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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【舞踏会の終わり・2】

 契約者が奔放に振る舞い始めた結果、仮面舞踏会は少しずつ、綻びを見せ始めていた。ステップを踏む者達の動きが時折、油を抜かれたブリキロボットの如くぎこちなくなり、音楽も途切れがちになった。
「ありえない、ありえないわ! 『永続する夢』が終わろうとしているなんて!」
 マデリエネが頭を抱え、ぶんぶん、と左右に振る。インニェイェルドはマデリエネの姿に、彼女にしては珍しく言葉を紡げなかった。

 と、突然会場の“外”から、突入する者達が現れた。

「無事に突入出来たみたいね。それじゃ、これをどうぞ!」
 リカインが想像した設定――先の戦いで大量に出現した亜人が突如会場に乱入し、手当たり次第に暴力をまき散らす――が実現化され、ぶよぶよとした身体を持つ亜人が剣や棍棒を振るい出す。リカインはこの反応で会場にいる者達がどの陣営に属しているのかを、見極めようとしていた。……だが結果としてこの行動は、失敗に終わる。何故ならマデリエネもインニェイェルドも、まさか自分達が制御しているはずの空間で自分達が想定していない事態が起きるなど、思っていなかったから。
 当の二人はあんぐりと口を開き、呆然とその光景を眺めていた。その態度は『あの事件に関わっていない者』の反応であった。
「わぉ。ま、これはこれでいいんじゃないかな。術者の能力をオーバーする変化で術を破る、ってのは私もやろうとしてたことだから」
 一寸遅れてアッシュと会場入りしたルカルカが、会場で行われている場面を見て言った。
「でも、ちょっと惜しかったかな。アッシュやアレク、豊美ちゃんが学園モノのキャラになって、荒唐無稽な学園ドラマを繰り広げる……のを考えていたんだけど」
「えっと……それは、どういう事になるんでしょう?」
「無理に構わなくていいぞ、アッシュ。……さて、この呪いの会場の首謀者をあぶり出すとしようか」
 ダリルが視線を巡らせ、逃げ惑う一人の参加者を捕まえる。するとそれまで動き回っていたそれは途端に力を失い、後には服だけが残された。
(木偶? ……一瞬だが魔力の波動を捉えたぞ。その先にあるのは……)
 視線を動かし、木偶を操っていた人物を割り出す。……その人物は会場がメチャクチャになっていくのを、呆然と、そして怒りでもって見つめている、そう見える気がした。
「さあ、楽しい宴も、これでお開きよ!」
 纏っていたドレスを脱ぎ捨て、セレンフィリティが双子の姉妹が陣取る方角を指差して宣言する。
 ……その行為についに、マデリエネの堪忍袋の緒が切れた。

「…………もう、赦さないわ――!」
 契約者達の前に出たマデリエネが乱暴に仮面を脱ぎ捨てると、彼女のまだ幼さの残る少女らしい美しさが露になる。
 しかしそこに浮かんだ厳しい表情は、彼女が契約者に敵対する者だという事を、如実に表していた。
「私の名はマデリエネ・ビョルケンヘイム。
 『永続する夢』を持つもの。
 ヴァルデマール・グリューネヴァルト様に牙を剥く身の程知らずの契約者達、杖を取りなさい! 私が相手よ!!」
 啖呵を切り突きつけた指先には、何時の間にか彼女の魔法の杖が握られている。契約者達が身構えた。
「やめて、やめてマデリエネ!」
 静まり返った広間の中に、高い靴の踵を鳴らし、インニェイェルドが飛び出したのだ。驚き振り返ったマデリエネの杖を持った腕を抱える様に両腕で握り、インニェイェルドは首を懸命に左右に振っている。
「いけないわマデリエネ! こんな事をしてはいけないの!」
「――な、なにを言うのインニェイェルド、こいつらはヴァルデマール様の敵なのよ!?」
「ダメなのダメなの! 何でだか分からない、でも、こんな事しては絶対にダメなの!」
 全く理路整然としない双子の妹の言葉に、マデリエネは痺れを切らして彼女を振り払おうとするが、インニェイェルドは全力でそれを拒んだ。
 恋に落ちるには儚いくらいに短い一時だったが、インニェイェルドの胸には確実に残った思いが有る。
 ――契約者は悪い人間では無い。
 ただそれだけを姉に知って欲しいと、彼女は痛い程に訴える瞳でマデリエネを見つめた。
「…………インニェイェルド」
 マデリエネが腕から力を抜こうとした時、彼がこの場に現れた。

「余興はそのくらいにして欲しいものだ」
 クスクスと笑い声を漏らす声に、契約者達が一斉に階上を振り返る。
 そこにはヴァルデマールと、彼に付き従う『君臨する者』達の姿があった。
「そこそこは面白かったが、クサ過ぎて、ね?」
 金と象牙のような材質、それに魔法世界の石が嵌め込まれたステッキをつきながら、ヴァルデマールは一歩ずつ、ゆったりとした足取りで階段を降りてくる。
「ヴァルデマール・グリューネヴァルト――!」
 万感の思いを込めた声でアッシュがその名を呼ぶと、ヴァルデマールは唇を歪めて彼を見つめた。二人の姿は人間にすれば少年にしか見えないのだが、契約者達の瞳には、その真実の姿が映っていた。
「やあやあ、久しぶりだ、アッシュ・グロック。
 息災だったか? 僕が居ないこの世界で不自由は無かったか?」
 ステッキを持ったまま、ヴァルデマールは両手の指を胸の前で一本ずつくっつける。言葉も、態度も、それだけ余裕があるのだという宿敵の様に、アッシュの奥歯が密かにガリッと音を立てた。しかし今冷静さを欠いては全てが台無しになってしまうと何とか気持ちを押さえ込み、アッシュは言葉を吐き出した。
「ヴァルデマール、一つ問いたい。
 魔法世界は今、どうなっている」
 ――ヴァルデマール・グリューネヴァルトは悪で有り、敵である。
 それはウィーンで契約者が見たアッシュの過去や、採石場での出来事からも明らかであるが、世界を操ろうと言うヴァルデマールが、望みを叶えてどうするつもりなのか……。
 それは契約者の誰もが知らぬ部分であった。
 アッシュの質問は、今迄不明瞭だった敵の全てを白日の下に晒そうというようなもので、契約者達は沈黙したまま注意深く対峙する二人の魔法使いを見つめた。
 しかし、ヴァルデマールは質問に答える事無く、ただクッと咽を鳴らして、アッシュからビョルケンヘイムの双子姉妹の方へ向き直った。
 姉妹は直ぐに揃って膝を折るが、ヴァルデマールが呼びつけたのは片方だけだった。
「マデリエネ・ビョルケンヘイム」
 その後の展開を予期したのか、マデリエネの肩が震える。
「僕は契約者達を『確かめよ』と命じた。
 なのにこのザマはなんだ? 何故このような勝手な真似をした?
 お前はそんな権限を何処で手に入れた? 両親が忠臣で有ったから、僕の妃気取りなのか?」
 両手の指先をとんとんと左右から打ち合わせ、ヴァルデマールは「ん?」と首を傾げマデリエネの冷や汗でぐしゃぐしゃになった顔を下から抉る様に見上げる。
 直後。
 『君臨する者』の誰かが、館内によく響く声を響かせた。
「『粛正』を! ヴァルデマール様、『粛正』を!」
 言ったのは背筋の伸びた眼鏡の男だった。
 それに続いて傀儡達から、襲い来る前の津波の様に這う低い声が、揃い重なりマデリエネに押し寄せる。
『粛正』を! 『粛正』を! 『粛正』を! 『粛正』を!
 契約者達は、誰も動こうとしなかった。異様な雰囲気にのまれたと言うのもあるが、一方で彼等は民主主義の罷り通らない世界に慣れていなかった。この後に起こる事を想像しながらも、理解が追いついていなかったのだ。
 ヴァルデマールがスッと杖を持たない方の手を顔の横迄上げると、場内は再びしんと静まり返った。
 最早蒼白を通り越したマデリエネが、操られる様にヴァルデマールの前へ出で、頭をたれる。下を向いたマデリエネの長い栗色の髪が肩からパラパラとドレスへ落ちていき、白い首筋が露になった。
 ヴァルデマールは手の中で魔法の杖に変化させたステッキを、マデリエネの首に向かってついと振り上げた。
 ――その時である。
「お待ち下さい!!」
 滑り込む様にやってきたインニェイェルドが両手を胸の前で組み、ドレスが汚れるのも構わず膝を床についてヴァルデマールへ懇願した。
「悪いのはこの私です! この計画を練ったのは私です! 全てはインニェイェルド・ビョルケンヘイムのしたこと。マデリエネは、姉は何もしてはおりません。
 ですから粛正は………………私に――!」
 インニェイェルドの言葉が終わったまさにその瞬間。彼女の首が飛び、ごろりと転がって落ちた。
 真っ白な石造りの床にインニェイェルドの仮面が落ち、みるみる赤い色が広がっていく。
 皆へ息を呑ませる暇も与えず、ヴァルデマールはアッシュへ向かって邪悪な程美しく微笑んだ。
「分かったかアッシュ。これが魔法世界の現状だ。
 これが僕の支配する世界だ。
 パラミタも近いうち、こうなるだろう。僕の杖で、手で、僕の理想の世界へ生まれ変わるんだ。
 契約者の皆さんに教えてあげよう!
 『支配された世界は、何より美しい』と言う事を!!
 この世界は僕に選ばれた。
 これはとても幸せな事なんだよ、ね?」
 静かに響く声を残して、ヴァルデマールと『君臨する者』達は会場から跡形も無く消え失せた。
 すると次の瞬間、彼等の傀儡達が、糸を失った操り人形のように倒れていく。しかし床に落ちたのは人の形の何かでは無く、服だけだった。それはこの魔術をかけたインニェイェルドの、本当の死を意味していたのだろう。
「あ、あぁああぁぁああ!」
 マデリエネが両手で顔を覆い、頭を抑え、首と胴体になってしまった命亡き妹を見下ろし叫んでいる。
 敵とは言え余りに悲痛なその様に、契約者達が彼女へ手を伸ばそうとすると、
「全く、面倒かけないでよね!」と『君臨する者』の中で特に幼い容姿をしていた彼だろう声だけが聞こえ、マデリエネの姿は魔法世界へ戻っていった。

「…………インニェイェルド」
 囁くように名前を声に出し、フィッツがホールの中央へふらりと足を向ける。
 彼女が密かに教えてくれた泣きぼくろに触れて、フィッツは見開いたままだったインニェイェルドの瞳を安らかな眠りに誘う様にそっと閉じてやるのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

菊池五郎

▼マスターコメント

シナリオにご参加頂き有り難う御座いました。

【東 安曇】
こんにちは東安曇です。
何か気の利いた事を言おうかと思ったんですが、リアクション執筆当時の記憶が本気でございません。
煩悩だらけの東が、遂に無我の境地へ……!?
とか思ったんですが、そういや今回も本能という名の煩悩の赴くままに執筆していたなという事だけ今思い出しました。

【九道 雷】
シリーズにお邪魔いたしました、九道です。
東マスターに物凄く手伝っていただいて、何とかやり遂げることができました。
皆様も、楽しい一時を過ごすことができていましたら幸いです。

【保坂 紫子】
保坂です。いつもありがとうございます。参加していただけて嬉しいです。
今回はずっと資料を探しながら執筆していた気がします。反映されているかは別ではありますが、少しでも雰囲気が伝わればと思います。

【猫宮 烈】
猫宮です。今回もご参加いただきありがとうございました。

今回の猫宮は(まあ、最近いつもそうかもしれませんが)皆さんにおんぶにだっこ、でした。
そんな状態でしたが、少しはこの妖しくそして儚い舞台を彩ることが出来たかな、と思っています。

次にまたお会いすることがありましたら、その時はどうぞよろしくお願い致します。
ではでは。


それでは、次回もお会い出来れば幸いです。