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リアクション
●10
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)はこの数分間、何度か村を振り返った。戦闘が始まっている。黒い蜘蛛をした姿が這い回り、重火器、エネルギーの奔流、あるいは刀剣の光などが雪を照らす。爆発も何度か巻き起こっていた。できれば仲間の救援に赴きたい。しかし真司は動かなかった。待つべき相手がいるのだ。
「あの……、その人たちは本当に姿を見せるのでしょうか?」
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は真司を見上げて言った。氷雪に覆われたこの世界で、炎(といっても戦火だが)から遠ざかり、ただなにかを待つということに、多少不安を感じないではなかった。しかし真司が待つというのだから、従うことに意義はなかった。
背後に聞こえる戦の交響曲(シンフォニー)をよそに、この場所ではただ雪が、音もなく降り積もっている。
湿り気のある雪が、ヴェルリアの睫毛にかかったそのとき、彼女は身を強張らせることになった。寒いからではない。いや、ある意味、背筋を寒くしたのは事実ではあったが。(「あの人が……前に真司と一緒に居た女の人ですか?」)女性二人連れ、身長差の大きな組み合わせがやってくるのが見えたのだ。
「また逢ったな。クランジΡ(ロー)」
この邂逅は必然――そんな口調で真司は呼びかけた。すると褐色の肌をした長身の少女は、にこりと微笑んで手を振ったのである。
「アナタ、たしかシンジとかいう人、正月以来。ごぶさた」
(「やれやれ。まさか本当に再会することになったとはな。敵とはいえ、ああいう無邪気な相手だとあんまり戦いたくないんじゃが」)
アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は内心苦々しく思いながらも、むしろもう一人のクランジ(パイ)を警戒していた。
「貴方達の探してるのって、もしかしてあの巨大なクランジ?」
何気ない口調でリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が切り出した。
実はリーラに確たる自信はなかった。これは真司の「クランジが現れたという事は、恐らく目的もクランジ関連ではないか」という意見を元に、カマをかけるつもりで口にしただけのことなのだ。しかし、
「アナタ、知ってたか。クシーのこと?」
ローがあっさりと話したので、たちまちパイは声を上げた。
「バカ! あんなものハッタリに決まってるでしょ! ペラペラしゃべってんじゃない! ていうか、なんでアンタ、敵と知り合ってるわけ!」
「ごめん……」
「ごめんで済んだら鏖殺寺院はいらないの!」金髪の少女は、六つか七つは年長だろうローに命令口調で告げた。「っていうか、こいつら全員殺しなさい!」
「でも」と言葉のみ抗いながらもローは腕を上げ、すり足で真司に詰め寄ってきた。「ごめん、シンジ。痛くしないから」
ローの様子を見て真司は冷静に言葉を返した。「痛くせずに、どうやって殺す気だ?」彼はこの短いやりとりでいくつかの事情を読み取っている。(「ローがパイに精神的に依存しているのは間違いないだろう。加えて、服装の乱れや首のダメージからしても、ここに来るまで何度か俺たち以外の契約者と戦ったはずだ。しかしローは……彼女は、もう戦いを望んでいない。少なくとも、俺たちとは」)
アレーティアは密かにホワイトマントをまとい、このカムフラージュで奇襲すべくタイミングを計った。(「真司め、甘い男め。どうしても戦わずにことを収めるつもりか。また無茶をしおる……」)もしもの瞬間となれば、アレーティアは容赦しないだろう。
「え、戦うんですか……?」ヴェルリアはあきらかに失望していた。パイやローともっともっと話して親睦を深めたかったのだ。あの二人がどうしてもそんな悪人には見えなかった。
一方でリーラは真司を注視し、(「準備、済んでるわ」)合図があればいつでも鎧となり、彼を守ると目線で知らせた。
真司はもしものときに備え、レビテートで軽く浮上した。ロケットシューズで移動する用意も終わっている。仮に初撃を喰らおうとも、なんとか空中でとどまるつもりだ。
真司とロー、両者の距離が狭まりゆくそのとき、
「待って!」
制する声が両者を分けた。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が制止したのだ。
美羽は蒼空学園新制服の上にロイヤルガードの上着を重ねていた。桜色基調の衣装が、エメラルドグリーンの髪に良く似合っていた。ロイヤルガードの紋章を刻んだボタンが金色の星のように輝いている。
「私は西シャンバラ・ロイヤルガード、小鳥遊美羽よ。金鋭峰団長の命を受けて、クランジの二人に会いに来たの」
「無差別に人々を襲う凶悪な蜘蛛……あのうち一体がクランジΞ(クシー)であることは、あなたたちの会話から察しました」同じく一礼して、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が姿を見せた。「おそらくクシーと、その配下の蜘蛛型機体軍は、鏖殺寺院にすら従わず、暴走しているのでしょう」
ベアトリーチェは一時首を巡らせパイとローを見たが、否定や反論を受ける前に言葉を連ねた。
「想像ですがお二人は、暴走している蜘蛛型機械の撃破を目指しているのではありませんか」
「だったら一緒に共通の敵と戦おうよ!」美羽は力説した。「そうしたら、『二人は無差別に人々を襲う凶悪な存在を撃破した』って団長に報告できるし……」
そうよね、と美羽は同意を求めるように真司を見た。
「俺たちも協力する」真司にとっても望むことだ。彼は言い加えた。「聞いてくれ。彼女たちロイヤルガードは国を守る義務を負い、様々な誓いを厳守すると聞いている。団長の名前まで出して嘘をつくことは絶対にない。俺も保証しよう」
どうする、という顔でローはパイを振り返った。しかしパイはこれを一蹴した。
「どこまでおめでたいの、あんたたち。私たちの任務が、クシーと一緒になってあんたたちを虐殺することだったらどうする気?」
「そのつもりなら、おまえはすでにそうしているだろう、パイ」真司は即答した。
「あなたたちに比べれば戦力としては低いかもしれないけれど、私たちは団結しているし人数も多いわ。組んで損はないと思うけど?」美羽は笑顔を浮かべていた。
「シンジとミワの言う通り、ワタシ、思う。パイ?」というローを一顧だにせずパイは言った。
「私たちの邪魔をしないのなら勝手にしたらいい。そのかわり、連中を一掃した後は知らないからね」パイは駆け出した。「ただ、私たちは何かを誓ったりするような人種ではないことを覚えおいたほうがいいわ!」
嘲笑気味に言い捨てるとパイは駆け出した。
「ロー、行くよ!」
ローはぺこりと一礼してパイを追い走った。
真司、美羽、そしてベアトリーチェ、さらにヴェルリアとアレーティアも続く。リーラは鎧へと姿を変え、真司の身を包んだ。
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