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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
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リアクション


●Epilogue

 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は夢を見ていた。
イルミンスールのクリスマスパーティの招待状が届いたので、相方……というか、恋人のフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)と参加するのが夢の冒頭部だ。
 恋人、といってもフィリシアとはつい先日つきあい始めたばかりである。
「私はっ……ジェイコブが好きなのっ! 本当に……本当に好きなのよ……!」
 切羽詰まったというか、気合いが入りすぎというか、そんな力一杯の愛の告白を受け、なし崩し的にそういうことになった。
 悪い気持ちはしない。彼だって彼女が好きだ。
 けれどジェイコブにはこの『恋人同士の交際』というのがよくわからない。もちろん、デートの作法も。
 ――いままでフィルのこと、異性というよりは頼りになる相棒としてしか見ていなかったからな……いきなり一人の女として見るのが難しい。
 弱音なのか自分への弁明なのか、夢なのにそんなことを思ったりもする。
 どこまでフォーマルで行くものかわからなかったので、いっそのことジェイコブは、奮発して最高級のスーツを買った。士官の礼服より、そういう扮装のほうが似合うと考えたのだ。
 当日、
「ううむ……我ながら大袈裟なような……」
 と、気恥ずかしさで頬が突っ張るような感覚をおぼえつつフィリシアを迎えに行くと、
「大袈裟なんてことないわ、ぐんと男ぶりが上がったもの」
 驚いたのだろう、いくばくか目を見開いて彼女は喜んでくれた。
 もちろん彼女も、素晴らしくドレスアップしていた。形式(?)通り腕を組んで歩いて、首の後ろに汗をかきながら入場手続きを終えた。これでデートに見えるだろうか。
 周囲をそっと見回しカップルを探す。
 たくさんいた。どの組み合わせも楽しそうにしている。しかもくつろいですらいる様子だ。
 とりたててこちらに非難の眼差しを向けるものもないから、きっと『カップルの入場方法』としては間違っていないのだろう。
 ――それにしても、これは本当に大変だな。
 ベテラン下士官として幾多の戦場を潜り抜けた彼であるが、色恋沙汰は素人だ。
 ゲリラが潜むジャングルに踏み込むのとは違う種類の、未体験の緊張が心臓を握ってくる。
「こ、これは難攻不落の要塞より手ごわいぞ……」
 独り言する。多分この怖れは表情に出ていると思うのだが……どうしようもなかった。
 夢の中だというのに、このときフィリシアの表情が曇ったのをよく判った。
「……どうかしたか?」
「いや……」
 彼女は俯いて、何でもないと言った。
 だけど何でもないはずがない。
 緊急事態だ。緊急事態発生……!
「頭を冷やそう」
 出し抜けに言って彼は、まだパーティ会場に入ってもいないのに、フィリシアと腕を組んだまま外に出たのだった。
 混乱した頭でずんずん歩いて、気がついたらクリスマスツリーの下だった。
「ジェイコブ……?」
 彼女に声をかけられて我に返った。
 そうか、やはり原因は自分だ。
 そりゃそうだろう――と客観的に考えた。せっかくパーティに来ておいて、「難攻不落の要塞がどうのこうの」と言ったり、顔を強張らせたり(多分、鬼か悪魔かの凄まじい形相だったはずだ)……彼女が気分を害するのは当然だ。
「いや、すまん。その……なんだ、オレはこう言うのにはまるで不慣れでな……女っ気のない生活が長いからな」
 正直に言って頭を下げた。
「まぁ、お前にはこれからも苦労をかけると思うが……よろしく頼む」
「ねえ、それって……もしかして」
「本心だ」
「勢いで付き合うことになったから後悔してる、とかそういう話じゃなくて……?」
「プ、プロポーズ……のつもりなんだが……変か?」
「変すぎるわよ……この朴念仁男」
 言いながらフィリシアの目には笑みが浮かび、同時に涙があふれていた。
「これはずっと添い遂げて……観察しなくてはね…………その朴念仁っぷりを!」
 フィリシアが目を閉じた。
 ……さすがにジェイコブもすぐに理解した。
 求められているのは、キス。
 ぎこちなくも情熱的に彼は応じた。
 夢なのでこのあたりが実にいい加減なのだが、そこから後の記憶は曖昧だ。
 パーティに戻ったはずだ。安堵したせいか一気にリラックスし、二人でバーカウンターの酒を、端から順に全部頼んだような気がする。これで調子に乗って、御神楽夫妻に会釈してダンスに加わったような気も……だが詳細は思い出せない。
 そうして、ジェイコブは目を覚ました。
 起き上がって時計を探す。今何時だろう。起きて、パーティ行きの準備をしよう。
 デートの予習になる夢だった。夢での反省点を活かしつつ、うまく行ったところは採用しよう。
 だが時計を見つけて愕然とした。
 日付も表示される時計だ。その日付が……十二月二十五日。
「寝過ごしたか! 丸一日……!?」
 真剣にそう思ったが、それよりも驚くべきことがある。
 彼は服を着ていなかった……裸なのだ。
「そういえばここは……」
 見知らぬベッドだった。いや、そもそも見知らぬ部屋だ。どこかのホテルの一室らしい。
「うーん……朝?」
 呼びかけられてジェイコブは見た。彼女……フィリシアが、一糸まとわぬ姿で、彼と同じシーツにくるまっているところを。
「夢じゃ……なかったのか」
 などと言う彼に向かって、ふふっと笑いフィリシアは身を起こした。
「夢みたいな一日だったけどね……愛しの朴念仁男さん」
 するりと彼女の胸元から、絹のシーツが滑り落ちた。
「おはよう」
 フィリシアはジェイコブの唇に、やわらかく甘い接吻を与える。
 彼は彼女の背中に腕を回した。
「おはよう。今日からはますます大事にせねばならんな……フィル」
「大事にしてよね……」
 朝の光を背に浴びて、彼はゆっくりと彼女を寝床に横たえた。彼女の上に、自分の体を重ねる。
「愛してる」
 やっと気負わずに言えた。
 彼女の返答も同じだ。切ない吐息まじりの、
「愛してる」

 ハッピー・クリスマス。
 


 ――『星降る夜のクリスマス』 了


 

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 桂木京介です。

 様々な……本当に様々な、個性あふれるアクションをありがとうございました。
 みなさんのクリスマスは、どんな風に描かれていましたか?
 忘れられない思い出ができたでしょうか?
 もしよろしければ、掲示板等で感想を教えて下さい。私のやる気がぐんと上がりますので。

 できるだけ気をつけて書きましたが、他のクリスマスシナリオと矛盾点があったり、口調や呼び名に間違いがあった場合、運営経由でお知らせ下さい。
 即対応とは言いませんが、こっそりと修正させていただきますので……。

 それではまた、お目にかかれるその日まで。ごきげんよう。
 桂木京介でした。



―履歴―
 2013年1月13日:初稿
 2013年1月17日:改定第二稿