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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●Precious Kisses 

 外に出てまず山葉涼司がしたのは、首元のネクタイを弛めることだった。
「やはり正装は疲れる。制服で来ればよかった」
「前をはだけて、ですか?」
 山葉加夜がいたずらっぽく訊く。
「それは寒いよ」
 さすがに前は閉めるって、と思わず涼司も笑ってしまう。
「ま、制服だと、加夜のそのドレスとは不釣り合いだ。やっぱり正装で正解だな」
「だったら私も制服で良かったんですよ?」
「ダメダメ、みんなに自慢したいじゃないか。その綺麗なドレスを着た美人妻を」
「まあ、涼司くんったら」
 涼司にしては珍しいくらい軽口が多いが、彼もクリスマスで気分が高揚しているのだろう。楽しそうな彼を見るのは嬉しかった。
 蒼空学園校長こそ退いたとはいえ、やはり涼司が重要人物であることは変わりない。公人として、こうした場では、どうしても注目を浴びる。
 そんな彼を妻として、加夜はできる限り支えた。くっつき過ぎないように気をつけたし、エリザベート校長や御神楽環菜とも公人として挨拶をかわしている。
「疲れたんじゃないか? すぐに帰ってもいいが」
 と涼司は言ってくれたが、加夜は首を横に振った。
「行ってみたいんです。クリスマスツリーに」
 本当は零時ちょうどに行きたかったが、涼司の立場上それはできなかった。
 しかし別に加夜は気にしない。涼司と一緒に立ったときこそが、加夜にとってはイブからクリスマス当日に変わる瞬間なのだから。
 もう人目はない。ツリーの周囲に人はほとんど見かけなかった。いたとしても、わざわざ夫婦水入らずの時間を邪魔するような無粋はしないだろう。
 これでもう公人から、私人に戻って加夜は彼に寄り添った。
 体温を感じるくらい近くで一緒に歩く。
「寒くないか?」
「涼司くんのそばなら寒くないです」
 ――心も身体も温かく、とても安心できるから。
「ほら、ヤドリギ飾りだな」
 涼司は、彼女の最愛の人はそう言って、彼女にしか見せない特別な笑みを見せる。
 今の彼は世界にとっての重要人物から離れ、彼女にとってだけの重要人物だ。
 涼司は加夜の肩を抱いて、優しくキスをしてくれた。
 甘く長く。
 いつまでも。
 涼司といられる時間こそ、加夜にとって一番のクリスマスプレゼントだ

 外に出た秋月葵とエレンディラ・ノイマンは、お揃いのコートとロシア帽、白いマフラーを身につけた。
 といっても葵のコートは水色、エレンは淡いピンクという違いはあるが。
 こうして並ぶとまるで姉妹のような二人なのである。でも本当は、恋人同士だ。
 クリスマスツリーを目指して歩く。
 普段は健全デートばかりの彼女である。降るような星空を眺めるのは、これまでになく新鮮な気持ちだった。
「ああ、いけないいけない……」
 両手で目を隠し、耳まで真っ赤になって葵は告げた。
「誰か恋人同士がキスしてるの見ちゃった。すぐに目を隠したから誰かはわからなかったけど……」
「でも私たちだって、いいんですよね?」
「それはそうだけど……なんていうか、やっぱり照れくさいし緊張するよう」
 普段は大胆なところもある葵だが、こうして照れに照れて小さくなっているのが可愛らしい。エレンは微笑して、クリスマスツリーの頭上を指した。
「見えます? あれ」
「ヤドリギの飾り……ということは」
「いいんですよ。キスして」
「う、うん……」
「一説では、キッシングボール下でのキスを拒むと、お嫁に行けなくなると言います」
「ええっ!」
 お嫁、というとエレンがもらってくれるはず……?
 いや、エレンと別れるということ……?
 様々な思いが葵の中を駆け巡った。
「じゃ、お願いしますね……好きですよ、葵」
 エレンが瞼を閉じた。ちゃんと、葵からキスしやすいように膝を曲げてくれている。
「う……うん……」
 付き合っていることは公言しているし、デートもいっぱいした仲だけど、なかなかこうして、改まってキスというのは気恥ずかしい葵だった。
 でも……エレンのこと、好きだし。
 キス、したくなってきたかも……。
 なので葵も目を閉じ、優しく優しく、エレンにキスしたのだった。

 溜息が出そうに甘いキス。
 切なくなるくらい長いキス。
 それが御神楽陽太と環菜の接吻だった。舌を絡め合う口づけ。体の芯まで痺れるような。
 二人は熱っぽい目で見つめ合った。唇と唇を離すと、唾液で橋が架かった。
「はぁ……もう。どんどんキスがうまくなって、この子は……」
 なんて言ってからかって、最後に環菜は彼の頬にも小さなキスを与えた。
「環菜が愛しすぎるからです」
 なんだかきっぱりと陽太は言った。自分がこんなになったのもあなたのせいです、と。
「ここがベンチなのが残念」
 冷たいベンチの上を、環菜は人差し指でなぞった。
 誘うような目つきで言う。
「ベッドなら良かったのに……」
 ちょっと……いや、かなり、環菜は火が付いたようだ。
 陽太は今すぐにでも彼女を押し倒したいという獰猛な気持ちになったが、場所を考えて自制する。
 かわりに言った。
「覚えてますか? 環菜にクリスマスイブ指定でメールを贈ったこと」
「忘れると思って……?」
 環菜は、彼の手を取って立ち上がった。
「じゃあ、忘れられない夜にしましょ? ……今夜も」
 そうと決まれば話は早い、環菜は陽太を急かすようにして、イルミンスールに別れを告げたのである。
 明日の朝も早朝から仕事なのだが……環菜には関係なさそうだ。
 ロイヤルスイートルームに急いで戻るとしよう。