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 Episode3.恋は理屈じゃない
 
 
 休暇を取った水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、気分転換を兼ね、思い切ってヒラニプラを離れて、イルミンスールを訪れた。
「カーリー、暑い〜」
「そうね、全然避暑にならないわね……あら、ザンスカールにも大型プール施設があるのね」
「プール! 行く行く!」
というマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)との会話の末に、ザンスカール・ウォーターパークに遊びに行く。

 けれど、遊びながらもふと口をついて出るのは溜息だった。
 ここ数ヶ月、経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)の姿を見ない。
 任務なのは承知しているが、数ヶ月も全く消息不明のまま、連絡もないのはおかしいのでは……、とゆかりは思い始めていた。
 まさか……、と考えて、ハッと我に返る。
(私、何故あんな奴のこと心配してるのよ)
 ふるりと頭を振って、心配、の言葉が自分の中に出たことにまたハッとする。
(心配? 心配って何よ、何故、あんな奴を心配なんか)
 冗談じゃない、と思ってみても、泥沼だ。
 ゆかりの倫太郎に対する思いは、以前とは確実に変わっていて、それを否定できないことに愕然とする。
(息が苦しい……体が熱い)
 こんな感情を憶えている。認めたくない。ずっと、若い頃のものだ。
「……冗談じゃ、ないわ」
 熱を冷まそうと、ゆかりはフラフラと近くのプールに入って泳いだ。


 長期に及ぶ調査任務が終了し、経堂倫太郎はそのまま現地にて休暇に入った。
 特に報告する相手も居ないので、ヒラニプラに戻らず、イルミンスールで休暇を過ごすことにする。
 という訳で、目の保養とナンパ目的で、ザンスカール・ウォーターパークに遊びに行った。
 水着の上にパーカーを引っ掛け、適当に歩いていると、すぐ近くで、泳いでいた女性がプールサイドに上がってきた。
 全身から滴り落ちる雫が色っぽいな、と眺めていると、顔を上げたその女性が驚く。
 倫太郎も驚いた。まさかここで、上官であるゆかりに出会うとは思っていなかった。
「これは、大尉殿。お久しぶりです」
 いつものへらへらした態度で挨拶する。
 この態度を、彼女は嫌っている。恐らく冷たい態度を取ってくるのだろう、と予測する。
 ゆかりの様子がおかしい、と気付いたのは、この時だった。

 再会した倫太郎の、予想通りの軽薄な態度に、ゆかりは癪に障ったが、同時に安堵してもいた。
 無事だった。
 心の中で燻っていた、目を背けていた感情が、溢れ出て来る。
「……どこに行ってたのよ」
「……へ?」
 倫太郎は狼狽した。
 問われたことにではない。ゆかりの様は、まるで恋人の不在に拗ねる娘のようで。
 心がざわついたことに、うろたえた。
「それは秘密です。って、まあ、任務ですけどね」
「解ってるわよ、そんなこと!」
 声を荒げるゆかりは、全く理不尽だが、嫌悪感は感じない。
 だだ、何だろう、苛立つ。ゆかりにではなく、自分に。
 いつもの軽薄な態度の取れない自身に、戸惑う。
 さっさと面倒から立ち去ろう、と思うのに、出来ない。
 それっきり黙ったゆかりに、倫太郎も何も答えられずにいると、不意にゆかりの目から涙が溢れた。
「えっ……」
 まるで子供だ、とゆかりは思った。
 溢れる感情を制御できず、言葉の代わりに泣き出して、そして、その勢いで、今、何を
「大尉――――」
 ゆかりは、何かを言おうとする倫太郎を、強引に引き寄せ、口付けた。
 周囲の注目となっていることなど構わず、堂々と、長い長いキスを交わす。
 ああ、私はこの男に恋をしてしまったのだ。
 もうどうしようもなく、認めるしかなくて、ゆかりは唇から想いを伝える。
 不実を謝ろうともしない、軽薄なだけの、けれど理屈で説明できるなら、恋なんて出来ない。

 唇が離れ、間近の倫太郎を見ると、そこに呆然とした表情があった。
「……何てこった」
と、倫太郎は呟く。
「オレは大尉……いや、カーリーのことが…………」
 ああ、そうだったのだ。
 こんな感情が自分の中にあったなど、まるで滑稽だけれど、認めるしかない。
 ゆかりからの激しいキスに、初めて自分も、ゆかりへの気持ちを自覚した、そう思ったその瞬間。

 ガツッ!
 突然、後頭部に喰らった激痛に、完全に不意打ちだった倫太郎は前のめりに倒れた。
「ふざけんな、この短小!
 いきなりカーリー呼びとか調子ぶっこいてんじゃないわよ!」
 ただでさえ、倫太郎に対しては当たりが厳しいマリエッタが、怒れる大魔神のようになっている。
「ま、マリー……!」
 そういえばいたっけ、というゆかりの表情に、ふっ、とマリエッタはやさぐれた笑みを浮かべた。
「そうよ、最初からいたのよ、カーリー」
 完全に忘れられてたけど。
 様子がおかしいゆかりをずっと心配していたら、突然の怒涛の展開。
 反応できずに目を白黒させていると、まさかのカーリー呼びで、マリエッタは切れた。
「ああもう、とんだ茶番だわ! むかつく!
 あなたカーリー泣かしたら許さないからね、ていうか、二人共段階すっ飛ばしてるからね!」
 言い捨てて、マリエッタはズカズカと去って行く。
 とりあえず一発殴ったので、譲歩することにしたのだろう。
 二人は顔を見合わせた。
 段階を飛ばしている。
 そう、お互いにまだ、重要なその一言を言っていなかった。
 最初に体の関係から始まって、次にキス、最後に言葉だなんて、まるで逆だ。
 それも、自分達らしいといえば、らしいのかもしれないが。
「えーと、その……」
 今更改めるのは、どうにも気恥ずかしく、口ごもる。

 けれど、意を決してじっと見つめ、その言葉を言う為に、口を開いた。