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リアクション
三章 過去への入り口
サタディはどうも記憶の一部を失っているらしい。
地下シェルターに辿り着いた契約者たちは、そう結論づけた。
「いやぁ、すっごく可愛い子ですね。ヨルクさんが惚れるのも分かるなぁ」
最初に口を開いたのはカール・エンゲルマンだった。彼の呑気な口ぶりにヨルク・ヴェーネルトが頭を抱える。
「君は本当にご陽気だな……。
ところで、あの人は何をやったんだい?」
ヨルクの視線の先、シェルターの隅にはプラカードを掲げる吹雪が突っ立っていた。
プラカードに太字で書かれているのは、『反省中』という文字。皆が肩を竦める中、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が幼竜形態で寝ているスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)を毛布と一緒に懐炉代わりにサタディに渡した。
「すぷー……」
「このギフトは睡眠中のようだ」
スープを抱えるサタディが機械的な反応を返した。イコナは焼きたてのメロンパンとホットミルク、紅茶、コーヒーをこの場に集う皆に手渡し、告げる。
「そこのうさぎは、落ち込んでても甘いものを与えれば元気になりますの……だから……」
うさぎとは、ティー・ティー(てぃー・てぃー)のことらしい。ティーがほんわかとした表情でメロンパンをぱくつく中、サタディは小さく感謝を告げた。
「……ありがとう」
外は冷たい雨が降っている。地下シェルター内にも寒さが忍び込んでおり、契約者たちはイコナが渡してくれた飲み物で身体を温めながら話を進めた。
「私たちのこと……分かりますか?」
最初に語りかけたのは遠野 歌菜(とおの・かな)だった。
サタディはしばし歌菜を見つめると、首を傾げた。
「お前は誰だ?」
「やはり、記憶の一部を失っているようだな」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)が結論を述べる。
「恐らく、サイクラノーシュの攻撃を受けた時に記憶が失われたんだろう」
「サタディの記憶を取り戻すには、どうしたら……」
「叩いたら直るであります!」
吹雪の発言は無視された。
「これまでの出来事を振り返ってみましょう。サタディさんが何か思い出すかもしれません」
「うん、混乱してる記憶も話せば整理されるし、スッキリするんじゃないかな?」
源 鉄心(みなもと・てっしん)とルカルカ・ルー(るかるか・るー)の提案を受け、これまでに起きた出来事を皆が語り出した。
まず、事の始まりは大廃都から機甲虫が発掘されたこと。機甲虫が発掘された後、大廃都の近くに位置している街【アルト・ロニア】ではヨルクとサタディが接触し、機甲虫の起動方法を教わった。
ヨルクはサタディから教わった知識を使い、機甲虫を再起動させてしまった。最初に起動した機甲虫に呼応して、大廃都に潜む機甲虫の大群が一気に目覚め、アルト・ロニアに襲いかかった。
契約者たちは機甲虫を撃退したが、アルト・ロニアは大きな被害を受けてしまった。契約者たちはアルト・ロニア復興の手伝いをし、機甲虫に対抗するため大廃都の調査を開始した。
その結果、大廃都の最深部は機甲虫の巣になっていると判明。地上でイコンが機甲虫を迎撃する傍ら、一部の契約者が巣を破壊した。
巣は非常に大きく、完全な破壊には至らなかった。また、これまでの戦闘で学習を重ねた機甲虫は【イコン型機甲虫】に進化し、各学校のイコンに戦いを挑んできた。
サタディが駆るイコン型機甲虫【ホワイトクィーン】、そして彼女を守る4体のイコン型機甲虫【ナイト】たち。契約者たちはナイトやホワイトクィーンと戦い、ハートナイトとサタディの説得に成功した。
これまでサタディが機甲虫を操っているのではないかと目されていたが、彼女は機甲虫の王【サイクラノーシュ】に憎しみを増幅されていただけだった。
サタディに取り付いていたサイクラノーシュは大廃都の地下に眠る機甲虫たちと合体し、全高300メートルの巨大なイコン型機甲虫に変化した。
サイクラノーシュは黒いエネルギー波でサタディの乗るホワイトクィーンをアルト・ロニアに吹き飛ばし……サタディは完全に破壊された、はずだった。
「サタディが無事だったのは、きっと、機甲虫が彼女を守ってくれたお陰だろうね」
これまで黙っていた巽が口を開いた。機甲虫は、己の構造を自由に変化させられる。ホワイトクィーンを構成する機甲虫が身を呈してコクピット周辺に強力なバリアを発生させたと考えれば、サタディが無事だったのも納得できる。
……機甲虫とは一体何なのか。皆は黙する中、ティーが言った。
「ハートナイトの機甲虫たちは、まるで私の望みを読み取ってくれたみたいでした……」
前回の戦闘で、ハートナイトはティーたちの言葉に応え、その身を針葉樹や苔に変えた。本当に人類を滅ぼしたいのであれば、このような行為は決してしないはずだ。
「昔、機甲虫が人と戦争をしてたのなら、突然修理されて目覚めた時の混乱も理解できます……。
でも、此方の土俵やルールにわざわざ合わせて来たり、時間を与えてみたり……ただ相手を滅ぼす為じゃなくて、どこか認められたいって気持ちや、躊躇いもあるような気がします」
人に認められたい。機甲虫の根底にあるのは、そういう思いではないかとティーは考えていた。
「大廃都を覆う森を見て、思ったんです。白機の王【サイクラノーシュ】が目覚めるまで、大半の機甲虫は静かに共存していたんじゃないかって……」
ティーの言葉は、皆を頷かせるに足るものだった。
契約者たちが話をする傍ら、地下シェルターの簡易厨房でメロンパンを焼いているイコナは、心の奥底で思った。
(お前なんか要らないって言われるのは、みそっかす扱いされるのは、だれだって悲しいですの……)
かつて、機甲虫は人間から『失敗作』として扱われ、大廃都の最深部に投棄された。きっと、その時の悲しみと悔しさが機甲虫を復讐に駆り立てているのだろう。
「失敗作だなんて言われて捨てられたら……想像すると、怖くて身体が震えます」
歌菜が俯きながら言った。羽純がさりげなく毛布を歌菜にかけ、宣言する。
「機甲虫を……サイクラノーシュを、俺たちはどうにかして説得したい。
誰一人、これ以上傷付けさせないし、傷付けない。サタディもサイクラノーシュも含めてだ。俺たちはそのために、全力を尽くす」
芯の入った、力強い宣言だった。
羽純らに共感を覚えたティーが、ヨルクに問いかける。
「ヨルクさんがこれからどうしたいか、聞かせて欲しいです。私がどうしたいかはもう決まってるけど、機甲虫にとって、ヨルクさんはもう一度命を与えたような人だと思うから……」
ヨルクがサタディに選ばれたのは――彼が遺物に対して注ぐ愛情を見て、もしかしたら今度こそ、大切にしてくれると……愛して貰えるのではないかと。そんな希望があったからなのではないだろうか。
ティーはそう思った。サタディが今後どうなるかはヨルクにかかっている、そんな気がした。
「……そうだね。出来れば共存したい。サタディや機甲虫とも、殺し合わずに……何とか上手くやっていきたいと思う。
ところで、カール君。以前、機甲虫から受けた傷の様子はどうだい?」
いきなり話を振られた事でカールは「え?」と戸惑っていたが、こほんと咳払いするとこう答えた。
「ええ、バッチリですよー。特に目立った変化も無いでーす!」
どうにもご陽気なカールに、皆が苦笑いを漏らした。
(しかし、すっきりしないですね……)
鉄心の胸中には、幾つかの疑問点があった。
カールが無事に快復しているのは何よりだが、カールを襲った機甲虫・隠密型の狙いがどうにも分からない。カールが所有していた花の石像を狙ったにしては中途半端で、その後は目に見えた動きも無い。不自然にも程がある。
もし、カールに危害を加えた時点で彼らの目的が達せられたと仮定すれば……有り得そうなのは監視ユニットとして利用されてるぐらいだろうか。例えば、カールの傷口から入り込んだ機甲虫の破片が信号を発して、常に位置を特定されているとしたら。
ヨルクとそこそこ親しかったから標的にされたという可能性もあるが、どれも可能性の域を出ない。
鉄心は自身の憶測を押し隠し、ヨルクに問うた。
「そういえば、例の石像については何か分かったんですか?」
「花の石像のことかい? あれは色々と興味深い代物だね。
詳しく調べたところ、何らかの電波を発するように出来ているみたいだ。だけど、経年劣化が激しすぎて、もう使い物にはならないようだね」
鉄心は黙考した。花の石像は誰かに破壊された訳ではなく、歳月の経過で自然に劣化し、機能停止したのだろう。
しかし、電波を発する装置にしては形状が妙だ。
(大廃都を墓に見立てて、そこにサイクラノーシュたちを葬ったのなら……そして、そこに花を捧げた者が居たとしたら、生み出したものを見捨てることに対して罪悪感もあったのかもしれない)
機甲虫の人間に対する行動は非合理で感情的で、その執着……憎しみの源は、親に見捨てられた子のそれに近い。
憶測だ。実際どうだったかは分からない。しかし、これでは余りにも哀れではないか。
(救いが見つかれば良いのですが……)
静かに思案する鉄心の傍で、佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)がサタディに語りかけた。
「サタディさん、今の話で記憶は取り戻せましたか?」
牡丹の言葉に、サタディは目を瞬かせた。
「意味が分からない。私は、記憶を失っているのか?」
サタディは、自分が記憶を失っている事にすら気付いていない。
牡丹は頷いてみせた。
「話で記憶が復活しないのであれば、他の方法を使うしかありませんね」
「叩いて直すでありますね!?」
吹雪の発言は無視された。
「サタディさん、失われているあなた自身の本当の記憶、取り戻したいとは思いませんか?」
「……私の記憶が失われているのだとしたら、それも良いだろう」
「ありがとうございます。では、始めましょう」
牡丹は自分が持ち得る全てのスキルと装備を総動員し、【機晶脳化】でサタディの電脳と接続した。
牡丹の脳裏に電子データが駆け抜けた。電子の海を泳ぎながら、牡丹はサタディの電脳の奥底に入り込んでいく。
記憶の海は荒れていた。深く暗く、荒れ狂う海を必死にかき分けながら、奥底へと潜っていく。
光さえ届かない暗闇の中で、何かがきらりと光った。
――あった。記憶の鍵だ。
牡丹は鍵を手に取ると、記憶の底に設けられた鍵穴に差し込んだ。
ガチャリ。小気味良い音が鳴り、サタディの電脳の奥底に仕掛けられた仕組みが起動した。
サタディの額の結晶から、何者かの電子音声がその場に響き渡る。
『後世を生きる者たちに、この映像を託す』
サタディが胸の辺りに身に付けている真紅の結晶からレーザーが迸った。レーザーが空間を複雑に描き、過去の情景を立体映像として投影させる。
それは、大廃都の過去の歴史だった。
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