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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

リアクション

 研究所周辺では、いよいよ戦闘が始まっていた。
 ナラカより湧き出したアンデットたちが、不気味なうなり声をあげつつ、施設へとにじり寄るようにして進軍を開始する。
 黒崎とマリーの作戦で、前衛部隊はまずこれを正面から撃破。また、別働隊は周囲の崖の上より出陣し、上空から攻撃を行うとされた。
 ジェイダスとラドゥは、研究所の最下層に眠るエネルギー装置【カルマ】の元にいた。
 レモと精神的につながっている存在なだけに、万が一の暴走の危険を考えたからである。
 今のところ、カルマは沈黙を守っている。巨大な水晶柱も、そこにつながれた機器も、異常を示してはいない。
「大丈夫ですからね。貴方は私たちが守りますから」
 カルマにむかってそう囁いたのは、ジェイダスの護衛についていたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)だ。
「どうした?」
「あ、いえ。……カルマ君も、不安かなと思ったんです」
 はにかんで答えるエメを、ジェイダスは愛おしげに見つめ、その細い銀の髪を一房指に絡める。
「ジェイダス様?」
「美しい心がけだ」
 長いまつげを伏せ、そのまま、指に絡めた髪の先にジェイダスは口づける。美しき行為への賞賛のように。
「そんな……」
 思わずエメの白い頬が赤らむ。髪の先だけだというのに、ひどくどぎまぎしてしまうのは、ジェイダスの思わせぶりな表情のせいだろうか。外見が少年になった分、悪戯な仕草は妙に色っぽいのだ。
「その耳も似合うな」
 指摘されて、エメは頭に手をやった。そこには、柔らかなアンゴラウサギの耳が生えている。どんな異変にもすぐ気づくことができるよう、感覚を研ぎ澄ましているが故だ。
「上の様子は、どうなっているのだろうな」
 ジェイダスとエメのやりとりから視線をそむけつつ、ラドゥが呟く。
 カルマが暴走するとなれば、ジェイダスとラドゥの力でもなければ、とても制御はできない。その意見にもっともだと理解したが故に、ここにいることを選んだが、やはり心配なのだろう。
「みんなのこと、心配なの?」
「ば、ばかなことを言うな。心配しているのは、この施設についてだけだ!」
 顔をしかめ、ラドゥはそう言い放つ。
「大丈夫だよ。ラドゥ様も、ここも、きっちり守るから。安心してね」
 リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)は、そう微笑んで、ラドゥの肩に甘えるように腕をまわした。
「な、なにをするっ」
 そうは言うものの、ラドゥはふりほどきはしない。ますます嬉しげに、リュミエールは目を細めて言った。
「ご褒美にキスの一つも貰えれ…いや、させてくれれば嬉しいな?」
「…………」
 恥ずかしげに、ぎりぎりとラドゥが奥歯をかみしめる。怒らせてしまうぎりぎりで、ひょいとリュミエールは腕を解いた。
「できたらでいいから。ね?」
「……貴様が役に立てばな!」
 精一杯というように、ラドゥが言い返した。
「失礼します。ジェイダス理事長、ラドゥ様」
 降りてきたのは、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)の二人だった。
「何の用だ。上はどうなっている?」
 ラドゥが尋ねる。
「今のところ、防衛作戦は成功しています。アンデットの群れは、徐々に後退しつつはあるようです。しかし、油断はできないかと」
「そうか」
 ハルディアの報告に、ジェイダスが頷き、ラドゥはいらだたしげにつま先で床を蹴った。
「それで、実は、ご許可をいただきたいことがあるのですが……」
 ハルディアはそう前置きをすると、ジェイダスにとある提案を打ち明けた。



 曇天の下、研究所を背後にして立ちふさがる戦乙女たち。その表情は、凜とした緊張感に溢れ、美しく研ぎ澄まされていた。
「大切な相手やものを守りたいと願う気持ち、私も持っているからな。微力ながら助力させて貰うぞ」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、手にしたハートの機晶石を強く握り、そう口にした。その胸にある面影をも、守りたいかのように。
「ありがとう。よろしくお願いするね」
 前衛部隊指揮官、黒崎 天音(くろさき・あまね)がそう答える。
 司だけではなく、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)を含め、この戦場に集まった生徒たちがいた。
「校長…じゃなかった、理事長が命を賭けてまで起動させた装置なんでしょ? なら守るしかないじゃん。あ、でも……」
 気合い十分! とばかりにストレッチしていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、少しばかりねだるような視線で天音を見上げた。
「無事に解決したら、喫茶室で打ち上げとかしたいね! エネルギー補充させてほしいもん。美味しいケーキでさ!」
 にこにこと提案するレキに、「相談はしておくよ」と天音は微笑んだ。
「やったぁ! ますます、頑張っちゃお!」
「まったく、相変わらずじゃのぉ……」
 ミア・マハ(みあ・まは)は呆れ顔だ。
「……来るぞ」
 迫り来る敵の気配を察知し、司は翼の剣を構えた。レキも笑顔は一端ひっこめ、正面を見据える。
 アンデットの行軍は遅い。だが、その数は多く、夥しい腐臭と邪悪な気配が谷に満ちる。
 司の剣が、薄ぼんやりと発光し、彼女の端正な横顔を照らし出した。
「わらわに逆らおうとは愚かな……」
 ミアが不敵に呟き、呪文を放つ。
 冷たい風が谷に巻き起こり、つぶてとなった氷が風とともに吹き荒れ、スケルトンの群れに襲いかかった。
(元々死んでいる奴ら、何度でも蘇って来よう。ならば、凍らせて足止めが吉じゃ)
 この場での目的は、敵の殲滅ではない。レモが救い出されるまで、時間を稼ぎ、装置を守ることだ。
 連発されるミアのブリザードに、スケルトンの動きが止まる。その隙を狙い、司とミアはモンスターの群れへと突っ込んだ。
「……はっ!」
 気合一閃。司の剣の動きを追うように、光の帯が輝く。氷舞う戦場に、素早く美しい軌跡を描きながら。だが、華麗なだけではなく、その剣戟の響きは重く激しかった。
「よぉーーっしっ! ケーキ! ケーキ!!」
 すばやい動きでアンデットたちの間をすりぬけつつ、レキの拳が光って唸る。グールを一瞬で土塊と化しながらも、少女はどこか楽しげだった。
「よし、ケーキ二個目!」
「……そんな約束ではなかったと思うがの……」
 ミアの突っ込みは、残念ながら距離もあり、レキの耳には届いていないようだ。まぁ、なんにせよ、モチベーションがあがるのは良いことかもしれない。
「きりがないな……」
 司がぼそりと呟く。予想されていたことではあるが、再生能力に長けた連中だ。一端は倒しても、またすぐに復活してくる。
 その時。

 ゴオオオオオッ!!
 
 司の視界にいたグールが、突如火を噴いて燃え上がる。そして、ほぼ同時に、無数の光の刃が天上から降り注ぎ、アンデットたちを串刺しにした。
「ドラゴン、ブレスを!」
 続けざま、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が指示をする。彼女が騎乗するブライトブレードドラゴンが、その指示に答えるように、咆哮を轟かせた。
「こっちよ!」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)のよく通る声が、戦場に響く。先ほどの炎を放ったのもまた、彼女だ。一頭のユニコーンにまたがり、黒髪をなびかせた祥子は、その手の薙刀を高く掲げてモンスターを挑発した。
「さぁ、ついてきなさい!」
 注意を引きつけ、祥子はユニコーンを駆る。少しでも敵を分散させ、かつ、研究所から離れさせるために。
 上空からは、彼女をサポートするように、ドラゴンが旋回を続けている。
(まだ実習生とはいえ教師の端くれ……生徒を危険から守らなきゃ…!)
 だからこそ、前に、前に。祥子の瞳に、迷いや恐れはなかった。
 その、傍らで。
「美しき戦いですぞっ! わて、感動であります! どうかこの想いを、聞くでありますっ」
 同じく上空部隊のマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が、エアカーの中でその分厚い胸板を震わせていた。そしてやおら、窓をめいっぱいに開けると、深く息を吸う。
「どぉんな〜ぎゃっきょおでも〜決して諦めないでありまーす〜♪ そ〜う〜そ〜れ〜が〜可憐〜な漢女(おとめ)のほーんかいーーーっ♪」
「な、なんの怪音波!?!?」
 突如響き渡るマリーの歌声に、レキはびっくりして目を見開く。
 心に幸福を呼び起こす……はずだが、いかんせん音程がまったくあっていない(上に、歌詞がアレである)。
「マリーさん……」
 至近距離でドラゴンを操りながら、イオテスはやはり、人間の行動とは複雑怪奇なものだと興味を新たにしていたのだった。




 オペラハウスに突入した生徒たちは、はじめはある程度まとまってはいたが、そのうちに分断され、数人のグループとなっていた。
「けったいな空気やな……」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が呟く。
 実際、中は異様な雰囲気だった。
 先に偵察していたグループから聞いてはいたが、外の戦闘など別世界のように静まりかえり、それでいて、微かな笛の音だけがしつこいほどに耳につく。マリウスが用意していた耳栓を手に、あまり気になるようなら使うべきか、と泰輔は考えていた。
「レモぼんが操られてる音っちゅーんは、これなんやろうな」
 泰輔はそう幼くも、不安定でもないため、とくに影響はない。が、耳障りなのは確かだ。
 音だけではない。薄暗い廊下は先が見えず、振り返れば来た道すら、壁に阻まれて消えていたりもする。地図など作ったところで、ほぼ役にはたたないだろう。
 さしあたって、敵の姿はない。
「その魔力によってナラカのアンデッドを使役するとは、レモはとんだタミーノ王子じゃな」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が、『魔笛』になぞらえて言う。
「笛の音対策はフランツ、そなたの専門であろ。対位法だとか対旋律だとか、不協和音だとか、あの音を乱して、制御を乱してたもれ」
「ああ、そうやな。頼むで」
 泰輔と顕仁にそろって視線をむけられ、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)はまんざらでもないようにだが、肩をすくめてみせた。
「対抗できるかどうか判らないけど、魔力を打ち消すか相殺できる音、旋律を探って奏でてみるよ。クリストファー君から、協力も頼まれてるしね」
 フランツの手には、バイオリンが握られている。ギターやピアノほどには得意ではないとはいえ、作曲者のたしなみ程度には演奏はできる。
「それより、さっきの騒ぎはなんだい。まったく音があってないよ!」
 ……が、どうもフランツとしては、先ほどのひどい演奏のほうが気に障ったらしい。先ほどから、しきりに憤慨している。
「まぁそれはええやん。レイチェル、フランツの防御中心に固めたって。演奏中は無防備や」
「ええ。……フランツさん、全力であなたを守ります」
 レイチェルは真摯なまなざしでそう告げた。
「けどなぁ、フルートかぁ。壊すんが手っ取り早いけど、フランツ、お前の友達のお嬢さん方が捜してる楽器が「それ」なんかもしれんねやろ?」
「ああ、そうみたいだよ」
「それやったら、壊すんもな」
「笛を取り上げるのが一番良さそうですが……」
 そううまくいくだろうか。できれば、レモを傷つけずに。そんな言葉を飲み込み、レイチェルは目を伏せる。
「考えておっても仕方あるまい。今は一刻も早く、レモの元に馳せ参じようぞ」
 顕仁の結論に「せやな」と泰輔は頷いた。



「……っ」
 傷口が痛んだのか、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)の唇から、短く息がもれた。
「大丈夫かぁ?」
 そう尋ねながら、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、半ば有無を言わさずヒールを使う。どのみち、強がりを言うに決まってるからだ。
「……ありがとう」
 すっと痛みが治まっていくのを感じ、カールハインツは素直に礼を言う。ただ、若干気恥ずかしそうではあった。
「ところでオペラハウスの中ってこんなんだっけ?」
 あえてそこには触れずに、スレヴィは話を変えてやる。男のプライドというやつくらい、理解はできるからだ。
「空間がねじ曲がっているそうだからな」
「そんなに……閉じこもっていたいのかな」
 ぼそりと、皆川 陽(みなかわ・よう)が漏らす。
 たしかに、彼の言うとおり、このねじれた空間はさながら他者を拒む心そのものだ。
「まー、引きこもり状態だもんな、これ。ただ、ちょっと広いけど」
 両手を頭の後ろに組み、スレヴィが同意する。
「信じられないんだろう、今は。なにも」
 正気を失ったレモと対峙したときのことを思い出したのか、カールハインツの口調は苦い。
「でもそれって、本当は、信じたいんだと思うんだ」
「え?」
「でも、信じるって、怖いんだよね。だから余計に自分の居場所がなくて、頼りなくて……」
 陽の言葉は、どこか、自身にむけてのもののようでもあった。
 かつて、そうだった自分自身に。
「ボクも自分の居場所がないってずっと思っていたから。それは今もちょっとそう。でも、ジェイダス様がボクにしてくれたように、ボクも誰かの居場所を作るために動きたいって思ったから。……それが、ボクの居場所になるんじゃないかなって」
「皆川……」
 カールハインツは、目を伏せ、しばし思い巡らしているようだった。
 彼もまた、かつての居場所を捨てた存在だ。半ば逃げるようにパラミタに来て、そして、薔薇の学舎に入った。とはいえ、本当にここが自分の居場所だという実感は、まだ持つことができないでいる。
 けれども、たしかに、陽の言うとおりなのだろう。待っているだけでは、変わらない。自分も、レモもだ。
「そうなのかも、しれないな」
 尊敬をにじませた視線を向けるカールハインツに、陽は羞じらいながら、いつものようにうつむく。だが、カールハインツだけではなく、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)もまた、同じように眩しげに陽を見つめていた。
(守るよ。貴方の意志を)
 陽は気弱に見えるし、そう自分でも思っているだろう。けれども、テディは知っている。本当は、その芯はとても強いのだ。優しさに満ちた強い意志、それこそが、テディにとってもっとも、主君の愛するところかもしれなかった。
 その陽が、はっきりと決めたのだ。レモを助けに行く、と。ならば、それを守ることこそが、テディの勤めだった。
「それにしても、うるさいな」
 延々と響き続ける笛に、スレヴィが顔をしかめて呟く。一応、耳栓は軽くつめているが。
「なぁ。レモって、ホールにいるらしいんだろ?」
「うん……そうみたいだね」
 陽の答えに、「なら、このフルートを伴奏にして歌ってみよう! オペラハウスのホールで歌うなんて、二度とないかもしれない機会だし。あ、ベッケンバウワーも参加するか? 好きな歌くらいあるだろ」
「歌は、そう知らねーんだよ」
 ぐっと言葉に詰まりつつ、カールハインツは答えた。不得手ではないようだが、人前で歌うタイプでもない。
「ドイツ出身なんだろ−? 民謡とかあるだろ」
「……こぎつねこんこん、くらいなら……」
 しぶしぶと口にした返答に、陽とスレヴィは思わず一瞬真顔になった。……カールハインツのキャラと、あまりに遠すぎる。
「ボクも、好きだよ。可愛い歌だよね」
「あははははは!!」
 なんとかフォローしようとする陽と、爆笑するスレヴィに、カールハインツはますます苦い顔になる。
「民謡かぁ……レモも歌ってたな。一緒に、歌いたいな」
 笑いをおさめたスレヴィが、のんびりと口にする。けれどもその言葉は、優しさに溢れていた。
「クリストファーが、そういえば、あのときの歌を使えないかと言っていたぜ」
「そうなんだ? じゃあ、オレも参加しようかな〜」
「まぁ……好きにしろ」
 スレヴィが、歌うのは好きだが実はレモ以上に音痴だと知っているカールハインツは、そう、消極的同意にとどめた。