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リアクション
9.
「お疲れ様、静」
「藍。フロアの片付けはいいの?」
「レモたちがいるから、大丈夫だ」
調理場の片付けをしていた三井 静(みつい・せい)の隣に、三井 藍(みつい・あお)が並ぶ。洗い物はあらかた終わったので、あとは食器棚に片付ければ良いだけだ。
と、いっても、薔薇の学舎の喫茶室だけあって、食器はどれも高そうなものばかりだから、それなりに神経は使うのだが。
「藍、あの、ね。……ケーキ、食べた?」
「ああ。プレゼント交換会をやってるときに、少しな。静こそ、ちゃんと食べたのか?」
「うん。大丈夫。翡翠先輩とかと、交代で休んだんだ」
「そうか、それならよかった」
静の返答に、藍はほっと安堵する。
「今日は、本当によく頑張ったな。偉いよ、静」
藍の褒め言葉が、静にはとても嬉しい。それから、おずおずと。
「藍、ケーキ、美味しかった?」
「ああ、とっても」
「そっか……よかった」
静は笑みを浮かべ、藍を見つめた。
その、あんまりにも嬉しそうな顔に、藍は少しだけ胸の奥が痛む。
――告白の言葉は、まだ、聞こえなかったふりをしたままだ。
藍にとって、静は、大切で……あんまりにも、大切で。その気持ちを、簡単に「好きだ」などという三文字で表現しきれる気がしないのだ。
だから、聞こえないふりをするしかない。
「今度はまた、俺が作るから」
「うん」
大切な、宝物の静を。もしかしたら今一番傷つけているのは自分なのかもしれないと……そんな胸の内の声からは、藍はただ、耳を塞いだ。
「これも外していいんだな?」
「あー、そうそう。その箱の中だ!」
喫茶室のほうも、あらかたの掃除と片付けは終わりつつある。
中央に飾っていたツリーを、カールハインツとデイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)が片付け、その他の飾り物は清泉 北都(いずみ・ほくと)とハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)が。テーブルの上の赤と緑のナプキンなどは、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と山南 桂(やまなみ・けい)がてきぱきと仕舞っていた。
レモはというと……。
「やっぱり僕も手伝うよ」
「いーから、少し休んでろって」
立ち上がりかけた背中を、くんっと白銀 昶(しろがね・あきら)が上着を軽く咥えて引き留める。そのまま反動で、すてんともとの場所に座ったレモを、くるんと昶の尻尾が巻いた。
「せっかくのプレゼントなんだから、堪能しとけよ」
「それは嬉しいけど」
昶からレモへのプレゼントは、なんと昶自身だった。レモの大好きな尻尾を、思うさまもふもふしてよい、という特別サービスだ。
「結局、ほとんど食べてもいなかったでしょう? 最後くらいは、見ててください」
翡翠はそう言って、こっそりレモの分とりわけておいたブッシュ・ド・ノエルも用意してくれた。なので、片付けの間、レモは昶の柔らかな毛に包まれながら、ケーキとカフェオレで、ようやく一息ついていたわけだ。
「そうそう。レモ、お疲れ様。楽しかったな」
「うん、すっごく」
「で、俺からのプレゼントは、あれだよ!」
「え?」
ディビットが指さした先には、最後に残っていたツリーのてっぺんの星が輝いている。
「え、てっぺんの、お星様?」
「そ。今年頑張ったレモに、ささやかなご褒美だ」
そう言いながら、ディビットはツリーから星を外し、レモへと手渡す。
「三賢者を救世主の許に導いた星だから、『希望』って意味があるんだって」
「そうなんだ? ありがとう……なんか、ツリーの星って、特別だよね。嬉しいな」
昶にも星を見せてあげながら、レモは嬉しそうだ。
今日の思い出が、色あせず残るように。つらいときに、希望になるように。そんなディビットの願いがこめられた星を、大切にレモは両手で包んでいる。
「デイビッドも随分、お兄さんらしくなったよね」
「か、からかうなよ、ハル」
照れて頬を赤らめるディビットにくすくすと笑いながら、ハルディアはレモに言った。
「ベツレヘムの星か…キリストが生まれた時に輝いたという星だね」
「そうなんだ? ハルディアさんは、本当に物知りだなぁ」
感心するレモに、「それほどでもないよ」と謙遜しつつ、ハルディアは言葉を続ける。
「でもね、僕は誰もが生まれた時に、自分の中に星を持ってるんじゃないかって思うんだ」
「星?」
「そう。希望とか可能性の星をね。勿論、レモ君にも。その星が、いつでもキラキラ輝いていて欲しいな……」
ハルディアの横で、ディビットも頷く。
二人の気持ちが嬉しくて、思わずレモの瞳が微かに潤んだ。
「よかったな、レモ」
「うん」
泣きそうな顔を見られたくなくて、ぎゅっとレモは昶の尻尾を抱き締めて、暖かく柔らかな毛に顔を埋める。それを、昶は好きにさせてやった。
「レモ君は、人気者ですねぇ……では、私からも」
「地味な物ですけど」
翡翠と桂がそう言いながら、プレゼントの包みをレモに差し出す。
「え? ケーキももらったのに、いいの?」
「本当に、地味なものですから」
翡翠は手編みのマフラーと、白いふわふわの耳当て。桂からは、茶色の表紙のアルバムだった。
「たくさんの思い出を、記念に残してくださいね」
「うん……」
「気に入りませんでしたか?」
どこか浮かない表情のレモに、翡翠が申し訳なさそうに尋ねると、あわててレモは首を振った。
「違う、違うよ? でも、ほんとに、嬉しいことばっかりで……なんか、どう表現したら、ちゃんと伝わるのかなって、わかんなくなっちゃって……」
「笑ってください」
桂が、そう言う。
「そうそう。それが一番だ」
ディビットも同意し、レモの頭を撫でた。
「…………」
以前にも、カールハインツに言われたことだったと、レモは思い出す。カールハインツは、ツリーの横で、ただじっとレモを見ていた。
「ありがとう」
感謝の涙混じりだったけれども、レモはにっこりと笑って、みんなを見上げた。
「本当に……今日、クリスマス会をやって、よかった。決心が、ついたから」
「決心?」
予想外の単語を、ハルディアが訝しげに繰り返す。
「……ウゲンが活動を始めたこと、僕、知ってるんだ」
「…………」
ハルディアを含め、数名が息を呑んだ。
そのことについては、パーティの間も、話題にださないようにしていたことだ。
「ごめんね、気をつかってもらって。でも、……ルドルフ校長に、聞いたんだ」
「ルドルフ校長は、なんて?」
「ウゲンはニルヴァーナに向かってる。タシガンには、おそらくもう興味はないだろうって。僕もね、そう思うよ。ウゲンは、自分に関わる全てのものに、ほとんど執着がないから」
それは、かつてその一部だったレモだから言えることだ。
「レモ……」
「ただ、……まだ、自分から口に出せなくて。黙ってて、ごめんなさい」
「別に、そんなことは気にするなよ!」
ディビットが、そう強く言うと、レモはまた泣きそうに笑った。
「でも、もう、大丈夫。前からずっと、考えてたけど……本当に今日、決心できたんだ」
「なにを、ですか?」
北都の問いかけに、レモはきっぱりと答えた。
「僕は、タシガンと、薔薇の学舎を守る存在になる」
「…………」
「今は未だ弱いし、使いこなせないけど……僕には、力があるんだから。そのことは、もう知ってるんだ。でもそれを、どうすればいいのかわからなかった。ようやく、決められたんだ。僕は、僕の存在も、命も、力も、……全部、ここを守るために使うって」
それが、レモを『レモ』にしてくれたことへの。
この大切な場所への。
たくさんの愛情への。
一番の感謝の示し方だと、レモは誓ったのだ。
「ウゲンにも、誰にも、……僕は、負けない」
「レモ……」
翡翠は、不思議な気分だった。
何もわからず、怯え、弱っていた少年は、もういない。いつの間にかレモは、様々な出会いや出来事を通して、こんなにも成長していたのだ。
「それが、結論か?」
「うん」
カールハインツの問いかけに、レモは頷き、じっとカールハインツを見つめた。
それはどこか……貴方も過去を脱却しろと、そういいたげでもあった。
「だから、改めてお願いしたいんだ。……これからも僕に、力を貸して」
決意はかたまった。でも、一人だけじゃなにもできないことも、レモは知っている。
「もちろんだよ!」
ディビットが強く言い、桂や北都も頷いたのだった。
……カールハインツは一人、何か言いたげに、唇を噛んでいた。
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