校長室
星降る夜のクリスマス
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●Just the way you are(2) 白く積もった雪を踏み、橘 恭司(たちばな・きょうじ)はフィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)の手を引く。 パーティには間に合わなかった。残念な気持ちもあるが、それはいい。 だってあの大きなクリスマスツリーは逃げない。 逃げずにずっと、待ってくれているのだから……恋人たちを。 「フィーナ」 「はい」 「ツリーの下まで、行っていいか?」 「もちろんです」 返答しつつフィアナは、空いたほうの手で髪をかきあげた。 ――どうしたんでしょう、マスター? 恭司をよく知らない人であれば、今日の彼もいつも通りの彼に見えることだろう。 しかしフィアナにはわかる。 彼の恋人だから。 短いつきあいではないから。 ――不安がにじみ出ていますね。 彼女は察していた。恭司はなにか不安を抱え、それを取り除く、あるいは和らげる目的で道を急いでいるのだろう。 だが、そうやって不安に対処するつもりなのかは、フィアナでもわからなかった。 ヤドリギの真下まで来て、恭司は立ち止まって手を離した。 「宣言しておきたい。そして、問いたい」 厳粛な表情になる恭司であるが、 「ええ、言って下さい。残らず」 対して、これを受け止めるフィアナは、菩薩のように慈愛に満ちた眼差しであった。 「フィーナ、今までの俺は身の安全を考えずに突き進んできた……それはたぶんこれからも変わらないだろう」 これが彼の宣言だろう。 そしてさらに言った。 「だから今ここで聞かせてほしい、こんな無謀な俺にこれからも付いて来てくれるかと」 ――しっかりしている様に見えても実は子どもっぽいところもあったんですねぇ。 なんだか愛おしい気持ちで、フィアナは微笑した。 「答えは初めてお会いした時から出ていますよ、マスター。あなたがどんなに傷つき、人を遠ざけようとも、私が必ず抱きしめに行きます」 このときフィアナの腕は、彼の頭を抱きかかえていた。 温かい。 恭司は目を閉じた。彼女に包まれるというのは、なんと心安らぐことか。 根無し草の傭兵だった恭司。彼にとって、故郷はきっと、フィアナの胸なのだろう。 「大人びて見えてもまだまだ子どもっぽいですね、マスター」 赤子をあやすように、優しく彼の背を叩きながらフィアナは言った。 「今日はいつも通りに振舞われてましたけど、ずっと私にはわかっていましたよ。マスターの気持ちが……」 「そうか」 気恥ずかしくなったのか、伏し目で顔を上げて、 「繕ってみてもこれは内心が筒抜けだな……付き合いが長いというのも考え物だな」 ……いや、冗談だ、と戯れるような口調で恭司は言ったのである。 その額にフィアナは、小さなキスを与えた。 風祭 隼人(かざまつり・はやと)とルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)の聖夜は、イルミンスールをその終着点とした。 一日を空京で過ごし、夜は高級レストランで食事をした。 本来ならルミーナは、環菜の護衛を務めていたはずだ。隼人もルミーナに同行し、エリザベート校長に挨拶したり知り合いと談笑するなどして彼女の仕事が終わるのを待ったことだろう。 だが本日、ルミーナの役目は環菜自身によって外されていた。 そのとき環菜はこう言ったそうだ。 「クリスマスイブだもの、そろそろ……かしらね」 当初は環菜の言葉の意味をはかりかねたルミーナだったが、今ではよく分かっている。 そろそろプロポーズがあるかもね、と環菜は言ったのだ。 その予想は当たった。この日、隼人はルミーナに結婚を申し込んだのである。(※参照) 彼女の返事は……イエスだった。 こうして二人は、晴れて婚約者同士となって、並んでツリーを見つめているのだ。 「連れ回すことになってすみません。でも、今日という一日の締めくくりに……ふふ、もう日付は変わっていますけれど、気持ちとしてはイブの締めくくりとして、このクリスマスツリーを見たかったんです」 「構わないよ。俺は、ルミーナさんの行きたいところならどんな場所でもつきあう。必ずね」 それに……と白い息を吐きつつ彼はツリーを見上げた。 「俺にとっても今日は、一生忘れられない一日になったよ。だから、ロマンティックに締めくくりたいと思ってたんだ」 するりと音を立て、彼はマフラーを取りだした。 長いマフラーだ。恋人巻きをするのにちょうどいいくらいの。 もうじき夫婦になる二人が、同じマフラーを共有したのは言うまでもない。 「ツリーのどこかにあるヤドリギを探してもいいけれど……えい」 隼人は『ラブアンドヘイト』の魔法を使って、さっと手元にヤドリギを取り出した。 「お手軽に、これを使っていいかな? ルミーナさん、キスしていいかい?」 ふふっ、とルミーナは笑った。 「あら? 私が断るとでも思って?」 お互いを慈しむようにそっと抱き合い、短いキスを二度、そして長いキスを一度交わした。