百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

神楽崎春のパン…まつり

リアクション公開中!

神楽崎春のパン…まつり
神楽崎春のパン…まつり 神楽崎春のパン…まつり

リアクション

「どうかされましたか……?」
 元気のない少女に、アレナは心配そうに声をかけた。
「あ、いえどうもしてないわ。なんともないの。別になんてことじゃ……」
 答えた少女……メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)は、どこか遠い目をしていた。
「ごきげんよう。美味しいパンと楽しい会をありがとうございます」
 マーマレードをいっぱいつけてパンを食べているティティナがぺこりと頭を下げた。
 二人はお揃いのフリルのついたワンピースを着ている。仲の良い友人のようだ。
「いえ、お手伝いありがとうございました。紅茶をどうぞ」
 アレナは2人のカップに紅茶を注いでいく。
「ご気分が悪いようでしたら、お部屋で休んでいてください。お薬、用意しますよ?」
「違うの、本当になんともないのよ。全然普通」
 気遣うアレナに、青い鳥はそう答える――アレナの胸元を見ながら。
「試着で色々衝撃的なことがあったみたいです。お気になさらないでください。いつものことのようですから」
 ティティナのその言葉に、アレナはこくりと頷く。
 青い鳥は、優子達の部屋で試着をした際に、絶望してしまったのだ。
 アレナはとても控えめな娘なのに――つけてみたブラやキャミは、どれもこれも控えめなサイズじゃなかった。
 ぶかぶかだった。
 ウエストは合うのに、アンダーバストは合うのに、ぶかぶかなのだ。
「って、あ、そうそう。色々衝撃的なことがありすぎて、忘れるところだったわ」
 青い鳥は、鞄の中から袋を取り出してアレナへ差し出す。
「これ、パートナーの大地からの、差し入れです」
「ありがとうございます。……バターの良いにおいがしますね」
 中に入っていたのは、クロワッサンだった。
「それから、あと……」
 青い鳥は、アレナに優しく微笑みかけた。一緒に来ていない大地の分まで。
「お帰りなさい。これは、アレナさんに」
 もう一つ……ラッピングされた袋を、青い鳥はアレナへと差し出した。
「ありがとうございます……。私、優子さんの側に戻ってこられて、凄く嬉しいです……。また、皆さんとお会いできて、とても嬉しいです。私から、皆さんにも沢山沢山お礼を言いたいです」
 アレナは袋を受け取って、青い鳥に深く頭を下げた。
「あなたがしてくれた事の方が、ずっと大きいわ……って大地も言うと思う」
 青い鳥はそう優しく言った。
 頭を上げて、アレナは青い鳥の言葉に「はい」と返事をした。
「大地さんのことは、優子さんから伺っています。どうぞよろしくお伝えください」
 うんと返事をして、青い鳥はアレナと微笑みあった。

「お使い終了……やけ食いよ!」
 アレナが隣のテーブルに移った後、青い鳥も料理をいただくことにする。
「必要なところに、脂肪つくといいですわね」
 ティティナは紅茶を飲みながら、ふんわりと微笑んだ。
「うっ……乳製品とか、効果あるのかしら」
 ぽつりと、青い鳥は呟く。
「どうぞ」
 涼介が、バニラアイスを、青い鳥とティティナの前にそっと置いた。
「こっちは、出来立ての熱々だ」
 言って、涼介は苺のコンポートをバニラアイスの上にかける。
「召し上がれ」
 そして、少女に優しい笑みを見せた。
「戴きます」
「戴きますわ。とても美味しそう」
 2人とも、嬉しそうな笑みを浮かべて、スプーンでアイスをすくって食べていく。
 少女達の笑顔が、更に明るくなっていくことを確認して、涼介は微笑みと共に隣のテーブルへと移動していった。

「パンのパーティと聞いていましたけれど、パンだけではなく、色々な料理がありますね」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)はテーブルの上に並んでいる数々の料理に、目を輝かせた。
「レンさんも来れば良かったのに」
 パートナーのレン・オズワルド(れん・おずわるど)仕事の都合で、こちらには来ていない。
 パーティが終わる頃に、ノアを迎えに来てくれるとのことだった。
「焼きたてパンどうぞ〜」
 セシリアが、焼きあがったばかりのほかほかバターロールを持ってきた。
「戴きます!」
 ノアは早速1つ受け取って、2つに割ってみる。
 パンからふわふわと湯気た立ち上っていく。
「この湯気! 私、この湯気ほどの御馳走ってないと思うんですよ〜」
 ノアはすっごく嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ちょっと冷めたのには、サラダや肉を挟み込んで、オープンサンドにして食べても美味しいよ」
 セシリアはパンの入った籠をテーブルの中央に置くと、ノアと同じテーブルの席に腰掛けた。
「ジャムも色々ありますわよ。……わたくしは、苺とブルーベリーを半分ずつ、つけてみますわ」
 フィリッパは冷たいジャムを持って現れて、セシリアの隣に腰掛けた。
 フランスパンにバターを塗って、ジャムをつけていく。
「おやつとしても、食事としても楽しめますよね。……あ、これは万願さんのメロンパンですね!」
 ノアは、バスケットの中に、見たことのあるメロンパンを発見して、すぐに自分の皿へと移した。
「これ、すっごく美味しいんですよ。表面のカリカリが堪らないんです〜☆」
 ここで食べることが出来るなんて、とっても嬉しいと言いながら、ノアは優子が焼いたパンには涼介が作ったジャムをつけて。万願の指導の下作られたパン、セシリアが用意した卵サラダに、ローストビーフを順々に美味しそうに食べていく。
「メロンパン以外にも、味のついたパンありますぅ〜」
 メイベルが、優子、シャーロットと一緒に、バスケットやトレーを持って、現れた。
 テーブルの上には、イチゴパン、ブルーベーリーパン、コーヒーパン、チョコレートパン、黒ゴマパン、黒糖パン。そして、サツマイモやカボチャをふんだんに使ったパンが、並べられていく。
「うわーっ。全種類食べたいですー。お腹に入りますでしょうか」
「こっちはシチューが入ったパンだ。温かいうちにどうぞ」
 優子がシチューパンをテーブルの皆に配る。もちろんノアも受け取った。
「料理はそんなに得意ってわけじゃないけど、パン屋を営んでいる万願が指導してくれたこともあり、本格的な味を出せている……かもしれない」
 優子は刃物の扱いは得意らしいが、料理の腕は並。
 彼女が作った料理に、凝ったものは特になかったけれど、家庭的な温かさを感じられた。
「あの……こちらは、パーティ用ではなくて優子さんに。材料が限られていたので、ほんの少ししか作れなかったんですけれど……是非食べていただきたいんです」
 シャーロットは持っていた箱を、優子に差し出した。冷蔵庫で冷やしていたものだ。
 中を確認すると……フルーツケーキが入っていた。
「東シャンバラ主催の合宿の時に採った伝説の果実を使って作ったものです」
「これが……。ありがとう。食べてみたいと思ってたんだ。後でアレナと戴くよ」
 優子はとても喜んで、そのケーキを受け取った。
「お茶淹れます」
 アレナもティーポットを持って、そのテーブルに近づいてきた。
「あっ、アレナさん……」
 ノアはアレナの姿を見て、思わず立ち上がった。
「無事に戻って来れてよかったです」
「はい、全部皆さんのお陰です」
 ぺこりとアレナは頭を下げた。
「直接お話しするのは、初めてですよね。でも、皆さんの沈んだ顔を見ていればアレナさんがどれだけ皆さんにとって大きな存在だったか判ります……」
「沈んだ、顔?」
「アレナさんがご不在の間、皆さんとても……もちろん優子さんが一番、沈んだ表情をされていたんですよ」
 ノアの言葉に、アレナはちょっと戸惑って、再び頭を下げた。
「ごめんなさい」
「はい! だからもう無茶なことはしないで下さいね。ノアお姉さんとの約束です!」
 ノアが明るく言うと、アレナは不思議そうな顔をして。
 それから、淡い笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
 ノアは頷いて、ポケットの中から冒険屋ギルドの名刺を一枚取り出した。
「何かありましたら、連絡くださいね」
「はい」
 アレナはティーポットをテーブルにおいて、名刺を両手で受け取った。
「キミのパートナー達にも伝えておいてくれ。……ありがとう、と」
 優子がノアとアレナに淡い笑みを向けている。
「お伝えします」
 ノアも笑顔で答えた。
「アレナさんも、優子さんも、ノアさんも。座って一緒に戴きましょう。温かいパンに、冷たいジャム。とっても美味しいですわ」
 フィリッパが、皿にパンを取り分けて、あいている席にジャムと共に置いた。
「ん、戴こうか」
 優子がアレナに目を向け、アレナは微笑んで首を縦に振る。
「一緒に、戴きましょ〜」
 並んで腰掛けた2人のカップに、メイベルが紅茶を注いであげた。
 そのテーブルは、すぐに華やかな女の子達の笑顔で満開になった。

「……うむうむ、皆平和そうであるな」
 調理場の片付けを終えた後、万願もこそっと会場に顔を出す。
 バスケットや食器類、茶葉に酒が乗ったワゴンと共に。
 すみっこ……不良っぽい少年達が集まってるテーブルの隅で、会場を見回しながら楽しむことにする。
「かかかかかかかかか!! 皆楽しそうで実に結構であるなぁ!」
 余っているパンはタッパー入れ、人知れず紅茶を入れたりして……。