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冬のとある日

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【23】


 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が定食屋あおぞらのアルバイトに入ったのは年も空けて4日からの事だった。普段のアルバイト店員たちが実家から帰郷するまでの、一週間程度の短期のアルバイトだ。
 舞花は真面目な性格だったし、蒼空学園の生徒たちがまだ戻りきっていないこともあって店は比較的スローだったから一日も働けばすっかり慣れてしまったらしい。
 前日に初めて一緒になったジゼルも、これには感嘆している。
「前に真たちが手伝ってくれた時も思ったけれど、やっぱりセネシャルの人達って接客業に向いてるのね」
「ありがとうございます。
 でも、ただ真心を込めて、丁寧におもてなしをしようって気持ちだけですよ」
 舞花の謙遜にジゼルは「その『ただの気持ち』になるまでが大変なのよ」と笑って返す。
「そういえばあなたのパートナーと奥様もあおぞらに来た事があるの。知ってた?」
 ジゼルが御神楽 陽太(みかぐら・ようた)、環菜夫妻の話題を上げるのに、舞花は少々驚いた顔で首を横に振った。
 そんな話は聞いた事は無かったが、ツァンダ在住なのだから此処を訪れたとしておかしくは無い。
「お知り合いでしたか」
 舞花が言うのに、ジゼルは慌てて「違うわ」と困った笑顔を浮かべた。
「その時涼司先生もきてて、前の校長先生なんだって教えて貰ったのよ。大分前の話」
 懐かしい思い出を話すジゼルに、舞花は嬉しそうな笑顔で今の情報を付け加えた。
「もうすぐ子供が産まれる予定なんです」
「ホントに? おめでとう!」


* * * * *



 夕飯時も過ぎて暫くぶりに扉の鈴が鳴った。時間も時間だから、きっと今日の最後の客だろう。
 ホール担当の舞花が扉の方へ駆けて行く。
「いらっしゃいませ、間もなくラストオーダーですが宜しいですか」
「大丈夫だよ〜」
「テーブル席とカウンターどちらになさいますか?」
「じゃあ、カウンターで」
 舞花に案内されて席についた顔は入ってきた時に見えていたから、ジゼルは「こんにちは」と微笑んだ。
 最後の客は南條 託(なんじょう・たく)だった。
「やあジゼルさん、最近のアレクさんとの暮らしはどう?」
「相変わらずよ。託は? 琴乃元気?」
「元気だよ。僕のほうも特に変わらず、かな?」
「変わらずに仲良し、って意味よね」
「そうなるね」
 素直に答えて、雑談を交わしたまま注文を終える。
 ジゼルが厨房の仕事に戻る間、託は何と無しに後ろを振り返った。
「おや?」と、目に留まったのはミリツァの姿だった。
(あの人もここでお手伝いしているんだね〜)
 ぼんやり見ていると、頑張って働いてはいるようだがまだ危なっかしいところもあるようだ。右手と左手両方にトレーを持って、慎重に、慎重にと歩く様に此方の方が緊張してしまう。
(あ、なんだか倒れそう)
「大丈夫かな?」
 正面を向き直って自然と口から出た託の言葉に、ジゼルは下を向いたまま微笑んでいた。
「大丈夫よー。ミリツァは頑張り屋さんだもの。ね、アレク」
 その言葉にもう一度振り返ってみれば、何時の間にか背中の後ろにアレクが立っていた。
「うわビックリした」
「ご挨拶だな」
「ご免ねアレク。もうちょっと待ってて。あとこれ」
 カウンターの中から既に準備していたらしい三つのコーヒーカップと一つのグラスの乗ったトレーごとジゼルが渡したのを、アレクが黙って受け取るのに託は冗談めかした声で質問した。
「此処の店ってセルフサービスだったんだ?」
「俺だけね」
 言ってアレクが向かったテーブルに、彼を待っている人間が三人見えた。
「あっちにいるのは……えーと……」
「トゥリンは……知ってるわよね。
 ハインツはプラヴダの中尉さん。アレクの幼馴染みよ」
「もう片方はスヴェータさんだったかな?」
(二人の未来の娘かぁ。
 うん、確かに、いわれてみると雰囲気が似ていなくもないかな?)
 何となく感慨深い気持ちになってしまいながら、託はふとした考えに思い当たる。
「お姉ちゃんとか呼ばれると飛んできたりするのかな?」
「それは……聞いた事ないわね。
 そう言えばあの子が好きなものって何なのかしら。ご飯の好みは知ってるけど……。あ、ごめんねもう直ぐ出来上がるから」
 ジゼルが客席にくるりと背を向け足下の何かに手を伸ばした屈んだ瞬間、託は即座に四つの視線が飛んでくるのを察知した。
 アレクとスヴェートラーナが、ジゼルの際どくなった太腿に釘付けになっている。二人がジゼルのパンツがチラリ的な何かを期待している事が分かり易い程分かった。
(なんだか似なくてもいいところまで似ちゃってる気がするなぁ……まあ、これは仕方ないのかもしれないけれど)
「しかしご家族皆揃ってって、もしかして珍しい時に着たかな?」
「今日クリスマスイブなの」
「ん?」
「アレクとミリツァの国では今日がクリスマスなんだって。
 地球じゃないからミサとかは無いみたいだけど、帰ったら皆でお食事して、明日はお祝いするの。はい、お待たせしました」
 定食ののったトレーをカウンターテーブルに置いたジゼルが、「おまけ」と飾りの葉を増やしてきたのに不意打ちされたように吹いてしまった。


 食事を終えて茶を飲んでひと息すると、用事が終わっただろう琴乃を駅迄迎えに行くのに丁度良い時間になっていた。客も託以外は居なくなっており、舞花は片付けに入っている。店も閉店なのだろう。
「ご飯おいしかったよ〜」
 言いながらコートを羽織る託に、ジゼルがカウンターからパタパタと出てくると、持ち帰り用の弁当箱の入った袋を渡された。
「これ、良かったら琴乃に。成る可く明日のお昼迄に食べてね」
「中身は?」
「今ツェツァとトゥリンが食べてるクッキーよ。おからで作ったの」
「へえ、珍しいね」
「今夜は乳製品食べられないから。ツェツァがお腹減ったって言うと思って、個人的に作っておいたの。お裾分けで悪いんだけど――」
「ありがとう。またくるよ、今度は琴乃を連れてね」


* * * * *



「お疲れさまでした」
「また明日ね!」
 舞花の背中を暫く見送って、ジゼルは踵を返して定食屋の数少ない駐車スペースに戻った。
 車の前では未だ誰が運転するかの論争が続いているらしい。
「だから僕が運転するって」
「お断りだ。お前に運転させるとタイヤが減る」
「じゃあやっぱり私が」
「だから、お前酒飲んだろ!?」
「飲んでませんよ!」
「嘘つけ」
「……ちょびっとだけ」
「それを飲んだって言うんだよ」
「二人が親子喧嘩するくらいならここは僕が」
「もう誰でもいいじゃん早くしてよ寒いんだから!」
 ぎゃーぎゃーと騒がしい大人達からキーを奪ったトゥリンが、そのまま放り投げて渡してきたので、ジゼルは「……じゃあ、車はアレクのだから」と持ち主にを戻して車に乗り込む。
 車の中は寒いままで、外もまだ冬は続いているが、冬期休暇はあと数日。
 いつも通りのようで違う日々は終わるのだとも思うと、少し寂しくて、皆に会える日々が戻ってくるのかと思えば、楽しみだった。


担当マスターより

▼担当マスター

東安曇

▼マスターコメント

大変長らくお待たせ致しまして、申し訳有りません。
寝不足と不養生は一気に祟るものだと、身を以て知りました。
寒い季節です。皆様もどうぞお身体を大切に。