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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

リアクション

 敵の爆撃によって、ウィール支城の周囲を覆っていた二重の柵が軒並み破壊され、生じた土砂が堀を埋めていく。壁も次々と爆撃によって破壊され、ウィール支城はその守りをほぼ失いかけていた。
「おぉ!? これは流石にちとマズイのではないかの?」
 北郭から牽制を行うサティナが、次々と破壊されていく施設を目の当たりにして、危機感を露にした表情を浮かべる。この状態で歩兵部隊の総攻撃を受ければ、夜まで持つかどうかすら怪しい。
「上空の者共も、懸命に戦っとるようだしのう。……これは、籠城戦もやむを得ぬかの?」
 覚悟を固めかけたその時、敵の攻撃がぱたり、と止んだのにサティナが首を傾げる。
「どうした、何が起きたのだ?」
 窓から外を見上げたサティナの目には、一目散に向こうの空へ飛んでいくドラゴンやワイバーンの姿が見えた――。

「あ、あれ? 皆さん撤退していきますよー?」
 どんどん悪くなっていく戦況に気持ちが萎えかけていた伊織は、敵の反応が遠くなっていくのを素直に信じられないといった様子で声を上げる。
「伊織さん! 今、タニアさんから連絡がありました! 雪だるま王国の方で、前線に出てきたアメイアさんの鹵獲に成功したとのことです!」
 そこに、タニアから報告を受けたセリシアが、珍しく興奮した様子で飛び込んでくる。
「そ、そうですかー。……ということは」
「はい、私たち、勝ったんです!」
 言って、セリシアが伊織を自らの胸に抱き寄せる。
「わぷー! せ、セリシアさん、誰もいないからってそんな、って違います、誰もいなくてもダメですー……?」
 必死に逃れようとした伊織の頬に、ぽた、と雫が落ち、首をかしげた伊織が顔を上げると。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
 謝りつつも、セリシアの瞳から流れる涙は留まるところを見せない。
「セリシアさん……も、もう大丈夫ですよー、だから、泣かないでくださいですー」
 多分、セリシアも不安で、不安で仕方なかったのだろう。
 そんな事を思いながら、少しでも安心してくれたらとの思いで、伊織がセリシアの肩に手を回す――。

「えっと……どうして退いていくのかな?」
 退いていく龍騎士たちを呆然とした表情で見送りながら、リンネがぽつり、と呟く。
『何だか分からないけど、これはきっとチャンスだよ! 一時的にでも敵の攻撃が止んだ今、敵の浮遊要塞に強襲攻撃を仕掛けて――』
『待て、花音』
 通信を送ってきた赤城 花音(あかぎ・かのん)の言葉を遮り、イルミンスールからアーデルハイトの通信が届く。
『まずは、よくやった、と言っておこう。おまえたちの懸命の努力で、ウィール支城と雪だるま王国は占領を免れた。
 そればかりか、敵の大将であるアメイアを捕らえることも出来た。この戦いは私たちの勝利じゃ』
「なるほどなんだな。敵が退いたのは、アメイアを失ったからなんだな」
 納得したようにモップスが呟く。
『では、この機にさらに敵に損害を与えることも――』
 リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が自分の思い付いた策を口にする前に、アーデルハイトが先んじて言葉を漏らす。
『……じゃが、誠に残念なことが二つある。これらが理由で、私たちはこれ以上、積極的な作戦を取れん』
「理由を聞かせてもらっていいかな、アーデルハイト様?」
 いつものおちゃらけた呼び方を封印して、ルーレンが尋ねる。

『一つは、キマクがエリュシオンの手に落ちた。今頃奴らは、キマクに全軍を集結させておるじゃろう。下手にこちらから手を出せば、全軍を以て逆襲を受けかねん。
 そしてもう一つは……おまえたちの中に裏切り者がおる

●雪だるま王国近郊

「あーあもう、ここも酷いことになってる。傷つけられた方はたまったもんじゃないってこと、分かってんのかしら」
 先程まで戦闘の行われていた、雪だるま王国北方の小さな森を訪れた茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)、それにパビェーダから連絡を受けてやって来たアナタリアが、周囲の状況を確認し、傷ついている動物がいないか、自分達でどれだけ自然の修復が出来るかの見当をつける。三人は今日一日、イナテミス中のこうした小さな森などを見て回り、戦争の余波で傷ついた木々や動物がいないかをチェックし、可能な限りの手を施していたのだ。
「アナタリア、大丈夫? こんな寒い所まで付いて来なくたって、あたしとパビェーダでなんとかやってのけたのに」
「ええ、私は大丈夫よ。それよりも、菫が無理し過ぎて倒れる方が私にはよっぽど心配だわ」
「べ、別にそこまでしないわよ! あ、あんたとか心配してくれるの分かってんだしさ……」
 照れくさそうにする菫を、微笑んで見つめるアナタリアを見、パビェーダはアナタリアに連絡を取って正解だったと思い至る。こと、森やそこに住む動物たちのことになると、菫は自分の身を省みず行動に出てしまう。最近はそこまで突っ走ることもなくなりつつある(彼女も、自分を心配してくれるものの存在のために、行動を自重するようにはなっていた)ものの、菫をよく知る人物が一人傍に付いているだけで、大分安心して見ていられた。
「あれ、携帯鳴ってる。……はい、うん、あたし。……そう、よかったじゃない。
 ……え? 今から集合? うん、うん……分かった。じゃ、これから行くわ」
 電話をかけてきた主といくつかやり取りを交わし、菫が携帯を切る。
「どうやら、今日の戦いには勝ったみたい。アメイアを捕まえたから、敵が逃げてったんだって。
 でも、イルミンスールの生徒にイルミンスールへの招集がかかってるんだって」
「そう、それじゃ、行かないとね。ここの森の治療は、イルミンスールで道具などを整えた後に来ればいいかしらね」
 菫の言葉に頷いて、パビェーダが必要そうな道具や装備などをメモしていく。
「私は、イナテミスに帰るわ。また何かあったら連絡を頂戴、手伝えることがあれば手伝うわ」
「うん、今日はありがとう、アナタリア。今日のお礼はまた今度会った時に!」
 イナテミス中心部までアナタリアを送り、そこでアナタリアと別れた菫とパビェーダは、一路イルミンスールへと向かう――。

●イナテミス中心部

 イナテミス防衛に成功したという知らせは、イナテミス精霊塔を介して、イナテミス中に届けられた。
 人間と精霊はひとまず、互いの無事を喜び合う。事前の迅速な避難誘導と、『ブライトコクーン』のおかげで、イナテミス中心部での被害はほぼ皆無であった。

 イナテミスが捕虜として得たエリュシオンの龍騎士および従龍騎士の数は、数百にのぼっていた。手の施しようがない程の傷を負った者がいない分、数が増大したのだ。
 怪我の程度が重い者から順に『イナテミス総合魔法病院』で治療を受け、怪我の程度が軽い者は『雪だるま王国』に受け入れられ、そこで捕虜としての生活を送っていた。
 また、イナテミスの方でも受け入れを積極的に行おうとする者がいた。

「失礼いたします、お食事をお持ちいたしました」
 『居酒屋【わるきゅーれ2号店】』の中は、十数のベッドで埋め尽くされていた。そしてその隙間を縫うようにして、シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)が龍騎士たちに温かい食事を振る舞っていく。

「国や立場の違いこそあれ、彼らもまた、私達同様、兵士として祖国のために戦った人々。その彼らに憎しみを向けたり、戦争の責任を問うたりするのは間違っています。
 それに、戦争捕虜に対する非人道的な扱いは、地球でもシャンバラでも禁止されている筈。万一、シャンバラ国内でそんな不名誉な事が行われようものなら、私達は、『シャンバラ人は野蛮な未開人だ』という帝国人の偏見に反論する資格も権利も失ってしまいますわ」
 町長の元を訪れたシャレンが、自らの思いを語り、この戦いで捕虜となったエリュシオンの兵士の世話役を名乗り出る。
「武器の所持と市街への外出を認めない代わりに、家族や知人に手紙を出すのは自由とします。これは私の方に伝手がありますので、手配させていただきます。捕虜たちを通じ、イナテミスの市民が敵国人である筈の帝国人に対し、とても温かく接している、と帝国の人々に知らせて貰いましょう。
 その様子を知れば、帝国軍も、イナテミスを攻撃して市民に被害を及ぼす事は恩を仇で返す行為だ、と考える筈。これこそ、イナテミスが帝国に取り得る最良の防衛策ではないでしょうか?」
 ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)の申し出にも、シャレンの申し出と同様、了承を以て答えるカラム。
「捕虜の正式なことは、シャンバラ王国の方で追って指示があるかもしれない。だが、それまでの間はイナテミスで可能な限り自由に振る舞ってもらえばいいと思うのは、私も同感だ。君たちの申し出、ありがたく受け取らせてもらおう」

 そして、シャレンとヘルムートは、自らの経営する店舗にてエリュシオン兵の受け入れを始めた。今後協力が得られれば、公共施設にも受け入れを順次行っていくとのことで、そこへの料理の差し入れ等も考えられるとなると、シャレンはむしろこれからが忙しくなるのであった。
(帰国の日まで、責任を持って皆様のお世話をいたしますわ)
 そんな決意を胸に抱き、シャレンが店内を忙しなく動き、手際よく料理を用意しては振る舞っていく――。

(イナテミス、ツァンダ、タシガンでの戦いには敗れたが、キマクを取ったか……。第五龍騎士団もおそらくはそこに集結しているのだろう。
 ……後任の者は誰になるのであろうな)
 イナテミス総合魔法病院の一室で、ベッドにもたれかかりながら、アメイアが今後のことを思う。

 第五龍騎士団はこの戦いで、総数六五〇〇のうち、歩兵二〇〇、竜兵四〇〇を喪い、多くの負傷者を出した。
 ……実際は、喪ったことになっていたその全員がイナテミスに捕虜として収容されているのだが、エリュシオンでは既に喪われた存在として扱われていた。国としては、兵の捕虜交換という制度は存在していない(団レベルではまた違っているが)のであった。
 それは、七龍騎士であるアメイアも例外ではない。既にアメイアの、七龍騎士としての立場は喪失している。能力までが喪われたわけではないが、彼女をアメイア・アマイア足らしめていた物の多くが喪われたのは確かであろう。

(私は、何のためにこれからを過ごせばよいのだろう……)
 思案するアメイアが、ベッドの横に置かれていた箱に目をやり、おもむろに蓋を開く。中には綺麗に飾り付けられたケーキが入っていた。アメイアが鹵獲されたと聞き、イルミンスール生徒にはイルミンスールへの即時帰還と招集がかけられていたのを知りつつ、鼎が挨拶のためにと差し出したものであった。
『イルミンスールの地下から結果として助けていただいたにも関わらず、こうして二度も敵対することになってしまい、申し訳ございません。何と言いますかその……今後ともよろしくお願い致します』
 そのような内容の書かれたメッセージを見、アメイアはなんともイルミンスールらしい、と思い至る。
(……であるが故に、まさか裏切り者がいようとはな……)
 窓の外から、イルミンスールがあろう方角を見つめるアメイアであった――。

●イルミンスール:校長室

 戦闘の事後処理もそこそこに、生徒たちを集めたアーデルハイトの表情は、全く以て読めなかった。

「ここに一人、自らのパートナーをわざとエリュシオンに捕虜として捕らえさせ、こちらの機密情報を横流しした者がおる」

 淡々と告げ、アーデルハイトが自らの脇に用意した磔台に括りつけられたアウナス、カスパール、ガイウスを一瞥する。アメイアを始め多くの龍騎士が捕虜として捕まったことで、彼らの存在が明らかになったのであった。

「彼らの行いは、イルミンスールに対する裏切りに他ならない。これでもしイルミンスールから死人が出ておれば、彼らは人殺しとして同様に裁かれるべきであろう。
 また、死にはせずとも、相応の怪我を負った者たちの中には、本来怪我を負わずに済んだ者もおるやも知れぬ。彼らが怪我を負うに至ったのには、彼らの行いが起因したと見ることも出来る。
 雪だるま王国の主力部隊が敵歩兵部隊に捕捉されたのは、アウナスがカスパールに情報を伝えたことが大きく作用していたと想像できる。また、ニーズヘッグを狙わず騎乗する生徒たちを狙ったこと、アルマインの稼働時間を知った上と予測される敵竜兵の行動など、一歩間違えれば生徒たちやアルマインの損失に繋がりかねない事態を引き起こしかけたとも言える」

 ぐったりとする三人から視線を外し、アーデルハイトが生徒たちを見つめ、口を開く。

「私はこれまで、おまえたちが何を思っているかまではとやかく言わんかった。人の思うことにまでケチはつけられんからじゃ。
 イルミンスールの益になるのであれば、多少のことには目を瞑っておった。

 おまえたちは他の学校に比べ、個人主義とでもいうか、悪く言えば身勝手な者が多い。
 しかしそれも、多くは個人の欲望レベルでの話であって、巻き込まれる規模もせいぜい数人程度が関の山じゃったろう。

 じゃが、今回の件は違う。一人の行いが、学校の命運をも左右しかねなかった。
 しかも行動の発端は、『エリュシオン帝国こそがパラミタの守護者であり、イルミンスールは帝国に従うべきだ』という至極個人的な思想に基づくものじゃ。

 このような馬鹿者が二人、三人も現れれば、どうなるか。
 ……こやつらの企む通り、イルミンスールは内部から崩壊する。こんな状態では到底、エリュシオンに対抗することも出来ん。
 EMUもきな臭いというに、この体たらく……何たるザマじゃ」

 そこで初めて、アーデルハイトが顔に表情を現す。
 ……そこには、目の前の生徒たちへの失望の色が現れていた。

「……もう、おまえたちには任せておけんよ」

 その言葉を残すようにして、アーデルハイトの姿がフッ、と掻き消え、同時に磔台そのものも消滅し、括りつけられていた三人がどさ、と地面に落ちる。胸が上下していることから、死んではいないようであった。
 そして、アーデルハイトの消えた校長室に、徐々に生徒たちの声が戻る。唐突にそんな事を言われても困る、という声、これからどうするの、といった心配するような声、だいたい校長やアーデルハイトの教育がなってないんじゃないか、と憤慨する声、様々であった。
(大ババ様……本当に、そう思っておいでなのですか?)
 今はいないアーデルハイトに問いかけるように心に呟いたザカコが、先程までアーデルハイトがいた場所に一枚の紙のようなものがあるのを見つけ、手に取って内容を確認する。
 そこには、ニーズヘッグ襲撃の際に謹慎処分となっていた神代 明日香の処分を解く旨と、僅か一文『ザナドゥに行く』とだけが記されてあった――。