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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

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マレーナさんと僕(1回目/全3回)

リアクション

 
 ■
 
 キヨシが自分の部屋に辿り着いたのは、結局昼前になった。
 
(92部屋の挨拶回りなんて、ふつーねぇよな?)
 しかし司達を手当てした後、マレーナは「管理人規約」にのっとり、律儀に案内したのであった。
「ところでキヨシさん」
「はい?」
 幾分緊張して、キヨシは振り向く。
「お昼のご予定はありまして?」
「いえ、特には」
 首を振る。というか、来たばかりで友人もいない様な学生に、予定など有るはずもない。
 そうですか……でしたら、とマレーナは笑って。
「『管理人室』で、昼食を兼ねた親睦会を開きますの。
 よかったら、キヨシさんもいかがと存じまして……」
「是非、行かせて頂きます!!」
 キヨシはどさくさにまぎれて、マレーナの手を握る。
「まあ、そんなに楽しみですの?
 嬉しいわ!」
 マレーナは苦笑すると、時間を伝えて、軽やかな足取りで部屋から出て行った。
 
 親睦会まで、まだ余裕がある。
「さて、ひと寝入りするか……」
 窓から差し込む日差しは穏やかだ。
「昼食会、か。みんな来るのかな?」
 それにしても、埼玉の田舎じゃあまりお目にかかれない様な人達ばかりだったな。
 ふわっと、欠伸ひとつ。
 メガネをかけたまま、キヨシはすやすやと安らかな寝息を立て始める……。
 
 ……トン、トトン……ドドドドドッンッ。
 
「な、ななな、何事だぁっ!?」
 キヨシは飛び起きた。
 ガツンッ。
 額に階段の段がぶつかる。
 ……ん? 階段?
「のわっ! いつの間に階段が?」
 キヨシは額を押さえつつ、這い出して階段を見上げる。
 四畳半の中心から急階段があり、天井へ伸びている。
「つーか、天井ねぇし!」
 入居した時にはあったはずの天井は無く、代わりに冬の青空が広がっている。
 そして絶え間なく響く、カンナや金槌の音。
 これはどう考えても、勝手にリフォームしているとしか考えるしかない訳で……。
「そ、そこに……誰かいるのか?」
「わわっ、起きちゃったですか?」
 天井からひょっこりとのぞく顔。
 逆光だから、良くは見えない。
「誰? 君?」
「僕? ラピス・ラズリです!」
 ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)はよいしょっと、階段を下りてくる。
 片手を差し出して。
「よろしくお願いしますー♪」
「『お願いしますー♪』じゃないから!
 どうしてくれるんだよ! 僕の天井!!」
 雨降ったりとかさあ、雨漏りしちゃうじゃん!!
 受験勉強とか、落ち着いて出来ないだろ?
 キヨシは怒りのあまり、早口でギャンギャン抗議する。
「そんなこと言われても、るるちゃんの命令ですから……」
「はぁ? 『るるちゃん』?」
「ごめんねー? キヨシさん」
 パタンッとドアを開けて、美少女が入っていた。
 なんというか、可憐だ。
(すわっ! 可愛過ぎるっすよ!)
 謎の美少女は困り切って、天井とキヨシを交互に見つめて。
「でもね、るる。
 女の子だし。
 隣りに男の人入るの心配だし。
 角部屋の方がいいけれど、もう入っちゃっているって、管理人さんから言われたちゃったから。
 でもるる特技ないし、だから「土木建築」出来るラピスに頼んだのよね……」
「大丈夫っす! るるさん!
 階段でも、天井でも、3階でも、何でも作ってやって下っさい!!」
 キヨシは立川 るる(たちかわ・るる)の両手をガシッと握る。
「ホント! 嬉しい!
 じゃ、お近づきの印に……」
 るるは共同台所で作ってきたばかりの卵焼きとチャーハンを差し出す。
「今からだと、お昼になっちゃうかな?」
「平気っす! るるさん!!」
 キヨシは一気にかきこんで、むぐぐ、と口を押さえる。
「キヨシさん? おいしい?
 よかった! るる味付け覚えたばかりで心配だったんだぁ!」
 へへへ……と、半分投入した岩塩を差し出す。
 空いた手で、怪しげな「小麦粉(※自称小麦粉)」も見せると。
「夜は力うどん作ってあげるからね! お勉強頑張ろうね!」
「う、うん……」
 キヨシはやっとのことで飲み込むと、青白い顔でニヤけた。
(飯はともかく。
 こんな可愛い子と知り合いになれるなんて!!
 下宿って、ホント「天国」だぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!)
 
 だが、キヨシの「天国」はまもなく「地獄」に代わる。
 
「本当? ありがとう!
 大丈夫だってぇ! 信長さん!!」
 るるはサッとキヨシの手を話すと、天井を見上げた。
 逆光の中、ひょっこりと現れたのは、織田 信長(おだ・のぶなが)
「何? 礼を申すぞ! おぬし。
 何しろ、我が天守閣に行くにも、踊り場が必要でな」
「は? 天守閣???」
 ハッとして、キヨシは階段を駆け上がった。
 そこには何と! 立派な「天守閣」が出来あがっている。
(でも「四畳半」くらいしかねえよな? これって……)
 ある意味、ルールを守っているあたり「律儀」ではある。
(ということは、僕の部屋。
 るるさんと、ラピスと、信長の……3人の踊り場になっちゃうってこと!?)
 あまりの理不尽さに、キヨシは涙目になる。
「ヒャッハァーッ!
 そいつが『浪人生』の哀しさって奴さぁ! キヨシ!」
 けたたましいマフラーの音で、地上を見る。
 玄関前に、リッチなスパイクバイクで乗り付けたパラ実生が……そう、どう考えても「パラ実」的な学生が自分を見上げていた。
「受験生のおまえらが、色恋にうつつを抜かしてる暇があるわけねーだろうがァ〜〜。
 愛と両立出来るのは、俺のようなスーパーエリート、かつ愛のプロフェッショナルだけだァ〜!
 よってマレーナは俺、南 鮪(みなみ・まぐろ)が預かる!」
「ん? 『鮪』?」
 思うことがあって、キヨシはポンッと手を打った。
 確か、元パラ実生で、
 あの波羅蜜多性説大賞を受賞して、
 その実績で空大に入ったと噂の「スーパー編入生」が、そんな名前だった……ような気がする。
 だが、本物だとしたら、彼は『空大生』のはず。
「ここはパラ実生以外お断りだぜ!!」
 ふふんと鼻先で笑って、キヨシはシッシッと片手を振った。
「おあいにくさまだったな!」
 だが鮪は不敵に笑って。
「ばぁーか!
 空大ってのはよぁ、『波羅蜜多実業空京大分校』てのが正式な名称。
 立派なパラ実なんだぜぇ?」
「うっ……そ、そうだったのかっ!」
 キヨシは頭を抱える。
 常識的に考えれば、そんなことはないのだが。
 初級パラ実生の頭のレベルなど、その程度のものだ。
「より選ばれたパラ実エリートの園さぁ。
 だからこんな無法も許されちまうんだぜぇ!」
 天守閣を指さす。
「更にはこぉーんなことだって、出来ちまうぜぇ!」
 バッと写真をバラまいた。
 
 鮪とパルメーラとのいちゃいちゃ写真。
 花音と一緒に写ってる写真。
 中には、空大食堂にずっと居座ってるティセラとはにわ茸が一緒に食事してる写真もあり、
 はにわ茸だけは、ティセラにフォークに突き刺さったバナナを食べさせてもらっている。
 
「羨ましいか? 羨ましいか? 帝世羅さんはわしの嫁じゃけえのう!」
 がははと、土器土器 はにわ茸(どきどき・はにわたけ)がふんぞり返って笑う。
「う、羨まし過ぎるッス!」
 キヨシをはじめとする受験生達は、涙目で写真をかき集める。
 その受験生達の手をガッとふんづけて。
「心配するな、空京大分校にくればモテモテイチャイチャライフは間違い無しだぜぇ」
 鮪はボロボロの参考書を鼻先にちらつかせた。
「波羅蜜多実業空京大分校卑通勝法 南鮪 著」とある。
「この講義でおまえらも分校生の仲間入りだぜぇ。
 さあ、やるのか? やらねぇのか?」

 弁舌を奮う鮪の陰で、はにわ茸はそっと溜め息をついていた。
 ソートグラフィーで、せっせと写真を作りながら。
「こんなねつ造写真でつられちまうなんてよぉ。
 おめーら、今年もやっぱり『浪人』じゃけん……」
 
 ともあれ、鮪達は現役・スーパー空大生として、キヨシ達受験生の憧れとなったようだ。
 
 だが「3階」については、問題が残った。
 親睦会でキヨシを呼びに来たマレーナが、天井を見上げて。
「まぁ、増築ですか……」
 絶句した後、るる達に対しては、現オーナー“X”の許可が必要だと告げたのだ。
「けれど、私も“X”様の事に関しては、まったく知らないのです。
 どこのどなたなのか……ドージェ様のお知り合いではあるようなのですが……」
「探すしかない、という事なのだな?」
 ふむ、とやる気を見せたのは、信長。
「では、オーナーとやらを捜すとしよう。
 何、心当たりはある……かの者であれば、わしにその座を明け渡すであろう……」
 テメーがオーナーになったら、「夜露死苦荘」は終わりだぜ!
 キヨシは内心毒づきつつ、信長を見送るのであった。
 
 一行はマレーナについて、「管理人室」へ向かう。
 
「ハアハアハア……わっ! みぃーつけたっ!」
 いかにも受験生らしい少女が、喜びの表情でマレーナの胸に飛び込む。
「ええーと、ミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)、でよろしいかしら?」
「はい! お会い出来て、よかったぁ!
 ここ、オンボロのくせして、広いし、長いし……」
 ん? と目を近づける。
「あ、あれ? あの……マレーナさん?
 どこかでお会いしたような気が……」
「……袖すりあうのも何とやら、と申しますわ。
 ここは神秘の大地。そんな偶然もあったかもしれませんわね?」
 マレーナは静かに階段を下りて行った。
「? 君、管理人さんの知り合いなの?」
「う……ん、というか……」
 ミネッティは自信なさそうにキヨシに目を向けて。
「ドージェの、さ。
 パ−トナーじゃないのかな、て……」
「ド、ドージェ!?」
 キヨシは目を剥いた。
 彼はパラ実生だ。
 その名が意味することくらい、分かりきっている。
「え? でも、あの、『神様』だろ?
 あんな瀟洒な方がパートナーな訳無いだろう?
 見間違えじゃないのぉ?」
 あははは〜、と笑うが、その場にいた者達は黙りこむ。
(ええっ!
 て言うことは、マレーナさんって本当に、あのドージェの!?)
 急に手の届かない存在の人だと実感して落ち込む、キヨシなのであった。
 
 それでは、いざ!
 親睦会へ!