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リアクション
●雪だるま王国近郊
「皆さんが……! 分かりました、私も直ぐに救出に向かいます」
タニアから報告を受けた美央が、アンブラへ命じようとした矢先、そのアンブラが前方を見据え、威嚇するような態度を取る。
(まさか――)
美央が危惧したそのまさか、赤いコートを身に纏い、雪面を歩いて来るのは、第五龍騎士団団長、七龍騎士が一柱、アメイア・アマイア。
『こちらの牽制としては、最適な人選でございますな。……しかし何故、こちらの人数が少ないことを敵方は知り得たのか……』
サイレントスノーが何やら呟くのを頭の隅に置き、美央が槍を構え、歩いて来るアメイアをキッ、と見据える。
「ほう、雪だるま王国の女王様は、主力部隊と一緒ではなかったのか。既に、主力部隊の危機は貴様の耳にも届いているだろう。救出に向かいたいのではないか?」
「……でしたら、見逃してくれると有難いのですが」
「フッ……いいだろう、と言うのも吝かではないが、彼らの負担を増やすのは団長としての責務を果たしていない。故に、しばしの間、大人しくしていてもらうぞ」
ある程度の距離を置いて、足を止めたアメイアから殺気が膨れ上がる。
(……まともにやり合えば、数瞬と持たずに敗北するでしょう。今私がするべきことは、いかにこの戦いを最小損害で切り抜け、臣民を救出に向かうか、ですが……)
生半可な方法では、かえってこちらの身を危険に晒すだけだろうと美央が思い至る。
『見つけたわ、アメイア!」
そこへ、十六夜 泡(いざよい・うたかた)とリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)、レライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)の駆る『アルマイン・シュネー』が二人の間に割り込んでくる。
「何事にも例外ってあるのよね。このシュネーなら、吹雪の中であっても十分に動けるはず。それに、レラをカヤノの助けに行かせない訳にはいかないでしょう?」
「う、うむ……そ、そうじゃな。いやおまえ、その例外を認めることになると、寒さに強い分暑さに弱いということで、砂漠等の気温が高い場所では、十全に機能を発揮できないことになるんじゃが、こいつは分かっとるのかのう……」
泡の言葉に、アーデルハイトが微妙な表情をしつつ、最終的には泡の出撃を許可する。
説明しても理解が得られにくいことは、説明しない方が得策ということだって、あるはずであると思いながら――。
「アメイア、あなたが本当は優しい人だってことは分かったわ。何故なら、あなたは総戦力でイナテミスを攻撃しなかった。村人に被害が出ないようにと考えてくれたんでしょう?
あなたは誇り高い騎士だと思う。だからこそ、あなたに問いかける。正しい力の使い方は『他者を制圧する為』と『他者を守る為』のどっち?
……私達シャンバラは『争う事を望んではいない』。お願い、無駄な争いは終わりにしましょう?」
説得の言葉を投げかける泡に、アメイアは思案して、そしてこう答える。
「前の私を見ている貴様には、私が間違った行いをしていると見えるのだろうか。
……まあ、それはどうでもよい。他人の思うことにケチをつける真似は、する気はない。だが今の私は、『私に近しい者を守る為』『決して無縁ではないが近しいとはいえない者を制圧する為』力を発揮している。貴様が『シャンバラは争う事を望んでいない』と声高に訴えたところで、実際にシャンバラの他の地域、タシガン、キマク、ツァンダ、これより前にはヴァイシャリーで戦いが行われているではないか。
貴様が無駄な争いを望まないということは理解する、私も無駄な争いであればするつもりはない。イナテミス市街部を戦場にしなかったのも、私が無駄な争いであると判断したからだ。
しかし、ウィール支城を占領するための争いは、無駄な争いではない、少なくとも私はそう捉える」
「戦って相手を倒せば、自分の力は証明できますよね? でも、それが何だって言うんですか?
力を振るい続け、結果誰も存在しなくなり一人ぼっちになったとしても、あなたはそれで満足ですか?」
フェスタスの言葉に、これも思案した末、アメイアが答える。
「貴様の言うように、私自身の力を証明するための戦いが時に不益であることは、私が貴様らに教えられた。だがそれでも、何時でもその戦いが無駄なものとは私は思えない。私自身の力を証明することが、誰かの力になることもあるのではないか?
もしこの場で私が戦うことを放棄すれば、私はエリュシオンから敵前逃亡とみなされ、然るべき罰を受けるだろう。そうなれば、今まで私を慕ってくれた者たちはどうなる? 貴様は彼らの面倒を全て見るとでもいうのか!?
貴様は私に願う、と言うが、実の所はただ押し付けているだけではないのか!?」
それぞれの意見が、平行線を辿ろうとしていたその時――。
「戦いを避けられるのであれば、互いに努力すべきだろう。
だが、戦いが避けられない状況は確実に存在する。
そして今がその時ならば、俺達は戦うことから逃げてはいけない」
雪を掻き分け、レンとメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が姿を現す。
「ここは俺達に任せて、お前達は行け。今この瞬間、お前達の助けを待っている仲間がいる。必要な戦いから、目を背けるな」
レンの言葉に、まず美央がアンブラを駆り立て、その場からの離脱を図る。
「私が行かせるとでも――」
思ったか、そう紡ごうとしたアメイアは、足元を襲う弾丸の鋭さに、後退を余儀なくされる。
「お前の相手は俺一人だ、アメイア。
……行け! お前の出る幕はここではない、仲間の救出だろう?」
続くレンの言葉に、泡はなおも食い下がろうとするが、レライアが無言のまま制する。
『レラをカヤノの助けに向かわせる』とアーデルハイトに発言した以上は、カヤノが別の場所で仲間と共に危機に陥っているのを、見逃せない。
しかし、アメイアの説得も行いたい。
「……ッ!!」
思案の末、泡の駆る『アルマイン・シュネー』はその場を退き、美央の後を追うように飛び去る。そしてその場には、レンとアメイア、二人を見守るメティスの三名だけが立ち尽くす。
「アメイア、お前はさっき、イナテミス市街部を戦場とするのは、無駄な争いだと言った。
……だが、勘違いして貰っては困る。この戦いに無関係な人間など、一人も居ないのだ」
構えを解き、話を聞く姿勢を見せたアメイアを確認して、レンが言葉を継ぐ。
「皆、自分の家族を、友人を、帰るべき家を守る為に戦っている。
……アメイア、お前もイナテミスの街をその目で見た筈だ。そして改めて、戦場を見渡してみると良い。あの時街に居た人間たちがこの戦いに参加しているという事実を、例え戦力と呼べなくても、家族を守るために剣を振るう人間がいることを、その目で見、知ってほしい。
戦場は決して特別な場所ではない。ただ戦う理由のある者。戦う道を選んだ者がいるだけの場所だ。
……そして、その舞台に上がることは誰にでも出来るということを、俺が自ら証明してみせる」
そう告げ、レンがこれまで一度も外したことのないサングラスを外し、傍に寄ったメティスに渡す。
魔力の影響で紅く染まる瞳で、アメイアを真っ直ぐに見据える。
「アメイア、俺はいつか、お前とも分かり合えると思っている。
その未来を望むからこそ、俺はあえて戦う道を選んだ。……俺は、逃げない」
両サイドにマウントしていた魔銃を、いつでも抜ける体勢でレンが対峙する中、アメイアも纏っていたコートを脱ぎ、同じく寄ってきたメティスに渡す。
「フッ……その未来、悪くないぞ。この戦いの先に、お前の言う未来があるのならば、私はそれを受け入れよう。
そうでなければ……お前を倒し、雪だるま王国を支配下に置かせてもらう!」
腕を自然な高さに構え、いつでも次の行動に移れる姿勢をアメイアが取る。
(この戦い……アメイアと直接対峙することは、愚策でもある。
しかし、七龍騎士をただ一つの戦場に留め置くことは、必ず他の戦場に貢献する。
今は仲間を……レンを、信じましょう)
戦闘の影響にならない範囲まで下がったメティスが、二人が身につけていたもの(といっても、両方共元はレンの持ち物だったが)を抱き、戦闘の行方を見守る。
「「……!!」」
先にアメイアが、雪面を蹴ってレンの懐に飛び込む。繰り出される重く、それでいて速い拳を、レンは舞うような動作で避け、両手に握った魔銃から弾丸を見舞う。二つの魔銃から放たれた四つの弾丸は、アメイアに直撃する寸前で避けられ、雪面に弾痕を作る。
足元が雪面であることを感じさせない踏み込みで、アメイアが再びレンの懐に飛び込もうとするのを、レンは巧みに銃撃を見舞うことで阻止する。それでもなお掻い潜り、拳の射程圏内に収めたアメイアへ、レンがアメイアの足元目がけて弾丸を撃ち込む。
「!!」
直後、アメイアは途端に自身の身体が重くなったのを感じる。踏み出そうとした足が凍りついた雪面に阻まれ、まるで縫い付けられているような状態に陥った。
無論、その隙を見逃すレンではない。撃ち込まれた四発の弾丸は、防御せざるを得なかったアメイアの両手に装着されていた甲を弾き飛ばす。これで、アメイア自身が身につけているもので、レンの攻撃を防ぐ手立てはなくなった。
「ぁぁああ!!」
しかしアメイアも、脚を蹴り上げるようにして氷の呪縛から逃れる。巻き上げられた氷と雪を直接浴びたレンの、視界が一時的に鈍る。
(もらった!!)
今度はレンが見せた隙に、アメイアが必勝を確信して、拳を撃ち込む。ドン、と鈍い音が響き、腹に拳がめり込……まなかった。
(なんだと――)
驚愕に歪んだアメイアは、直後、至近距離から弾丸を浴びる。内蔵への致命傷こそ免れたものの、左腕に四発の弾丸を受け、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
「肉を切らせて骨を断つ、ということさ――グフッ!!」
悠然と言いのけたレンが、しかし直後背を折り、喀血する。雪面を紅く染めるのは、レン自身の血。
攻撃を受けた箇所を『龍鱗化』でカバーしたとはいえ、かつて致命傷を負わせた一撃は、全くの影響なしとまではならない。日々鍛え上げた肉体も、全身を駆け巡る痛みまでは無効化出来ない。
「……なるほど、あの時よりは強くなっている、ということか」
呟き、アメイアが構えを取る。しかし、左腕はもう元の位置には戻らない。治癒力に優れているアメイアでさえ、四発の弾丸の威力は少なくともこの戦闘の間、左腕の機能を失わせる程であった。それでも、普通の人間ならば死んでもおかしくない(たとえ心臓から遠い位置であっても、銃撃がもたらす身体へのダメージは、見た目以上であるため)所を、平然と立っている辺りは、流石七龍騎士であった。
(腕を一本やられたくらいじゃ、止まらないか。骨どころか、肉を断てたかどうか怪しいところだな。
……ならば、肉を削ぎ落とすまでか……!)
心に呟き、レンが魔銃を連射する。これまでの戦いと今の一撃で、レンの身体はとうに限界を迎えていた。
(チャンスは一度……脚を撃ち、アメイアを文字通り戦場に縫い付ける……!)
左腕を損傷させた今、放つ拳は右腕のみ。そして、威力のある拳を打つには、左脚での踏ん張りが必須。つまり、左脚を損傷させれば、アメイアはもう威力のある攻撃を放つことが出来ない。
脳がそのように結論付け、レンは左脚を狙うことを念頭に置く。……それは、限界が差し迫っている身体の、効率を重視するあまり敵の可能性を軽視した結論であったことは、後で知ることになる――。
「これで終わりだ、アメイア!」
今また、渾身の力を振り絞り、アメイアの攻撃を回避したレンが、伸びたアメイアの左脚に四発の銃弾を撃ち込む。パッ、と血が舞い、撃ち抜かれたアメイアの左脚が後方に跳ね、身体がレンの正面を向く。
目に光は……煌々と光っていた。
直後、身体ごとぶつかるようにして繰り出されたアメイアの右の拳が、レンの顔面を捉える。威力こそ劣るが十分な破壊力を持つ拳を受け、レンの身体が大きく吹き飛び、雪面に落ちてもなお転がり、ようやく止まる。
「……一本の腕と一本の脚さえあれば、拳は撃てるぞ?」
ふらつきながらも立ち上がったアメイアが、仰向けに寝転がるレンの元に歩み寄る。
「……これが、俺の、全力だ……」
「ああ、受け取ったぞ、レン・オズワルド」
死を覚悟したレンへ、アメイアはメティスを呼び、虚ろな目を隠すようにサングラスをかけさせ、その上にコートを被せる。
「レン・オズワルドは私に敗れ、名誉の戦死を遂げた。
……それでも再び会うことがあれば、その時は……」
瞑目したアメイアが呟きかけ、首を振って言葉を打ち消し、傷だらけの身体を引き摺るようにしながら、雪だるま王国へ向かっていく。
「……レン、大丈夫ですか?」
アメイアを見送った後で、メティスがレンに尋ねる。
「気遣うくらいなら、早く何とかしてくれ。本気で死にかねん」
「そう言えている内は大丈夫と判断しました。……お疲れさまです、レン」
あれだけの傷を負わせれば、雪だるま王国への進軍は相当鈍るだろう。その間に仲間を救出し、雪だるま王国へ引き返させれば、占領を免れることだって可能だ。
一騎討ちに負けはしたが、得たものは大きい。
「ああ……」
メティスに担がれたところで、レンの意識は途絶えた――。