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幻夢の都(第2回/全2回)

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第3章 森の邂逅 2

 ガウル一行が追っ手から逃げていたその頃――。
 同じく森にいる戦士団の行軍は、魔物相手に檄を飛ばして奮闘していた。
「ふんっ――!」
 レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)が右手の『白狗の刀』を唸らせる。醜い姿形をした魔物はその白刃によって斬り裂かれ、大地にくずおれた。
 刹那、背後からも魔物が迫る。
「レギオン、危ないっ!」
 間に割って入ったカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)が、弓を使ってその振るわれた爪を防いだ。
「カノンっ……」
 瞬時に、レギオンは身を翻した。反転して振るった左手の軍式刀『闇キ夜』が、魔物の身体を横真っ二つに両断する。叩き斬ったその身体を蹴り飛ばして、レギオンは尻餅をついたカノンの傍にしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。だ、大丈夫。大丈夫だからっ」
 レギオンの顔が近づいて、カノンの顔が真っ赤になる。ぱたぱたと手を振ったカノンを見ながら、レギオンは首を傾げていたが、
「そうか……? なら、いいが」
 あっさり納得して、立ち上がった。カノンの顔が妙にむくれていた。
「これで、魔物は全て倒したみたいだな」
 カノンが大した傷を負ってないことを知って安心したレギオンが、仲間達に告げるよう言った。他の魔物と戦っていた戦士団の面々も、それぞれに武器を収め、息をついている。
 そこには、背中の大剣を振るって奮迅の戦いを見せていたゼノ・クオルヴェルの姿もあった。
「ゼノ、少し良いか?」
 魔物退治を終えて、しばし休憩をしていた時、ふいにグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がゼノに声をかけた。レギオン同様、グロリアーナも戦士団に雇われた傭兵であった。
「なんだ……?」
 ゼノが怪訝そうに言うと、グロリアーナは、
「そなたの親友――ガウルとか言ったか? その者が敗れた時の戦いとは、どの様なものであったのだ? もし良かったら、お聞かせ願えないか」
 茫洋な口調で、そう訊いた。ゼノの眉がぴくりと動いた。
「あ、それ……私も聞きたいかも……」
 二人の会話に横から入り込んできたのは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の声であった。月夜は遠慮がちに手をあげて、参加を要求している。
「同じく。僕も聞いてみたいね」
 すると、続くように永井 託(ながい・たく)が挙手した。
「ちょっと小耳にはさんでねぇ……興味がある話だから」
 さらに、言い訳するように付け加える。
 ゼノは、自分と同じように岩場に座り込む月夜と託に、直立したままのグロリアーナと、三人を見回す。やがて、諦めたように肩をすくめ、
「大して面白い話じゃないぞ」
 一言付け加えてから、静かに語り始めた。
 それは魔獣ガオルヴが初めてこの森に姿を現した時の話だった。ともに〈英雄〉となることを目指して修業に励んできた戦士――ガウル・シアードは、魔獣ガオルヴに討ち滅ぼされた。恐らくはガオルヴに喰い殺されたのだろう。ゼノはそのことを語るとき、拳をぎゅっと握りしめていた。
「なるほどねぇ……だからこそ、人一倍、魔獣を許せないわけか」
 託が他人事のようにぼんやりと呟いた。
「うん、悪くない……。だけど、その怒りの矛先には気をつけないといけないね」
「怒りの矛先?」
「そう。怒りはエネルギーだ。だからそれはあっても良い。だけど、そのエネルギーを向ける場所が間違ってしまったら、どうしようもないよ」
 言い聞かせるように言いながら、託はゼノを見た。
「だから、落ち着くんだ。落ち着いてその矛先を見極めたら、きっと、もっとその怒りは役に立つはずさ」
 言いたい事を言い終えると、託は立ち上がってその場を離れた。ゼノはその後ろ姿を見ながら、託が言った事を考えていた。
 妙に心が静けさを持ち始めていた。燃え立つ灯火がふっと消えたような気分だった。
 それからしばらく、ゼノは黙り込んでいたが、ふいに、
「――ねえ」
 横にどかっと座ったハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が、声をかけてきた。それがあまりにも急だったので、ゼノは思わずのけぞった。
「な、なんだ、急に……」
「ああ、ごめん。ちょっと聞いておきたいこととかあってさ。……その、実は……」
 ハイコドは、もったいぶったように間を置いた。
「ゼノって、子供とかいるんだよね?」
「は?」
 その唐突な質問に、ゼノはきょとんとなった。
「い、いやさ……。実は僕、今度子供が産まれるんだけどね。その、父親ってどういうもんかなぁとか、どういう風に暮らしてるのかなぁとか……ちょっと、気になっちゃって……」
 ハイコドは誤魔化すように笑いながら頭を掻いた。どうやら、先に結婚して子供がいると聞いている先輩のゼノに、色々とアドバイスを受けたいようだった。
 ゼノは自分が父親になった時のことを思い起こしながら、ハイコドに少しずつその時の話を語り始めた。
「父親になるなんて、思ったことはなかった。気づいたら、妻が妊娠しててな。俺も考えが甘かったわけだが、いつの間にか父親になる日が近づいてたというわけだ。不安や恐怖ばかりで、期待なんて、ほとんどなかったかもしれないな」
「でも、いまは息子さんと仲良くしてるんだろ? どうやって、そんな良い父親になれたんだ?」
「別に俺は良い父親なんかじゃないさ。ただ、あいつが産まれちまって、父親ってものになってしまって、それを受け止めて生きるしかなくて、どうにかこうにか、やってるだけだよ。俺は普段から森の警備についている事も多いし、遊んでやれる時間も少なくてな……。こんなもん、父親なんて呼べるもんじゃないかもしれない」
 ゼノは首を振って、集落に残している妻と息子を思い出すように宙を見つめた。
「ただ、息子は可愛いもんだよ。それだけは、確かだ」
「そうかい……?」
「ああ。あんた、産まれるのは息子か? 娘か?」
「まだ分からない。ソラ……えっと、僕の嫁さんのお腹には、双子がいるみたいだけど、まだ性別はなんとも……」
 ハイコドもまた、残してきた妻のことを思い出していた。ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)――獣人で、意地っ張りで、だけど優しい、自分の妻。そんな妻と、そのお腹に宿る子供達のことを思ったら、ハイコドもまた、自然と宙に視線を巡らせていた。
 途端、心に熱い火が灯ったような気がした。どくんと、心臓が脈打った。ソランのお腹にいる子供のことを思うと、なぜか切なくて、だけど、とても熱くなってくる。ぎゅっと、胸を掴んだハイコドを見て、ゼノが言った。
「それが子供ってもんだよ」
「これが……?」
「ああ。今はまだ実感がないかもしれないけど、産まれた時にはもっと、大事になってるはずだ。それこそ、自分の命以上にな」
 ゼノは言い終えて、ハイコドを安心させるように笑った。
 そのとき、
「うおおおぉぉぉ、なんだこれはぁぁっ!?」
 近くにいた藍華 信(あいか・しん)が絶叫をあげた。何事かと見ると、その身体が光に包まれ、変貌を遂げている。魔鎧『伍式』の姿になった信が、驚いたようにハイコドに振り返った。
「おいおいおい、ハイコドっ!? こりゃあ、どういうこったよっ」
「さ、さあ、僕にも何がなんだか……」
 戸惑うハイコドに対し、信は思案げにあごを掴んだ。
「ふぅむ……こりゃあ、ハイコドの心に守りたいものが明確に浮かんだからかね? いや、びっくりなタイミングだぜ、まったく」
 納得して、うなずく。
 魔鎧の変化など見たことないゼノが驚いているが、ハイコドはそれに気にしないように言いふくめておいた。
(そういえば……)
 ふと、ハイコドは思い出した。ソランといえば、彼女の祖父が、かつてこの集落の戦士に小刀を渡したことがあったはずだ。その刀はどこにあるのだろう?
 ハイコドは辺りを見回した。そのとき、ふいに、視界に飛び込んできたのは、真っ白に煌めく刀の一閃だった。それを振るっているのは、一人の若い獣人である。前線で戦う戦士が扱うには短いと思われるような刀で、大木を相手に鍛錬に励んでいた。
「おい、いい加減にしろよ。休むときに休んでおかねえと、体力消耗するぞ」
 仲間の戦士が言う。だが、若者は、
「いえ、もう少し慣れておきたいんで。この刀、早いところ扱えるようになりたいんです」
「ったく、好きにしろ。……大体、その刀、どこから調達してきたもんだよ。槍とか長剣とか、もう少しマシなのがあっただろ」
 仲間が馬鹿にしたように言うと、若者は振る手を止めて、刀を見つめながら、
「でも俺には、これが一番、性に合ってるんです。旅の刀鍛冶さんが、俺のためにってくれたものですから。きっと、絶対に俺を守ってくれますよ」
 力強く言って、再び鍛錬に戻った。
 ハイコドはそれを見つめながら、一瞬、話しかけに行くかどうかを迷ったが、結局は止めることにした。過去か、幻か。ハイコドには分からない。だが、少なくとも、今、目の前で刀を振るう若者の姿は、きっと本物だろうと思えた。