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秘密のお屋敷とパズリストの終焉

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秘密のお屋敷とパズリストの終焉

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【屋敷東】

「ったく、何がハッピーティータイム、だ……」
 屋敷の探索が始められた頃、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)はホールで毒づいた。折角、間もなく出産を控えて居る妻と、当面確保できなくなるであろう二人の時間を楽しみに来たというのに。
「ですが、黙って閉じ込められている訳にもいきませんわ」
 妻、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)の気丈な一言に、ジェイコブはそうだなと頷く。さしあたり、目に付いた客間と二階とで分担して探索しようと決める。じゃあオレが客間を、と言いかけたジェイコブだったが、ふと、だいぶ大きくなってきたフィリシアのお腹が目に留まる。
「――客間を頼む。オレは二階を見てこよう」
「分かりました」
「くれぐれも無理するなよ」
 夫からの気遣いに、フィリシアは穏やかに微笑んで頷いて見せる。その笑顔を確認してから、ジェイコブは二階へと上がった。
 二階には既に数人が上がっていて、調査を始めている。まだ誰も着手して居ないところを、と見回し、とりあえず手近な部屋の扉を開ける。折しも、フィリシアが探索している客間の真上だ。
 開けた扉は――どうやら、メイド部屋だったようだ。換えのメイド服などが吊してあるのが目に入り、思わず足が止まる。
 勝手に入って良い物か、と躊躇っていると、丁度、屋敷の主の一人、ののが青い顔をして駆けていくのが目に入った。
「おい」
「はい!」
 声を掛けてみると、不要なほどに大きな声で返事が返ってきて、ののがその場に足を止める。だが、足元で駆け足を続けている所を見ると、何かよほど急いでいるのだろう。
「ここは、入っても良いだろうか」
「そこは大丈夫!」
 ジェイコブからの問いかけに、ののは二つ返事で了承し、再び駆け出していく。
 ジェイコブの意図が伝わったかは怪しいところだが、しかし、主の許可は得たことだしと足を踏み入れる。
 こんなことなら最初に思いついた通り、二階はフィリシアに任せるんだったと思いながらも、ざっと室内を探索する。――が、それらしいものは無い。引き出しや棚の中にあるかもしれないが、流石にそこまで勝手に開けて良い物か。せめて誰か女性に任せたいところだが。
「あっ、ここはもう探してる?」
 と、丁度そこへ、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がひょっこりと顔を出した。隣には御神楽舞花の姿もある。
「いや――まだだ。協力して貰いたい」
 ジェイコブはざっくり事情を話し、細かい部分の探索をノーンと舞花に依頼する。
「分かりました。でも、今回は謎を『解く』ことが中心でしょうから、比較的発見しやすい場所に置いてあるとは思いますが」
「だと良いんだが」
 舞花とノーンは躊躇いなく、引き出しや棚を開けて中を改める。
 中には――主に、機晶姫用のメンテナンスパーツやら、工具やらが詰まっている。「メイド部屋」という単語にはあまり似つかわしくないものだが、メイド達はみな機晶姫なので、必要なものではあるのだろう。
 念のため工具箱の隙間まで覘いてみたが、それらしいものは見つからない。
「うーん、ここにはないかなぁ」
 ノーンがううんと伸びをする。その横で舞花が籠手型HCを操作している。どうやら、何か連絡が入ったようだ。
「客間で謎が見つかったようです。言ってみましょう」

 メイド部屋をジェイコブやノーンたちが捜索していた頃、客間では、フィリシアや遠野歌菜、月森羽純ら、そして神崎 優(かんざき・ゆう)たちが捜索を行っていた。なにしろ客間は数が多い。彼らは打ち合わせをしたわけではないが、自然と各部屋に散って調査に当たる。
 客間にはベッドが一つと机が一つ。あまりものが隠せるような場所はないが、それでも机の裏側やベッドの下など、一々確認しなければ見えない場所というのも多い。
 皆が一部屋ずつ慎重に調べて行くと――
「あった、ありましたよ!」
 神崎 零(かんざき・れい)の声が辺りに響いた。
 その声を合図に、客間を探索して居た面々は零の元へと集まってくる。またその情報は、すぐに全員に共有された。
「見せてみろ」
 零のパートナーである優が、零が手にしているプレートを覗き込む。そこには――
【りさ、まり、はな、ゆきの四人が徒競走したところ、次のような結果になった。
・ゆきより遅い人が、少なくとも二人はいた
・はなは、1位ではない
・りさは、ゆきの次にゴールした
・まりは、はなより遅い
4位は誰?】
 と、少々長い文章が刻まれている。
「え、ええっと、どういうことかな……」
 プレートを見つけた当人である零は、すっかりお手上げという顔で優を見る。
「こういうのは、まず条件を整理して行くんだ」
「こっちにも見せてー!」
 優と零が考え始めたところで、他の面々も順にプレートを手にして、それぞれ考え始める。
 二階に居たジェイコブ達も合流し、辺りはにわかに、「誰が一番に解くか」を競うような格好だ。

「っだあああ、わっかんねー!」
 早々に頭を抱えてみせるのは、優のパートナーの一人である、神代 聖夜(かみしろ・せいや)だ。
 優が今、ざっと、条件を読み上げただけなのだが。
 そんな聖夜の様子に思わずくすっと笑ったのは、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)だ。
「順番に考えていきましょう」
 刹那は微笑むと、聖夜の隣に座り込んで問題の内容を一から説明し始める。そんな二人を横目に、優と零も同じような状況だ。
「いいか、ゆきより遅い人が少なくとも二人はいた、ということは、ゆきは一位か二位、ということで――」
「う、うん……」
「りさとゆきは常に二人一組で動かす必要がある。わかるな?」
「う……うん……?」
 だんだん零の顔が曇っていく。
「だから……」
 しかし優は諦めることなく、零にひとつひとつ、丁寧に考え方を教えていく。

「うー……わっかんないなー。おにーちゃんにも相談してみよーかな?」
 こちらで頭を抱えているのはノーンと舞花の二人。舞花の方は少し手応えを感じているようだが、ノーンはすっかりお手上げモードのようだ。
 ノーンはよしっと決意すると、所持しているパートナーアイを使用して、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に相談してみようとする。
 パートナーアイは、パートナーの視覚情報を得ることが出来るコンタクトレンズだ。使用者の負担が大きいため、あまり長時間は使用出来ない。ノーンはよくよく相談したいことをまとめ、えいっ、とパートナーアイを起動する。
 すると――ツァンダにある陽太の自宅の室内が見えた。ベビーベッドで子どもが寝て――いや、視界が動いてベッドに寄る。赤ん坊が泣いている。母親の姿は今は見えない――陽太の視界がさらに動いて、キッチンが見えてくる。多分、そちらにいるのだろう。聴覚の情報は共有出来ないから分からないが、話しかけたのかも知れない。「泣いてるけどどうしよう」とかなんとか、きっと、そういう会話をしているのかもしれない。
 おにーちゃん、と呼びかけようとして――できないじゃん、と気付く。パートナーアイは、パートナーの視野を共有するためのツールであり、通信機能が付いているわけではない。
 ただ、仮に通信が出来たとしても、とても落ち着いて相談ができそうな雰囲気ではない。ノーンは早々にパートナーアイを終了させた。
「やっぱりお世話で忙しそうだよねー」
 自分達で考えるしかないか、とノーンは再び、書き写した問題と向かい合う。

「ふむ……」
 一階に戻ってきたジェイコブは、妻のフィリシアと合流して設問の情報を得ていた。
「これは、何か紙に書き出した方が良さそうですね」
 問題文を見て考え込んでいるジェイコブに、フィリシアが提案する。とはいえ、そう都合良くメモ用紙が置いてある訳でも無い。何か無いか、と探った結果、ジェイコブの財布の中に入っていたレシートが採用された。
「こうやって短冊状に切り分けて、並び替えて考えて見たら分かりやすいのではないでしょうか」
「そうだな」
 ジェイコブは紙片に四人の名前をそれぞれ書き、順に並べて考えを進める。

 こちらでは、歌菜と羽純が同じことをやっていた。
「ええと、ゆきより遅い人が二人いて、ゆきの後は必ずりさで……」
「まりははなより遅くて、はなは一位ではない、なら、こうなって……こうだな」
 同じように短冊状に切り取られた、やはりレシートがくるくる並び替えられて、最終的にある並び方にたどり着いた。
 つまり、ゆき、りさ、はな、まり。

「ということは、この問題の答えは――『まり』?」

 歌菜がその答えにたどり着いたころ、ジェイコブたち、そして優たちも同じ答えにたどり着いていた。
「こっちも『まり』だ」
「どうやら、全員同じ答えになったようですね」
 自信のあるもの、無さそうな者とそれぞれだったが、しかし、全員の答えが一致をみたことで、どうやら「まり」は間違って居ないようだ、という結論に落ち着く。――だが。
「まり?」
 回答しみても、何も起こらない。そして、「まり」が何を表すのかも、わからない。
 一同は再び首を傾げる。
「とにかく、この答えを共有しておきましょう」
 舞花の提案で、今はひとまず他の契約者たちにもこの答えを送ることにする。他の謎の答えが揃わなければ、分からないのかも知れない。