リアクション
〜名牙見砦の攻防 二階その一〜 どどっ、どどっ、どどっ。 足元から地鳴りが近づいて来る。 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)があちこちに仕掛けた鳴子が揺れ始め、次第にその動きが大きくなると共に、音も激しくなった。 コマンドアーマー、アルティマレガースで身を固めた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)と霜月は、それを待った。 そして黒装束が顔を出した瞬間、小次郎は力いっぱい蹴りを繰り出し、霜月は敵の真ん中へ飛び込んでいった。 バサリ。羽ばたくと、氷の欠片が空中に舞った。高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)を連れ、氷雪比翼で建物の屋根に降り立った。 屋根の軋みに気づいたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)とクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が飛び出すと、屋根裏に潜んでいたはずのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が二人と対峙していた。 「楽にはいきませんね」 「てめぇが来たか、高月玄秀」 「まあ、いつも裏で動いてるとつまらないので。たまにはこうやって力攻めもしますよ?」 カルキノスは「妖刀白檀」で斬りかかった。広目天王は玄秀を守るべく、【毒虫の群れ】を放つ。 「くそっ!!」 カルキノスはダークネスウィップをしならせた。ピッピッと虫が弾かれていく。 クリスティーが玄秀に斬りかかるが、【羅刹眼】で睨まれ、身体が竦む。クリストファーは【崩落する空】を使った。空にヒビが入り、玄秀目掛けて何かが落ちてくる。 「くっ!」 玄秀は咄嗟に身を捻って避けるが、狭い屋根の上でのこと、左肩と足に激しい痛みが走る。だがそのまま、右手を振り下ろし、クリストファーに【雷撃】を落とした。クリストファーはもんどりうって、屋根を滑り落ちていく。 「!?」 クリスティーは唇を強く噛んだ。血が滲んだが、おかげで動けるようになった。手を伸ばし、クリストファーの体を支える。どうやら、気絶しているらしい。ホッとしたのも束の間、玄秀がクリスティーの背中を蹴飛ばした。 「高月!!」 虫を相手にして、動けないカルキノスが怒鳴る。 「これは戦いなんですからね。助けてもらえるなんて、そんな都合のいいこと考えてないでしょう?」 玄秀はそう言って、笑った。 玄秀が屋根に降り立った頃、宝物庫の前に陣取るハイナ、ルカルカ・ルー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、神条 和麻(しんじょう・かずま)、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナー、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)らの緊張も頂点に達していた。 何かが近づいてくる。殺気、憎悪、敵意――害意と呼ばれるそれらが、確実に、すぐ傍まで来ていた。 皆、呼吸を整え、武器を握り、固唾を飲む。 轟音と共に壁が破られ、そこに、三道 六黒(みどう・むくろ)と両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)、そして女が一人、立っていた。 面識のない者も、女が漁火であることはすぐに分かった。ただ、聞いていた姿と着物の色が違う。まるで死に装束のようだ。 「生きていたのか」 と誰かが呟いた。 六黒は宝物庫を守る者たちを見渡すと、ゆっくりと足を踏み出した。一歩、二歩、三歩――そこで止まる。 惜しい、とローザマリアは思った。もう少しで【インビジブルトラップ】が発動したものを。 「この女から、質問があるそうだ」 六黒が親指を後ろに向けた。漁火は白い着物の裾を捌きながら、彼の横に立った。 「ちょいとお訊きしたいんですがね、本物の『風靡』は、ちゃんと、ここにあるんでしょうね? ああ、ないなら返事は結構ですよ」 漁火の目は、ハイナを捉えている。漁火は嘘を見破ることが出来たはずだ。誤魔化すのは難しいだろう。逡巡し、ハイナは答えた。 「――もちろん」 「次の質問」 漁火はちらりと和麻に目をやった。彼は剣を背負っていた。長さ十五センチほどの握りやすい柄、柄頭の宝石、鞘の大きさを計算に入れても、「風靡」の特徴に合致する。――しかし、あからさますぎる。本物を無造作に契約者に預ける程、ハイナ・ウィルソンは馬鹿ではあるまい。が、万一ということもある。 「無駄話はそこまでです!」 銀澄が「花散里」の柄に手をかけ、腰を落とした。 「参ります!」 床を蹴り、素早く漁火の懐に入り込むと【抜刀術『青龍』】を放つ。だが、その直前、六黒の【ブレイドガード】が「花散里」を弾き返した。 ふわり、と飛び退いた漁火と悪路だったが、そのとたん、悪路の姿が吹き飛んだ。ローザマリアの【インビジブルトラップ】だ。 「やったわ!」と思ったのも一瞬だった。悪路は跡形もなく消えていた。そんなはずはない。怪我をする程度の威力しかないはずだ。 「ドッペルゴースト……」 ローザマリアは呆然と呟いた。悪路が偽者なら、本物はどこにいるのだろう? 銀澄の抜刀術が不発に終わるや否や、ルカルカが六黒に斬りかかる。スピードは六黒の方が僅かに速かったが、銀澄に対応していた分、動作が遅れた。 ルカルカの「魔剣ディルヴィング」が六黒の肩に食い込む。血が噴き出、ルカルカの金髪を濡らした。が、そこからルカルカは動けなくなった。六黒の筋肉に食い込んだまま、魔剣が抜けない。六黒はルカルカの鳩尾を、思い切り蹴飛ばした。 「きゃあ!」 吹き飛ばされ、床にもんどりうったルカルカは、受け身も取れずに気絶した。 しかし六黒は、次の瞬間、腹部に焼き鏝を当てられたような衝撃を感じた。銀澄の「羅刹刀クヴェーラ」が、六黒の腹に食い込んでいた。 「うおおおおおお!!!」 【鬼神力】の力で、思い切り引く。ズバリ、と音がして、六黒の腹部からも血が噴き出した。 「くっ……」 一歩、二歩、六黒は後方へよろめいた。 その間、漁火は和麻から目を離さなかった。 「それは、本物ですか?」 「――知るか!」 和麻は背負っていた「風靡」をハイナに放り投げ、漁火に柳葉刀で斬りかかる。「風靡」を受け取ったハイナは、六黒が開けた穴から外へ飛び出した。 和麻とローザマリアに武器を突きつけられ、漁火は動けなくなった。 「あんた、漁火じゃないわね?」 ――フッ、と漁火は笑った。 「その通りです」 答えるなり、漁火は右手でローザマリアの「狂血の黒影爪」を、左手で和麻の柳葉刀を握った。 「な――!?」 両手から血がぼたぼたと流れる。突然のことに、二人は一瞬、唖然となる。その隙に漁火は身を屈め、二人の足元からすり抜けた。そして立ち上がったとき、その顔は悪路へと戻っていた。 「やっぱり! 本物の漁火は死んでるのね!? それとも、どこかにいるの!?」 「さあ?」 と、悪路は笑った。「どうでしょうね。探してみたらどうです?」 外へ逃げたハイナは、そこに待機していたクコ・赤嶺(くこ・あかみね)のツインバイクに乗り込んだ。 「飛ばすわよ! しっかり捕まってなさい!」 ハイナは「風靡」を抱き締め、「分かってる――でありんすよ!」とバイクに負けないぐらいの声で、怒鳴り返した。 その報告は、黒装束からユリンへももたらされた。 「あはっ」 ユリンは目を輝かせた。 「じゃ、そいつ捕まえれば、パパに褒めてもらえるね!」 彼女は目の前の遊び相手に、やや残念そうに言った。 「ゴメンね、もうちょっと遊びたかったけど、やること出来たから、またね!」 その声に、黒装束たちはユリンと共に姿を消した。残ったのは、もはや、一歩も動くことも出来ない、満身創痍の契約者たちだった。 |
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