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リアクション
第二章 想い生きる
ザナドゥへの入り口、樹の道を抜けた先。橋頭堡上空の空を2人は飛んでいた。
カノン・コート(かのん・こーと)は『空飛ぶ箒』を下降させて、迂回した。
「誠」
『小型飛空艇ヴォルケーノ』に呼びかける、が、
「…………」
それでも搭乗する水神 誠(みなかみ・まこと)は答えなかった。
「あの……誠?」
「南へ行く」
「あっ、ちょっ、待ってよ、誠」
機体の出力差はもちろんある、箒が遅れるのは当然といえるが。なかなかに詰まらない機体の距離は2人の関係をそのまま表しているようだった。
姿の似ている2人。
誠にとっては自分と同じ顔をしているカノンが姉(水神 樹(みなかみ・いつき))のそばに居たことが、ずっと気に食わなかった。姉の事を何よりも誰よりも愛している誠だからこその想いであった。
「誠……」
最近は少しだけ近づけたような、そんな気がしていたのに。やっぱりまだ嫌われているのかな。
カノンが瞼を落としかけたときの事だった、それに気付いたのは。
「ん? あれ?」
速度は変えていない、さっきから同じはずなのに。気付けば『小型飛空艇』の船尾が近くに寄り来ていた。そうして遂には横付けするように並び飛ぶまでに接近していて―――
「乗れよ」
「……えっ?」
顎を突き出したままに、真っ直ぐ前方を見つめたままに誠は言った。
「どうせ同じ所を見て回るんだ、乗れ、その方が早い」
「誠……」
速度ももう少し落としてくれている、その隙にカノンは『小型飛空艇ヴォルケーノ』へと乗り移った。2人同じ機体の上、同じ方向に顔を向けて同じ所へ向かって行く。
並ぶと言っても2人の間には、ひと一人が立てるだけのスペースが今は空いている。その距離は、2人の心の距離をそのまま表しているのかもしれない。はたまたそれは2人が愛する樹が立つ位置? なのかもしれない。2人がもしそう感じているのだとしたら、思っている以上に2人は近くにいるのかもしれない。
「うあぅ〜、待ってぇ〜」
そんな2人に愛される樹を今この瞬間に独り占めにしているのは、もう一人のパートナー、東雲 珂月(しののめ・かづき)であった。空を飛ぶ2人が離れゆくのを見上げて追いかけようとして、
「はっ! でも樹お姉ちゃんから離れちゃだめだから………………うぅ〜」
一人その場で右往左往。完全に混乱していた。
「珂月、追わなくて良いよ」
見かねて樹が優しく言った。
「あちらは2人に任せて、私たちは私たちにしか出来ない事をするとしましょう」
具体的に何を調べたら良いのですか? という問いには、
「マルドゥークは『まずは周辺の地形と特徴を示した地図を作りたい。それを成せるだけの情報を集めて欲しい』と言った、だから私たちはそれを成せば良いわけです」と丁寧に答えた。
「じゃあじゃあ、この子から話を聞きますね」
「ん? うっ……」
珂月が『人の心、草の心』で話しかけたのは腐りかけの竹のような植物だった。色は紫色で葉は青黒い。
「この辺に魔獣なんかは居ないのかな?」
周囲を見ても同じ植物しか生えていないようだし、選択肢がないとも言えるが、しかしそれはあまりに毒々しいのではないだろうか。
「樹お姉ちゃん、この辺りには魔獣は滅多に来ないんだって」
どういったタイプの魔獣を言っているのかは分からないが、『肉食の獣が狙う草食の獣がこの植物を食べない、なぜなら毒を持っているから』だとしたら魔獣が寄りつかない事も納得がいく。見た目通りの毒持ちなのだろう。
「うん、毒を持ってるって言ってるよ、ボクたちが食べたら一口で死んじゃうんだって」
一口で? それは毒性が強すぎはしないだろうか。
「珂月、その植物に何と言って訊いたのですか?」
「え? えぇとね、『実はボクたち、食料に出来そうな葉っぱとか果物とかも探してるんだけど、何か知らない?』って訊いたんだよ」
「………………」
「………………」
なんだろう、『人の心、草の心』を使わなくても心の声が聞こえた気がした。とりあえず採取して持ち帰ることにした。
会話が出来るというのも考えものですね、と樹はしみじみ思ったのだった。
「山脈……でしょうか」
橋頭堡から北東に10km、杉にも似た巨木の枝上からロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は北の空をみつめて言った。標高は500m程だろうか、そうした山が幾つか重なっているのが見えた。
「ここからですと、もう10kmはありそうですわね」
隣でシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)が手元に視線を落として何かを書き込んだ。ロザリンドが覗き込むと、そこには現在位置から山脈までの距離、そしてそこまでの地形とおおよその高低差が記されていた。先ほどペン先を向けては角度を変えていたのは、どうやら距離を測っていたようだ。
「山を越えるには、だいぶ距離がありそうですね」
「それはまた追々という事で。空からの方が早そうですし」
ロザリンドは木幹に手と足を添えると、滑るように降りていった。
杉のようだといったこの木は幹も太く枝もしっかりしている。しかし斬り開いてみれば断面はスカスカ、竹のように中身が無かった。それでもロザリンドやシャロンが登っても僅かにも撓むことはない。皮が厚く非常に丈夫な種のようだ。
「どうしますか? このまま進みますか?」
同じく滑るように降りてきたシャロンが彼女に問いた。
橋頭堡から北東に来た、その中程からここまでは運送路と思わしき道となり続いていた。運送路といっても別段きれいに舗装されているわけではなく、以前に何かを運んだ跡が残っていただけといった感じではあるのだが、道の始まりは唐突だった、周囲には何かを運び込んだ形跡は見あたらない、つまり何かを運び出したという事なのだろう、この道が続いた先へ。
「いいえ、引き返しましょう。このまま進めば今回の調査目的から外れる事になります」
八方に広く出来るだけ多くの情報を、というのが今回の調査目的と範囲だった。山脈の事もそうだが、極地進入はまたの機会に、それなりの準備をしてから挑んだ方が良いことだろう。
「あら、戻られたようですわ」
林の奥からカイト・ノーブル(かいと・のーぶる)とヘルツォク・クラーゲン(へるつぉく・くらーげん)が息を荒げて歩み現れた。
「あぁ〜もう、歩きづらい!!」
「? でしたらもう少し平坦な道を行かれては如何です?」
「そうしたいのは山々なんだけどさ。なぁ」
「そうだねぇ」
ヘルツォクはアンテナを見せて苦笑いも見せた。
「どうも足場の悪いところばかり状況が良くて。ほら、ここも決して良くはない」
不安定な電波状況を改善するべく、中継器の設置に務めていた。大きなものは目立つので比較的小型な中継器を木々や岩の陰などに設置しているのだが、小型であるが故に範囲も狭い、とにかく数をこなさなくてはならないのが難点だった。
「林の先は崖になってたな、川が流れてた」
「東部は……えぇと、こんな感じかな。あんまりキレイじゃないけど」
「シャロン」
「はい。ありがたく頂戴致します」
林の先に崖、そこまでの間に目立った木々はなし、大きな岩がゴロゴロとしている一帯があって、水の少ない川が見えてくる。
「岩場に少し強めの中継器を置いてきたから、これ以上進まなくても東側はカバーできると思うぜ」
あくまで一時的にはだけどな、と補足したカイトにロザリンドは「お疲れさまです」と労いの言葉をかけた。
「出来れば一度、本隊に戻りたいんだけど」
そう言ったのはヘルツォクだった。
「中継器も残り少ないし、橋頭堡の設備も補強しないと」
「あぁそうか。そういや、後回しにしてたな」
「わたくしたちは構いませんよ」
歩む道を観察し、見える範囲のデータを取る。本隊に戻る道であっても彼女たちのやることは変わらない。
「よし、それじゃあ南寄りに進路を取りながら帰るとするか」
すでに20近く設置している小型中継器。橋頭堡に設置した大型の電波送受信器が機能すれば、かなり広域で携帯電話も使えるようになることだろう。
未開の地で『バリ3』を見られる時も、そう遠くないかもしれない。
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