校長室
星降る夜のクリスマス
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●Just the way you are 「フラン、見て見て! 一番上の星飾り、すっごく大きい!」 ツリーの天辺を指差して、オデットが振り向く。 クリスマスツリー、それも、雪が積もったクリスマスツリーだ。オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)がはしゃぐのも無理はないだろう。飾られた様々なイルミネーションは、冬の透明な空気だからこそ美しさもひとしおだ。うーん、なんて言って、彼女はツリーを全力で見上げている。 オデットのはしゃぎようが微笑ましく、つられてフランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)も笑顔になってしまった。 「ほら、そんなに見上げてたら首が痛くなっちゃうわよ」 フランソワはたしなめるように言う。どうにもこの子は危なっかしくていけない。 すると案の定、 「……えへへ、実はもう、ちょっと痛い」 白い歯を見せてオデットは笑ったのである。 「もー……大丈夫?」 「うん! ねぇねぇ、見上げるのに、少しフランに寄りかかってもいい?」 オデットにそんなこと言われて、断れるわけないではないか。 「ふふ、いいわよ」 フランソワが腕を広げてみせると、少しはにかむように笑ってから、オデットはそっと背中を預けてきた。 胸に感じるかすかな重みが心地良い。 ショールでくるんでやると、「あったかーい♪」と彼女は嬉しそうに微笑んだ。 ショパンは周囲を見やった。夜中だからだろうか人はあまりいないが、恋人同士らしき組み合わせならちらほらと目に入った。 「ねぇ、オデット」 「……うん?」 恋人同士か。人から見ると、自分たちもそう見えるのだろうか。 「なんだか今日、当然のように一緒に来ちゃったけど……好きな人とか恋人とか、他に一緒に過ごしたい人ができたらちゃんと言いなさいよね?」 わざと明るい口調で言いながら、胸がちくりと痛む。 ――私は今、うまく笑えているかしら。 そんな風にすら思いながら。 大事な大事なオデット。 心から守りたいと思う。 でも、自分のそんな想いが、彼女の足枷になっていないかと―――そんな不安が、時に胸をよぎるのだ。 短いけれど永遠のように、感じられる十数秒が過ぎた。 三十秒は経っていない。それは断言できる。 「もうっ!」 このとき急に腕の中のオデットが声を上げ、くるっと振り向いた。 少し睨むような上目遣いが潤んで見えるのは、寒さのせいだろうか。 「私は、フランと過ごしたくて来てるのに」 その飾り気のない言葉が、すとんと胸の奥に届く。 ふっと頬が緩んだ。 「……やーね、殺し文句だわ」 フランからそれ以上の言葉は出てこない。出てくるはずもないのだ。 ――今はただ、この子の真っ直ぐさが愛しい。 彼がオデットの黒い髪を撫でると、彼女はくすぐったそうに笑った。 「好きな人ができたら一番最初にフランに言うよ。フランは私の、パートナーなんだから♪」 一番最初に言う、それがどれほど重い意味を持った言葉か、彼女は知っているのだろうか。判った上での発言だろうか。 ツリーの灯りを映した瞳が、きらきらと輝いていた。 ……いつか、この瞳も誰かに向けられる日が来るのだろうか。 その時は、どうかそばで支えてあげられますように―――フランソワはあの天辺の星に、そっと祈った。 星降る夜に神崎 優(かんざき・ゆう)は、妻である神崎 零(かんざき・れい)と並んで歩く。 それだけではない。今夜は、神代 聖夜(かみしろ・せいや)と陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)という恋人同士とともにダブルデートだ。 メイン会場を後にして、しばし歩いていたものの、ここで二組はごく自然に別れた。 優たちがツリーの右回り方向に進んだから、聖夜たちは左回りに行く……そんな風に。 「また後で」 なんて言葉を交わす必要はない。彼ら四人の絆の強さは、それくらい以心伝心で済んでしまうのだ。 聖夜は刹那と並んで歩いている。 円熟、といっては失礼かもしれないが、夫婦として結ばれている優たちと違って、自分たちはまだ硬いところがあるな――と聖夜は思わないでもない。 けど、それも悪いことじゃない。 ドキドキと心臓が激しい鼓動を刻むのだって、貴重な経験だと思うことにする。 ヤドリギの下で、二人は足を止めた。 「これ……クリスマスプレゼントだ。喜んでもらえるかわからないが」 いくらか自信なさげに言うと、彼は袋を刹那に手渡した。 「開けてみて」 中身は、ネックレスと洋服。 ネックレスは、雪の結晶型のアクセサリーにチェーンがついたもの。すべて銀製だ。 服は、刹那の瞳の色に合わせたブルーのワンピースだ。 服にはブランドのタグがついているが、アクセサリーは手彫りの木箱に入っているだけで銘はない。 「ありがとう。このネックレス、聖夜の手作りですか?」 「刹那に渡したくて作ったんだ。途中何度か優に手伝ってもらったけど、気に入ってくれたら嬉しい」 気恥ずかしそうに聖夜は言った。銀細工は難しい。中心はほぼ六角形だが、いくらかアシンメトリーになってしまった。 しかしその、既製品らしからぬ見た目は、むしろ刹那の好むところだった。彼女はプレゼントを抱きしめて微笑んだのである。 「とても嬉しいです。次のデートの時はこの服とネックレスを付けて行きますので、感想を聞かせて下さいね」 想像するだけで嬉しくなるような光景だ。聖夜も顔をほころばせた。 「私からはコレです」 と言いながら刹那は彼の首に巻いた。手編みの、長めのマフラーを。 しかも、その片方の端を自分の首に巻く。 「どうですか? ちょっと照れくさいですけど……一緒に巻いて歩いていいでしょうか?」 「もちろんだ。喜んで!」 聖夜は天に舞い上がりそうな気持ちだった。明日のデートが今から楽しみだ。 「それと知っていますか? クリスマスにヤドリギの下で恋人たちはキスを交わすんですよ」 言うが早いか彼女は、彼の首に抱きついて熱烈なキスをした。 普段は毅然としている零が、夫婦水入らずになった途端、甘え上手だ。実をすり寄せて彼に言った。 「やっと二人きりになれたね。プレゼントは明日の二人きりのデートで渡すから楽しみにしててね」 イブは四人で、クリスマス当日は二組に分かれて……そんなルールがあるわけでもないのだが、自然にそういうことになっている。明日は目一杯楽しむとしよう。聖夜と刹那にも、いい一日を。 「ああ、プレゼントは俺も用意しているから期待しててくれ」 言いながら優は、つい零に見とれてしまっていた。 零のことはいつも見ている。見ているからこそ、わかるのだ。 今夜の彼女は、どことなく様子が違う。 悪い意味ではない。雰囲気が……いつも以上に魅力的なのだ。 無論、めかしこんでいるのはたしかだが、そんな姿の零を見るのは初めてではない。なのに、これまで知っている零とは、別人とまではいかずとも、ずっとずっと、目を惹くようなものがある。具体的には上手く言えないが、気配が違う、というような。 今夜はずっとそうだった。二人きりになってからは特に。 「ねえ、優。今日私の事をボーと見ているときがあったけど、どうかしたの?」 女性は男性の視線に敏感だ。とうに気づいていたのだろう。 「いや、何となく零の雰囲気が変わっているような気がして……。その、何というか思わず見惚れてた」 隠しても仕方がないから正直に言う。話しながら優は、なんだか背中に汗をかいてしまう。顔も、赤くなっていることだろう。舌もよく回らない。「惚れ直した」なんて気恥ずかしいが、それに近いものかもしれない。 すると彼女はいたずらっぽく微笑して、そっと彼の耳に唇を寄せたのである。 そして囁いた。 「実はね、おなかに赤ちゃんができたんだよ」 「……!」 そうか、そうだったんだ。 零が得た美しさは、女性が母となった美しさだったのか。 「嬉しいよ……ありがとう」 優は微笑した。彼女を強く抱きしめたかったが、お腹になにかあっては……と心配になってそっと抱きしめた。 「ありがとう。そして、おめでとう」 零は彼の求めに応じて唇を重ねた。