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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 5 廃研究所、探索開始

     〜1〜

 ライナスに協力を仰いでいたという研究者が住んでいた施設。
 ささやかな緑の在る山。その麓に構えられた其処は、既に廃墟と呼べるほどに荒れてしまっていた。外観には太い蔦が這い、それが中まで侵食しているのが見てとれる。窓は殆ど割れ、門や玄関もその役割を果たしていなかった。建てられてどの位の時が経つのかは分からないが、コンクリート壁のそこら中に亀裂が入っている。
 主が去った建物は何故か、見えない何かも失ったかのように急速に荒廃していく。この研究所も例外ではないようだ。
 その中で、人工的に植えられたらしき果樹だけが時から切り離されたかのように実をつけていた。山を住処にしているのであろう色とりどりの鳥がその実を啄ばんでいる。
 外にヘリファルテを置き、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)と共に研究所に進入していた。中は、誰も居ない筈であるのに何処かざわついていた。空気の変化を感じた現在の住人達が噂話をするかのように。
 中に入ると、外の蔦が食肉花であることが分かる。内側に牙のようなものがびっしりとついた花が食欲のそそる匂いを漂わせ、今か今かと獲物を待ち構えていた。
「……メティス」
 殺気看破を使用しつつ奥に進んでいたレンは、鋭い声でメティスを制止した。途端、階段の影から四足の獣が飛び出してくる。粘性の高い唾液にまみれた口を開き、こちらにのしかかろうと――
 ぎゃいんっ!
 獣が悲鳴を上げる。曙光銃エルドリッジでの一撃を受けて転がるように倒れ、蔦だらけの壁に激突して気絶する。その間に、メティスも後ろから来た同様のモンスターをアウタナの戦輪で倒していた。
「元々、山にいたモンスターがこちらに移り住んできているようですね。廃墟とはいえ、風雨は充分凌げますから」
「襲ってこなければ放っておいても良いのだがな。これではそういうわけにもいかない」
 武器を持ったまま、荒廃した部屋をまわっていく。研究室として使われていた所は、廊下と比べて比較的綺麗だった。モンスターの姿もあまり無い。その理由が思い当たらず、そんな小さな疑問を残しながらも探索を続け――
 やがて、書斎らしき部屋を見つけた。
「他の研究室より、人の居た形跡が残っているな」
 綺麗とはいえ、窓の一部が割れている所為か書類の類が風に飛ばされていたり、かなり雑然としている。大量のカップ麺の空き容器が重ねて置いてあり割り箸もそのまま。部屋の隅には携帯固形食糧と缶コーヒーがダンボール箱ごと高く積まれている。棚の上には、ニコチン含有量の多い煙草のカートンが幾つもあった。
「あまり外に出ないタイプだったのか」
 レンは、残された研究書類を手に取り、一枚一枚内容を確認していく。一方で、メティスは部屋の奥に置かれたデスクトップパソコンに近付いていった。何か、有用なデータが入っているかもしれない。
 彼女が、ライナスの研究所からここに来る道中で考えた事。
 それは、科学と魔法について。
 月夜はそれを光条兵器に応用出来ないかと考えているようだが、機晶姫にも科学と魔法の応用というのは今後の可能性が大きい気がする。科学と魔法という両方の側面からファーシー達を救う手立てを模索するのは良い考えだと思う。
 このパソコンに何か、そういった事に関する情報が入っていれば――
 パソコンのスイッチを入れようと指を伸ばす。そこで、レンが彼女を呼んだ。
「メティス。ちょっと来れるか」
 レンは、クリアファイルに入っていた書類を取り出して読んでいた。その2枚目――1枚目は規約云々と書かれていた――としてナンバリングされている紙を、メティスに渡す。履歴書に似たフォーマットのそれには、水色の髪を持つ無愛想な少女型機晶姫の顔写真とその機晶姫、アクア・ベリルの経歴が書いてあった。
「……これは……」
 その記述内容にメティスは絶句した。5000年前、秘密裏に開発されていた巨大機晶姫についての情報を得る為に拘束した機晶姫であること。その後、実験体として扱いを変え、数え切れない程の研究者達に実験体にされてきたこと。
 書類には、最初に拘束した土地の位置も記されていた。パークス。名前こそ今始めて知ったが、赴いた覚えのある、場所。
 秘密裏に開発されていた巨大機晶姫とは、私達が壊した、あの――
「……アクアさん……」
 知らずと、メティスはその目から涙を流していた。
「あの巨大機晶姫製作によって、あの、ファーシーさんが壊されてしまった日に、こんな事も起こっていたなんて……」
 書類に1つ、2つと水滴が落ちる。涙を拭うこともせず、彼女は言った。
「レン、私は……ファーシーさんだけじゃなく、彼女の幸せも守ってあげたいです」
 サングラスの奥から、レンはただメティスを見詰めていた。そして、静かに言う。
「……俺たちは俺たちに出来ることを行おう」
「はい……」
「これだけの重要な情報だ。こんな無防備な状態で、この紙だけで管理していたとは考え難い。これは研究者の閲覧用で、何処かに元データがあるはずだ」
 レンの言葉で、メティスは再びパソコンに注意を移した。目元を拭ってそちらに近付き、今度こそスイッチを押してみる。
 しかし。
「……?」
 パソコンが動く気配は微塵も無かった。コンセントが入っていないのかと見てみるが、きちんと繋がっている。
「電気が通っていないのか?」
「……室内の方はどうでしょう」
 数ヶ月無人ということで、電気代未払いで止まってしまったのか。試しに、立ち上がって部屋のスイッチを入れてみる。かち。かち。
「…………」
 メティスは考える。こんな辺鄙な所にある施設なら、何処かに自家発電システムがあるはずだ。来るまでの部屋には無かった気がしたが……。
「少し、自家発電装置を探しに行って来ます」
 彼女の言葉に、レンは数秒の間を置いて頷いた。少し迷ったが、メティスならばここのモンスターにそうは後れを取らないだろう。だが、今の情報で動揺しているようだし、油断は禁物だ。
「気をつけろよ」
 だから、その一言だけ付け加えた。

                           ◇◇

「うわ、すごいな……」
 廃研究所に入り、内部の廊下を歩きながら和原 樹(なぎはら・いつき)は言った。やけに色鮮やかな危なそうな花とか、撃たれた四足獣系モンスターが倒れてたりとか、何だか思っていたよりバイオな……、いや、ホラーな感じだったが描写しなければそうホラーでもない。
「確かに、ライナスさんがモンスターの棲家になってるとか言ってたけど……」
 先に進みつつ考える。ここに来る前に聞いた、ファーシーの脚のこと。友達に会いに行くという話。そして先程聞いた、その友人であるアクアの過去、5000年という時間。この、機晶姫についての研究所。
「なんだか、ずっと前から色んな事が繋がっているような気がする……」
 それにしてもこの研究所は何かうら寂しい。いや、バイオな感じもホラーな感じとかその辺の情緒はたっぷりなのだが。
 ――生き物の気配はある。だが、人の気配は何処にもなくて。
 誰も住んでいない。
 それだけは、一歩踏み込んだ時点で肌で感じられたこと。
「ライナスさんの知り合いの人……たぶん、何かあったんだよな。事故か事件かは分からないけど」
「……まあ、余程の何かが無いと研究途中で施設がこのような状態になるまで放置はしないだろう。……気になるのか?」
 ディテクトエビルでモンスター等の接近に気を配りつつ、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)も言う。2人共、一言も直接的な表現はしていないが……言わんとしていることはお互いに解る。
「……別に、ショック受けたとかそういう訳じゃないんだ。その人がどんな人か、俺は全然知らないし。ただ、もし何もなかったら普通に会って話せたかもしれないだろ。こんな風に、無人の研究所に踏み込むとかじゃなくてさ。そう思ったら、やっぱり少し寂しいかなぁ」
 フォルクスを先頭に、一緒に来た全員で1階の研究室に入っていく。
「そうだな。少しタイミングが違えば、何かが起きる前に会えたかもしれんが……運と縁がなかったのだろう。我らにも、その者にも」
「運と……縁、か」
 何となく、しんみりとした空気が漂う。自分達はライナスを通してここを訪れ、情報を得ようとしている。しかし、その研究をしていた主は数ヶ月前に何かに巻き込まれて姿を消してしまった。
 もし、ここに来るのがもう少し早かったら。もし、ファーシーがアクアからの手紙をもう少し早く受け取っていたら――
 否、そういう事態はきっと、起こり得ぬことなのだ。
 それが、運と縁。一つの繋がり。
「研究所で何があったのか……そういったことも含めて、何か見つかるといいですね」
 話の内容を感じ取り、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)も淡く微笑みながら言った。
「うん、そうだな……。えーと、ここは研究室かな」
 そこは、随分と広い部屋だった。中央に何か巨大な機械があるが、よく判らない。ぽこぽこと何かを嵌める穴が開いていて、何となく、ここに石を嵌めるのかなー、という気がする。恐らく、石のデータでも取っていたのだろう。沢山の細かいスイッチや、何かの接続端子のついたコードもあった。
 壁際の大きなキャビネットが倒れ、ファイルやぶ厚い本が床に散乱している。その隣には立派なパソコンデスク。雑多に工具やら機材が置かれている棚には、旧時代式のテレビがあった。記録の再生にでも使っていたのだろうか。それともただのインテリアか。
「んー……、ここは3人に任せて、俺達は違う部屋に行ってみようか」
「何か、心当たりでもあるのですか? マスター」
「研究室もいいけど、生活に使ってたような部屋とかを探してみようかなって」
 樹はそう言って、他の3人に声を掛けてその旨を伝えた。
「ああ、分かった。じゃあ後で落ち合おう」
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)の手元をペンライトで照らしていた緋山 政敏(ひやま・まさとし)が言う。風祭 隼人(かざまつり・はやと)も頷き、研究所組はそのまま調査を続けた。
 3人は、落ちていたファイルを集めて中の記録を確認している最中だった。光の補助を受けながら資料をめくるリーンから少し離れ、隼人もファイルをめくる。
 彼が探していたのは、公に未発見であり、ライナスのノートにも書かれていなかった未公開の研究の成果だ。ライナスから見せてもらったノートの内容は把握したが、それがその研究者の研究の全てではないだろう。彼に伝えていない新たな研究、発見をしていてもおかしくはない。
 ファイルにざっと目を通しながら、モーナが調査依頼をしていた、あの元巨大機晶姫に散らばっているであろう機晶石の回収について考える。
 それぞれの学校への連絡を行い、レンと一緒に行かずに残ったあの後――隼人は、モーナにこう言った。
『魂をいじるってことは……下手をするとファーシーが今とは別人になるというリスクがあるってことじゃないか? 俺としては気軽に手を出したい方法じゃないぜ』
 と。モーナがラスに言っていた、反対者1人目は彼である。
 そう。もし、本当に石に魔物化した魂が残っていたとしても、それをファーシーと一つにするというのは気が進まない。『歩きたい』と願うファーシー。その願いが叶った時、彼女が『彼女』として喜べるように。
 やはり、まずはライナスの言っていた『一定時間内に回路上を流れるエネルギーの絶対量の不足』を解消する正攻法でファーシーの足の治療を試みるのが良いだろう。
「何か、外部から不足分のエネルギーを随時補充出来る方法があればな……」
 そう呟いた所で、いつの間にか立ち上がっていたリーンの叫び声が聞こえた。
「このパソコン、電源がつかないわ! やっぱりこの研究所って、電気が通ってないんだー!」
「……まあ、放置されてた期間を考えると仕方ないかもしれないな」
 政敏は、何の駆動音もさせぬまま黙りこくっているパソコンを見下ろす。
「そうよね。うーん……一応、念の為にって小型の機晶石は持ってきたけど……、この部屋に発電装置とかって、無さそうよね」
 室内を見回したリーンは、外に通じるドアを指差して隼人に言った。
「ちょっと発電装置を探してくるわ。政敏」
 政敏を引っ張って、彼女は外に出て行く。この時点で、研究所に来た面々はそれぞれ別行動を取り始めた。