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幻夢の都(第2回/全2回)

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幻夢の都(第2回/全2回)

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第3章 森の邂逅 3

 休憩を終え、戦士団一行が先に進もうとし始めた、その時だった。
 突如、茂みが音を立てたと思うや、一つの人影が襲いかかってきた。
「危ないっ……」
 ヒデオ・レニキス(ひでお・れにきす)が飛び出し、人影の凶爪を剣で受け止めた。吹き飛ばされた人影が地に立つ。するとその周りから複数の魔物が現れ、
「ご、ごめんなさぁい、止められなかったのぉ」
 絡みつくような甘い声をあげながら、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が飛び出してきた。
「シオン……!?」
 シオンを知る仲間は、驚きに目を見開く。となれば、と人影に目を向け、その正体を露わにした。
「ははぁ……俺をもっと愉しませてくれよぉ。もっと、もっと罪を感じさせてくれよぉ……」
 恍惚に顔を歪め、月詠 司(つくよみ・つかさ)が囁くように言う。シオンがそれを見ながら、戦士団の後ろに回り、
「ご、ごめぇん。司ったら、また『アギト』が発動しちゃって……好き放題に暴れまわってるのよぉ」
 自分だけはちゃっかり安全な場所にいながら、よよよと泣き崩れた。
「ワタシの力だけじゃ止められなくってぇ。別に、『あー、これでなんか面白いことになりそうだなぁ』とか、『一部の魔物がアギトに従うようになっちゃってるけど、楽しそうだからいいか』とか、そんなこと思ってるわけじゃないのにぃ……。ワタシって、なんて無力なのぉ」
 明らかに愉しんでいるそのご様子に、仲間達の呆れた視線が突き刺さる。だが、中には信じる者もいるようで、
「なんとっ……それは苦労しておったのだなっ。ならばここはこのわしに任せるといいっ! 必ずや、代わりに彼を止めてみせる!」
 気合いに燃える夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が、がっとシオンの手を握り、続いて拳を握って決意を見せた。
「やれやれ、甚五郎の人の良さも困ったものだな……」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)がそれを見ながら肩をすくめる。だが、甚五郎の言う通りではないが、アギト化したとかいう司と、それに引き連れられた魔物達が厄介なのは確かなことであった。
 ヒデオが剣を構え、羽純達もそれに習うように臨戦態勢に移った。
 するとそのとき、
「何者だっ……!?」
 がさっと茂みを掻き分けて、飛び込んで来た集団がいた。
「貴様らは……あの時の……っ」
 ゼノがその集団を見て瞠目する。
「ゼノ、ここで何を……っ」
 それは追っ手から逃げてきたガウル一行であった。暴走する司と魔物達に対して、戦闘態勢を取っている戦士団を見て、ガウル達は詳しい事は分からぬが、状況だけは悟った。しかも、魔物までこちらを敵視してくる。戦わねば、切り抜けられそうになかった。
「牢から脱走してきたのかっ」
「ゼノ、ここでごたついてる場合じゃない。さっさと敵を仕留めるぞ」
 ゼノの詰問にそう言って、ガウルが大剣を構える。それを見たゼノが、更に驚愕に目を見開いた。
 大剣は、自分が持っているものと全く同じだった。正確には、ガウルが持っているもののほうがより使い込まれているというべきか。刀身はかすかに刃こぼれ、古びた剣だということを如実に語っていた。
(なぜだ……?)
 疑問が浮上するが、しかし、今はそれに関わっている暇はなかった。
 戦士団はガウル一行と協力して、魔物退治に挑んだ。正面から突進してくる魔物を、次々と斬り倒してゆく。魔物がくずおれてゆき、自分を守る盾も失って、アギト化した司はどんどん追い込まれていった。やがて、その前を阻まれ、司は頸を殴られ、そのまま気絶した。
 ようやく戦いを終えると、ガウル達はさっそくゼノに事情を説明した。
 その間に入ってくれたのはヒデオであった。ヒデオは戦士団に雇われた傭兵でもあったが、黄金都市にいたときはガウルと共に戦った仲間でもあった。他にも、戦士団に雇われた傭兵の中にはガウルの仲間がいた。そのおかげもあってか、ゼノは剣を収め、慎重にガウル達の話を聞き届けた。
 だが、にわかにその瞳が瞠目する。
「幻――だと?」
 いま、自分達が存在しているこの土地や世界こそが幻に過ぎないと言われ、馬鹿げた事だという思いだった。
「ガウルさんにとっての黄金が、この森と、この時代だということなんでしょうか? 大切な思い出とか、消えない思いとか、が……」
 ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が、隣にいたブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)に訊く。普段は機械的な言葉しか返さない機晶姫のブリジットが、この時ばかりは、答えを言いあぐねた。
「……さあ、どうでしょうか。人の心に消失(デリート)出来ない情報があるとしたら、そうかもしれませんね。それが輝けるものなのかどうかは、その人の行動に託されるのでしょうが」
「もしかしたら暗いものかもしれないってこと?」
「――かもしれない、と。人の心の組立情報(プログラミング)は、わずかなことで書き換え可能ですので」
 無機質な言葉に囁かれ、ホリイは納得したくないながらも、そうかもしれないと思った。
「ゼノ、彼らは嘘は言っていない」
 ガウル達の言う事を信じ切れないでいるゼノに、ヒデオが言った。
「少なくとも、悪い奴らではないことは分かってもらえただろう? ガオルヴを退治しに行く目的は同じだ。彼らを信じてはもらえないか?」
 ヒデオ達とて、ガオルヴが果たしてアスターかどうかは確信を持っているわけではなかった。だが、幻術を使うようになったという噂が、その匂いを醸し出しているというだけだった。
「蜥蜴も本気を出したみたいだよな……」
 休憩がてらに岩場に座っていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、煙草を吸いながら言った。森を汚されたくない戦士団の非難めいた視線が突き刺さる。苦笑を返して、恭也は煙草を携帯灰皿にすりつぶした。
「ガオルヴとアスターが同じかどうかは分からねえが、とにかく、鍵はその魔獣が握ってるのは間違いなさそうだ。行ってみりゃあ、何か起こるんじゃねえか?」
「……かも、しれんな」
 恭也の言葉にゼノがうなずく。だが、ガウルと向き合ったとき、苦い表情は崩れなかった。
「今更……俺達が幻だと聞かされたところで、俺にはどうすべきかなど分からん。ただ、ハッキリしているのは……魔獣は……ガオルヴは、今なお、森を脅かす強大な存在になりつつあるということだ。それだけは止めねばならん」
 戦士団の団長としての言葉が、はっきりと告げられた。
「そのためには、今はお前達でも協力が必要だ。その力、借り受けるぞ」
「ああ、それで良い。今は、それで……」
 安堵と悲哀が入り混じった顔で、ガウルがうなずく。いまだガウルが亡き親友だと信じ切れてはいないゼノは、その顔にぐっと唸り、顔を背けた。
「さあ、行くぞ」
 仲間達に告げて、先を急ぐ。その後をガウル一行が追った。
 恭也はその一番最後についた。二本目の煙草を吸い終わって、携帯灰皿にそれをしまい込んだ後は、ぼんやりと宙を眺めた。
(ま、どうしてアスターがこんなに回りくどいことをしてるのかは、いまだに分からんがね)
 恭也にとっては、それが一番気がかりなことであった。不安が過ぎる。黄金都市のような幻がまた、自分達の道を阻むのではないかという不安。それに、ガウルが抱える、この時代の後悔に対する不安だ。
(……出来る事なら、取り越し苦労で済めば良いんだが)
 そう願って、恭也は仲間達の背中を追った。