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冬のとある日

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【20】


 とある界隈では【酒豪】と呼ばれる朝霧 垂(あさぎり・しづり)は実際、無類の酒好きである。空京に買い物に立ち寄ったこの日、偶然見つけた看板に心惹かれればその気持ちを無視する事も出来ず、そのままの足で地下へと降りて行った。
 落ち着いた雰囲気の店構えに垂は思わぬ掘り出し物ではと、唇を歪ませる。
「どうぞ、お好きなお席へ」
 カウンターの中からそう言ったのは、女性のバーテンダーだった。彼女のお手並み拝見――という程でもないが最初の注文はお任せでいってみようと、適当な席に腰をかけた垂は早速口を開く。
「バーテンダーさん、この店のオススメじゃなくてさ、あんたのオススメを初めにくれないか?」
「私のですか?」
「ああ、あんたのオススメ」
 垂の悪戯っぽい笑みに、丸くなっていた青い目が細められると、「お嫌いな物はありませんね」と念を押して彼女はシェイカーを手にした。
 ジンベースに、生クリーム、クレーム・ド・カカオをシェイクしたチョコレートケーキのような甘い味の――しかし度数は高いカクテルが、垂の前に登場する。
 一口味わって、垂はカウンターの彼女を見上げた。何故これをチョイスしたのか、と言っている垂の瞳に、女性バーテンダーは眉を上げる。
「上司と同じ名前だから。私『会社』想いなんですよ」
「あはは!」
 そうしてカクテルを飲み終わると、垂は財布をテーブルの上に置いた。
「美味かったぜ。
 んじゃ、今日はここでじっくり飲むかな」
「ありがとうございます」
「そうだね、この店のメニューを1から順に頼もうかな」
「メニューという程のものは有りませんが――、兎に角片っ端から?」
 という意味ですねと彼女が首を傾げるのに、垂は深く頷く。
「それからバーテンさん、仕事中だって事は重々理解してるけど……」
 垂は店の中をぐるりと見渡した。今、此処には垂以外に誰も居ないのだ。
「あんたも何か飲まないか?
 一人で飲むのは味気ない」
「……仕事中に飲むのは問題ですけど、あなたの今夜の飲み友達としてなら」
「そうこなくっちゃな」
 垂が右手の指をぱちんと弾くのに、女性バーテンダーは微笑んで、カウンターから出ると扉の営業中の札を逆さまにしてしまう。
「いいのか?」
「いいのよ、そういう店だから」
 堅苦しい口調を取っ払ったのは、あくまで『飲み友達』という姿勢にする為だろう。垂もそれに乗って改めて挨拶する。
「朝霧垂」
「トーヴァよ。トーヴァ・スヴェンソン」


* * * * *
 


 トーヴァが作れて、今この店にある材料で出来る大体のメニューが一巡すると、その中から美味しかったものを垂がチョイスしてまた一周。
 垂自身もそれなりに酒に強いと自覚はあったのだが、その垂についていくペースでトーヴァもイケルクチのようで、相手に遠慮する必要も無かった為、楽しい時間が過ぎて行く。
 酒と会話とを十二分に堪能し、時間的にも良い頃合いになったとお開きの流れになる。
 しかし会計としてトーヴァに言い渡された値段は少ない気がした。
「少ないんじゃないか? アンタには無理矢理飲ませちゃったし、アンタの分も――」
 そう言う垂を制して、トーヴァは笑った。
「今日一日、アタシと垂はお友達だから。お友達の分は奢らなくていいわ」
「そうか。ありがとな。
 今日は良い酒を堪能できたぜ……またよろしくな?」
 そう言って扉に向かう垂に「ありがとうございました」と店員らしく深く頭を下げたトーヴァは、付け足すように一晩の飲み友達として指先をヒラヒラと振ってみせる。
 薄暗い階段に朝日が点々と差し込んでいる事にふっと笑顔を浮かばせて、垂はトントンと小気味の良い足音を立てながら地上へ昇って行った。