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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 3 ワイバーンは普通に空を飛ぶ

     〜1〜

 翼を閉じたワイバーンの背の上。
 パビェーダは菫の気を張った横顔を見て、感じていた憂慮を深くした。チェリーのことも心配だが、パビェーダは、それよりももっと菫のことが心配だった。菫は、自分が気になった人やものに対しては頑張り過ぎてしまうことが度々ある。それも、パートナー達にも何も言わないで、1人だけで。
 だから。
「菫。……チェリーも」
「「?」」
 異なるワイバーンに乗る2人が振り返る。飛び立つ前だから、チェリーともそう距離は離れていない。
「1人だけで抱え込まないで、何か思うことがあったら、ちゃんと私達に相談するのよ。思い詰めたり、走ってしまわないように」
 心持ち強めに言うと、菫は数度瞬きして真面目な顔で頷いた。チェリーも、あの事件からこっち伏せがちな目をこちらに向けている。2人共、すぐには出来ないだろうけど――少しでもこの言葉が彼女達の脳裏に残っていれば、有事の際に思い出してもらえれば、とパビェーダは思った。
 
                           ◇◇
 
 ワイバーンは翼を目いっぱいに広げ、空を往く。障害物の無い空を、心地良さそうに。その上で風の音を耳にしつつ、トライブは考える。アクアが何処まで思惑を巡らせてるかは分からないが、チェリーの裏切りを想定している場合、こちらに対しても刺客を差し向ける可能性がある。それ以外にも、先日の件でまだ彼女を恨んでいる者達がいるかもしれない。
「アクアってのは、どんなやつなんだ? チェリーの率直な印象を教えてくれ」
「そうだな……」
 チェリーは視線をふと上げて、通り過ぎていく青空を見ながら暫く黙っていた。アクアの人となりを思い出し、言葉にする為にまとめているのか。
「……いつも眠そうで……何事にも興味が無い。私達をつまらなそうに眺めているのが常だった。興味が持てず、どうでもいい。勝ち得た自由をどうすれば良いのか、持て余しているように見えたな。ファーシーの事を知ってからは、その限りでは無かったが……」
 一度そこで口を閉じると、チェリーは以降を迷いの無い口調で語り出した。
「兎に角、何者をも信じない。信じるに値しないと思っているのは、確かだろう。アクアが誰にも関心を持たないのは、思考する全てのものを蔑んでいるからだ。種族とかも関係無く。まあ……山田太郎はその中でも特別、侮蔑されていたわけだが。
 彼女にとって、部下は代えの利く駒であり、蟻でもある。他人を使うことに躊躇は無いが……、警戒心も強いからな。情報集めの時は、その筋の玄人を使っていた。表の調査業の連中ではなく、大なり小なり人に言えない事をしている者達だ。2日前、山田の雇った子供もその伝手から紹介されたものだ」
 警戒心が強いのなら、闇雲な行動は取らないだろう、という気もする。今の話だと、調査にもそれなりに慎重を期したようだし。その動機がファーシーに勘付かれない為のものだったとしても、無鉄砲な考え無しではないようだ。
「ファーシーとの和解に耳を貸す可能性は、ありそうか?」
「まず、無いだろうな」
 ほぼ即答だ。
「そんな事は、微塵も考えていないだろう。天と地がひっくりかえっても、無い」
「ふぅん……、自分では動かないタイプじゃあ、実力は分かんねぇか」
「いや……」
 チェリーは少し間を空け、さらりと物騒なことを口にした。
「面通しの際にいきなり攻撃を仕掛けてきた。主に、山田太郎に。『研究者』の類が近くに、しかも部下になるのが嫌だったんだろうな。私もとばっちりを食らって、半日以上動けなかった」
「「「…………」」」
 トライブ達とライスは、思わず顔を見合わせた。
「いつも通りの、ノリとしては、戸を開けた相手にごみ箱を投げるような感じだったな……。それから、山田はアクアに苦手意識を持っていた。私も、徒に逆らおうとは思わなかったけど……」
 ……前言撤回。時によっては深く考えずに行動することもあるようだ。
「それでも、今回は命令に逆らうことにしたのか? 平気なのか?」
 ライスの声には、少しの驚きと心配が入っている。
「いいんだ……。私はもう、アクアから……寺院から、離れるのだから。そう、決めたのだから……。だから私は、アクアを、止める」
「…………」
 3人はじっとチェリーを見詰める。周囲の景色が、次々と後方に流れていく中でライスは言った。
「逃げることもできるのに立ち向かうのか、強いんだな」
「……つよい……、私が?」
 彼女は吃驚して、数度瞬きする。戸惑っていた。そんな事を言われたのは、初めてだったから。
 眼下には森が見える。その傍に在る、大きな、崩れた遺跡のような瓦礫を通り過ぎて一行はツァンダに入った。
 
 
     〜2〜
 
 
 蒼空学園には、早くも事情を知った数組の生徒が集まっていた。日下部 社(くさかべ・やしろ)も、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)を連れて兄妹仲良くやってきている。
「機晶石の回収に行くのか……。技師達の手伝いじゃないんだな」
「機晶技術の事は、よくわからんしなあ。機械オンチってわけやないで!」
「ふうん……、まあそこはどうでもいいけど」
「どうでもいいんかい!」
 ラスと社がそんな会話をしていると、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が少し心配そうに話しかけてくる。ケイラの傍では、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)が自販機にあったホットケーキ風味のドリンクを飲んでいた。
「ラスさん、具合はもう大丈夫? お医者さんから戻ってきたばかりなんだよね」
「あ、ああ……、まあまあ、な」
 面と向かってそういうことを言われるのはどうも慣れない。目を逸らして言うラスを、千尋が元気な瞳で見上げてくる。
「ラスちゃん、エリザベートちゃんとテレポートするの?」
「大荒野とあのゴーレムまでって、移動ばっかりだしな。自力で行くとか、絶対にごめんだ」
 コーヒーをちびちびやりつつ、言外に『面倒くさい』という意味を込めて答えた。まあ、ゴーレムへの移動はエリザベートをだまくらかした後に追加されたわけだが。その彼に、ケイラが他意の無い様子で言う。
「だけど、『行かない』とは言わないんだよね。やっぱり、ラスさんは優しいなあ」
「……!」
 コーヒー吹いた。
「な……、またか! お前まで何言ってんだよ!」
 先日も、エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)に優しいとか言われて驚き慌てたばかりだったが。
「だって、周りに振り回されてるって事は、それだけ周りに優しいって事だと思うよ」
「……べ、別に、好きで振り回されてるわけじゃ……!」
 焦ってBU的ポーカーフェイスを崩す彼に、ケイラは1人納得する。
「やっぱり、優しいなあ」
「どこがですかぁ〜」
 そこで、エリザベートが割り込んできた。ひとこと言わずにはいられなかったらしい。
「環菜の名前を使って呼び出したんですよぉ〜」
 両脇にピノと千尋がいて、すっかり、可愛らしいお子様トリオである。眼福眼福、というのは置いておいて、社はエリザベートに快活な笑顔を向けた。
「しかし、ちびっ子校長を見んのも久しぶりやな〜! 相変わらず変な事に巻き込まれとるようで何よりや♪」
 元イルミンスール生の社とエリザベートは、顔を合わせるのも久しぶりだ。エリザベートは不機嫌な顔で、でもまんざらでもなさそうだ。
「また、失礼な言い草ですぅ〜、今日は特別に許しますから、他校の校長を利用するなんて、この人に何とか言ってやってください〜」
「んーーーー、でも、協力すんのやろ? 目つきは悪くても憎めないところも前と一緒やなあ!」
「うぅ〜、何なんですかぁあなた達、もっと校長に敬意を払いなさぁい!」
 ぷっくりと頬を膨らませ、エリザベートは社とラスに抗議する。
「でも、嘘はいかんなあ、ラッスン。何か頼む時は堂々とや!」
 本気で注意する気があるのかないのか、社は暢気そのものの口調で言う。
「堂々と言ったら断られるだろうが。今まで無関係だったのに連れていけって言うんだからな。特に、こういうプライド高そうな子供は……」
「だから、子供扱いしないでくださいぃ〜!!!」
 何だか、これ以上怒らせたら本当に帰ってしまいそうだ。
「まあ、ピノちゃんに愛想つかされんようにほどほどにな!」
「うっ……」
 ぴたり、とラスの動きが止まる。
「あ、あれは、ぎりぎり嘘じゃねーし……」
「ううん、ウソだったよ!」
 ピノが断言し……あ! という顔で彼の後方に目を移した。それに気付いて振り返ると同時。 
「マナカ☆アターック!!」
 ピンク色のデコレーション痛小型飛空艇マナカちゃん☆ピンク号に乗った春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)がラスの方に突進してくる。
「……うわっ!」
 超ぎりぎりで何とか避けたものの後ろに手をつく形で転び、反射的に飛空艇を見る。
「お前なあっ! それ当たったらしゃれにならな……」
「あれー、ウソツキはどこですかーーーーっ!?」
 当然の抗議をしようとしたらしらじらしくそう返された。彼女の後ろに不本意そうに座っていたエミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)が素早く降りる中で、真菜華は言う。
「ピノちゃん! ウソツキ知ってるー?」
「うん、知ってるよ! おにいちゃんがついてた!」
「あーもー、うるせーなー、分かったよ認めりゃいいんだろ認めりゃ……」
 そこで、ラスはぴたりと言葉を切った。彼等の頭上を大きな影が被さり、太陽を遮ったのだ。
 2体のレッサーワイバーンとヘリファルテ、軍用バイクが蒼空学園に到着した瞬間だった。