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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

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 5.閑話休題〜下宿生活編〜
 
 ドラゴン達は迫りくる。
 そんな、史上最悪な恐怖の中。
 下宿に残った者達は、どんな心境であったのだろう。
 
 ■
 
 一階・診療所。
 
「ん?外が騒がしいな?」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が異変に気付いたのは、襲撃の直後だった。
 
 主治医のパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)は、パートナーの司と携帯電話で何事か話している。
「う、ん? ドラゴンだぁ?
 それに襲われた?
 ……どーして、そう巻き込まれ体質なんだ? おまえは」
 やれやれ、と頭をかき回す。
「何? こっちに向かっている?
 キヨシ……だけじゃなくて、ドラゴンも!?」
 言い終わらないうちに、再び、大きく揺れる。
 
「あー、何か嫌な予感がしやがる」
 ラルクは簡易ベッドを多めに作りはじめた。
「ちょっくら準備すっかな」
 包帯も少し多めに用意し、綺麗なタオルをできるだけかき集めておく。

 ドラゴン襲撃! の報を2人が知ったのは、直後のことだ。
 
「げっ、負傷者が列なしてやがる!」
 げんなりとしているのは、パラケルスス。
 なぜかと言えば、野郎が多いためだ。
「安心しろ。こっちも準備はできてる」
 一方のラルクは、生真面目に答えた。
「と言っても、こう時間が無いんじゃ、
 応急処置ぐらいになっちまうがな」
 
 野郎はラルクが見て、女性陣はパラケルススが見ることとなった。
 
 ラルクは先ず軽傷か重傷かを見極めてから、治療に入る。
 だが、医師1人に対する患者の数が多すぎる。
「しかたねぇなあ、傷の軽いものは自分で何とかしてくれ!」
 そうして、重傷者をベッドに乗せると、歴戦の回復術で体力を回復させる。
 やや顔色が戻ったところで、武医同術で怪我箇所を把握することを試みた。
「わからない、か」
 だが、ドラゴンからうけた大怪我のショックによる「催眠」には効果があったようだ。
「先生! 迎撃の連中が!!」
 傷を負って、運び込まれてくる。
 軽傷だが、止血の必要はありそうだ。
「ほい、治療完了っと」
 ラルクは医学の知識を駆使して、手当てを行う。
「ほれ、とっととドラゴン倒して来い。
 次は怪我すんなよなー」
「ありがとうございます、先生!」
 下宿生は片手をあげて、持ち場に戻って行くのだった。
 
「さすがは空大生!」
 パラケルススは感心して、感嘆の声を張り上げる。
 その間も、両手は女性達の診察を忘れない。
 白い歯を、爽やかにのぞかせつつ、適切な治療を行う。
「さ、次の方。
 何、肩をざっくりと?
 安心しろ、医学の心得があるからな……」
 触診で、傷の位置を探って行く。
(襲撃が終われば、飲み会になるか?
 その時は、この子達と……ムフフッ!)
 思わず頬の緩むパラケルススなのであった。
 
 2人の医者は、動機の違いこそあれ、
 下宿生達の治療という点で、大いに役に立ったようだ。
 
 ■
 
 一階・台所。
 
 七刀 切(しちとう・きり)は揺れる建物の中で、必死に料理に励んでいた。
「地震みたいだねぇ、火事に気をつけないと!」
 切は火加減に注意しながら、夕食を作って行く。
 大量に。
「皆の家に帰ってくる人もいれば守る人もいる。
 それなら迎える人も必要だろうさ」
 ふふん、と鼻先で笑って、窓の外に目を向ける。
 レッサードラゴン軍団を前に、休まず戦う仲間達の姿がある。
 空を見た。
 空大のある方角だ。
 受験生達は、今頃は何も知らずに試験の真っ最中だろう。
「ならば、ワイは。
 料理と家を護るさ!」
 料理の味見に笑顔をつくると、光条兵器を握りしめるのであった。
「ワイの黒鞘・我刃でねぇ!」

 ■
 
 中には、ここぞとばかりに「同棲生活」を楽しむ者達もいる。
 羨ま……珍しいので、じっくりと観察してみよう!
 
 ■
 
 それは、明け方のことである。
 
 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は、眠い目をこすりつつ、部屋の隅を見た。
 そこにはいつもの通り、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が小さくなって眠っている。
 眠っている限りは、天使のような寝顔。
 まだ日は地平線だ。
 薄暗い部屋の中、媛花はそっとベッドを下りていく。
(今日は、空大受験の日……)
 起こしてあげましょうか?
 見ず知らずの私に、親切だった人。
 いつも我儘を、笑って聞いてくれる人。
 愚痴も言わずに世話してくれた……。
 トクンッ。
 媛花の小さな胸が、チョットだけ高鳴る。
(ひょっとしたら、いじられるのが好きな「M」なだけなのかもしれませんが……)
 いいや、と媛花は首を振った。
「『ヘン』だけど、悪い人ではなかったし……」
 礼の一つもせずに帰ったのでは、天学生徒の名が廃るというもの。
 
「ち、朝食でも、作ってあげましょう、か?」

 けれど、実際には昼食用の弁当まで用意してしまう媛花なのであった。
(わ、私のせいで受験に失敗したと言われるのも癪だしっ)
 それが、いいわけなことくらい、彼女は分かっている。
 調理ははじめてだ。
 台所に立つパートナーの姿を思い浮かべつつ、見よう見まねで動く。
 ……出来あがった弁当は、悲しいくらいに不細工だった。
「で、でも、味は悪くないし……」
 急に不安になる。
 トライブは喜んでくれるかしら……? と。
 絆創膏だらけの利き手。
 そっとお守りを取りだして、弁当箱と共に包む。
 
 トライブが目を覚ます。
 はい、と包みを差し出した。
「お守りとお弁当。
 合格祈願ではなくて、私が以前から持ち歩いていた厄除けのお守りだけど。
 ……道中何が起るか判らないのだから、無いよりマシですよね?」
「媛花ちゃん?」
「中に鉄板も仕込んだから、銃弾ぐらいなら、受け止めてくれるはずですよっ!」
 そのまま、だぁーっと、廊下に走って行く。
 朝日のように、まっかな頬のまま。
 
 そして、昼。
 受験をさっさと終えて、空大から帰宅したトライブは、媛花に空の包みを渡す。
「美味しかったで! 弁当」
「ほ、本当!!」
 媛花の顔がパパッと華やいだ。
 
 ゴゴオオオオオオオオオオオオ……ッ。
 
 火炎放射の音。
 時折建物が揺れる。
 だが、2人の目には互いの姿しか映らない。
 
「うん、お守りと弁当のお陰で、筆記も面接も快調さ。
 合格するぜ、多分」
「そう、おめでとう! トライブ……」
 笑わなきゃ――思うのに、媛花の顔は沈んで行く。
 この人は空大生だ。
 4月になれば、空京へ行ってしまう。
 もう、自分と(成り行きとはいえ)同棲することはない……。
「……ありがとう、トライブ」
「礼を言うとしたら、俺の方さ。サンキュな」
 トライブは軽い調子で、肩に手を回す。
「いや、ホント!
 家族が出来たみたいで悪くなかった……いや、すげぇ楽しかった」
 
「それだけ?」
「え? 媛花ちゃん?」
「私は、『家族』?」
 スッと目を閉じる。
 だが、トライブに反応はない。
(……?)
 媛花はそっと片目を開ける。
 なんと! 
 トライブは鼻血を吹いて倒れていた。
「も……う、やんなっちゃう!!」
 媛花はティッシュを渡すと、ついでに軽く額に唇を押しあてるのであった。
「こちらこそ、ありがとう……これからもよろしく、ね?」
「う、うん、もちろん、俺も!!」
 立ち上がったトライブは、そのまま彼女を追いかけようとする。
 窓から、微風。
 机上の手紙を巻き上げる。
「あ、マレーナさんから預かった奴!」
 媛花はハシッと受け止めると、トライブに差し出した。
「蒼学の封書? 何だろう?」
 トライブは封を切って、紙を取りだす。
「なになに……留年通知書?
 出席数不足で卒業できません…って、マジかぁっ!?」
「…………」
 
 2人の未来は果てしなく明るいのであった。