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冬のとある日

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冬のとある日

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【19の2】


「陣とベルク、多分酔ってるわね……」
 柵を隔てた向こう側の男湯からたまに大きな声が上がるのに、ユピリアは呆れ声で言いながら皆へ向き直った。
「いいわ。こっちはこっちで女の子達だけでガールズトークしましょ♪
 というわけで、彼氏いる人は彼氏との事、いない人はタイプとか言う事」
 この場の姉貴分なユピリアが指示するのに、フレンディスだけが湯気の中でも分かるくらい頬を真っ赤に染めてしどろもどろしている。
 言い出しっぺとしてトップバッターを切ったユピリアの妄想七割な陣との甘い日々に、フレンディスはもう倒れてしまいそうだ。
「フレイ、大丈夫? お湯熱かったかしら」
 湯を掻き分けながら前へやってきて顔を覗き込んでくるジゼルの気遣わしげな表情に、フレンディスは友人に心配をかけてはいけないと我に返る。
「い、いえ……」
 言いながら視線を下に落とした瞬間、フレンディスの視界一杯にジゼルの胸が映ってしまう。その大きさもさることながら美しく形の整った二つの山に、慌てて視線をそらせば、次に目に入ったのは湯から上がって岩に腰掛けているスヴェトラーナの裸身だ。
 均整の取れた体形は軍人らしく引き締まっているのに、大きな胸だけが柔らかそうにそこに存在している。
(ジゼルさんもアカリさんも……す、凄いです!)
 パートナーのレティシアに以前「貧相」と評された時も、良く分かっていなかった事を否応無しに自覚させられて、フレンディスの超感覚の耳がへにょんと垂れ下がった。しかし――
「あなた、気分が悪いの?」
 ジゼルの隣に立ったミリツァを見上げれば、その胸元も確認出来た。そして次にユピリアの胸。フレンディスは――それが失礼な事とは知らず――二人に心から感謝し、安堵して首を横に振った。
「少々ぼんやりしていた故、ご心配おかけしました」
 フレンディスが微笑むのにもう大丈夫なのだと判断して、ユピリアはまずスヴェトラーナに照準を定める。
「で、どうなの。あなたのタイプは?」
 質問にスヴェトラーナが口を開きかけた瞬間、「男の方のよ」とユピリアは慌てて補足した。先程からチラチラと、スヴェトラーナの視線がジゼルの胸やら腰やら太腿やら尻やらあれな部分に向いている事に気付いていたのだ。
「何だかこの間もそういう質問を貰った気がしますが……、取り敢えずパーパ大好きって事で」
 けろりと吐かれた色気の無い回答に溜め息をついて、ユピリアはミリツァへ向き直った。
「お兄ちゃんよ」
 質問し直すまでもなくミリツァが答えたのに、スヴェトラーナが言った様に「『みたいな人』ってこと?」と聞くと、ミリツァは湯から立ち上がって腰に両手を当てた。
「いいえ、私の理想も現実も、全てがアレクよ。似た人なんて有り得ない。
 アレクは唯一の、この世でたった一人の存在なのだから!!
 例え夫婦になれなくとも、血の繋がりは永遠なのよ! だから私が一生を賭けて愛するのはアレク、タイプもアレク。好き好き大好きお兄ちゃんッッ!!」
 言い切って、ミリツァは優雅な仕草で湯の中へ戻った。
 そうして先日リカインに言われた言葉を思い出す。何時か来るべき最終決戦の時――、ミリツァが他の誰かを好きになり、アレクに紹介する日がくると。
(お兄ちゃん以外の人を私が好きになるですって? そんなの有り得ないのだわ!)
 果たして妹が兄に抱いているのが本物の恋心なのかどうか――、結局それ以上はブラコンにはもう触れず、ユピリアの視線がトゥリンとアリッサを通過して、ジゼルへ固定される。
「……私?」
「そうよ、リア充は普段の事を答えなさいよ。アレクとの事!」
 こんなところばかりパートナーと心がリンクしているらしいユピリアに、ジゼルは質問を繰り返す。
「えっと……アレクと私の事?」そして暫くハミングして、やっと口を開いた。
「朝私が起きると、お兄ちゃんはもうランニングとシャワーを済ませた後です。私はそれから朝ご飯を作ります。お兄ちゃんは大変だからシリアルかパンとヨーグルトとコーヒーで良いって言うけど、一応卵とハムとサラダも出して……ちゃんと食べてくれます。それからアレクってよく朝なのに――」
 続けようとした口を開いたまま止まったジゼルに、ミリツァとスヴェトラーナは何を言おうとしたのか分かっているようでゆっくり首を横に振った。
「なんでもない。えっと、そうじゃない時は卵と塩だけのフレンチトースト、もっと時間が有るときはドマーチレザンチっていうパスタをうって、スープに入れたりとか、両方ともアレクの国の味だからその方がいいかなって。
 それでお互い学校に行ったりお仕事をしたりして、夕方は私アルバイト、夜になるとお兄ちゃんが迎えにきてくれて一緒に帰って、順番にお風呂に入って、そしたら遅いから寝ます」
「……それで?」
「おわり」
 にこっと笑顔で締めくくられて、ユピリアはがっくり肩を落とす。確かにこれはアレクとジゼルの事に違いないが、食事のメニューや一日のスケジュールについて質問した訳では無いのだ。
 どう聞き方を変えれば自分の望む内容に繋がるのかとユピリアが考えている間に、ジゼルは男湯のある柵へ視線を向けると、徐に立ち上がった。
「お兄ちゃん、もう上がったみたい。私先に出てるね」
 小走りで扉迄行って、ジゼルは居なくなってしまった。残るのはティエンやトゥリンだ。ティエンの考えている事は手に取るように分かるし、トゥリンからは「バッカじゃないの」しか返って来ないだろう。
 最終的に目線が行くのはフレンディスとアリッサなのだが、フレンディスのほうは未だ朦朧としているようだし、アリッサはそのフレンディスに対し『邪魔者が居ない今がチャンス!』とばかりにペタペタと触るのに必死だ。
「アリッサちゃん、おねーさま達とお風呂とお泊り出来て幸せー。
 おねーさま普段ベルクちゃん達の相手で沢山お疲れだし、お背中いっぱい流しちゃうよー?」
 と言うのは完全なる方便で、目的はセクハラとそれによって男達の動揺を煽る事にあるのだろう。顔に如何にも小物的な笑いが浮かぶのを隠しきれていないのだ。
「これは……続かないわね…………」
 もう一度湯船をぐるりと見渡して、ユピリアは背中の岩に頭ごと凭れ宙を仰ぐのだった。


* * * * *



 リラックスタイム一転、風呂上がりに女性陣に捕獲され売店に向かった陣より一足先に部屋に戻ったベルクは、ポチの助が寝息をたてる横でアレクとジゼルが並んで座っているのに、ほろ酔いだった意識を覚醒させる。
 正直なところ酒が入っているから、というのもあるのだろう。改めて今迄言いたかった事を二人を前に口に出した。
 それは半ば一方的なそれは感謝の言葉だ。
 大事なパートナーであるフレンディスに、ジゼルは『殺人の後悔』、アレクは『本物の殺意』という多大な影響を与えた。それらは二人が故意にした事でなかったが、出会いによってフレンディスに齎された自我を成長を、間近に居たベルクが本人よりも強く感じていたのだろう。最後に静かに頭を下げたベルクに、ジゼルがふわりと微笑んだ。
「ベルク、有り難う。私もきっと同じ気持ちよ。
 フレイが居なければ、今私はここに居られなかった。色んな心も教えてくれた。
 だから出会えた事も、一緒に居てくれる事も、とても嬉しいの。大好きよ。それからそんなフレイを大切にする、あなたも好き」
 ジゼルの言葉に返そうとベルクが口を開きかけると、アレクが割って入る。
「俺はフレンディスは好きだけど、ベルクは割とどうでも良い」
 雰囲気を破壊するしれっとした顔に、突っ込みを入れようと椅子から立ち上がったベルクを見上げるアレクの表情は何時もの無表情では無い。
「その反応が見たかったんだ」
 歪む唇を見てベルクはハッとした。新年くらい突っ込みを控えようとした計画を折られた事に気付いて、してやられたのだと己の額をがしっと掴みながら後悔に項垂れるベルクに、ジゼルが堪えきれない笑い声を漏らしている。つられて吹き出したアレクに、ベルクも笑い出してしまう。暫くケラケラ声を上げていた三人の後ろで、ポチの助の尻尾がぴくりと揺れていた。