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リアクション
第11章 アガデ・居城
着々と都の各所で瓦礫撤去、再建が進む中。帆布に覆われた領主の居城でも、順調に修復作業が進んでいた。
昨日はベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と2人でイーグリット・アサルトグラディウスを用いて城門の修理を担当していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だが、今日は奥宮の東壁の修理をしている。滑車がわりに材料を持ち上げたり装飾窓をとりつけたりする単純仕事なので、美羽1人でも十分問題なく作業ができていた。
「美羽さん、その柱、こっちに持ってきてください。まっすぐ、水平に入れて」
「はーい。ゆっくりいくから気をつけてね!」
窓から手を振る男の指示に合わせて、美しい飾り彫りが随所に施された石柱を入れていく。
「オッケーです! ちょっと止めてください」
グラディウスが動くのをやめると中から数人の兵が現れて、安全ロープがはずされた。そこから先は内部の者たちの仕事になる。
そこに、城のメイドの1人が、前掛けで手を拭きながら現れた。
「皆さーん、ご苦労さまですー! そろそろお昼ですよーっ。お食事にしませんかー?」
彼女に案内されて行った先の中庭では、すでに簡易な木製の長テーブルとイスが何列にも並び、もう何十人もの兵たちが騒々しく食事をとっていた。
食事は配給制だ。城の壁に沿って並べたテーブルの上に前菜、スープ、パスタ類、肉料理、野菜、飲み物、デザートと並んでいて、トレイを持って列に並び、それぞれの前を順番にとおりすぎていく。分量を言えばそれだけテーブルの後ろに控えたメイドたちが食器によそってくれる。
パスタの前に、トングを持ったコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、スープの前におたまを持ったベアトリーチェが立っていた。
「2人とも、ご苦労さま!」
「美羽こそ。疲れたでしょ。どれを食べる? 好きなだけ食べていいよ」
「うあー、どれもおいしそー」
いろいろ目移りしている美羽を見て、ベアトリーチェがくすっと笑った。
「全部少しずつ、っていうのでもかまわないんですよ、美羽さん」
「あ、それいいね! そうしよっかな。うん、そうしよ! お願い、ベア! コハク!」
「はいはい」
2人は笑って器にそれぞれ少しずつ盛って、美羽のトレイに置いて行く。残った隙間に無理やりアイランを乗せて、ふと美羽は気付いた。
「ロノウェたちは?」
見回したがどこにもいない。
「彼らは……向こうで食事をとるそうです…」
言いにくそうにベアトリーチェは答えた。
おそらく朝の出来事が起因しているのだろう。ロノウェが塔の修復作業に赴いたとき、兵が反発したのだ。
『魔族の命令なんか聞けるかよ!』
『おまえらが壊したくせに、修復で恩を売る気か? いいご身分だよな! さぞ気持ちがいいだろう!』
実際口に出したのは数名だったが、それが大半の兵の代弁であるのは彼らの目を見れば一目瞭然だった。
険悪な雰囲気となったのを見てとって、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)がかばうように間に入る。
(卑屈なやつらだ)
ちらちらとこちらを伺っている男たちの表情に、そう思った。刺激することになるから黙っていたが。
今、東カナンと事をかまえるわけにはいかない。もし彼らが手を出してきたら自分が防戦しているうちに2人を逃がすしかないだろう。
『迫、マッシュ、ロノウェさまとヨミさまを頼んだぞ』
2人だけに聞こえる声でつぶやく。
『OK』
『分かってるって、姐さん』
2人もまた、返事を返したときだった。
城の修復の監督を務めるアラム・リヒトが現れて、仲裁に入ったのだ。いわく
『戦時中の恨みを平時に持ち込むな』
『かまわないわ、リヒト。わたしも、わたしの指示に不服のある兵は使いたくないの。能力を発揮できないし、事故の元になるから』
ロノウェが妥協案を出した。
『修復しなければいけない場所はまだまだあるのでしょう? 私の部下がこの塔を担当するから、あなたたち人間は別の場所を修復すればいいわ』
と―――。
「…………」
兵たちの会話から、美羽もその話は聞いていた。
「あ、美羽さん!」
美羽はくるっと反転し、トレイを持ってロノウェたちのいる工事現場に向かって歩き出した。
「美羽、まさか強引にここへ連れてくる気じゃ…」
「……違いますわ。美羽さんが、行かれたんです。あちらでロノウェさんと一緒の席につくつもりなのでしょう」
「ベア、分かるの?」
「ええ。昨日、言われてましたから。「アガデの破壊を止めてくれたロノウェにお礼が言いたい」って」
答えつつ、ベアトリーチェは足元に置いてあった予備のスープが入った保温ポットを持ち上げた。中にはイルミンスール特産、シャンバラ山羊のミルクを使った熱々のクリームシチューが入っている。
「ベア?」
「少し離れますので、こちらをお願いしますね」
会釈をし、両手でポットを持って美羽のあとを追って行くベアと、その前を速足で歩いて行く美羽。美羽の背中には、バァルから譲り受けた剣が彼女を守るように背負われている。
2人を見送るコハクの口元から、重いため息が漏れた。
こんなときに思うのだ、自分はまだまだだと。
まだまだ、美羽の強さにも、ベアの強さにも、追いつけない。
「――でも、きっといつか追いつくからね、美羽」
そしてその背を守る男にも、なってみせるから。
そう言葉にすることでますます決意を固めながら。コハクは黙々とスープとパスタを盛り続けた。
* * *
さんさんと太陽の照る、気持ちのいい昼間だった。
窓から入る陽光は暖かく、部屋を吹き抜ける風は肌に気持ちいい。開け放たれた窓からは工事中の兵たちがかけ合う声や作業の音がひっきりなしに聞こえていたが、そういった活気も適度に気持ちがよくて、ふわふわと眠気を誘う。
毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は窓辺に置かれたイス替わりの長櫃に腰かけ、壁に頭を預けてその心地よさを満喫していた。
だが一方で、部屋の中央にしつらえられたテーブル席では。
がじがじ、がじがじ。
アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)がペンのおしりをかじっていた。
「さっきから全然筆が動いてないようだが?」
片目を開けて、アルテミシアを見る。
「……もういやーっ!!」
爆発まで秒読み段階だったところを大佐の言葉に刺激されてか、ついにアルテミシアが爆発する。
「ロンウェルでずーっと書類漬け! 移民なんたらとかいう事務仕事ばっかりさせられて、東カナンへ来ればもう見ないで済むと思ったのに、どうしてここでも書類作成してなくちゃいけないのよ!」
おかげで書類整理、すっかり覚えちゃったじゃない! こんな、バトルには全然どうでもいいスキル!
「では外へ出て、修復作業を手伝って、肉体労働にいそしむか?」
「うっ…」
それもイヤ。
土まみれ、汗まみれになって、どうして兵たちと一緒に日曜大工の真似事なんかしなくちゃいけないのか。そう思ったからつい、
「室内でお手伝いできることはありませんか?」
と言ってみたのだ。かわいらしく、他意のうかがえない作り笑顔で。
その結果がこれだよ、まーたデスクワーク。
「…………」
アルテミシアは放り出した先で転がっているペンと、まだ要望書から半分しか拾い出していないリストを見つめ、深々とため息をつくと立ち上がった。
「ロノウェとヨミのとこ、行きましょ」
ここはこっそり抜け出して。
「働くのか?」
おまえが? とでも言いたげな、どこか笑いを含んだ大佐の問いに首を振って見せる。
「そばにいるだけ。護衛よ。悪い?」
開き直ったように、ふん、と胸を張る。
それでもほこりまみれになって髪の毛がジャリジャリになるのは避けられないだろうが、デスクワークよりはるかにマシだ、と今は思えた。
「退屈するぞ」
「覚悟の上よ」
くつくつと笑う大佐を横目でにらむアルテミシア。大佐は窓枠に手をつき、下を見て言った。
「運がいいな、アルテミシア。2人はこれから市井に下りるようだぞ」