ぶのよね」と当たり前のように続けるのに、ティエン・シア(てぃえん・しあ)があたふたしながら「アレクお兄ちゃんも! 一緒に誘っていいんだよね?」と心配そうに二人を見つめる。
 そんな経緯があって彼等は葦原島にある温泉旅館へ新年会を兼ねた一泊旅行にやってきたのである。
「ジゼルさん、私今日をとても楽しみにしておりました」
 フレンディスとジゼルは互いに親友と呼び合う仲であったが、同じ蒼空学園生として生活圏内も近く学園内で顔を合わせる機会も多いユピリアらと違い、フレンディスは葦原の生徒、こうして作ろうとしなければ遊ぶ機会も中々巡って来ない。
宿の門を潜っていよいよ旅行の一日が幕を開けたと感じると、フレンディスはジゼルを見て声を弾ませる。
それはティエンも同じ事のようで、兄姉と慕う皆の腕や背中にくっついては「えへへ」ととても楽しそうに笑っていた。アリッサ・ブランド(ありっさ・ぶらんど)も便乗して、フレンディスの腕にぴったりとくっついる。
「みんなで温泉って楽しいね。ミリツァお姉ちゃん達も一緒で嬉しいなぁ。
 そういえば、この前ミリツァお姉ちゃんのぱんつが行方不明になってるってお話聞いたけど、どうしてだろうね?
 ぱんつ好きな妖精さんとかいるのかな?」
「居たわよ」
 ティエンの無邪気な疑問に即答して、ミリツァは後ろのスヴェトラーナを一瞥する。
「姫星のお陰で姿を確認する事が出来たわ」
「へえ、私も一度見てみたいですね。ぱんつ妖精」
 しれっと言ってみせるスヴェトラーナにミリツァが片眉を上げているが、そんなやり取りの真の意味をティエンは理解していないようだ。
「アレクお兄ちゃんは頭に被らなくてもぱんつ好きなんだよね。
 この前胸ポケットに入ってたぱんつって、ジゼルお姉ちゃんの『ファーストぱんつ』なの?」
 これにはジゼルも返事に少々困った。ただ先日リカインがバイト先を訪れた際に、ぱんつ事件の顛末を丁寧に説明してくれたから、自分のぱんつが『使用済み』になった経緯も誰が何故使ったのかも判明したし、その後こちらの世界へ無事帰って来たアレクが胸ポケットにぱんつを入れるという暴挙に出る様になったのかも理解出来た。
 アッシュ事件には謎が多い。この謎が解明されない限り、一度喚ばれた世界に二度と喚ばれないという保証は何処にも無いのだ。
 万が一またそのロミスカという契約者ですら叶わない戦士達がいるという恐ろしい世界に飛ばされた時に、ジゼルのぱんつがあのポケットの中にあればアレクが帰ってこられる可能性は格段に上がる。そう思えばジゼルも今やぱんつの一枚や二枚と言った心持ちだった。
 ファーストぱんつなるものが何なのかはよく分からないが、これだけは確認出来る。
「アレクって別にぱんつが好きな訳ではないわよね」
「ああ。ジゼルの持ちものなら服だろうが食器だろうが文房具だろうが使用済みティッシュだろうが」「アレク、ティッシュは気持ち悪いわ」
「――なんだろうと満遍なく愛せるが、『ジゼルの』を抜いたらただの物だ。ぱんつも所詮ただの女の物の下着、中身が無ければ一切興味無いな」
「……と言う訳よティエン。アレクが好きなのはぱんつじゃなくてその……、好きなのはね、えと」
「ジゼル」
「…………なんだって。分かってくれた?」
 この説明で納得してくれたかは分からないが、それ以上の説明のしようもなく、この話しはそれでおしまいだった。


* * * * *



「夜集まって宴会して、次の日の朝帰れば時間もそんなにとらないだろ?」
 という陣の提案で、彼等が温泉宿に着いたのは夜になってからだった。そうして遅めの夕食という名の宴会は、予約していた温泉の貸し切りタイムに差し掛かった為お開きになり、男女に分かれて温泉へ流れた。

「おっしベルク、続きやろうぜ」
「おう、これが楽しみなんだよな」
 身体をさっと流した後、陣とベルクがいそいそと持ってきた桶を湯船の上に浮かべるのに、アレクは濡れて原型を留めていない豆柴犬を前に、掌で犬用シャンプーを泡立てながら首を捻った。
「なあモフの助、あれって日本の文化か? アヒル浮かべるのと同じ?」
「中に入ってるの、お酒ですよ。さっきもあんなに呑んでたのに、また呑むんですよあの二人」
 早速始めた二人をバカにする失笑を耳に入れて、アレクはもう一度湯船を振り返る。成る程確かに陣が桶から酒器を取り出していた。しかし血液の流れが多くなる食事の直後に温泉に入浴するだけでも危険な行為であるのに、更なる死亡フラグを立てるなどアレクには訳が分からない事だ。――因に冬の寒さが厳しい故郷では、皆朝から晩まで酒が入っている事はこの際無視した。
「吸血鬼のベルクは知らんが、モンゴロイドってアルコールに弱いよな。風呂で酒飲むなんて危ないんじゃないか?」
「というかジジムサイですよね」
 斬って捨てる発言に、アレクは結局良く分からないまま納得する。
 そんな会話は一応耳には入っているものの、今日は何も言わない。陣とベルクは互いの猪口に透明な液体を注いで、静かに味わいながら雰囲気と一緒に酒を堪能していた。少し強めの辛い日本酒が咽から身体の真ん中へ滑り落ちて行くと、ふっと鼻に香りが広がる。思わず唇をにんまりさせて、陣は酒気を含んだ声を出す。
「アレクはまだ19歳だよな」
「此処が日本基準じゃなかったらな……」ベルクがどこか悔しそうに呟くと、陣は首を横に振った。
「おい、犬と戯れてやってくれ。そいつ煩い」
 アレクはそれを一瞥しただけで特に返事をする事もなく犬のシャンプーへ戻った。くすぐったがるポチの助の笑い声を聞きながら足の先一本ずつまで汚れ易い部分は丁寧に、他の部分は薄い皮膚を傷つけないよう柔らかくせっせと泡立てて、最後に正しい順序に則ってシャワーで泡を洗い流す。
 犬好きで多頭飼っていたものらしいアレクの手際のいいシャンプータイムが終わりポチの助がうっとりと余韻に浸っている間に、自分の方を適当に済ませると、アレクは豆柴犬を抱いて温泉につけた。
 陣から犬を温泉につけていいのかという視線が飛んできたが、着いた時に此処の承諾も貰っている。どうせ二人とも犬の面倒を見ない事は知っていたから、予め獣人の入浴も問題無いか調べておいたのだ――小旅行に張り切る妹たちと違いアレクは何時ものように荷物持ち気分だった為、調べたのはそこだけだったが。誰に言うでもなく「いいんだよ」と呟いてアレクがポチの助のぴんと立った耳の付け根をふにふにと揉んでやると、ポチの助は快感に目をとろんとさせた。
「本来僕はご主人様と入浴なのにエロ吸血鬼共と一緒とは……」
 豆芝姿の時は風呂もフレンディスと共にするポチの助だ。愛するご主人と木の柵に隔てられた今の状態は納得いかないのだろう。そんなポチの助を見てどう感じたのかは見た目には分からないが、アレクは「泳ぐか」と呼びかけて、ポチの助の前足の付け根に両手を差し入れた。ご主人様二号に引かれながら湯船を一周回っているうちに、機嫌はなおったようだ。アレクはポチの助へ「終わり」と薄く微笑むと、抱き上げて扉の方へ歩いて行く。
「もう出るのか?」
「日本の風呂、熱い」
 ベルクの問いかけに振り返りもせず答えると、アレクはポチの助と一緒にさっさと上がってしまった。合計して二十分も居なかっただろう。
「折角の温泉だってのに忙しないっつーか勿体ないっつーか」
 猪口にもう一度酒を注ぎながら陣は言う。
「――ったくあいつらは……。去年はやたらとツッコミばっかやらされて、俺もベルクも大変だったよな。
 今年はツッコミなんざしなくていい、まともな生活送りてぇ」
 陣は背中の後ろの岩に凭れ掛かり、猪口を倒しながらくいっと一気に呑み込んでいる。元々友人同士の関係ではあるが、一層無礼講なこの空気に、気の抜けたベルクの中でむくむくとある感情が沸き上がった。
「なあ陣、良い機会だから聞いておいていいか?」
「……なんだよ」
「お前とユピリアって、どんな関係なんだ?」
「はぁ? ユピリアの事?」
「ここだけの話だけどな、俺、アレクの結婚心底羨ましいんだよ」
 酒が入ってから半分に落ちていた陣の瞼が、その言葉にカッと開く。
「フレイは……なんつーかドン感で、純情で、そこが可愛いところなんだけどよ……。あんまりガードが固いっつーかで、どう手ェだしたらいいんだか分かんねぇんだ。
 だからお前んとこのユピリア見てっと、あの積極性? いいなあと思う訳よ」
 ベルクがぶっちゃけた本音に、陣は唇に一度つけた猪口を離して、空に向かってぽつりぽつりと喋り出した。
「そうだな……前は妄想ばっかでウザかったが、最近減ったよな。
 周りにはあれこれ言われてっけど、なんだかんだで一番頼りにしてるのはあいつだしな。
 将来ティエンたちが独立したら……」
 その続きを遂に言葉として出す直前、陣はベルクのにやついた視線に気付いて口を開いたまま眉を顰める。それでも尚かまぼこ型の視線がこちらへ向いたままなのに、陣は誤摩化す様にもう一度酒を煽った。
「これは酒のせいだ」
「まあそう言う事にしてやるよ」
「で、そっちはどうなんだよベルク。フレンディスとの間はいい加減進んだのか?
 なぁ、エロ吸血鬼」
 今度はこちらがニヤニヤする番だと見てくる陣に、ベルクは己の発言を後悔し、何とも言えない表情を浮かべる。
「谷間を見る限り、想像より大きかった」
「おお! 見たのか!? つーかそこまでいったのか!?」
 興奮した陣の質問に対しベルクは返事もせず、頷きもせず唇を歪ませているだけだ。だからそれが男の見栄だと気付かずに、陣は残酷にも暫くその話題で盛り上がってしまうのだった。