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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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■ その先を夢見る者【1】 ■



 洞窟、最奥はまるで昼間の様に明るかった。
 空間いっぱいに広がる、無数の無限にも見える金と銀の文字。
 壁一面の機晶石の一角に、壁を背を預け座り込む悪魔の青年と機晶姫の少女。
「クロフォード!」
 駆け出そうとしたシェリーの腕を唯斗は掴んで引き止める。
「歓迎してないわよ? でも、まぁ、ようこそ」
 座り込む男女の手前に置かれた『箱』の縁に座る金の髪の女性は、最奥に到達した契約者の面々に溜息を吐いてから、ああ、と声を上げた。
「招待してないのに来たってことはサンプルになりたくて来たのかしら?」
「んなわけねぇだろ、件の妹ちゃん」
 シェリーを背後に引き戻し、唯斗は自分が前に出る。
「あー、つーか、なんだ。俺はその研究よく分からんのだが、人様に多大な迷惑かけてまで完成させなきゃいけねーモンなのか?」
「どういう意味かしら?」
「つまりさ、何の為の研究なんよ? 完成して何をする為のモンなんだ? 俺には、どーもそんな大層なモンには思えねぇし、そんな研究なんざしちゃいけねーよ」
「あら、説教?」
「んにゃ、お仕置き」
 フル強化デコピン一発。ただし、キリハの妹ということで手加減入り。
 言って、一歩を踏み出した唯斗はそのまま入り口手前まで飛ばされ戻された。
 にこりと笑ったロンに某は拳を握る。
「崇高な目的でこの計画を進めてるかなんて知らないし、俺は聞く気もない」
「そう?」
「ただな、その計画のせいで俺にとって世界で一番大事な子を傷つけられ、悲しませられたんだ。それに計画が進めばまた巻き込まれる事だってありえる。
 それだけで……俺の本当の幸せをぶっ壊される可能性があるならどんな手を使って止めるには十分すぎる理由だ!」
 将来災厄になるとわかっている芽を此処で叩き潰さない手は無い。ポイントシフトの瞬間の高速移動でロンとの距離を詰め、潜在解放に力込められた拳を振り上げた次の間には、深々と地面を抉っている自分に某はぎょっとした。
「破名!」
 叫んだのはエース。
 唯斗、某の身に起こった現象は転移による強制移動。トロイの転移はキリハが止めているはずだから、この場でその能力を扱えるのは他には破名一人しかいない。
「君はどっちの味方なんだ。そもそも君自身何がしたいの。そして、これからどうなりたいの!」
 機晶石の壁に背中を預け四肢を投げ出すように座り、トロイに力なく寄りかかる、半眼のままただ微笑んでいる破名に、先にしていたようにエースは語りかける。
「子供達とどう過ごしていきたいの、これからの数十年だけでも。ここで自立性を手放していたらそれも手放すという事だろう!
 それでいいのか?」
 訴える内容に、ロンがうっすらと目を細め、口の端を歪ませたことに誰が気づくだろう。
「子供達を育てるって事は未来を託す事でもある。どんな未来を選ぶかはその子達自身に任せればいい。自分とは違う生き方を選ぶと思う。でも、子供達には自分の経験の欠片を持って行ってもらおう!
 自分の経験や知恵の欠片を託すんだ。彼等が何か困った時にそれがきっと役に立つよ。
 何より君の教えが次に引き継がれる!」
 エースが言い終わるのを待って、ロンが両手を叩きパチパチと掌を鳴らす。縁に座るのをやめて立ち上がった。
「素敵ね。ええ、素敵。『育(はぐく)む』っていう考え方は実に素敵。クロフォードの息子がそれを実行していたことが本当に本当に不愉快だわ」
「どういう意味?」
 訝しむセレンフィリティに、ロンは大胆にも契約者たちの方に近づき、距離を一歩二歩と縮める。
「そのままの意味よ。不快。実に不愉快。
 『育(はぐく)み』はクロフォードの考え方なの。やっぱり道具っていうのは作り手に似るのね。むかつく」
「あっそ。こっちはあなたの実験について不愉快だわってやつよ」
「そう?」
「あなたの研究とやらがどんな価値を持つのかは知らないし興味もないけど、あなたのそのくだらない独りよがりのおかげで失敗に終わったのだけは確かね」
 セレンフィリティの酷評に、ロンは顔を引き攣らせる。
「何を以って″独り善がり″と、″失敗″と断言するのかしら?」
「そんなの決まってるじゃない。″迷惑をかけたから″よ」
 一言で片付ける。
「同意を得ないで周りを巻き込むというのは顰蹙を買うわ。強引に押し進めれば拗れるの。私は何をしようとしているのか良くはわからないけど、あなたのやろうとしていることは協力がなければ出来ないことなんでしょ? 人が去ってしまえばあなたは何もできず、逆に危険人物として見られて近い内に排除されるわ」
 セレンフィリティよりは優しくセレアナは諭し、
 諭されて、ロンは実に嬉しそうだ。
「そんな事は無いわ。それこそ感謝されるもの」
「感謝?」
 かつみが反応した。
「生きとし生けるもの、有機も無機も、安定した世界存続を……楽園を実現したわたしにきっと感謝するわ」
「選ばれず死んだ人も感謝するというの?」
 エドゥアルトの疑問に、ロンは本当に嬉しそうだ。
「系図に認められないものはあなたの望む世界に必要とされない。
 ……それでいうと私は一族に認められなくて彼らの世界からはじき出されたけど、それでも幸せになってるんだけどね。
 幸せの要素なんてだれでも持っているものだと思うけど……それでは駄目なのかな」
 楽園は本当に必要なのかとエドゥアルトはロンに問う。
 ナオの腕の中、ひょいとノーンが顔を出した。
「人がどんなに進化しても『喜怒哀楽』の感情が完全に消えてしまうことは無い。『怒り』や『悲しみ』がバネとなる場合もある。
 人の幸せは、実験のように環境を同一条件にしても意味が無い。
 むしろ違う存在が時折心が重なる時にこそ感じるもなんじゃないか?」
「ええ。そう。至福とはむしろそうあるべきね。だから皆感謝するの。系図に選ばれず死んだ者達だって自分が未来の礎を踏み固めたひとつと知ればきっと来世を望むわ」
 ああこれは、とかつみは既視感に襲われる。
 己に絶対の自信がある者の振る舞いだ。周囲の声を遮断し、それが最も相応しいと、揺るがない。脇見もふらず邁進する姿勢に、破名が研究の為ならば手段を選ばないあの魔女に惹かれた理由がわかった気がする。
 良くも悪くも、ロンは研究者であった。
「でも、だからってそれは違うと思うの!」
 全てを還元するセキュリティにまともにぶつかった為満身創痍で、しかし、連携という分身には無い手段で切り抜けて遅れて最奥に到達したルカルカは叫んだ。
「誰のための研究なの? 研究のための研究では意味がないわ。そんなものは、誰も望まない誰も喜ばない。
 わかって? 貴方達の計画はもう終わったの!
 それに、破名には帰る場所が有るの、自由にしてあげて。子供達は彼を待ってる、彼を受け入れてる、彼と共に生きるの。破名を返して……、
 返してよ!!」
 叫ぶルカルカにロンの注意が向き、動いたのは二人。
「ロン、トロイの自我を返してもらうよ。これは、キミのものじゃない」
 時間との勝負と気負った朋美はトロイに駆け寄ると膝を落とし、青白い機晶姫の肌に触れた。
「そんな……嘘」
 触れて、愕然とする。
 機晶石が砕け散ったまま空っぽになっている心臓部。機晶技術を持つ朋美から見て、その意味はあまりに明確過ぎた。思わず冷たい体を両手で掴む。
「じゃぁ、どうやって。どうやってキミは動いているの?」
 機晶姫――不思議な存在。
 ただの機械ではない、自我を持った「彼女」。
 上擦る声で問いかけて見上げた朋美は、どうしてトロイが動いているのかを知る。
 洞窟内を明るく照らす全ては機晶石が放つ輝きだと思っていた。
 しかし、よく見るとそれは違っていた。光を失った機晶石の洞窟。機晶石が復活したわけではなかった。輝く色全て文字だった。幾重にも重なり色鮮やかに光放つ、古い時代のあまりに膨大な量の文字だった。
「文字に……操られているんだね」
 抜け殻の機晶姫。必要とされたのは存在ではなく、残ったハード。
 朋美は立ち上がってロンへと向き直る。
「……人は人を、目的として扱い、手段として扱ってはならない――って、知らなさそうだね、ロン・リセン?」
 投げかけられて、ロンは朋美に顔を向ける。朋美以外にもう一人いるのに気づくが、ロンは朋美に答えるために口を開いた。
「そうね。その言葉は知らないわね」
「何かの欲を満たすために、人を道具や手段として扱わないということだよ」
「……それはまるで……わたしが間違いを犯していると言いたげね?」
「違うの?」
「わたしはその言葉はよくわからなくてどうにも答えられないけど、間違いを犯しているつもりはないわ。
 それとも何? わたしが目的と手段を履き違えていると?」
 ロンが訝しんだのと同時に、
「ジブリールお願い。私をクロフォードの元までエスコートして!」
 シェリーの声が響き渡る。



 最奥に辿り着いてから、一歩引いて局面を静観していた和輝は、目立つ動きの朋美と同時に、こちらは目立たず破名の隣りに音も控えめに駆け寄った天音を目で追っていた。
 同じく膝を落とし、破名の肩に手を置いた天音に、何をするのかと目を凝らす和輝は、そのまま黙した天音に疑問を抱く。
 実際、天音は何もしていないわけではなく、破名への揺さぶりにテレパシーを手段として使用している最中であった。
 口を閉ざしたままの語りかけは、快楽主義者じゃないか、という始まりから察するに、確かに未成年も多いこの場で言葉として表現するには不都合がある。所々人格を無視した言葉の組み合わせは、誘う程にも甘く、どの単語で反応が得られるか、探る気配を忍ばせている。
 本当ならキリハから聞き出した過去の名前を使いたかったが、誰も名前を知らないと言うし、当人が覚えてなければそれは例え使えても意味が無いだろう。
 兎に角、ロンを止める為にも破名は必要で、天音は思いつく限りの単語で、破名の足掻きに手を差し伸べる。
 投げ出した両手のその指が、引き付けのように動き、和輝は目を細めた。天音が何をやっているのか見当がついた。
「(破名、聞こえてるんだろう?)」
 キリハは声は聴こえていると言っていた。
「(ずいぶんと、自分の意見を捻じ曲げた行動をしてるじゃないか?)」
 裏側の顔として共に行動していた時期があった和輝は、破名の姿勢(スタンス)を知っているつもりだ。
「(使役されるなら、手段はどうでもいいのか? せめて″道具″としての吟味を見せて欲しいな)」
 煽るべきものは何か。
 切り込んだ和輝の声(テレパシー)に、破名は足掻きの喘ぎに口を大きく開いた。
「ジブリールお願い。私をクロフォードの元までエスコートして!」
 初めて自活呼吸をするような不自然な破名の動きに、見つめ続けていたシェリーはジブリールの手を掴んで懇願に声を張り上げる。
「いいよ」
 お願いされて、ジブリールは心得たとシェリーを抱き上げた。
「おっと。邪魔はさせない」
「同じくです」
 陽一と舞花が逸速く、止めに入ろうとしたロンの右手と左手を掴み、それぞれに止める。幸いにか転移の気配はしない。加勢がなければロンは取るに足らない魔導書だった。
 大天使の翼を展開させ、振り切るような速さでシェリーを破名の元に連れてきたジブリールは彼女をそっと地面に下ろす。
 虚ろな目で、肩を上下させて稚拙な呼吸を繰り返している破名の両手を取ってシェリーは力を込めた。
「クロフォード、起きて!」
 呼びかけても、破名は苦しげに呼吸を荒らげるだけで、シェリーを見返す素振りを見せない。
 シェリーは唇を噛む。ただ名前を呼んでも駄目だ。何か刺激を与えなければ。
 考えて、シェリーはジブリールを振り返った。皆に振り返った。
 勇気は沢山貰っている。
 これから何をしようとしているのか、ちゃんと自覚して理解している。ただ叫べば良い。
「起きてよ、おとーさん! たすけてッ!!」
 小さい頃間違えて父親と呼んだ時の、あの時の反応を期待したシェリーは間近で破名の、覚醒に剥けんばかりに大きく見開かれた銀色の目と焦燥とした驚愕の表情を見ることになった。
「やめろコーズ! それはトロイでは耐えられない!」
 ロンの支配から逃れ、主導を取り戻した破名よりも大きな、機晶姫の絹を引き裂く金切り声が契約者達の脳髄に突き刺さる。


 壁に、ビシリと大きな亀裂が走ったかと思うと、あとは崩壊の連鎖だった。
 崩壊を予想していたブルーズは揺れて割れ砕ける地面を駆けて破名に近づくと、息が整っていない悪魔の顔を上向けた。
「寝起きにこき使って悪いが、いける――」



「――か」
 転移での避難先は、少し離れた場所に知っている孤児院が見えたことで、わかった。