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一会→十会 —終わりの無い輪舞曲—

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【仮面舞踏会・5】


 謎の仮面舞踏会。
 その字面だけで、恐るべき陰謀を裏に感じ、油断することは出来ないと気を引き締めるコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は会場入口を仰ぎ見る。
 宮殿の外観。薄霧に凛然と浮かぶ白塗りの壁と、その壁を大きく刳り貫く形の材質は木材だろうか、花をモチーフにしたレリーフの浮かぶ扉は大きく、コアの長身でも楽々と受け入れてくれそうだ。
「まずは服装か……」
 入場には支障無さそうで、潜入調査をするなら次に必要なのはうろついても不審がられないような会場に見合った衣装である。
 ただ問題なのは、
「だが、私に合うサイズの服は無いだろう」
 コアは長身に見合った巨躯の持ち主で、サイズがあるかどうか。
「残念だが装飾は諦め……」
 いつも苦心し苦労していた部分であり、期待も出来ず諦めを口にしたコアの耳元で、パチン、と小さな音がした。
「ぬぅ!?」
 同時にコアも驚きに小さく呻く。
 自分の身に何が起こったのか、数秒程、理解出来なかった。
 コアの大きな体、特に独特な形の下半身にジャストフィットするモモヒキに、マスクの代わりらしい鼻眼鏡。
「バカな! わ、私にこんな良い服をくれると言うのか!?」」
 たったそれだけの奇跡ではあったが、魔法のような変身ぶりにコアの声には興奮が滲む。
「ちょっとハーティオン、そのダサい格好で近づかないでくれる?」
 いや、騙されるな、これは敵の罠だ、と警戒しては自分を落ち着かせようと努力しているコアに、パートナーのラブ・リトル(らぶ・りとる)は少しだけ距離を置きたいと声を投げかける。
「あたしの可愛い可愛い可愛いバニーちゃん姿まで穢れるんだけど……」
 自分のサイズにピッタリなモモヒキに浮かれてしまう気持ちはわかるが、コアと並ぶとどうしてだかそんな気分になってしまう。
「そ、そうだな。気を落ち着かせなければ……」
 ラブに指摘されたから、というわけではないが、いつまでも入り口で魔法の素晴らしさに感動しているわけにもいかないとコアは奮起した。
 ラブと二人歩みを進めると会場へと続く扉は勝手に開き、コアはその眩さに、むむ、と気持ちを引き締める。
「中に入れば、やはり異様な雰囲気の会場……これは心してかからなければ……ッ」
 その言葉を拾って、振り返った招待客が二人居た。
 招待客は、小柄でドレスを着ていて、そして、双子らしい。
 金に艶めく栗毛色の髪はツーサイドアップの髪型も、頬から顎、首から肩、腕、腰、足、その細い体の細部まで、全く同じ。
 同じ姿、同じ、シルエット。同じ、影。
 ただ一つ違うのは、纏うドレスの色だけ。
 赤と、紫。
 それだけが違う。
 先に、幼さを残しつつも紅がひかれた小さな口を開いたのは赤いドレスを着た方だった。
「あら、あら、インニェイェルド。これはまた随分と大きな人間が来たわ」
「そうねそうね、マデリエネ。体ばかり大きくてのろまそう」
 紫のドレスを着た方が頷き、お喋りする二人は招待客ではなかった。
 この仮面舞踏会の主催者たる、この魔法世界で『君臨する者』を頭上に冠した、『永続する夢』の能力者、
 赤のドレスを纏う、マデリエネ・ビョルケンヘイムと
 紫のドレスを纏う、インニェイェルド・ビョルケンヘイム
 双子の姉妹。
 来訪した契約者達への姉妹の対応は速かった。
 ドレスの裾を摘んで、二人で、コアに近づく。
「巨人さん、トロールさん。どうしたのそんな所で突っ立って。
 勿体無いわ、さぁさ、中に入って楽しみましょうよ」
「そうよそうよ、大きな人。食べものも飲み物もたくさんあるわ、どんな舞曲も踊り放題よ」
 どこから取り出したのかインニェイェルドが料理の乗った四角いシルバートレーを出し、マデリエネが飲み物を乗せた丸いシルバートレーをコアに差し向けた。
「私に食事を勧めてくれるというのか?」
 仮面越し、否、仮面を被っているからこそ際立つ姉妹の愛らしさに、戸惑い気味のコアは、迫られて、つい疑問を口にした。
 問われて、姉妹はにっこりと唇を笑みに変えて、「どうぞ、召し上がって」とハモる。
 ずいっと鼻先……鼻眼鏡の鼻に触れるほど銀盆を差し出され、コアは、「しかし」と焦った。
「気持ちはありがたいが、わたしの体はあまり食事を嗜むようには出来ていないのだ。その心だ……」
「どうしてどうして、そんな酷いことを言ってしまうの?」
「そうよそうよ、折角作って食べて貰おうと用意したのに、嫌いなものでもありまして?」
 わんわんと食べてくれなきゃ嫌、ならまだ対処もできただろうが、仮面の下に隠したヘーゼルの瞳をダークグリーンに曇らせて濡らし、貴方の為なのにと(嘘)泣き始める二人に、コアはぐっと息を詰めた。泣かないで欲しいとおろおろする。
 傍から見ていれば双子の歓迎は唐突で、料理も飲み物も、涙さえ怪しく、現にラブは「あれ明らかに毒々しいわよ」と他の客が口にしているのとはあまりにかけ離れた色合いをしている料理に「確かに『貴方の為』に用意した料理よね」と冷静だった。一目で口にできるものではないとわかるので、涙を流されてたじろぎ気味のコアでも流石に断るだろうとラブは思っていたが、
「判った、頂くとしよう」
 なんて、コアが了承してしまうので、「そんな泣きマネに騙されるんだ……」と呆れてしまった。
「本当に本当に!? フォークもスプーンもあるわ、トロールさんはどちらを使って?」
「嬉しいわ、嬉しいわ! さぁさ、たぁんと召し上がって!」
 マデリエネがフォークとスプーンを差し出し、インニェイェルドが銀盆をコアに押し付ける。
 さぁ食べて、早く食べて。の期待の眼差しを受けながら、コアは不思議な色をした料理にフォークを刺し込んだ。
 恐る恐ると一口目を頂く。
「こ、これは!」
 脳裏に青空が広がり、小さな翼はためかせる天使がラッパを吹き鳴らす。
 コアは驚きに目を見開いた。
「ザクザクしたようなトゲトゲしたような不思議な毒のような味! 味だと!?」
 思わずと食レポを披露してしまったが、自分で気づいて愕然とする。
「バカな……、私が味を感じるなど!」
 奇跡だ、感動だ、と空より陽光が降り注ぎ祝福を受けているようで、コアは喜びに打ち震えた。普段は服も着れず食事も多少なりともダメージを受けてしまうコアにとって、望んだものが与えられる魔法は確かに奇跡だった。
 服も、味覚も、全ては喜びだった。
「あ……ありがとう双子よ! 私はこの舞踏会を怪しいと疑っていた!
 しかし、いざ来てみれば、私に洋服や味のある食べ物をくれて……!
 ああ!
 私は疑っていた自分が恥ずか――」
 言葉半ばにして、食したことで内部で変調を――例えるなら、機械が錆びついて動けなくなるような――来(きた)し結果崩れ落ちたコア。
「やったわ……やったわインニェイェルド! あっさりと倒したわね! 流石私達!」
「成功ね、成功したわマデリエネ! 先ずは一人目ね!」
 悪戯の――本人達に取っては暗殺のつもりのそれの成功を喜ぶ双子を眺め、予想通りに倒れたコアにラブは竦めるように両肩を落とした。
 例え料理に毒が入っていても彼が常に身につけているバトルマスクがその効力を中和してくれるだろうし、倒れた原因である変調も時間を置けば元に戻る。
「あー、そこのちび双子。コイツそのうち立つから、また何か食べさせてあげると喜ぶわよ〜」
 初勝利を互いに讃え合って去っていく姉妹の背にラブは声を投げたが、キャッキャと興奮に色めき立つ二人はその忠告に気がつかず何処かへ消えてしまう。
 もう調査も何も、互いに怪しさ大炸裂だったが、お互いに気の済むまでやらせてみても、と思うラブだった。



 仮面舞踏会の招待状を受け取ったハルカが、それに行ってみたいと言い出したと知って、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)も、参加を決めたのだった。
 楽しみにしているハルカに水を差す気はなかったが、自分も受け取っていたその招待状が、何とも怪しい。
 ハルカとは現地集合ということにして、エリシアは、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)と共に仮面舞踏会の会場を訪れる。

「ハルカ。無事に来られましたわね」
 途中で迷っているのではないかと心配したが、ハルカの姿を見つけて声を掛けた。お互い仮面を付けていたが、すぐに気づいてハルカも笑った。
「アレクさん達と一緒に来たのです」
「あら」
 ハルカと挨拶をした後、舞花はハルカと一緒にいる人物を見て、軽く驚く。
「アレクサンダル大尉と?
 ――やはり、何か不穏なものを感じたのでしょうか?」
 聞けば、破名や豊美ちゃん達もまた、不審を感じて此処に偵察に来たのだと知った。見渡せば、会場のあちこちに、見覚えのある契約者達がいる。
 エリシアは、全身黒タイツのパピヨンマスクの謎集団を発見し、胡乱な目を向けた。
「ヴァルデマール……。彼等が、この舞踏会に関わっているのですか……」
 そして、アレクの口から、招待状から豊美ちゃんが読み取った黒幕の名と警戒の助言を聞いて、舞花はエリシアと顔を見合わせる。
「別問題で相当な不審者がいた気もいたしましたけれど……とにかく、用心しておくに越したことはない、ということですわね。
 折角来たのですし、何かあるまでは楽しみましょう。ハルカ、そのドレス素敵ですわね」
「ありがとうなのです。お二人も、とても似合っているのです」
 ハルカはエリシアと舞花の装いを見て言う。
 ちなみに、二人のドレスは自前だ。エリシアは、ゴスロリドレスにマジカルシューズ、呪術師の仮面で仮面まで持参、更には有事の時の為に、魔剣『青龍』を非物質化して隠し持っている。舞花も、プラチナドレスにシンデレラシューズ、クルセイダーマスクと、それに勿論、武器も隠し持っていた。

「さて、それではハルカ、どうなさいます? ダンスはワルツのようですけれど」
「実は、ダンスはあまり知らないのです」
「あら、ダンスは淑女の嗜みですわよ」
 舞踏会だが、ハルカは雰囲気を楽しむ為に来たのだろう。それなら、と舞花が立食スペースに誘う。
「あちらに行ってみませんか? スイーツやお茶が美味しそうですよ」
「そうですわね」
 頷くエリシアに、ハルカも同意して共に立食スペースに向かう。
 彼女等と一緒なら安心だと、アレクは行ってらっしゃいと送り出した。

 立食スペースには、軽食やお酒の他、スイーツや紅茶等も並んでいる。――欲しいと思ったものが、置いてある。
「あら、素敵ですわ、この銘柄のお茶を揃えているなんて」
 エリシアが、紅茶を薦めようと振り向いた視線の先――に、ハルカが居ない。
「……ハルカ?」
 舞花と二人、周囲を見渡す。ハルカの姿は、既に何処にも見えなかった。



 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と、パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、半ば呆然としてそこに立っていた。
「此処って……あれよね、舞踏会会場、よね」
「そう、ですわね」
「何で……?」
 二人は、仮面舞踏会の招待状を受け取っていた。けれど、出所不明のそれに「怪しいわよね」「そうですわね」の一言で、ゴミ箱行きとなった、はずだった。
 なのに今、二人は華やかな上質のドレスに身を包み、仮面も着けて、此処にいる。
「??? どうなってるの……?」
 戸惑うさゆみに、アデリーヌは、溜息を吐いて苦笑した。
「ですけれど、そのドレス、良く似合っていますわ、さゆみ」
 二人はアイドルなので、華やかな衣装には慣れているけれど、そんないつもの雰囲気とも違う美しい姿に、アデリーヌは目を細める。
「あ……ありがとう。アデリーヌも、素敵よ」
 恋人からの賛辞に、あゆみは少し照れながら礼を言った。そして、開き直ることにする。
 胸騒ぎはするけれど、もうこうなったら適当に楽しむことにする。周囲を見渡してみれば、見知った顔が幾つも、何れもドレスアップして仮面を着け、ダンスや会話に興じていた。
 何か起きても、臨機応変!
「アデリーヌ、一曲踊らない?」
「喜んで」
 二人は手を取り合って、ダンスの中に入って行く。

 三曲程を立て続けで踊った後、二人は休むことにした。
「テラスで涼みましょうか? 何か飲み物でも……って、さゆみ!?」
 何となくで会場内をぶらつくことにした様子のさゆみを見て、アデリーヌは制止しようとする。
「うん、ちょっとだけ」
 ひらひらと手を振って歩いて行くさゆみは、パーティーの熱に浮かれて忘れているようだ。自分が、絶対的方向音痴ということを。
 アデリーヌは慌てて後を追ったが、人ごみに紛れて、遅れを取ってしまった。

「……で、此処は何処?」
 薄暗い廊下で足を止め、さゆみはようやく、自分の特技を思い出した。
 微かにパーティーの喧騒が聞こえる気がするが、方角が解らない。
 そもそも、それで戻れるようであれば、伊達に方向音痴は名乗っていない。
 招待客用の休憩室とは思えない、壁の両側に扉のある廊下は、外に面した窓がなく、使う予定が無いからか灯りも絞っているようで、何となく、薄暗い。
「如何なされた」
 突然の声に、飛び上がった。
 振り向くと、性別の判断出来ない、全身黒衣の祭衣装を着た誰かが、そこに立っている。仮面だけが浮かんでいるようで、仮面以外の顔半分も、黒衣の中に埋もれていた。
「此処は、解放されていない場所だが?」
「ご、ごめんなさい、道に迷って……」
 後ろめたさと心細さと、よく解らない恐怖が忍び寄り、さゆみの声が上ずる。
「ほう……? このような場所で、道に迷って……?」
 ずい、と、黒衣の者はさゆみに近寄る。
「面白いことを言う。一体、何を……」
「さゆみさん?」
 息を飲んださゆみは、背後から聞こえた声にはっとした。
 すっ、と黒衣の者が離れる。
 そのまま、薄闇に紛れるようにして、黒衣の者の気配は消え、振り向いたさゆみは、歩いてくるハルカに目を瞬かせた。
「ハルカ?」
「さゆみさんも来ていたのです?」
「ど、どうして此処に……」
「ハルカは、ブルプルさんとカボチャプリンを食べるところだったのです」
 見当外れなハルカの言葉に、さゆみはどっと脱力する。
 何にしろ、助かった。そう思う。何となく。