校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●パーティの片隅で もう一度、視点をロイヤルホテルのパーティ会場に移すとしよう。 着飾った参加者で賑わう中ではあるが、三つ揃いスーツでスタイリッシュな装いの博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はひときわ目立った存在であった。豊かなブロンドは解いて背に流し、青いリボンをアクセントにしている。そんな博季が、眼にもあざやかな晴れ着姿のリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)とあるのだから絵にならないはずがない。モード系雑誌のピンナップさながらである。 いま、博季の瞳にはリンネが映っていた。リンネ以外映っていない。今日は一日、ずっと彼女のことだけを考えている。ずっと二人きりで過ごしているのだ。日付が変わったその瞬間から、今の今まで。博季とリンネはキスをしたまま新年を迎え、その興奮冷めやらぬまま初詣も済ませた。そのとき張り切って引いたおみくじが、二人揃って『大吉』だったことは忘れられない。しかも書かれたメッセージが二人とも、『恋人や結婚相手がいる人はパートナーを大切に』という主旨だったというおまけつきだ。 改めて、惚れ惚れとリンネの着物を見て博季は言う。 「ふふ、晴れ着姿のリンネさん、とっても綺麗。普段のリンネさんも凄く可愛いし魅力的なんですけど、また別の魅力があるなぁ……素敵ですよ。リンネさん」 「もう、なんというベタ褒め! でも、嬉しいよ。嬉しすぎて溶けちゃいそうなくらい」 言いながらリンネは、博季のスーツ姿も格好いいと言って眼を細めるのだった。トロトロやわらかく、甘さたっぷりのトークが続く。それが許される場であり、むしろ積極的に認められるパーティである。仲睦まじくて良きかな。 「さすが御神楽夫妻の用意した食事です。こんな高級食材、滅多に食べられませんね。調理法も見事の一言、しっかり味わって、覚えて帰りたいな……主夫はこういうちょっとしたヒントから、新しい料理のレシピを思いつくものですし」 という博季を、からかうようにリンネは微笑む。 「真面目なんだから〜。はい、あーんして」 はい、と応じて博季はうなずいた。 「む、この赤ワインソースはいいな……。リンネさんはどれが好みです?」 「リンネちゃんも同じのがいいな〜」 「ふふ、そうですか? ではリンネさんも、あーん」 大きな口を開けリンネはこれを味わう。そんなリンネの頬に、博季の唇が触れた。 「キスかって? いいえ、ほっぺにソースが付いていたので……」 「えっ? じゃ、じゃあリンネちゃんもお返ししよっと」 「あれ? 僕もソースついてます?」 「ついてるついてるっ、右のほっぺも左のほっぺも♪」 と笑って、リンネは二倍のキスを返すのである。仮にここが氷点下の寒さであっても、彼らの愛はあっという間に、小春日和にしてしまうことだろう。 そんな博季とリンネに配慮して、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)はマリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)と共に数メートル離れたテーブルに席を取っていた。 幽綺子は、なんとも初々しい博季らを眺め微笑んだ。この場所からだと、二人の姿は見えるが声は聞こえない。けれどまあ、極甘会話をくりひろげていることは容易に想像が付く。 「フフ、二人とも可愛いわねぇ」 幽綺子は悠然と、アイスティーベースのカクテルを傾けていた。 「結構結構。リンネも博季も幸せそうじゃのう。めでたい日にふさわしいことじゃ」 一方でマリアベルはこぶ茶である。渋いチョイスだ。 それにしても、と幽綺子はうっとりとしてしまう。着物をまとったリンネはまるでお人形のようである。幽綺子が丁寧に着付けさせた結果なのだった。 「リンネちゃんは可愛いから何着ても似合うわー」 「わらわも可愛いぞ」ごく当たり前のようにマリアベルが言う。 「そうね。今日のマリアベルちゃんは振り袖が、お嬢様風で良いセンスよね。赤い色っていうのも目を惹くというか……って自分で『可愛い』と言いますか」 「うむ! 褒められるというのはいつ誰に言われても心地良いものよ! ほれ、もっと褒めよ!」 「マリアベルちゃんらしいわ。……いや、似合ってるのは本当だけど。ところで私の晴れ着には全然コメントないの?」 「ん? あー……わらわほどではないが綺麗ではあるな。うん」 なお幽綺子は、淡いグリーンをベースにした組み合わせである。髪も丁寧に結っていた。さすが着慣れているだけあってぴったりだ。 しばし幽綺子とマリアベルは歓談していたが、やがてマリアベルが「ところで……」と言いにくそうに口を開いた。 「南ちゃんのことかしら」 「……図星じゃ。よくわかったの」 「わかってるわよ。今日はずっと、南ちゃんのことを気にしている、って。私だって心配しているから……」 小山内南のことを二人は考えていたのだ。昨年真っ先に見舞いに行ったが、以後も彼らは何度か病室に顔を出している。南も、最初に見舞ったときよりは回復しているが、まだ外出できる容態ではないようだ。 「わらわに乗り物があったらのう、毎日行ってやるのに……」 今日だって、と言いかけてマリアベルは口をつぐんだ。去年、このパーティのことを話したとき、楽しんできて下さいと南は笑顔でマリアベルに告げたのだ。土産話だけもって来てほしいと。 「だから気にせず楽しめばいい、と言いたいところだけど、気持ちはわかるわ」 だったら、と幽綺子はテーブルになにか置いた。レターセットだ。ペンもあり、封筒にはすでに切手が貼られていた。あらかじめ幽綺子が用意しておいたものだった。 「お手紙書いたらどうかしら? きっと喜んでもらえると思う」 「うむ。幽綺子、書いてくれい」 「ダメよ。自分で書かなければ気持ちは通じない」 「そうしたいのは山々じゃが、わらわ、文章書くの苦手じゃし……」 なんだそんなことなら、と幽綺子は優しくマリアベルにペンを握らせた。 「名文を書く必要なんてないの。思うままに書けばそれでわかってもらえるから。むしろ思うまま書いたほうが活き活きした手紙になるはずよ」 「いちいち同意するのは癪に障るが、そんな気もする」 そこでマリアベルは四苦八苦しながら、一枚の手紙を書き上げたのだった。 『あけましておめでとう。今年も宜しく頼む。 ………ここ三日ほど顔出せんで済まぬのう。……寂しいのじゃ。 でも、きっとそれはおぬしも同じなんじゃろうの。 博季達と、すぐに顔を出すから。…またこっそりチョコバー持って行くが故に、元気を出しておくれ。 ところで、わらわまだ初詣とやらに行ってなくての? 退院した暁には、是非に一緒に行こう。 いつになっても構わぬ。幽綺子の奴に着付けしてもらって、一緒に…の?』 笑うなよ、と言ってマリアベルが手紙を見せると、幽綺子は微笑を浮かべうなずいて、黙ってマリアベルの頭を撫でてくれた。 「こ、これ児子あつかいはやめい! わらわのほうが年上じゃぞ!」 あとでこっそり投函しよう。