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リアクション
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同じ頃。
親睦会から帰って来たキヨシの下には、「協力者」と言う名の「邪魔者」共が集まり始めていた。
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「あーあ、階段の下で勉強かよ!」
一日で3階が仕上がる訳がない。
しかもるる達は当然自分達のねぐらを優先したために、201号室の天井はほぼ全開だ。
日当たりが良いため昼は良いとしても、このままでは確実に凍死する。
「夜までには何とかしろよ! ラピスッ! 信長!」
るるさんは違いますからねぇ、るるさんは。
ブツブツとつぶやきながら、机に向かい始めた。
参考書に向かう……次第に目がうつろになって行く……。
トントンッ。
ドアをたたく音がしたのは、直後のことだった。
「……ハッ! はい! 入っていいっすよ!」
「ええー……と、じゃ、遠慮なく!」
建てつけの悪いドアを開けて入ってきたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
が、トレードマークの伊達メガネは掛けていない。
(だって。
詩穂が、あの『騎沙良詩穂』だって知ったら!
キヨシ君、脅えちゃうかもしれないよね?)
いかにもアキバ系だしぃ。
秋葉原四十八星華だ! と知れたら、キヨシならずとも大変なことになる。
アイドルって辛いわね? とか考えつつ、ひとまず自己紹介をはじめた。
「初めまして!
隣りの部屋の……ええーと、そう! 『音無朱美』です!」
どっかで聞いたような、不思議な仮名を名乗ってみる。
(わわ!
この子、アイドルのなんたら詩穂そっくりじゃねぇの?)
夜露死苦荘って、可愛い子多いよなぁっ!
キヨシはデレデレとしながら、握手を求めた。
「よ、よろしく!
俺、後田キヨシ。キヨシでいいっす!」
「じゃ、キヨシさんね!
そう、『くうだい☆』を目指していらっしゃるんですか」
「『空大』なんだけどね……まあ、白星つきでもいいや」
後頭部を掻き掻き答える。
「あら!」
詩穂……もとい、朱美はぐるりと見回した。
「日当たりバツグンですね☆ うらやましー!」
「はぁまぁ、そこは角部屋だからね」
(朱美の部屋って、寒いんだよね)
南向きとはいえ、角部屋には叶わない。
(部屋をつなげれば、空気の流れで少しはあったまるかな?)
実は空大受験生の応援に来た朱美であったが、そこは実質的欲求の方が上回った。
「よし! つなげちゃえっ!」
「は? 何を?」
キヨシが問う前に、朱美は古代シャンバラ式杖術を使おうとする。
「わぁー、タンマ! 朱美さん!
そんなことしたら、押入れが破壊され……」
「朱美、『杖』持ってないよ。
出来るわけがないよね☆」
「そ、それもそうですね……」
キヨシはホッとする。
何だ冗談か、と。
だがそんな平穏もつかの間。
「と言うわけで、好例の『受験生さぁ〜ん! お荷物チェックですよぉっ!』のお時間ですっ!」
「て、だれが決めたんだよっ!
そんな時間っ!!」
キヨシが動くまでに、朱美はキヨシの鞄の中身をあさりはじめた。
ドンドンッ。
ドアノックの音。
「ああもうっ! こんな忙しい時にっ!
入っていいってばっ! 誰だよ?」
キヨシは朱美と鞄の取り合いをしながら、怒鳴る。
ぬっと現れたのは、刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)とマザー・グース(まざー・ぐーす)だ。
美女と2人の出現に、キヨシの顔は一瞬だらしなく崩れる。
だが刹姫はスッとキヨシの前で正座すると。
「あなたは……『落ちる』わ」
「は、はいっ?」
「残念ね……」
「『残念』って……へっ?」
がぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
キヨシは鞄を手放す。
受験生に「落ちる」、「すべる」、「転ぶ」の言葉はキンモツだ。
固まったキヨシの目の前で、ささっとマザーは利き手を振った。
「キヨシさん、今までのはサキちゃんなりの『挨拶』ですから、あまりお気になさらないで下さいね」
「悪かったな、キヨシ」
刹姫は目の前に酒瓶を置く。
「これからは『ひとつ屋根の下』。
運命を共にする『同志』として、お近づきの印よ」
「で、でも、僕、その、チョット酒は……」
「お飲みなさい!」
ズイッと、刹姫は日本酒をキヨシの口に突っ込む。
もががっとキヨシはもがくが、酒はドンドン入って行き……。
……数分後。
「あなたの実力を試してよろしいでしょうか? キヨシさん」
「はん、俺に解けない科目があるもんかぁい!
といてやるぜぇ!」
マザーの小テストを前に、赤ら顔のパラ実生っぽくなったキヨシが、机の前でふんぞり返っていた。
「ふっ、頼もしくなったな、キヨシ」
「でもなぁーんかキャラ、違わなくない???」
「細かいことは気にするな、朱美。
それがパラ実生のルールだ」
そうだよね、と朱美はやや不安げに豹変したキヨシを横目で見やる。
「折角だし、我々も受けてみようではないか!」
そんなわけで、朱美達も急きょ小テストに加わることとなった。
英語の教科書、理科の教科書、数学の教科書、国語の教科書をパラパラとめくり、次々と難問を出して行く。
刹姫が保健体育の教科書、音楽の教科書、家庭科の教科書、美術の教科書を使用し、主要五科目以外もカンペキだ!
真っ先に解けたのは、当然朱美。
刹姫、マザーの順で正解し……最後にキヨシが残った。
答案は真っ白だ。
「あれれ、これじゃ、空大どころかどこも受からないですよ? キヨシさん」
3人が答案をの覗きこむ。
すると――。
「……そうなんっす。
俺……何にも出来ないし、どぉーせ、頭悪いっす……」
ガックリとうなだれて、急にはらはらと泣き始めた。
「ですから……東大三浪っす。
日本は無理でもパラミタなら、って、思って。
だから空大受からないと……実家から支援してくれる兄さんに申し訳なくて……」
だから「パラ実」だったのか……。
三人は異様に納得する。
(彼から感じた『闇』は、これね?)
刹姫が「落ちる」と言ったのは、実は「大学に『落ちる』ではなく」、「自分の負の暗黒面に『落ちる』という意味だったのだが。
「これで納得出来たわ!」
「は? 何が?」
とキヨシ。
目を点にする彼の前に、日本酒を置いて。
「お飲みなさい」
「え? でも、僕、勉強中なんですけど……」
「あなたの内なる『闇』は解き放たれるわ、さあ」
「さあ、って。
……え? あ、朱美さん!?」
「大丈夫!
朱美も手伝ってあげるからね♪」
「『ね♪』、じゃないから!
わあ、口の中に酒瓶押し込まないで下さ……」
抵抗むなしく、キヨシは酒を飲まされてしまった……。
……数分後。
「後田キヨシ……侮れないわね……」
はぁ、と大きく息をついて、刹姫達は部屋の中央を眺めていた。
「高が酒乱で、我々三人を部屋の片隅に追い詰めるとは!」
そこには、ヒャッハァーと化したキヨシが酒瓶片手に雄叫びをあげている。
「俺はぁ!
受かるんだぁ! マレーナをゲットだぜぇ!!」
フラフラとしつつ、キヨシは廊下に出て行くのであった。
「で、朱美とやら。
両手いっぱいにキヨシの参考書なんぞもって、どこへ行く?」
「お風呂場ですよ♪ 火にくべて、燃やしちゃいます!
だって、空大って、まともな授業なんかやらない学校でしょ?」
「ふむ、それもそうだな。
……て、そこで何をしているのだ?」
「ん? だって、日当たりいいんだもん!!
朱美、キヨシ君の役に立てて、嬉しかった……な……おやすみなさ……」
ふわぁと欠伸ひとつ。
窓辺で呑気に寝息を立てる朱美なのであった。