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2024春のSSシナリオ

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2024春のSSシナリオ

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イルミンスールレポート



「皆様、いかがお過ごしでしょうか。今日は、私、風森 望(かぜもり・のぞみ)のレポートで、大ババ様こと、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)様の密着24時をお送りしたいと思います」
 テーブルの上においたデジタルビデオカメラにむかって、風森望がしゃべった。どうやら、独自にアーデルハイト・ワルプルギスのドキュメントを作ろうということらしいのだが。
 なんだか勝手にアーデルハイト・ワルプルギスの部屋に押しかけて、本人が寝ている間に、勝手に朝食を作って、勝手に起こしに来ている。
 セキュリティの面から考えると考えられないことだが、もちろん、{SNM9999005#エリザベート・ワルプルギス}が面白がって裏で糸を引いたに決まっている。大ババ様のトラブルは、彼女にとって面白いに決まっているのだ。もちろん、この場合のトラブルは、風森望自身である。
「それでは、大ババ様におはようバズーカを行いたいと思います」
 そう言うと、エプロン姿の風森望がいったんカメラを止めた。
 再び録画が始まると、サイドボックスにおかれたデジタルビデオカメラが風森巽の後ろ姿を映し出す。なだらかな背中のラインと、小振りのヒップがもろに映し出されていた。なぜに裸エプロン……。
「では、爽やかに、大ババ様にお目覚めになっていただこうと思います」
 バズーカ砲を片手に、風森望が言った。
 クイーンサイズの天蓋つきベッドに眠る大ババ様にむかって、バズーカを構える。大きく脚を広げ、カメラにお尻を突き出して、発射体勢に入った。
「ファイブ……」
 そのとき、どこからか声が響いた。
「フォー……」
「なんの声?」
 風森望が、不審そうに周囲を見回す。
「スリー……」
「ああ、この目覚ましかあ」
 声の発生源が、アーデルハイト・ワルプルギスがベッドわきにおいた目覚ましだと気がついて、風森望がそちらを見た。
「ツー……」
「なんでカウントダウンしてるんだろ」
「ワン……」
「もしかして、鳴るの? 止めなきゃ……」
 目覚ましの音でアーデルハイト・ワルプルギスが起きてしまっては、ドッキリが無駄になってしまう。風森望が、時計の上のボタンを押そうとしたとき、長針がカチリと12をさした。
 そのとたん、呪文と共にポンと目覚まし時計から小型の召喚獣サンダーバードが飛び出した。
「えっ、ええっ……!?」
 驚く間もあらばこそ、高らかなBGMを伴って部屋中に放電が走った。
「ふぁーあ、よく寝たわい。む? なんで倒れておる、誰じゃ?」
 気持ちよく目を覚ましたアーデルハイト・ワルプルギスが、黒焦げになって床に転がっている全裸の風森望を見つけて、ツンツンと足先でつついた。風森望とは違って、しっかりと防御魔法を張っていたため、静電気一つ帯びてはいない。

    ★    ★    ★

「というわけで、密着24時を……」
 エプロンとスクール水着に着替えた風森望が、番組の主旨を食事中のアーデルハイト・ワルプルギスに告げた。
「エリザベートめ、勝手な許可をだしおって……」
 アーデルハイト・ワルプルギスがむっとした顔をしたが、手続きは正規の物であるようなので、無下にもできない。
「では、仕事に行くぞ。ついてくるのじゃ」
 そう言うと、食事を終えたアーデルハイト・ワルプルギスが自室を出て校長室隣の自分の執務室にむかった。
 残念なことにデジタルビデオカメラはサンダーバードの電撃で木っ端ミジンコになってしまったので、風森望は、自分の目で脳みそにしっかりと記録することにする。こんなことであれば、邪鬼眼レフを持ってくるべきであった。
 そんな風森望には構わず、アーデルハイト・ワルプルギスが書類にぺたぺたとハンコを押していく。
「それはなんの書類なのでしょうか?」
 なんとなく気になって、風森望が訊ねた。
「他校に転入していく者たちの推薦状と、すでに転校した者たちの進級に関する確認書じゃ。戻ってくる場合もあるのでな。再編入時の学年にも関わるので、情報は共有しておる。まあ、本来は校長の仕事なのだが、量が多いのでたまに手伝いをな」
「へえ……」
 物珍しそうに、風森望がアーデルハイト・ワルプルギスの手許の書類をのぞき込んだ。
「こ、こら、手許が狂う……」
 テンポよくハンコを押していたアーデルハイト・ワルプルギスが叫んだ。
「あーあ、一枚ずれてしまったではないか……。まっ、いいかのう」
 訂正するのもめんどくさいと、アーデルハイト・ワルプルギスが残りの書類に素早く判を押して、各校行きの特急便に出しておくように小ババ様に申しつけた。

    ★    ★    ★

 今度はお昼御飯である。
 イルミンスール魔法学校の食堂に行くと、何やら空京での事件が特番で報道されていた。
 なんだかキャアキャアと女性の叫び声と男性の野太い声と無数のシャッター音がテレビから聞こえる中、アーデルハイト・ワルプルギスがもしゃもしゃと昼御飯を食べる。
「うう、まさか、こんな人目の多い所に出てくるとは……」
 風森望が、生徒たちの視線を一身に集めて真っ赤になって身を縮込ませた。
 あちこちから、痴女よとささやく声とか、シャッター音とかが聞こえてくる。
 今は座っているからいいものの、椅子の後ろの隙間から水着がちょっと食い込んだプリけつが丸出しである。アングルによっては、風紀委員にそのまま連行されてしまいそうだ。そうならないのは、アーデルハイト・ワルプルギスの嫌がらせ……いや、御配慮であった。

    ★    ★    ★

「なんだか、御飯しか取材していないような……」
 アーデルハイト・ワルプルギスの夕飯につきあいながら、風森望がつぶやいた。今度は、前掛け程度のハーフサイズのエプロンだけを着け、胸もお尻もほっぽり出しという過激なスタイルである。
 まあ、なんだかんだ言っても、丸一日一緒にいられたのだから、それはそれでよしとしよう。
「後は、ぐふふふふふふ……」
 アーデルハイト・ワルプルギスの寝込みを襲う気満々で風森望が怪しい笑いを浮かべた。
「さてと……」
 食事を終えたアーデルハイト・ワルプルギスが立ちあがる。
「お風呂ですか、ベッドですか、それとも私……」
 一緒に立ちあがった風森望が、勢い込んで聞いた。
「まだ仕事があるに決まっておろう」
 そう言うと、アーデルハイト・ワルプルギスが世界樹の下層へとむかった。そこには、ザナドゥとのゲートがある。
「では、仕事をしてくるからな、待っておれ」
 そう言うと、アーデルハイト・ワルプルギスがゲートの向こうへと姿を消した。どうやら、ザナドゥ側での仕事らしい。
「ちょっと、待って、私も……」
 あわてて追いかけようとしてゲートに飛び込んだ風森望であったが、ザナドゥに転送されない。
 ゲートの管理者はアーデルハイト・ワルプルギスであるので、エリザベート・ワルプルギスの管轄外なのだ。
「しまった、逃げられたあ!」
 今ごろ気づいても後の祭りである。さらに、気づけば、エプロンだけはしっかりと転送されている。つまりは、すっぽんぽんだ。さらに悪いことには、何も知らない人たちが近づいてくる足音が聞こえてくる。
「こば?」
 何やら、請求書のような物を持った小ババ様が、道案内の人たちを連れて近づいてきていた。
「ええと、大ババ様密着24時、アーデルハイト様のおはようからおはようまで、暮らしを見つめたい風森望の提供でお送りいたしました。また次回をお楽しみに」
 夜中の12時の時計の音が響く中、服を求めて風森望は全裸でイルミンスール魔法学校の中を走り回っていった。


明倫館レポート



「春やなあ〜」
 明倫館に咲きほこる桜の花を愛でながら日下部 社(くさかべ・やしろ)が言った。
 その桜の大木の一つの枝に寝そべって、ゆっくりと春を謳歌している。ここは日下部社のお気に入りの場所だ。イルミンスール魔法学校から明倫館へと転校してくるときに持ってきた世界樹の水を与えた桜である。そのため、他の桜よりも大きくしっかりしている。りっぱな一本桜の大木である。
「おーい、桜の樹に何してる!」
「折りゃしないがな。ほんま、へーきへーき」
 さすがに、道行く人に注意されるが、そう答えてスルーする。実際、人一人のってもびくともしない枝を選んでベッド代わりにしている。
 こうして高い所からながめていると、明倫館への新入生の姿もちらほらと見かけられる。本当に春なのだなあ。
 そういえば、新入生が入ってきたということは、自分も進級するのだろうか。
 明倫館の学年制度はかなり特殊だ。年齢に関係なく、各学科に四つの階梯が存在している。それぞれの進級は、完全実力主義だ。天才ならあっという間に登り詰めて卒業であるし、最悪、いつまでも進級できないこともある。
 実際、日下部社はイルミンスール魔法学校から途中編入で士道科に入ったわけではあるが、イルミンスール魔法学校での学年は明倫館には適用されないので、第壱階梯からのスタートのはずだ。のはずだが……。
「俺って、今、何階梯やったやろか?」
 もの凄く今さらながらに、自分の階梯が気になる。記憶が確かなら、進級試験を受けた覚えが希薄なのだが……。
 ちゃんといろいろな課程はこなしているが、846プロダクションの仕事などでいないこともあったのでちょっと自信はない。まさか、このまま卒業できないということはないだろう……と思いたい。
「一度、きっちり確かめてくるかいな」
 そう言うと、日下部社は桜の樹から飛び降りて、明倫館の教員室へとむかった。
 なんだか、職員室ではみんなでテレビのニュースを見ている。
「階梯? 壱だろう?」
 訊ねてみると、あっさりと教員から言われた。
「えー、いいかげん、もっと上にいってもいいやないか? だいたい、なんで進級試験受けてないねん」
「そんなこと言われてもなあ。一応、そろそろかと思ってはいたんだが。以前の学校での成果の確認でイルミンスール魔法学校へも連絡したんだが、先ほど赤点にハンコを押した書類が届いてなあ……」
 クレームを入れる日下部社に、教員が、アーデルハイト・ワルプルギスの判が押された書類を見せた。先ほど、超特急便で届いた物だ。
 まさか、まじで卒業は無理なのだろうか。
「なので、単位が少したらなくて、現状維持だ。それとも、補習と追試受けるか? たとえば、悪の秘密結社を壊滅させるというクエストを受けてくるとかだなあ。まあ、今日の分はもう間にあわなそうだが。とりあえず、休日登校で、土日とゴールデンウイーク全部潰れるがな。後、朝五時から夜十時までは補習な」
「ええっと、ちょっと考えさせてください……」
 さすがに、日下部社が即答を避けた。


空京レポート



「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! ククク、この幼稚園バスは、我らオリュンポスが乗っ取った! 人質を無事に返してほしくば、シャンバラ政府は我らの要求をのみ、即刻、女王を解任し、政府を解散せよ! そして、我らオリュンポスに政権を渡すのだ!」
「大変です。バスジャックです。謎の秘密結社が、バスジャックを起こしました。ただいま、現場から中継しております」
 マイクを持ったシャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)が、空京大通りから全パラミタへと事件を中継していた。
「いいか、大人しく要求を呑まないと、人質が……人質……えっ?」
 要求を繰り返すドクター・ハデスが、バス内部を制圧しているはずのオリュンポス特戦隊の方を振り返って目を丸くした。
「おうおうおう、面白いことしてくれるじゃねえか。どれ、お手並み拝見といこうじゃねえか」
 特戦隊の面々を羽交い締めにして押さえ込んだ怖いヤーさんたちが、ドクター・ハデスを睨み返しながら、ドスのきいた声で言った。
「えっとお……、このバスは幼稚園バスじゃ……」
「妖血煙(ようちえん)組のバスじゃけん、何か問題でも?」
 ドクターハデスの言葉に、ヤーさんたちが声を揃えて凄んだ。
「やばっ……。」
 それを見て、ドクター・ハデスが顔を引きつらせた。いったいどこで間違えた……。だが、今さら引くわけにもいかない。
「ククク、武力行使で我らを止めようとしても無駄だぞ! この俺の真の姿、見せてやろうではないか! 来い!」
「了解シマシタ、合体シマス」
 ドクター・ハデスの呼びかけに応えて、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が変形した。そのまま、ドクター・ハデスの背後から、覆い被さるようにして融合していく。
「ははははは、これこそは、我が真の姿、メカハデス!!」
 ヤーさんたちにむかって、ドクター・ハデスが多種多様な武器を一斉に構えた。

    ★    ★    ★

「……明倫館に帰れる。……明倫館に帰れない。……明倫館に帰れる。……明倫館に帰れない」
 空京中央通りの喫茶店では、ラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)が、独り黙々と花弁占い……もとい、六十四卦符占いを行っていた。
 現在放校中の身であるラルウァ朱鷺は、葦原明倫館への復学を夢見て、ときおりこうして占いに没頭している。
 うらないは心(うら)に通じ、表に出ない裏の心を表しているとも言われる。それを読み、まだ来ぬ時をも読む。占いとはそういう物だ。
 だが、六十四卦符占いの符の数は偶数だ。だから結果は決まっている。
 けれども、それを知っていてなお、ラルウァ朱鷺は占う。決まっているはずの未来が覆ることを夢見て。
「辻占い師か?」
「いや、そういうわけでは……」
 キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)に声をかけられて、ラルウァ朱鷺がちょっと戸惑った。
 違うのであるから否定すればいいだけのはずなのだが、占いを求められて、それを断る理由も、残念ながら持ち合わせてはいない。
「オレは、これからあの現場に行って、突入しようと思うんだが、どうだ?」
 キロス・コンモドゥスがラルウァ朱鷺に訊ねた。
「あの現場?」
 占いに没頭していたラルウァ朱鷺が、あらためてキロス・コンモドゥスの指し示した方を見る。
 何やら、バスの周りに非常線が張られていた。何か起こっていたようだ。
「キロス様、先に行っております!」
 何やら、キロス・コンモドゥスの相棒らしい仮面の女戦士が、先行してバスの方へとむかっていった。どうやらデート中だったようだが、事件に首を突っ込むつもりなのだろうか。
「うーん、いいでしょう」
 そうキロス・コンモドゥスに答えると、ラルウァ朱鷺がこの後のキロス・コンモドゥスに起きる出来事を占った。
「簡潔に言ってしまえば……ずばり、女難の相が出ています。女の人に注意してください」
「人質の中に、女の子もいるかもしれないということか。考えてみればあたりまえだな。ありがとう、注意するぜ」
 そう礼を言うと、キロス・コンモドゥスは遅ればせにバスへとむかっていった。キロス・コンモドゥスとしては、突進して敵を蹴散らしてしまえばいいぐらいに考えていたのだが、女性の人質に怪我をさせたとあっては、さすがに竜騎士の面目が立たない。

    ★    ★    ★

「何か動きがあったようです。ああ、突然バスが爆発したあ!? いえ、吹っ飛んだのは屋根だけのようです。おおっと、中から何か異様な物が出てきました!」
 シャレード・ムーンが中継する中、突然バスの屋根が吹き飛んだ。その下から、メカニカルな触手が何本も噴水のように飛び出し、中に乗っていたヤーさんたちをぽいぽいと外に放り出した。
「ははははは、本気でこのメカハデスにはむかえると思っていたのか。このバスは俺の物だ。もう、誰にも渡さん!」
 思いっきり当初の目的を忘れてドクター・ハデスが言った。邪魔なヤーさんたちを排除したまではいいが、人質がいなくなってしまったことにまだ気づいてはいない。
「そこまでです!」
 そこへ、仮面をつけたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が到着した。
「これ以上の悪事は、正義の騎士アルテ……じゃなくて、騎士セレーネが許しません! ドクター・ハデス、覚悟してくださいっ!」
 素性を隠し、アルテミス・カリストがすらりと愛用の剣を抜いた。まあ、あまりにもバレバレなのではあるが……。
「誰だ!? それから、今の俺はメカハデスだ!」
 気づかないふりをしているのか、はたまた、興味のないことにはとことんお間抜けな学者馬鹿であるからなのか、一応、ドクター・ハデスが誰何した。
「だから、正義の騎士、セレーネなんですったらあ。覚悟しなさい、バカハデス!」
「メカハデスだ!」
 よく聞いてくださいと、アルテミス・カリストが叫んだが、自分も言い間違いしているので説得力はない。
 本当ならば、秘密結社オリュンポスの怪人としてドクター・ハデスと一緒に暴れていなければならないのだが、アルテミス・カリストとしては、そうもしてはいられない事情がある。
 その理由の一番大きなものがキロス・コンモドゥスの存在だった。
 ようやくキロス・コンモドゥスと思いを通じ合わせることができたアルテミス・カリストとしては、そろそろ悪の秘密結社からは足を洗いたいのである。これからは、正義の騎士セレーネ(仮)として活動したいのであった。でなければ、キロス・コンモドゥスとは釣り合わないではないか。さすがに、帝国の竜騎士が悪の結社の幹部を恋人にしていると知られたら、もの凄く世間体が悪い。
 そのためには、まずは古巣である秘密結社オリュンポスを壊滅させなければならない。
「とりあえず、敵は排除しよう」
 そう言うと、ドクター・ハデスが、触手でバスの外装を紙のように切り裂きながら外へと出てきた。今回、がちでやる気満々だ。ギャグ補正やお約束補正に負けるものか。
「お家に帰って反省しなさい!」
 それを見たアルテミス・カリストが、一直線にドクター・ハデスに突っ込んでいった。

    ★    ★    ★

「遅くなってしまった……。あ、あれは……」
 やっと現場に駆けつけたキロス・コンモドゥスが目撃したのは、ドクター・ハデスの触手に捕まってエロいことされているアルテミス・カリストだった。
「ああっ、どこを触手で触ってるんですか。許しません。ああっ……」
「うっぷ」
 ドクター・ハデスのみごとな精神攻撃に、さしものキロス・コンモドゥスも鼻血を噴いて膝を屈した。
「おのれ、よくもそんな嬉しい……もとい、極悪非道な真似を」
 よろよろと立ちあがりながら、キロス・コンモドゥスが剣を構えた。
「フッ、はむかうというのか。ほーれ、ほれほれ」
「きゃあ!」
 調子に乗ったドクター・ハデスが、触手を使って、アルテミス・カリストにあーんな格好やこーんなポーズを次々にとらせていく。
「ううっ」
 さすがに、キロス・コンモドゥスが手を出せないでどんどん失血していく。
「いいかげんにしてー!」
 渾身の力を込めて、アルテミス・カリストが手足をバタバタさせた。
 ポチッとな。
 その爪先が、ドクター・ハデスの後頭部にある何かのスイッチを蹴り飛ばした。
「ファイブ……」
「えっ!?」
 突然始まったカウントダウンに、ドクター・ハデスがあせる。
「フォー……」
「ちょっ、ちょっと待て……」
「スリー……」
 だが、カウントダウンは止まらない。
「ツー……」
 どうやら、マッドサイエンティストのたしなみとして、超兵器には自爆装置を搭載していたらしい。
「ワン……」
「わー、待て待て!」
 あわてて解除しようとするが当然間にあわない。
 ちゅどーん!
 小気味いい音をたてて、ハデスの発明品が自爆した。
「きゃあ……」
「アルテミス!」
 上空に吹き飛ばされたアルテミス・カリストが落下してくるのを、キロス・コンモドゥスが素早く受けとめてお姫様だっこした。その直後に、ドクター・ハデスが落ちてくる。
「飛んでゆけ!」
 有無をも言わせず、キロス・コンモドゥスがドクター・ハデスを蹴り飛ばした。
「おぼえていろー」
 空の彼方へと飛んでいったドクター・ハデスが、星になって消える。
「悪は滅びた」
 アルテミス・カリストをお姫様だっこしたまま、勝利のポーズをとるキロス・コンモドゥスであった。

    ★    ★    ★

「爆風で、占いの符が……」
 まだ占いを続けていたラルウァ朱鷺が、ドクター・ハデスの自爆による爆風が通りすぎたテーブルの上を見た。
 大半の符が吹き飛ばされてしまったが、まだ幾枚かの符がテーブルの上に残っている。
 占いはまだ、継続中であった。
「……明倫館に帰れる。……明倫館に帰れない。……明倫館に帰れる……」
 ラルウァ朱鷺は、残った符を数えて占いを続けていった。

    ★    ★    ★

「補習かあ。やるしかないかなあ……」
 元の桜の枝に寝そべりながら、日下部社がつぶやいていた。
 そこへ何かが落ちてきた。激しく桜の枝をたたき折り、日下部社も巻き添えにして地面に落ちる。
「緊急防御装置作動サセマシタ」
 ほとんど吹っ飛んでちっちゃくなってしまったハデスの発明品のコアが、ドクターハデスに告げた。キロス・コンモドゥスの一撃を受けると同時に、緊急脱出装置でここまで飛んで逃げてきたのだ。まあ、距離から考えると、もの凄いチキンではあるのだが。
「フッ、よし、態勢を立てなおすぞ。さらばだ」
 そう言うと、ドクター・ハデスはあっという間に姿を消した。逃げ足だけは完璧である。
「いてててて……。なんやったんや、今のは」
 やっと立ちあがった日下部社が周囲を見回した。お気に入りだった桜の樹が滅茶苦茶だ。
「こら、桜の樹を折ったのはおまえか!」
 騒ぎを聞きつけて、人が集まってくる。
「いや、これはオレでは……。なおすのなら、大ババ様にでも頼んでや」
 話を聞いてもらえず、日下部社はあわててその場を逃げだした。日下部社としても、桜の樹がこのままでは悲しい。まあ、植物の治療であれば、森にあるイルミンスール魔法学校、そこの力ある魔法使いである大ババ様辺りに頼むのが妥当であろう。書類を通さなかったつけぐらいは払ってほしいものだ。

    ★    ★    ★

「アーデルハイト様、桜の請求書が来ています。出てきてくださいよー。出てこないと、承認しちゃいますよー。早くエプロン返してくださーい」
 小ババ様から受け取った明倫館からの請求書を持ったまま、裸でイルミンスール魔法学校の中を駆け回りながら、風森望は叫んでいた。