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リアクション
「少し、意外だったな」
「え?」
「今日、翔がデートにつきあってくれると思わなかった」
ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)はそう言うと、金色の長い髪を軽く揺らして、傍らの本郷 翔(ほんごう・かける)を見やる。
代々続く執事の一族として、翔は修行を続けている。今日のようなパーティでは、てっきり給仕の側にまわるかとソールは思っていたのだ。
「私はあくまで、留学の身ですからね。他校の皆様の前では、ふさわしくないのではと思いまして」
「ふぅん?」
そんなことは気にしなくてもいいのに、とは思っているようだが、あえてそれ以上ソールは触れなかった。
……本当のことをいえば、恋人になった初めてのクリスマスぐらい、ソールと二人きりで過ごしたいと言うのも、少しある。けれどもそれは、翔は口にしなかった。
「ほら、こっち。クリスマスツリーが、すごくきれいだぜ」
薔薇園へと連れ出したソールは、中庭のツリーがよく見えるベンチに翔を誘った。
しかも、冷えないようにと、毛布も用意してある。それを翔の肩にかけてから、ソールは隣に腰掛けた。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
素直に礼を言うと、ソールは明るい笑顔で返してくれる。
首回りを包んだ毛布は暖かくて、ソールの存在そのもののように感じられた。
普段は振り回されることも多いけれど、こういうときは、やはりソールは頼りになる。ナンパ好きで経験豊富なせいもあるのだろうけど、……なにより、ソールはとても優しいから。
今日はその優しさに、少しだけ、甘えたかった。
執事修行ということもあり、日頃は自分を律している翔だ。ソールと二人きりのこんな時間は、ほっと心を緩めることができる大切なひとときだった。
それを、ソールもよくわかっているのだろう。日頃の疲れを労うようにそっと翔の肩を抱き寄せる腕は、包み込むような暖かさに溢れていた。
「それと、これ、……クリスマスプレゼント」
ソールが差し出したのは、品の良いラッピングに包まれた、小さな箱だった。それを見て、翔もまた、こっそりと手にしていたプレゼントを取り出す。
「私もです。受け取ってくれますか?」
「翔も、用意してくれたんだ? ありがとう、嬉しいぜ!」
ソールは大喜びで、翔ははにかんだ笑みを浮かべ、二人はプレゼントを互いに贈りあった。
リボンを解き、包装紙を広げて……そこで、二人は目を丸くする。
なぜなら、そこにあったのは、お互い同じ誕生石であるルビーがついた小さな指輪だったからだ。
シンプルなデザインも似通っていて、まるでおそろいのようだった。
「え……ソールも、これを選んでくれたんですか?」
「うん。翔も?」
暫くはあっけにとられていたが、やがて、二人はぷっと吹き出し、くすくすと笑いあう。
大切な人に贈るもの。誕生石のついた指輪。それは、まごう事なき【恋人】へのプレゼントで、……愛情の証だ。
自分がそれを選んだのと同じように、相手もそうしてくれたのだと思うと、甘い幸福にどうしたって頬が緩む。
「普段は指にあると邪魔かもしれないから、鎖もいれてあるんだぜ。ネックレスにして、つけててくれよ」
執事修行中の翔を慮って、ソールはそう囁いて微笑む。それから、
「ちょっと、じっとしてろよ」
ソールはそう言うと、翔の左手をとると、自分が贈った指輪をそっとその指にはめる。
まるで、誓い合う、そのときのように。
「ソール……」
翔の心臓が、ドキドキと高鳴る。それから、ソールは自分の左手を翔に差し出した。
「…………」
翔もまた、ソールの手をとり、指輪をはめる。
これまでの感謝と、これからの愛情を誓って。
「ハッピークリスマス、翔」
「……ハッピークリスマス、ソール」
額を寄せ、互いに囁く。繋いだ手には、同じ色の石が、イルミネーションの光を受けて輝いていた。
「すごいね、こんなにたくさん、冬でも薔薇が咲いてると思わなかった」
「そうですわね」
咲き乱れる薔薇に感嘆する綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)を、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が微笑んで見つめた。
薔薇の学舎に訪れる機会などそうはないからと、二人はパーティにやって来ていた。きちんと品の良いドレスを身にまとった少女たちは、よりいっそう可愛らしくも美しい。
喫茶室でしばし時を過ごしてから、せっかくだからと散策にでた薔薇園だったが、その美しさはさゆみの予想以上だった。
二人きり、静かな薔薇園を歩く。凜とした冬の空気のなか、白く光る冬の月。そして、ほんのりと光るイルミネーション。それらに照らされて浮かび上がる様々な色味の薔薇は、幻想的なまでに美しく、さゆみはしばし言葉を無くした。
どちらともなく手をつなぎ、流れる穏やかな時間に身を任せているのは、間違いなく幸福だった。
でも……いや、むしろなおさら。
さゆみはふと、こう考えてしまう。
いつかはこの手が、離れてしまう日がくるかもしれない、と。
「綺麗ですわね」
そう微笑むアデリーヌもまた、月明かりの下、咲き誇る薔薇と同じくらいに美しく見えて。愛しさに、胸が詰まる。
彼女と自分は、違う種族で。同じ時を今はこうして過ごしていても、与えられた時間の長さは全く違うものだ。
アデリーヌがかつて最愛の人を自らの過失で亡くし、長く傷心に沈んでいたことは、さゆみも知っている。
だからこそ、さゆみはできる限り長く、アデリーヌの側にいてあげたいと願っている。
でも。どうしようもなく、いつかは……『そのとき』が来るだろう。
自分の命がつきることが怖いのではない。そのとき、再び一人残されるだろうアデリーヌのことを思うと、たまらなく胸が痛むのだ。
いつまでもいつまでも……側に、いられたらいいのに。
「さゆみ?」
不意に強くなった手の力に、アデリーヌが不思議そうな顔をする。
「あ、ヤドリギ」
不安げな表情を隠すように、さゆみは視線をはずすと、小径の脇のクリスマス飾りを指さしてアデリーヌを半ば強引に連れて行った。
「はい、クリスマスプレゼント」
さゆみが差し出したのは、手作りの薔薇のコサージュだった。
「きれい……。嬉しいですわ、とても」
それから、アデリーヌもまた、さゆみへとプレゼントを渡す。それは、綺麗に刺繍の施されたハンカチだった。
「これ、アディが刺繍してくれたの?」
「ええ」
「ありがとう……大切にする」
さゆみはハンカチを丁寧にたたみ直し、大切に仕舞った。
「わたくしも、大事にいたしますわ」
「あ、待って。つけてあげる」
はにかんだ笑みを浮かべつつ、さゆみはコサージュをアデリーヌの髪に飾る。赤い薔薇は、彼女の黒髪と白い肌によく似合っていた。
「ありがとうございますわ」
アデリーヌが、そう喜んでくれるのが嬉しい。この先もずっと、その笑顔を見ていたい……そう、思ったからだろうか。さゆみの胸に先ほどの不安が蘇り、細い首筋を締め付けるようにこみ上げてくる。やがてそれは、透明な涙となって、さゆみの大きな瞳から溢れこぼれ落ちた。
「さゆみ?」
突然の恋人の涙に、アデリーヌは驚く。が、その涙と同時にこぼれた言葉に、息を呑んだ。
「私……アディと離れたくない……」
「…………」
それは、アデリーヌにとっても、密かに胸にしまい込んでいた不安だった。今は遠い過去になってしまった記憶を思い出し、アデリーヌもまた、苦しさを覚える。
だけど……。
「……アディ?」
アデリーヌは、優しくさゆみの華奢な身体を抱き寄せ、その涙を指先でぬぐってやる。そして、静かに囁いた。
「……さゆみ、わたくしはどんなことがあっても、あなたの傍にいます。せめて今は……」
いつまでも、とは言えない。そのことは、アデリーヌはよく知っている。
だからこれが彼女にとって、精一杯の真実の誓いだった。
「アディ……」
もう一度、愛しい人の名前を呼んで、さゆみは目を閉じる。それ以上の言葉はいらないと言うように、アデリーヌはそっと……けれども、長く、心をこめた口づけを捧げた。
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