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リアクション
6.調教の時間ですよ
受験生達は首狩族や下宿生ばかりとは限らない。
前回女風呂を襲撃して、逆に捕まってバラックに住んでいる元カツアゲ隊・東シャンバラ支部の面々も、立派な受験生達の一団である。
ただし下宿の学生達とは、その待遇は雲泥の差のようだ。
■
どう違うのかというと。
まず、「調教されている」らしいということ。
その調教を確固たるものにすべく、「見張りが半端じゃなくキビシイ」ということ。
その1人・夢野 久(ゆめの・ひさし)は、見張りに当たって、ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)、佐野 豊実(さの・とよみ)に説明していた。
「めんどくさーい、て言うか3人一度で見張る必要ないでしょ」
不満をぶつけたのは、ルルール。
快楽主義で真っ向変態な彼女は、気に入った相手にこそ誘惑やらセクハラやらを仕掛けるが、本日の標的共はお気に召さないらしい。
「私、前に皆で住んでた、あっちの家の方に居るのよ!
ここに来るまで大変だしね。
ペットの魔獣とかいるし、世話とか大変だし!」
ぎゃんぎゃん抗議する。
そのパートナー達に、久はこそっと耳打ちをした。
2人は顔を見合わせる。
「逃げなくなるって、何でまた?」
「暫くの間? だって、普通に考えたら、
受験終わるまで見張らなくちゃ、なんじゃないの?」
「ところがそうじゃねえんだな。
なにしろ、相手はあの伏見だし……ホラー……」
「ホラー?」
豊実は、首を傾げる。
「や、伏見君が見た目に反して強いのは知ってるけど……でもホラーって?」
「うん……」
言ったきり、久は口を閉ざす。
そのまま問いには答えずに、バラック地帯へと向かった。
バラックについた久達は、とたんに元カツアゲ隊の面々からの質問攻めにあう。
「よくよく考えれば、おまえら、同じパラ実生なんだよな」
そう、隊員達のほとんどは分校(というのは、コンビニの事だが)通いのパラ実生である。
そして、久はパラ実の総長だ。
元隊員達が、好感を持たないはずがない。
「だがな。ここは耐えて、一先ず調教されていた方がいいと思うぞ。
暫くの辛抱だからな」
「暫く、とは?」
期待を込めて、元隊員達は久を見つめる。
ん? と久は惚けた面で答える。
「ああ、暫くってのは、その内逃げなくなるかも知れねえからだ。
そしたら見張りいらねえだろ」
「俺達が、調教され切るのを待つわけですかい! 総長!」
はぁ、と深いため息。
「しかし、何でですかい?
その……」
「ああ、調教してる奴? 伏見のことか?
あれは、俺の古馴染みなのさ。
あー、いや、あいつのは調教で正しい。
つーか、見た目で判断するとホラーな目に会うぞ?」
「ホラー? スプラッタではなく?」
前回の鬼のような所業……もとい、勇姿を思い浮かべて、元隊員達は涙する。
「いや、だからな…元々親同士の交友で付き合いがあったもんでよ、
俺の妹共の勉強の面倒見るの、頼んだ事があったんだよ。あいつに。
そしたらだな、一週間くらいであのじゃじゃ馬共が、黙々と勉強するようにだな……」
「それは難儀……じゃなくて、良い調教されぶりで……」
「良いわけがあるか!?」
久は当時のことを思い出して、一喝する。
震えあがった元隊員達に、ハッと我に返って。
「いや、そりゃそれ自体は良い事だよ、だがな?
妙に光沢が無くなって輪郭のぼやけた目で淡々と
『はい、勉強は生徒の幸福です』
『幸福であることは生徒の義務です』
『私は善良な生徒です。私は幸福です。私は幸福です。私は──』
とか言うようになったんだぞ!?
全く抑揚の無い声で!
良い事かこれ!?
滅茶苦茶怖かったわ!
元に戻るのに1ヶ月以上かかったわ!
以来、『言う事聞かねえと、伏見呼ぶ!』っつったら、覿面従順になるようになったわ!
トラウマぶり返すから滅多に言わねえけどな……」
「げぇー、なにそれ!
久の妹って、確か皆勉強大ッ嫌いの暴れん坊でしょ?」
ルルールがげんなりとしたようすで、久を見上げる。
「相当なきかんぼうだよね、君の妹達って。
それが黙々と勉強って…凄いな。でも良い事じゃ無いか」
豊実は顎先に指を当てる。
一方でルルールはやや興奮気味に。
「……いや、明子の噂は私も知ってるけどさ。
って、調教役って凄い字面ね。
私は興奮するけど、あの子はそんなタイプじゃないんじゃ……」
その先はもがが、と久の手で口をふさがれてしまった。
話がややこしくなりそうなので。
その傍で豊実が、何かねそれ、彼女、一体どんな教え方を……ともっとな感想を漏らすのであった。
「……ま、ともかくだ。
おまえらに関しちゃ、そーなっても誰も困らねーし、
実際適任だろ」
「そ、そんな! 総長!!
俺達を見捨てるんですかい!!」
「お受験マシーン」と化した総長の妹達を想像して、元隊員達はぞっとする。
「ま、いいんじゃないの♪」
とは豊実。
ニッコリと笑って。
「君達の正気度の強度にもよるだろうけど、
その状態になったら確かに、来年合格の可能性もある、か…
人道的にどうかは別として……ま、良いか別に」
「そんなぁっ!」
元隊員達は絶叫する。
第一、パラ実生から「自由」を取ったら、何が残るというのか?
……とか何とかあわあわと考えているうちに、問題の「調教師」達が到着するのであった。
久達はけげんそうな目を向ける明子達を尻目に、持ち場へと戻る。
去り際、豊実は久の本心を思って、こっそりと笑った。
(それもこれも、本当は全部、マレーナ君の為。
オーナーにもなれなかった上に、受験生でもない分際で、住ませて貰ってる。
せめて管理の手伝いしようって、腹づもりだね?
でも、恩は着せないように影ながらって奴か
不器用だね、君……)
でもさ、と豊美は下宿を見た。
(そんなことに気づかないマレーナ君だとでも、お思いかい?)
窓の内。
カーテンの影に、マレーナの心配そうな綺麗な横顔が見える――。
■
さて――。
問題の……ではなくて。
噂の調教師・伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、一同の「死んだ魚ような従順な目」を一身に浴びて、本日も調教に励むのであった。
「だから、調教じゃなくって!
私は真面目に勉強させてるだけですってば!
それに、捕まえたからには、責任取って面倒見なくちゃ、でしょ?」
オーナーさんから通達もあったことだしね、と明子はなぜか弁解を試みる。
そう、本日の朝礼により、元カツアゲ隊の面々は、何が何でも空大に入学しなければならなくなったのだ。
「それに、あなた達に講義つけてやろう、っていう親切も、私くらいのものなのよ?
逆に感謝して欲しいくらいだわ!」
フウッと溜め息。
それは立派な心がけなので、頭の悪い元カツアゲ隊の面々は、そうかな? とも思い始める。
だから、先日の模試の結果を見せなさい! と明子に命令された時も、彼等は渋々ではあったが、全員提出したのであった。
「ふむふむ……こんなもんか……」
眉根を寄せる。
思った通りと言えば、その通りの結果だった。
(まあ、スタートが遅かったからねえ。
やっぱり尻ひっぱたかなきゃダメか……)
かくして、泣く子も黙る明子の「調教」は幕を上げるのであった。
「よーし、それでは皆の衆!
突然ですが、持ち物検査を始めます。
ズタ袋、引っ繰り返せ!
ジャンプしろ!
逆立ちもしなさい!」
いきなりの俺様な態度に、ほだされかけていた元隊員達は当然反発する。
だが、明子はパキポキと指を鳴らすと。
「拒否権?
私のスプレーショットと、歴戦の魔術潜り抜けられたら、
許さないでもないわよ?」
ギロッと睨まれて降参するのであった。
「心配しなさんな。
アンタ達と違って、私にカツアゲの趣味はないから」
だが、集まったところで。
「では没収♪」
さっさと自室に持ち去るのであった。
「そ、そんな殺生な!
カツアゲしないって、約束したのに!」
「しないわよ!
ちゃんと勉強して、空大の合格証書持ってくればちゃんと返すわ」
ただし、と声を低めて。
「サボったり、遊んだり、あまつさえ逃亡を企てた場合には……いいわね?」
ニッコリと笑って、屋外のドラム缶ストーブを指す。
「うん。ここのドラム缶って、割と何でも薪にしてるって、知ってた?」
一同の顔が、サアッと青くなる。
「さ、勉強しましょうね♪」
■
そうして、伏見明子は結局「シャンバラ一の調教師」として、その名を馳せたのであった。
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