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リアクション
■ 共鳴竜コーズ ■
「やるしかねぇんだよな」
見ただけで痛々しくそしてゴテゴテしている独特なデザインの革手袋を手に嵌めて、にぎにぎと感触を馴らしている大鋸の吐息につられて、キリハは緊張にか服の裾の砂埃を払い、乱れを整えた。
「私は触れないだけで使い方は心得ています。全てに対処できます。失敗は、有り得ません」
「凄い自信だね」
宣言に小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は軽く目を瞠(みは)る。
「それは、お任せするのがあなた方だからです。応えてくれますよね?」
キリハは用意や準備をするだけで、直接作業をするのは美羽達契約者だ。
自信を支えているのは信頼。
そして、信頼している相手が自分達だとはっきりと伝えられ表情を変えた美羽に、キリハは嘆息した。
「お願いすることばかり、甘えてばかりなのに、私は全てを話す事に躊躇いを覚えてしまう……」
言い淀むキリハにベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、一歩前に出るように俯きかけた魔導書に近寄った。
「確かにキリハさんやクロフォードさんのことは、わからないことがたくさんありますけど……」
パートナーの視線を受けて、美羽がキリハにわかるようにはっきりと頷いた。
「でも、わかっていることだけで十分ですから」
「そうそう。それに言わなくても見てれば大体わかってくるよ。悪い人じゃないってくらいね!」
ベアトリーチェに続き、ではその期待に応えると胸を張る美羽に、キリハは手に持つ砂色の鱗をしかと握り締める。
文字は無限ではなく有限。破壊されれば消失し使える数は減少する。肉体を保管場所にし、自己修復できる破名や、システムで生成できるトロイとは違い、本体を所持していないキリハはこの鱗に収められた文字の数だけが頼りだった。権限を分け与えるにも文字は使用される。だから、契約者達には、命令文は単純なものしか打ち込めないし、狙った文字だけを破壊し他には例え破壊行為を行っても影響しないという便利さの融通をきかせられるほどの余裕を割けることができなかった。
けれど、それはハンデにはならないだろうと、キリハは確信している。
「キリハ!」
呼ばれて、キリハはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)に振り返った。コア越しにラブ・リトル(らぶ・りとる)の姿も確認する。
「はい、なんでしょうか」
「コーズは我らに力を使わせるなと言った」
「はい」
「ならば、我らがする事は一つ!
コーズの思いを無にせぬ為に、私はシー・イー達と共に、コーズに働きかける文字の破壊を行うぞ!」
宣言に胸を張るコアを見上げ、キリハは「はい」と眩しいものでも見るように目を細め、微か頬を緩めた。
「話には聞いています。コーズの想いを聞いたんですね。私も一言でも言葉を交わしたかった……」
懐かしいと感じる立場ではないのだが、惜しいと本音が漏れる。
「キリハ、破壊するべき文字について、我々に指示を渡してくれ」
促すコアはキリハの説明に、うむ、と一度頷き、手を構える。
「了解した。データインプットを行う……、
……インプット完了!」
一から順に全てを記憶して、コアは手を下ろした。
ザッ、と、靴底で地面をなぞり、コアは共鳴竜コーズを振り仰ぐ。
「ならば行こう! 我が名は蒼空戦士ハーティオン!
コーズ守備のため、参る!」
とおっ!
と、フレイムブースターの威力で空を舞うコアはまっすぐとコーズの元へと急行した。
振りかざすのは、勇心剣。
共に来たシーと頷き合って、見える文字の中、反転された文字の破壊を開始した。
「ん〜」
遅れてコーズの近くに来たラブは、しげしげと砂色の老竜を見下ろす。
「……こないだの感じで見てると、パクッていかれる事はなさそーだもんね」
うん。よし、と覚悟を決めて、ラブはぺとっとコーズの鼻先に腰掛けた。竜の鼻先にハーフフェアリーとは何ともファンタジックな組み合わせか。しかもその竜が機晶石の輝きの上に横たわり眠るとなれば、どこぞの絵本の表紙のようである。
「べ、別に皆があんたを守ってるからここが安全そうだ、なんて思ってないわよ!?」
ペシペシと鱗で覆われている砂色の体表を叩いて居心地を確かめて座り直しつつ、背を正す。
「だいじょーぶ! あいつら土壇場こそなんとかするから、安心しなさいな!」
どーんと任せておけば気づいたら終わってるものよと語って、一番の安全地帯を確保したラブは掌を上向けた両腕を前に出して、口を開く。
歌い出しはふんわりと、そして、伸びやかに。
昨日、一時だけ意識を取り戻し再び眠りに目を閉じているコーズに安心を、また、竜の為に動きまわる皆を応援する為に、ラブは幸せの歌を贈る。
「昔はいざ知らず、コーズは今は『やりたない』ちゅうてることを、ロン・リセンがやらせようっちゅうのは、そらアカン」
「そうね」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)に同感とレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)と頷く。
黙したままの讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は竜を見上げ、文字を破壊すると聞いて考えに口を閉じているのはフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)だった。
「理性が無い中、なお『いやや』っちゅうてる意思を、尊重せな」
そもそも自分の考えでなく、人の考えをあたかも自分で考えたつもりになって行動する人間は泰輔は好きではなかった。それだけでロンの邪魔をする理由となる。
「全部文字を破壊されてしまうと私も困ってしまいますね」
フランツに聞かれて、キリハは小さく唸る。
「全て壊すわけじゃないんですね」
「はい」
「話を聞いていると何かコンピュータプログラムのようだね。僕に馴染みあるところでは楽譜の文字・記号が一つ違うだけで、全然違った命令やメロディになってしまうけど。
書き換えは難しいとして、意味をなしえないように文字を損なえば、ロンの目論見を、ちょっと手を抜いて防げるんじゃないか」
「はい。手を抜けるかはわかりませんが、その方向で行こうと考えてます」
だから文字の破壊をお願いするのだ。転送されていく文字列を意味のないものにして停滞という形で時間を稼ぐ。系図の施術は全部で五工程。『転送』は三段階目。四段階目と五段階目はオートで展開されるので、介入できるのは今しかない。
「コーズを発生器にさせないことが第一目標です」
「鳴いてもツモっても、ロン、しちゃえばいいさ!」
終わりよければ全て良しだ。
「破名……名は、実をあらわす。その関わりを、断ち切る者か、あるいは……」
仮に、そのような祈りをこめて名付けられた名を持つ存在ならば、その祈りが全うされるがよかろう。と、顕仁は思い馳せ、次の項目へ思考を巡らせる。
目下気になるのは、
「『コーズ』……存在の、理由? ふむ、悩まざるを得ぬ運命のもの」
である。
コーズの元に行く泰輔に続きながら、顕仁は思う。
「コーズ、己で己の存在理由を『そこ』に見出すのならば、光につつまれたおまえを、闇に葬るとしよう。
おまえの意思であり、我の情けであり……」
竜が出す答えによっては手を下す事を、その役目を、顕仁は喜んで引き受けよう。
そう、泰輔は問いかけに行くのだ。
答えを貰いに。
先客のラブに「は〜い」と出迎えられて、泰輔は状況に周囲を見回す。
美羽も、ベアトリーチェも、コアも、シーも皆、指定に反転する文字を的確に壊し、一行を崩していく。
竜の為に。
「自分、『死ぬまで眠り続けるよう』にされててんな、こういう事態を引き起こさんようにするために」
コーズの巨体にどれだけできるかはわからないが、時間稼ぎに封印呪縛を試みる泰輔は、続ける。
「僕の想像やけど、自分が使われたら、世界がどうなる…と、予測しえたから、昔リセンと成した同意――契約を、覆す気になったんやな?」
でなければ、あんな意思は見せない。
契約があったのかはわからないが、それに近いものがあったのは確かだろう。
「コーズ、大事な事や、聞くで?
――おまえを、殺してええか?」
おまえの自由な意思を殺すか、
おまえの身体を滅ぼすか。
コーズ、と。
名前を囁きかける泰輔に、砂色の竜は閉じていたその眼をうっすらと開けた。
「人の子よ、それを我に問うと言うのか?」
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