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リアクション
■ 立ち塞がる者【1】 ■
トロイの洞窟。
前に来た時と同じく洞窟らしくない生き物の気配を全くさせない内部の先を歩くルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、つと、思い出したかのように隣りにいるパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に顔だけ向けた。
「そう言えば、キリハはどうしてお願いするだけなの?」
「どうした、突然」
「んー、いつもお願いされているなぁって、自分でこういうのやりたいとかあるじゃない? でも、そういう姿を見たこと無いなって」
「そうだな……意志があってもどうにもならない事もあるんだ」
あるんだ。その言い方に、ルカルカはきょとんとした。
「やればいいじゃない」
やりたいことがあるのなら実行に移せば良い。
それは、ルカルカにとっては当たり前の事で、それが正しいと思っているのなら尚の事、誰かに任せるのではなく、自分で行くのが、きっと気持ちも高まる。破名を取り戻すのなら、確かにキリハにしか出来ないことだから其処から動けないかもしれないが、シェリーの様に自分も助けたいと声を大にしてもいいはずだ。
それをせず、第三者に判断を委ねるのが、ルカルカには理解できない。
真っ直ぐと己のしたいことを実行してきた少女の純粋な目に晒され、ダリルは珍しく言葉を失った。破名やキリハの立場を想像すれば、ルカルカへの疑問に答えられるが、それをするには、彼等と自分をどうしても重ねてしまうダリルは、言葉が見つからなかった。仮に見つけられても言葉にして口に出してしまうと、それは多分自分の本音に変換される。閉ざした唇は、とても重たい。
凄く、辛そうな顔をしたダリルに、まさかそんな顔をされるとは思っていなかったルカルカは会話を続けるタイミングを失い、二人はお互いに沈黙した。
無言で歩き出し、機晶石にしては通常では有り得ない輝きに慣れた頃、原石特有のおうとつを持つ機晶石の表面に、鏡のようにはっきりと自分の姿が映っている事に気づいた。
「ルカ!」
機晶石から抜け出すように出てきた腕を、ルカルカの首を狙ったそれに気づいたダリルが掴んだ。
「痛ッ」
「何故お前が痛がる!」
ルカルカとそっくりな相手を機晶石から引きずり出したダリルは、襲い来る自分と同じ姿の相手に気づき腕を払った。
同時に走った痛みに、ルカルカが痛がった理由を知る。
「キリハが言っていたセキュリティか」
手を加えれば全ては本人に戻ってくる。
「確かに厄介だ」
「そうね」
言って、ダリルとルカルカは自分達と対峙した。
破名に関係する事案は、どうしてこうも厄介事が多いのか。
ロンの出現で段取りを狂わされた佐野 和輝(さの・かずき)は、それでも自分が関係した事案等の証拠が無いことは確認した事だし先に承った依頼を完遂するべきかと気持ちを切り替える。
向こうの陣営にくみするには情報の収集は良しとしても、準備もしていないし、多分デメリットの方が多い。好奇心が疼いたのか歩く速度が変わった禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)に気づき、パートナーの考えている事に察しがつくも今回は控えてもらい、さっさと事件を解決して破名に文句の一つもと考えたところで、和輝は足を止めた。
目の前に、自分が居た。
自分だけではなく、和輝の後ろに隠れるようにしているアニス・パラス(あにす・ぱらす)や、その彼女の隣りにいるダンタリオンの書の姿もあった。
「これがそうか」
詳細はキリハから聞いている。
「最大の障害が自分自身か」
ステータスは同じ、受けたダメージは還元される、受け入れればロンに賛同したと見做されその場で脱落が決定。対策はと聞いて返ってきた答えが「私はあなたではないのでわからない」という、代物。そう言えば仕組みを聞くのを忘れていた。
「もう一人の私?」
ダンタリオンの書は、顎を上げて、見下しの眼差しで立ち塞がる己を見た。
「それがどうした。
水と水を合わせても水にしかならぬように、同質の私と対面したとて、人間とは違って私は″無意識の自分″を持っておらぬから、何も変わらん」
断言することは大事だ。
排除者が自分を反映しているというのなら、それは、はったりではなく真実となる。
自分を知っているからこそ、排除者である存在もまた動かない事にダンタリオンの書は絶対たる確信を持っている。
しかし、和輝は問題無いとして、気を配るべきはアニスだろうかと、ダンタリオンの書は自分の服を掴んでいる少女へと視線をくべる。
和輝の邪魔をしたくないアニスは不安がる自分を、あたかも″この世界のこの場所″に留めるようにようにダンタリオンの書の服を掴みぴっとりと寄り添いながら、もう一人の自分に向けて口を開いた。
「この世にアニスはアニスだけだ、貴方がアニスでもアニスじゃないよ。
アニスって名前も、和輝やリオン達との繋がりも、アニス一人のものだもん。
全てがアニスと同じでも、貴方はアニスを真似ただけ……いくら同じ力を持っても、同じ傷を負っても、それは一生変わらないよ。
諦めなよ。貴方がアニスと同じなら、この気持ち、分かるよね?」
アニスが生きている世界は此処であり、其処ではない。
言葉(共感)が通じてないとわかっていても、幸せになりたいと囁く自分を眺め、セキュリティが見せつける現実に、アニスはそのいやらしさと悪質さに嫌悪を露わにする。
「それも、突破すればいいだけの話だ」
特性上から排除が不可能なら、そうするだけだ。
押しても引いても駄目なら、それはそれでやり方がある。パートナー達の疑問の視線に、和輝は隠しから銃を出すことで答えた。
「何、簡単だ……」
向こうのアニスに銃を向けるだけで、済む。
ダンタリオンの書は元より動かず、銃に怯えてアニスは震え、アニスを狙われたことで自分の分身は慎重になる。
想像通り膠着した局面を上手く作り出すことができて、和輝は後ろの二人に振り向かず声を掛けた。
「行くぞ」
その場から三人の姿が消える。
「よし、これで奴の影響圏外だ……て、ああ、そうか」
ポイントシフトの連続使用である程度の距離を保ち、排除者が追ってこないのを確認し呟いた和輝は、そこで気づいた。それならばキリハが言葉を濁した理由もわかる。
「文句が増えたな」
現在セキュリティを動かしているのは破名らしい。
「ダイレクトに自分に跳ね返るなんて話にならないわ」
姿形、肌のコンディションまで一緒な排除者にセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は意見を求めるようにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に投げかけた。
「そうね。物理的攻撃は論外と見ていいわね」
答えるセレアナの緊張に硬くなっている声は、セレンフィリティの背後から聞こえる。互いに右肩と左肩を触れ合わせるように寄せ、背中を合わせに排除者と対峙していた。
耳を傾ければ聞こえてくる声。
「あたしは、あたし」
それは、個であるという主張。
「あたしは、幸せになりたい」
望みは、生きているという確信。
その存在に嘘偽りが無い証拠と受けた全ては本人に還元される。
虚像ではないその生々しさは相対した者にしか、わからない。
「あたしはあたしでいたい、幸せになりたい……か」
ただ、その気持は、セレンフィリティには、わかる。そして、状況がそれを許すだろう。
「セレアナ」
「なに、――ッ!?」
どのようにこの場を切り抜けようかと思案を巡らせていたセレアナは名前を呼ばれるのと同時に、背後から伸ばされた両腕に抱きしめられ、息を飲んだ。
美しい人を抱き竦めたセレンフィリティはセレアナ越しにもう一人の自分に、僅かばかり目を細め、
「なら、見せてあげる。あなたもそこにいるセレアナのドッペルゲンガーと一緒に幸せになりなさいな」
言いつけるように言い放つと戸惑うセレアナを腕の中で振り返させ、その唇に自分の唇を落とした。
「ん……」
今から騒動の大元を叩きに行くというのに、なんとも場違いな、それでいて大胆な行動に飲まれ、それ以上にセレンフィリティの温もりに包まれていると感じれば安心感にセレアナの体から力が抜ける。
腰を引き寄せ、背中を支えられ、唇に触れる甘くて優しくて情熱的な、愛に満ちたキス。
「セレアナ──見せてあげましょ、あたしたちの″幸せ″ってやつ」
どうして……とセレアナは疑問に思うよりも、その自分への想いを向けられた口付けの感触に心が幸福に満たされるのを感じて、重なり合える今を実感する。
互いに唇と唇で感情を伝えあう。
最愛の人と一緒にいられることの幸福、互いに愛し愛されることの幸福。それを、もう一人の自分が欲しないわけがない。
愛情の確認を見せつけられて、彼女達(セキュリティ)が動く。排除対象から視線を逸し、隣りに居る互いを見合う。
混じる体液に濡れた唇を離し、セレンフィリティは「セレアナ」と麗しい人の名を呼んだ。
充実感に蕩け潤む瞳のセレアナは頷き、名残惜しげに指を絡ませ軽いキスを合図に、二人は走りだした。
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