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薔薇色メリークリスマス!

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薔薇色メリークリスマス!
薔薇色メリークリスマス! 薔薇色メリークリスマス!

リアクション

6.


「わーっはっはっ!」
 高笑いとともに、喫茶室のドアが勢いよく開け放たれる。
「待たせたな、諸君!!」
 ウインクも華やかに現れたのは、この寒い時期でもいつもの全裸に薔薇学マント。そう、変熊 仮面(へんくま・かめん)である。
「前は閉じてくださいね」
 そっとドアを閉めながら、一応レモがそう小声で釘を刺す。
「え、寒いからドア早く閉めろ? ごめん、ごめん…」
「いえ、そっちじゃなくて……」
 閉めてほしいのはドアではなくてマントの前だ。
「俺様からのプレゼントは、じゃじゃーん!【変熊のかんづめ】! ふっふ〜ん、秘宝だぞ!どうだ、喉から手が出るほど欲しいだろう」
 どん! と変熊が広げたのは、某おもち○のカンヅメ的なアレだった。中に何が入っているかは、誰にもわからないという代物だ。
「中身はなんなのだ?」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が用意したチョコレートケーキを頬張りつつ(当然、喫茶室で用意されていたケーキは制覇済みの)リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が尋ねる。
「そりゃ、秘宝缶と言ったら大人の…とか……?うむ、まさにクリスマスのカップルにぴったりだ!」
「大人の??」
 小首を傾げるレモに、「聞かなくてよいんですよ」とさりげなく清泉 北都(いずみ・ほくと)が言う。
「さーって、くじ引き! くじ引き!」
 うきうき鼻歌まじりの変熊に、申し訳なさそうにレモが告げた。
「あの……変熊さん。もう、くじ引き終わっちゃってて」
「なにィ!?」
 思わぬ大誤算に、変熊はがくりとその場で膝から崩れ落ちた。
「……誰か代えてくれーっ!!」
 えぐえぐと嗚咽する変熊。
 どうしよう……とレモが北都の顔を見上げていると、手をさしのべたのは、ルドルフだった。
「それならば、僕たちと交換しないか? どうだろう、みんな」
 そう言うと、ルドルフとプレゼント交換をする予定の人々をぐるりと見渡す。
「かまいませんよ」
 ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)が苦笑まじりに同意し、他のメンバーも了承を示す。
「では、良いね」
「わ〜〜〜い!!」
 今ないた烏がもう笑う、とばかりに一気にご機嫌になって、変熊はプレゼント交換の輪に交じることとなった。

 リリから皆に贈られたのは、革の手袋。
 ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)からは、万年筆だった。スタイリッシュなデザインで、書くにはちょうど良い重さのものを選んだ。
 リア・レオニス(りあ・れおにす)のプレゼントは、フォトプロジェクター。メモリーカードの中の画像や映像を空中に表示する事が出来る小さなオブジェだった。
「気に入った一枚をずっと出しておいてもいいし、何分かおきにランダムで表示を変えてもいいと思うぜ」
 リアは笑顔でそう解説する。
「さっそく、今日の写真も後で撮らないとだな」
 ルドルフはそう微笑み、興味深そうにプレゼントを見ている。
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が用意したのは、男性陣にはタオルセット。リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)には薔薇の入浴剤の詰め合わせだ。
「よかったら、使ってね。それと……ルドルフさんには、こちらです」
 ルドルフに用意したのは、オランジェット詰め合わせだった。もちろん、ルドルフの好みを考えて、甘さは控えめのものを選んでいる。
「ありがとう、ヴィナ」
 ルドルフの謝辞に、ヴィナは微笑んだ。
「ちょ、ちょっと待って。どうして誰も俺様のカンヅメ開けないの!?」
 変熊がじたばたと暴れだし、「いや、まぁ、開けるつもりだけどさ」とリアがなんとかなだめようとする。
 なにが起きるかさっぱりわからない以上、ここで開けるのも憚られる、というのが正直一同の感想だったのだ。
「それもそうだな……」
 そう口にしてルドルフがカンヅメに手をかけたところで、さりげなくヴィナが「じゃあ、僕が開けるね」と割って入る。
「ヴィナ」
「ルドルフさん、率先してそういうことしたら、一般学生の仕事なくなっちゃうでしょ」
 小声でそう軽口を叩き、ヴィナは笑った。
 たとえ何が飛び出してきても、それなりに対応できる自信もある。ルドルフに身になにか起きるほうが不味いだろう。
 わくわくと肩をゆらす変熊の他は、固唾をのんでヴィナの指先を見つめている。パキっと音が響いた、その次の瞬間。

 ……シャンシャンシャンシャン……

「え?」
 缶の中から鈴の音が聞こえ……一気に缶が膨らむと、中から飛び出してきたのは、赤い羽根マスクに赤マフラー、白いひげを蓄えたサンタクロースだった。
「メリークリスマス!!」
 高らかにサンタクロースは告げて、室内にきらきらと光る星と雪を振りまき、ホッホッホー!という笑い声とともに窓をすり抜けて飛び去っていく。
「うわあ……」
 一瞬の夢みたいだった。
 きらめく星と雪だけではなく、祝福も振りまいていったように、なんだか胸の奥が暖かくなる。
「ありがとう。最高のクリスマスプレゼントだね」
 ヴィナとルドルフは、そう変熊に微笑みかけた、が。
「……む、むきー!! 誰だよお前! いつからカンヅメの中に入ってたんだよ! 俺様より目立つなんて〜〜〜!!!」
「変熊さん……」
 和む面々とは反対に、美味しいところをかっさらわれて、ひたすら憤慨する変熊なのだった。

「最後は、僕だね。メリークリスマス」
 ルドルフはそう言うと、プレゼントを各自に手渡していく。中身は、硝子製のペーパーナイフだ。柄の部分に、薔薇の模様が彫り込まれている。
 しかし、最後にプレゼントを差し出されたララは、首を振ってそれを辞退した。かわりに……。
「ルドルフ、君に頼みがあるのだよ」
「頼み?」
「ララに剣の稽古をつけてやって欲しいのだ。この一年のララの研鑽と成長を、君の剣で試してくれ。不躾な願いとは思うが、聖夜の施しと思って受けてくれ給えよ」
 薔薇学生ではないララには普段ルドルフと剣を交える機会はない。しかも、ルドルフの立場は校長だ。そう簡単に、頼めることでもないだろう。
 せめて聖夜の気まぐれとして、ララと剣を交えてほしいというのが、リリの願いだった。
「…………」
 ルドルフはしばし返答を迷っていたが、ジェイダスの「良いな。久しぶりにおまえの美技を私も見たい」と口にしたため、中庭でのささやかな余興がわりの手合わせが行われることになった。
 
「ララ!こちらに来給え」
 手はずを整え、リリがララ・サーズデイ(らら・さーずでい)を手招きする。
 夜の薔薇園に、ララは幾分緊張した面持ちで、剣を片手に歩みでた。ルドルフにも、剣が用意される。
「ルドルフ、どのような形であれ君と剣を交えることは喜びだ」
「こちらこそ。よろしく頼むよ」
 ルドルフはそう挨拶をし、剣を構えた。ララもまた、同じように構えの姿勢をとる。みなぎる緊張感に、周囲は固唾を呑んだ。
「ハッ!」
 ララがまっすぐに剣を突き出す。それをルドルフは優雅に交わし、二人の立ち位置が入れ替わる。
 ひらひらと蝶が舞うように、その動きが数度繰り返される。
(さすが、速い……! 呼吸を合わせろ。筋肉の動きを読め。神経パルスの閃きまで、ルドルフの全てを読み取るんだ)
 ララは己にそう言い聞かせる。集中力が高まるにつれ、世界がぐっと、その距離を縮めた。
 今のララの視界には、ルドルフと、そして己の剣だけがある。
 ルドルフの動きに、半ば無意識にララの身体が反応し、剣戟が響く。
「なんだか、踊っているみたいだ……」
 微笑んで見守るリリに、レモがそう感嘆をもらした。
 やがて、お互いに一歩を踏み出し、交差した剣が激しい音を立てた。そのまま、二人の動きが止まる。なぜなら、お互いの剣先がお互いの剣のガードの飾り穴にがっちり食い込んでいたのだ。
「職人を呼ばないと外れそうにないな。稽古はここまでなのだよ」
 リリがそう言うと、ララは弾んだ息を整えながら顔をあげた。ジェイダスが手を叩き、二人の敢闘を讃える。
「速い突きだ。だが突きの直前に剣先が下がる癖、それを直さないと命取りになるよ」
 ルドルフはララにそう告げ、ララに握手を求めた。
「ルドルフ、今日の思い出にこの剣を私にくれないか? その、……学んだことを、忘れたくないんだ」
「それならば、もちろん」
 ルドルフは快諾し、ララは頬を染めて礼を述べた。

「お疲れ様、ルドルフさん」
 拍手とともに、戻ってきたルドルフをヴィナが労う。
「ジェイダス様の前だからね、緊張したよ」
 そう言いつつも、ルドルフも久しぶりの手合わせを楽しんだようで、表情は明るかった。
 レモや、リア、清治などが取り囲み、口々にルドルフの剣の腕前に感嘆している。そんな生徒達にはにかんだ笑みをこぼしつつ、ルドルフも嬉しそうだ。
 普段、校務にばかり追われているルドルフが、こうして生徒たちと談笑し、楽しんでいるのが、なにより良かったとヴィナは思う。
 ヴィナにとっては、どんなプレゼントより、そのことが嬉しい。
(ルドルフさん、あなたの周囲には人が沢山いるから、きちんと頼ってね。この周囲の人こそがあなたにとって何よりのプレゼントになりますように)
 そう願いながら、生徒たちに囲まれているルドルフを、ヴィナは美しく優しい瞳で見守っていたのだった。