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リアクション
第10章 『丘』へ
「――このコンソールで出来る事は、すべてやった」
ダリルが静かに、作業の終了を宣言する。
灰の被害者を操る電波の解除。構成員たちを居住区に閉じ込めるための隔壁操作とロック。それ以外の要塞内セキュリティの解除。
隔壁によって閉じ込められなかった、居住区以外の場所に出ていた構成員たちは、ルカルカとネーブルがざっと見回って身柄を確保し、無力化した。
爆睡中の愛に関しては、画太郎と鷹勢たちが台車に乗せて、最初に侵入した物置まで運んだ。見ると、例の狭い通路の先に、愛が侵入に使った警察の飛空艇が停泊したままになっていた。ので、彼女を乗せ、オートコントロール飛行で座標入力済みの警察の陣営まで飛んでもらうことにしようとした。
と、ここでB.Bがやってきて、自分も警察の陣営に行く、と言った。
「俺が試した『灰の劣化』の実験について、なるべく早く警察に報告しておきたいんだ。黒白の灰に対抗する手段が見つかるかもしれないから」
「分かった。2人まで乗れそうだから一緒に乗っていって」
「この要塞内のことは、俺の知っていることは全部ダリルさんに話してある。君たちは残るのか?」
「うん」
頷くパレットに、B.Bも力強く頷き返した。
「気を付けてな」
そして、飛空艇は要塞を離れた。
戦場の混乱は収束しつつあるようだった。
狂戦士、ヒエロ・ギネリアンの身柄が連合軍側に確保されたからだろう。彼と、卯雪のいる小屋を目指して進んだコクビャクの兵はほとんどが倒されたり捕虜になったりした。それ以外は、要塞の真下に陣取ったコクビャクの陣営にまで退いた。
ザイキ団長の帰還は天使たちを大いに鼓舞したが、彼もまた灰の被害者であることは違いない。オリジナルの灰で被害者に植え付けられた原本能を消せはしないかという弥十郎らの「案」は、警察の間では一考の価値はあるとみなされたが、この時点では、そのオリジナルの「黒白の灰」を手に入れないことには何ともならないという話に落ち着くしかなかった。
ザイキもヒエロもまだ、意識が戻っていない。
さゆみらの持ち帰ったペンダントは、ザイキによるとヒエロのものらしいが、警察が一時預かって検分した結果、ペンダントヘッドの一部に刻まれた紋章のようなものは「バルレヴェギエ家の家紋」であることが判明した。
個人の持ち物ではあるが、非常事態でもあるので、さらに調べたところ、このヘッドは記録媒体であることが分かった。
ロックはかかっていなかったので、コンピュータで内容を読み取ったところ、何かの機械のプログラムらしい。
何に使われるものかが判別できなくては、内容はさっぱり分からない、というものだった。
ただ、その記録の冒頭に、
『バルレヴェギエ家の家屋管理責任者より、偉大な技術者ヒエロ・ギネリアンに託す』
という文言があった。
卯雪の魂から杭が消えたのを、キオネは確認した。
謎はいろいろ残っているが、取り敢えず彼女の身を『丘』から離しても問題なくなったので、警察の力を借りて戦場から離れた安全な場所に天幕を作ってもらい、そこに移動させたのち、ドレスの【我は解く永き苦役】で石化を解き、回復を待つことになった。体調は今のところ、安定している。
制御室に、ルカルカとダリル、ネーブルと画太郎、鷹勢とパレットが集まった。
コンソールの仕事はもう終わった、と、ダリルが言った。あと用があるのは、この部屋の片隅にひっそりと鎮座する「時空転移装置」だ。
これが、要塞に、この地とザナドゥの行き来することを可能とさせていたのだ。
『それに ふれるな』
出し抜けに、声がした。
ハッと全員が振り返る。だが、姿は見えない。
すなわち、それは。
「――タァね?」
ルカルカが切り出した。返事はない。
「……あなたがなぜコクビャクに手を貸したか、知ってるわ」
相手の無言にも怯まず、ルカルカは言い募った。
「でも。コクビャクはあなたを利用しているだけなのよ」
彼女が背を向けた先で、幹部が何を言っているか。パレットから聞いた話をまじえて、ルカルカは虚空に話し続けた。
その声が止むと、しばらくの間があって。
『そんなところじゃないかと おもってた』
平淡なトーンだった。子供っぽい声に不釣り合いで、逆に気味が悪かった。
『れんちゅうののぞみは、ぱらみたのぜんじゅうにんのまぞくか。
しょうじき、そんなことをして なにがおもしろいのか、わからん。
もとから わたしにはきょうものないはなしだった。だからそんなこともありえることだ。
りかいしあうことなど のぞんでいない』
ふと、見えないタァが、時空移転装置に近付こうとしているような気がした。ルカルカが装置の横にいるダリルを振り返ると、その意を組んだかのようにダリルが鋭く言った。
「この装置は動かさせん。灰を処分しなければ破壊する」
『――そんなことをして、どうする?』
変わらず平淡なトーンでタァは言う。
『てんいそうちは、このようさいをここまではこべば、そもそもおやくごめんのしろものだ。
なぜならコクビャクは、このたたかいをさいしゅうけっせんとするつもりで ここにきた。
もうここから てんいさせるひつようはないのだ。
「丘」がてにはいれば、ようさいすらも、さいごにはいらなくなる。
そのそうちをせいあつしたとて、なにもそなたらのゆういにはならない』
「じゃあ……どうして、この機械を……あなたは、必要と、しているの……?」
ネーブルが、おずおずと尋ねる。
「さっき……言ったよね。触れるな、って……
コクビャクには必要なくても……あなたには、必要じゃ…ないの……?」
『とうさまの』
タァの声が、少しだけ揺れた。
『とうさまの きろくがあるかもしれないから』
「父様……?」
それはバルレヴェギエ学派の重要人物で、黒白の灰のそもそもの生みの親で、優れた学者だったという――パクセルム島の女性と子(タァ)をなして迫害され殺されたという、オーブル・バルレヴェギエ。
『とうさまは、しまでてんしたちにころされたのではなく……
さいごに ザナドゥにもどって、このそうちをつかったのではないかという かのうせいがあるのだ』
『わたしは、それをたしかめたい』
「どうやって?」
ルカルカが尋ねた。
『きかいのメモリーのかいせきをためしている。はかばかしくはないがな。
けれど、もうひとつ。
もしわたしのよみがただしければ……
あの「丘」のなかに、しょうこがある』
タァの声はもう、平淡ではなかった。
『はいはもう、だれでもすきにすればいい。
わたしのねがいはいま、そうちのかいせきと「丘」のなかだけだ。
てんしたちのめいうんもどうだってかまわない。
とうさまがのこしたものがあるのなら、わたしはそれをみたいのだ』
突然、凄まじい音がした。
6人の見ている前で、制御室と廊下を隔てる巨大な壁が、轟音を立てて落ちてきた。
彼らは制御室に閉じ込められたのだ。
『……ついにうらぎったか』
タァの呟きをかき消すように、床を震わす地響きが伝わってきた。
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