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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第2回/全2回)
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第二章 揺衝

(1)北カナン神殿内

 神聖都キシュ、神殿内。豊穣と戦の女神イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)は訓練場としても使われる広場に背を向けて颯爽と歩き出した。
 定例の訓練。出兵命令や特別警備体制が敷かれていないのであれば、兵士たちの訓練は数回に分けて行われるのが慣例である。イナンナは時間の許す限り、それを視察するよう努めている。訓練が終了し、兵士たちが退場するのを見届けた上で彼女は広場を後にしたのだった。
「戻ります」
「はい」
 通路脇で待機していた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、周囲を見回してから彼女の背について歩み出した。
「そんなに気を張らなくても平気ですわよ」
「警備や警戒はやりすぎる位でないと意味がないだろう? 何かが起こった時点で終わりだからな」
 『殺気看破』はもちろんのこと、神殿の上空ではパートナーの須佐之男 命(すさのをの・みこと)が警戒と偵察を行っている。まぁ、性格も口調にも難のあるの事だ、きっと今頃は……
「おいテメエ等、イナンナのとこの兵か?」
 ……きっと持ち場を離れている事だろう。
「率直に聞く……あの女神さんはお前等に何を求めているか分かってるか?」
 訓練を終えた兵士たちを見つけてつかまえたようだ。突然の出来事に兵士たちも困惑している、当然だ。
「戦果や勝利、それもあるだろう、だがな、人あっての神、人あっての君主だ……お前達がいなくなっちまったら奴らの努力はどうなる? 女神さんだけじゃねぇ、お前達の上官や各地の領主達もそうだ」
 説きたい事はただ一つ。
「お前達が奴らの為に戦おうとしているのと同じように、奴らもお前達の為に戦ってんだ……その命、粗末にすんじゃねぇぞ」
 言っては『神風ノ印(小型飛空艇ヘリファルテ)』に乗って飛び去った……
 ……と、こんな風に一方的に言いたいことを言っているのだろう。まぁ、それも彼なりの発破のかけ方。多少持ち場を離れても氷藍イナンナの傍についている限り、大きな問題にはならないはずだ。
 だからこそ氷藍が気を抜けないという事にもなるのだが。
「……なぁイナンナ、一つ相談があるんだが……」
「何です?」
「あ、その……俺を弟子……というかだな、お前の神官として側に置いてくれないか?」
「側に、ですか?」
「俺はこう見えても巫女だ! 神様を支えるのは……本業でもある」
「なるほど、巫女さんですか」
 イナンナは少し考える素振りを見せて、
「例え巫女さんでも、神官として側に置くことはできませんわ」と答えた。
「『この国の神官として』という事でしたら、それなりの修練を積んでいただく必要があります。しかしこの事態にあっては、その為の機会を設けるのも難しいかもしれません」
「あ、いやそういう事ではなく―――」
「ですから『神官として』ではなく友として側にいていただけませんか? 今こうしているように」
「あ……そ、それはもちろん」
「よろしくお願いします、氷藍さん」
 差し伸べられた手を氷藍は優しく握り返した。
 『友として』、『友人の一人として』彼女を守り、共に戦う。そう願い、実際に彼女の護衛や世話係をしている者もまた、この神殿内には数多く存在する。
 葉月 可憐(はづき・かれん)もそんな契約者のうちの一人だった。
「お疲れさまです、イナンナ様」
 執務室に戻ったイナンナ可憐が出迎えた。
「お茶の用意が出来ています♪ どうぞ♪」
 促されたテーブルにはティーセットとパンケーキが用意されていた。ティーカップからは湯気がゆらゆらと揺れ昇っていた。
「タイミング良すぎない? 監視されているみたい」
「腕利きのスパイが居ますので」
「そう。心強いわ」
 種明かし。可憐のパートナーであるアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)イナンナの警護についている。彼女が訓練場から執務室に戻る事を可憐に伝えた、可憐はそれに合わせてティーセットを用意した、それでタイミングはバッチリだ。
「あなたも一緒にどう?」
「いえ、私は」
「このお茶はどういう意図で私に?」
「意図……ですか。イナンナ様に少しでも心落ち着けて頂くこと……それから英気を養って頂けたらと思いまして」
「疲れている私を気遣って、という事かしら?」
「えぇ」
「でしたらあなたこそこのティーを飲むべきだわ、それから廊下にいるアリスさんも」
「私たちの仕事はイナンナ様を警護する事です。疲れたなどと―――」
「昨日も寝てないのでしょう?」
「私たちは……寝なくても平気です」
 二人ともにスキル『不寝番』を有している。それに僅かな時間だが交代で眠ってもいる、何かあれば『テレパシー』で連絡を取ることも可能だし、自分たち以外にも彼女を警護をする者は居るわけだから―――
「警護してくれるのは嬉しいけれど、倒れられでもしたら……悲しいですわ」
「だ、大丈夫です! 本当に大丈夫ですから! ほ、ほらっ、お茶が冷めてしまいます」
「ですから、はい。どうぞ」
 優しい笑顔でカップを薦められた。逃れられない、そう思った可憐はしぶしぶティーカップに口づけをした。
「どうです? 美味しいですか?」
「はい、とっても」
「そう♪ それは楽しみですわ、私にも煎れて頂けますか?」
「えぇ、もちろん」
 お待ち下さいと告げて可憐は再び茶を入れに席を離れた。代わりに寄ってきたのはシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)だった。
「訓練の様子はどうでした?」
「えぇ、気持ちの入った実に良い訓練でしたわ」
「それはそれは」
 含みのある言い方にイナンナは僅かに頬を傾けるだけで聞き返した。
「いえ、ただ少し警戒心が緩いのではないかと思いまして」
「兵のですか?」
「えぇ。ここに来るまでにも数名の兵とすれ違いましたが、だれも声をかけてきませんでした」
 シャーロットの腕の中で身長は50cm程の大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)が体を起こして座りなおした。
 人形のように微動だにしなかった彼女が急に動き出した事にイナンナは驚いた顔を見せた。アスタロトが悪魔ということもあり、そのまま謁見を試みれば会ってさえもらえないという懸念から人形に模していたのだが、イナンナはそれを聞いても特に顔色を変えるようなことは無かった。
「全ての悪魔がパイモンの手の者だなんて思っていませんわ」
「しかし兵士たちの前では人形のフリはさせていませんでした、それなのに誰も声をかけてきませんでしたよ」
「あなたが連れていたからですわ、兵たちもシャンバラの方たちの事は信頼しているでしょうし」
 それが大きな隙となる。それは悲しくも情けない事でもあるのだが。
「イナンナだ、初めまして」
 アスタロトが手を差し伸べた。
「?」
「あぁすまぬ、わらわの名も『イナンナ』なのだ。今は訳あって大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)と名乗っているがな」
「そうでしたか、お会いできて光栄ですわ、イナンナさん」
「こちらこそ、よろしく」
アスタロトは封印されてまして。目覚めたのもつい先ほどなのです」
「そうでしたか。騒々しいところで、というより騒々しい時代で申し訳ありません」
「いやそんな。ずいぶんと興味深い事態になっているようで……実に驚いている」
「あなたはどうされるおつもりなのです? 『悪魔』だとお聞きしましたが」
「そこだ」
 どこだ、というツッコミは無しで。
「状況は概ね理解した。その上で……わらわはイナンナの味方をする事にした」
「それで良いのですか?」
 同族の、故郷を治める王と仇なす事になるとしても。
「あぁ、構わんよ。今は主に興味があるからな」
「私に? ふふっ、面白い方ですわ」
 軽い挨拶が済んだところでシャーロットがある言伝を思い出した。
「そういえば手が空いたら諜報室に来てほしいと武神が言っていましたね。例によって『諜報室』です」
「分かりました、すぐに向かいましょう」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)を中心に作り上げた『カナン諜報室』は神殿内の一室にある。何台ものパソコンやスクリーンなど、機材も多く大がかりな物が多かったため、神殿内の一室を彼らに提供したのだった。その部屋を『諜報室』と呼んでも今は問題ないだろう。
「コーラルネットワークとの接続、完了したぞ」
 武神 雅(たけがみ・みやび)が手を止めて顔を上げた。
 テクノコンピューターを中心とした『シャンバラ電機のノートパソコン』4台を手足のように扱っている。彼女の役割は集められた情報をデジタル保存し、データベース化する事だ。
「イルミンスールの情報が来るぞ、
、準備は良いか?」
「もちろん、いつでもどうぞ」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の仕事はリストの作成。南カナン、東カナン、北カナン、西カナン、イルミンスール、ザナドゥの各地から集まった情報を整理、解析してリストを作成する。作成するリストは主にザナドゥ側に寝返った契約者たちをリストアップするものだ。
イナンナ様」
 室内に入りたイナンナクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が声掛けをした。
「彼女たちが作成しているのは、裏切り者のリストだそうです」
「裏切り者?」
「えぇ、シャンバラ各校の生徒でありながらザナドゥに、パイモンに協力する者たちは一人残らず把握しておく必要がありますからね」
「把握……ですか」
「逮捕するためですよ」
 サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が真意を告げた。
「敵国加担者は逮捕する、当然の事です。その上で刑に処する」
「刑に処する?」
「まぁもっとも、軍隊では即時銃殺されて然るべきなんだが。おそらく情状減刑の後に放校処分というのが妥当だろうな」
「なりません!!」
 諜報室にイナンナの怒声が響いた。誰もが手を止めて顔を向ける。
武神さん! あなたのこの機械たちは……いえ、あなたも仲間を裁くおつもりですか?」
「裁くのは裏切り者のみです、彼らはいわば戦犯です、戦犯は裁かねばなりません」
「そんな事のために……。それでは私は、あなた方が『コーラルネットワーク』とやらを使う事を許可できません」
「そんな」
「お願いします。そんな悲しい事をするためにセフィロトを使わないで下さい」
 懇願。イナンナに頭を下げられては武神も言葉を飲むしかなかった。
「分かりました。『諜報室』は各地の状況と戦況を把握するためだけに稼働することとしましょう」
「ありがとうございます」
「まぁ、それは我が国の問題でもあるので、元々この地で採決するような問題ではないのでしょうが、」
 こう切り出してエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)が話題を変えた。
「この国の舵取りはどうされるおつもりなのです? 今でも魔族との和平は可能だとお考えなのでしょうか」
「あなたは不可能だと?」
「恐れながら、魔族との和平に固執すべきではないと存じます」
 エミリア重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)に幾らか説明をしてデータを選別してもらった。リュウライザーが集めまとめたデータベースに、『シャンバラの地図』『カナン開拓マップ』『ザナドゥ探索マップ』『パラミタ地図検索』などの情報を統合し、可能な限り精巧な地図の作成に努めている。
 手際よく操作した後、リュウライザーが『メモリープロジェクター』を使ってスクリーンに投影したのは一枚の写真画像だった。
「これは先程、東カナンに居る仲間の一人から送られてきた映像です。取り急ぎとの事で今はこの一枚しかありませんが」
「これは……」
「『アガデ』です。魔族の裏切りと市民への虐殺。一報と共に送られてきた画像です」
「そんな……」
 粗い一枚と短い通信。協力者も混乱と戦場の真っ直中に居るという事で、今は彼らからの通信を待っている状態だという。
「話し合いの場を設けても、魔族はそれを破棄して裏切った。これでもあなたは和平を望むと言うのですか」
 エミリアの言葉に、今度はイナンナが黙る番だった。彼女が和平を諦めたくないと考えるのはエミリアも承知している、しかし、
「武力でカナンを屈服させて戦争を勝利で終わらせる、魔族の多くはこう考えているのです、それは『アガデ』を見れば明らかです」
 話し合いで戦争を終わらせようと考える魔族も居るのかもしれない、しかしそれらはあくまで少数。パイモンさえも武力による制圧を求めているのだろう。
「戦いは避けられない、そんな事は分かっています」
 ようやく口を開いたイナンナの瞼は落ちたままだった。次の句は、なかなか発せられない。
「魔族の再封印とはどういうものなのです?」
 コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)が問いた。以前に聞いた『5000年前とは異なる方法での再封印』についてだ。
「『5000年前とは異なる』というからには、再度ザナドゥを封印し、魔族が地上に出現出来なくするといった類のものではないのでしょう? だとすれば、地上との行き来を可能とする代わりに魔族の能力を大幅に封じ込める、といった類の封印でしょうか」
「……それが可能であるなら…………良い案ね」
「違うのですか?」
「いえ……検討するわ」
「まさか…………具体的にはまだ何も?」
 絶望的な返答だけは勘弁してくれと誰もが願う中、イナンナは小さく首を振った。
「5000年前と違い、今回は私一人で行わなければならないでしょう。『封印の種類と方法』の案は幾つもありますが、それを実行できる方法となると……」
 物理的な、また能力的な壁が彼女を阻む。姉であるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の力を頼ることは出来ない。今回の封印はイナンナ一人で行えるものでなければならないのだ。
 マルドゥークをザナドゥに向かわせた事も、その方法と可能性の一つがザナドゥの地に眠っていると考えたからだという。ザナドゥを探索する足掛かりを作ることもマルドゥークに課せられた使命だった。
 封印の手段とその方法。長きにわたるザナドゥとカナンの争いをパイモンは終わらせるつもりでいる。もちろん自分たちの勝利という形で。
 民を守り国を守るべく、戦況は刻一刻と変わってゆく。
 果たしてイナンナはどう舵を取るのか。その決断は急がれるばかりである。