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幻夢の都(第2回/全2回)

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第3章 森の邂逅 1

 月光が木々の隙間から差し込む森の中であった。
 ガウル一行は魔獣ガオルヴが潜むと言われている古代遺跡に向けて、出来るだけ早く、その討伐の戦士団に追いつくように急いでいた。
 その途中、
「ガウル。一つ、訊いてもよいか?」
 アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)がガウルの隣につき、密かに囁いた。夜の時間へと入ったおかげか、アリスは普段とは違う冷厳な口調と顔つきをしていた。赤い瞳が薄闇で光を宿しているようである。
 ガウルはその鋭い視線に動じず、そっと答えた。
「なんだ?」
「お前は、本当は、この世界が消えないことを望んでいるのではないか?」
 ガウルは答えなかった。核心を突かれたような気がしたからであった。自分でも、心のどこかで感じていたことを、アリスが言葉にして囁いたのだった。
「過去の後悔や無念がやり直されるこの森で生きてゆくことを、心のどこかでは喜ばしいと思っているのではないか」
 アリスは更に続けたが、ガウルからの返答はなかった。
 代わりにガウルが浮かべたのは苦渋の表情であった。唇を噛みしめるようなその顔を見つめ、アリスがすっと目線を逸らして、宙を眺める。
「……どちらを選ぶもお前の勝手にするといい。だが、答えを見誤ることだけはするでないぞ」
「答え?」
「……ええ。それは――あなたが既に知っているものですから」
 アリスはそう言い残し、ガウルの傍を離れていった。最後の言葉は、夜の眷属から解かれた、人間としての彼女らしい言葉だった。
 戸惑いを隠せないガウルに、ふいに、
「アリスさんは、心配しているんですよ」
 横から、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が手を差し伸べた。手のひらに乗っていたのは、壊れたサングラスだった。見覚えがある。アリスと同じような赤い瞳をした、レン・オズワルドが常にかけていたサングラスだった。
「約束があるのでしょう……? せめてそれだけは、守り通さなくては」
 ガウルがサングラスを受け取った。
 しばらく眺めていたが、ガウルはぐいっとそれをポケットに押し込んだ。
「約束――」
 ぽつりと呟いたとき、脳裏を過ぎったのは、かつて森の中でレンと再会した時の記憶であった。


 しばらく森を突き進んだとき、背後からやってくる気配に、真っ先にリネン・エルフト(りねん・えるふと)が気づいた。
「やばい、追っ手だっ」
 それは集落からここまでガウル達を追ってきた獣人の兵士達であった。
「こっそり脱出……って言える人数じゃなかったわね。やっぱり」
 飛竜『デファイアント』に乗るヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が、苦々しく言った。普段なら空を飛んでいく勇敢な飛竜が、いまは森の中で狭そうに地に足をついている。目立たないようにと、ヘイリーが与えた指示であった。
「どうする……!?」
「ここは、私達が足止めするしかないわね。それで良いでしょ、エロ鴉」
「他人(ひと)を妙なあだ名で呼ぶなっ。……まあ、異論はねえけどよ」
 ペガサスの『ナハトグランツ』に乗っていたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、反論混じりに言った。するとすぐに下馬し、懐から『騎獣格納の護符』を取り出す。騎馬を格納できる特殊な護符が放った光が、ナハトグランツを包み込むと、その姿は護符の中に吸い込まれていった。
「ガウル、グランツを連れてけ」
 ガウルに向き直って、フェイミィが言った。
「ここで足止めするなら、どうせこいつは使えない。だったら、さっさと追いつかないといけないお前が使ったほうが効率が良い。そうだろ?」
 ガウルはかすかに逡巡する様子を見せたが、やがて、そっと護符を受け取った。
「ああ。……任された」
「頼んだぜ」
 言って、フェイミィは長い柄をした巨大な斧の『天馬のバルディッシュ』を手に、リネン達と戦闘態勢を取る。そこに、
「自分達も残るのであります!」
 言ったのは、『サイコブレード』や『機晶スナイパーライフル』という傭兵装備を身につけて敬礼した、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。
「葛城さん……」
「道すがら出会った身とはいえ、自分もガウルさん達の仲間であります! きっとお役に立ってみせるのです!」
 吹雪がじゃきっと銃を構えて言うと、隣のコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が肩をすくめた。
「と、いうことみたい。ワタシも一緒に残るわ。ワタシは吹雪の……相棒だしね」
 鮮やかな金髪をさらっと手で靡かせて、コルセアがレーザーブレードを構える。
「むぅ……我の目的はパラミタ侵略なのだが……」
 タコのような姿をしたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が、うねうねと触手を動かしながらぼやいた。
「うだうだ言わないの。元の世界に戻らなかったら、何にもならないでしょ」
「それも一理ある。うんむ、我も協力しようではないか」
 簡単にほだされたイングラハムが、触手を持ち上げて答えた。
 途端、追っ手の足音が間近に近づいてきた。ガウル達を探す声も遠巻きに聞こえる。
「ガウル、早く行って!」
 リネンに促されて、ガウルが仲間を連れて身を翻した。
「ガウルっ!」
 リネンの声が飛ぶ。ガウルが、躊躇いがちに後ろを振り返った。
「もし全てがうまくいって、元に戻れたら……また一緒に冒険しましょ?」
 くすっと笑ったリネンが言うと、ガウルは力強くうなずいた。
 そのまま森の闇の中に消えていくと、入れ違いに、正面側から追っ手の兵士達が現れた。槍を構え、大人しくしろと言ってのける。
「さぁて、ここから先は一歩も通さねぇぜ!」
 フェイミィが、バルディッシュをぶんと回して、言い放った。