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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●13

 ふっ、と紳士の香りがした。いやどんな香だよ、と突っ込まれると少々困るのだが、スーツとか気高さとかフェアプレー精神とか、まあそんな香だ。……よけいわからなくなった気がする。
 ……ともかく、なんとなくリラックスする紳士の香りをうっすらと漂わせ、
「お困りのようだな。そちらの淑女さん」
 とジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)が礼儀正しく一礼して、垂とローの前に現れたのだった。
「紳士たるもの、困るご婦人には手を差し伸べるべし! というわけで手助けさせてもらおう。ふははははっ、俺たちに任せろ! ……ってこれはあまり紳士っぽい台詞ではないな。まあいいか」
 紳士は一人ではなかった。もうひとり、するりと蛇のように、やけにスムーズに現れた青年があった。
「ああジークフリートさんそれじゃ、紳士って言っても『変態という名の紳士』ですよ。え、かくいうお兄さん自身はどうですかって? いやだなぁ、そりゃあ、あなた『変態紳士』に決まってるじゃありませんか」
 などと奇妙な口上とともに、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)も姿を見せたのである。
 ここで効果音一つ。ドシャアアッ! 二人が並んで立つと、なんとも妙なオーラが漂うのだった。
「やあやあ、お兄さんこう見えて、ローさんとは一度会った事がありましてね。知らない仲ではありません。なにを隠そう前は、下着の色まで教えてもらっちゃってますいやマジで。まあ、そういうわけなので、ローさんのことが気になるわけです」
 とクドが断言し意味深な視線をくれたので、「ま、まあ、知り合いなら任せたほうがいいかな」と、それまでローと押し問答していた垂は身を引いた。
 ローはクドの顔を見て落ち着きを取り戻したようだ。「ああ、あのときの。あなた、元気だったか?」赤子のように邪気のない笑顔を見せた。
 そんなローを見て、逆にクドは悲しい。
(「ローさんさ、見た感じだととても殺戮兵器だなんてもんには思えないんですよな。顔も何かこう、人懐っこい感じでさ、大変可愛らしくて……けど、彼女が人を殺す兵器ってのは真実な訳でして。なんかさ、鬱になってきますよな」)
 かといってめげる彼ではない。気を取り直して相方に問うた。
「さてどうしますジークフリートさん。先行、いきますか?」
「ふぅむ、色々手は考えないでもないが、ここはまずクドのお手並み拝見といこうか。魔王はこう見えて慎重派、石橋を叩いて三年なのだよ」
「三年も叩かれ続ける石橋に、ちょっとなってみたいM心ですな……。いやはやなんの話だったか。では参りましょうか」
 まずクドは、両手を広げて見せた。
「はい見えますかローさん? いまお兄さん、丸腰ですよ。武器持ってきてないですよ。全部村のクロークに預けてきました」
「うん、ワタシ、見えた」ローは嬉しそうに返事した。
「その上でちょっと攻撃なんかしてみちゃったりしますが、まあ受けてみて下さい」
「あなた、なに言ってるか、よくわからない。ワタシ、困った」
 首をかしげるローに、クドの恐ろしい攻撃が炸裂したのである。
「ではご賞味あれ!」
 流星のアンクレットで上昇させた速度で、クドは一気にローの胸に飛び込んだ。ローの胸にある二つの立派な丘に、ふにゅりと顔を沈めて眼を閉じる。「ああ……幸せ……」すりすりすり。
「あははは、くすぐったい。やめる」
 ローがこれを手で払いのけようとすると、今度はクドは彼女の背後に回り、なだらかで形の良いヒップを撫で上げた。「おお……至福……」なでなでなで。
「きゃん! 変な感じ。やめる!」
 その意味はわからずとも、体は反応したらしい。ローが再度払いのけようとすると、クドはバーストダッシュを活用して逃れ、ジークフリートの隣に戻ったのである。
「成功! これこそ変態式ヒットアンドアウエー!」
「すごい動きかつ名称だが……その攻撃、どういう意味があったんだ!?」
「そんなの決まってるでしょう?」するとクドは、得意満面で叫んだのである。「セクハラですよッッッッッ!」
 すごい男だ。
「という事で魔王様、後は任せました!」すちゃ、と敬礼してクドはジークフリートと交代した。
「まったく、紳士道にもとる行い連発ながら、まったく恥じないところに変に感心したぞ。だが常識的に考えると完全に犯罪なので以後謹むように!」
 厳命してジークフリートは、どこからか折りたたみテーブルを出してきた。漆黒のテーブルクロスを敷きワイングラスを二つ用意して、そこにボトルワインをとぷとぷと注いだ。
「ふはははっ、申し遅れたが俺はジークフリートという。君との出会いに乾杯だ。まぁ飲め飲め!」
 まさか敵から勧められたものを素直に飲むほど頭の緩い子ではないだろう、それくらいはジークフリートもわかっていた。しかしこの作戦の成功の鍵はワインなのだ。拒否するならば無理矢理にでも飲ますということになる。押さえ込む過程で、不可抗力で胸とか触ってしまうこともあるかもしれない……が、その時はあとで謝罪することとしよう。(「なにせ俺は独逸紳士だから!」) しかし、
「わかった。ワタシ、飲む。乾杯」
 というわけでジークフリートの目論みは簡単に崩れ去った。ローはグラスをさっと取って飲んだ。
「なっ! 何をするだァーーーーーッ! ゆるさんッ!」
 極めて生真面目な独逸紳士ジークフリートとてこれは激昂せざるをえない。いや、飲んでほしかったのだからこれでいいかもしれないのだが、それでも、それでも……。
 しかしローは頓着しないようだった。「これもか?」ジークフリートが自分用に注いだグラスまで一息で干してしまった。ところがこの娘は相当酒に弱いらしく、
「なにこれ、ワタシ、眠くなってきた」
 二杯目を空けるや否や、ふわあああと欠伸しはじめた。
「でもこれ、美味しい」
 もう数杯受け取って飲むと、ローは瞼を半分閉じてうつらうつらしはじめたではないか。ジークフリートがヒプノシスをかけると、あっさりと彼女は座り込み、石を枕に雪をシーツにして眠ってしまった。
 仔猫のような寝顔で安らかに寝息を立てる殺人兵器を、クドとジークフリートは呆気にとられたような顔で見おろしていた。
「なんかお兄さん、この子の将来がとても心配になってきましたね……」
「………うむ、俺もそう思うっ!」
 正攻法の力技で捕らえようとすれば、いかなローとて強固に抵抗し、逃げられてしまった可能性もあった。クランジは予想外の行動に本当に弱いということがこれでまた証明されたわけだ。